第3話:戦争に備える者たち




 それは、思いがけない嬉しい再会。

 気心の知れた人との予期せぬ邂逅というものは、どうしてこうも心が躍るのか……と。

 反射的に立ち上がっていた僕たちは彼を囲み、暫し酔いを忘れて盛り上がったけど。 



「……んで、その女性……半妖精の女性は?」



 ………。

 ……―――んー?


 身構えてる。

 シン君、凄く身構えてる。

 僕達の様子をとても微笑ましいというように席で見守ってくれていたロシェロさんへ、身構えながらも興味を隠しきれない様子で……ぁ。


 そう言えば、彼は……どうなの?

 だって、彼が知る限りでは僕達の後ろにいるのは常にあの人だった筈で。

 何ならシン君は欲しがっていた。

 あの時彼にあげなくて本当に良かったと色々な意味で思う反面、現状を彼がどう捉えているのかは気になる所で。



「おしおし、紹介するからさ。取り敢えず座らん~?」

「くそうっぜぇ……!」

「うへへッ」

「触んな髪の毛わしゃわしゃすんな―――酒くさ!?」



 ……やっぱりお酒じゃん。

 濃度的には確かに微々たるものなんだろうけど、まだそういうモノに触れていない子供というのはにおいに敏感なもので。

 これ、アレかな。

 乳酸発酵だから馬乳酒とかと同じ要領でアルコールが発生しちゃうのかな。


 勇者か、或いは強者特有の感覚器の鋭さによってその匂いを感知したらしい彼は鬱陶しさから逃げるように康太の傍を離れ、美緒と僕の間に席をつくって陣取る。


 それはそれでなんか……。



「―――……先に言っておくぞ。俺だって色々知ってんだ。ナクラさんの事も、な」

「「……!」」



 ―――そっか。

 多分、リザさんが教えたんだろう。

 確かに彼は信頼できる。

 あの人が僕達の傍に居ない理由を教えるのに文句はない。



「なら、その辺は省略しても良いか。えっと。じゃあ、取り敢えずロシェロさん……?」

「わは。自己紹介ですね~? 勿論自分でやりますとも! 私はロシェロです。見ての通りのエルフさんで、元々はご飯屋さんの店主だったり? 貴方の事も聞いていますよ。勇者様、ですね?」

「シンク……、です」



 ロシェロさんは相変わらず情報通だ。

 けど、やっぱり……シン君はどうしてこんなにも身構えてるの?

 先生の事は聞いていても、さっきの言葉からも彼女の事まで詳細に聞いてるわけじゃなさそうだけど……。



「―――常識的に考えろ。お前等と一緒にいるんだぞ? そういう手合いが普通なわけねえだろうが」

「うわ、ちょっとよく分かんない理論」

「鑑定スキルか何かか?」

「的を射てるのが反応に困りますね」



 軽く若干疑心暗鬼になってないかな。

 今回は大正解だけど。

 


「……あと、人財の匂いがする」

「「は?」」



 次に彼がぼそりと零した言葉に皆が一瞬首を捻ったけど、すぐに納得。

 そうだったね。

 あの人に曰く、海嵐神の加護を受けた勇者の特徴として、才ある人を自分のモノにしたくなる傾向―――所謂人財マニアの側面が強い人が多いと。

 そのカリスマ性と引き換えに、個としての能力は他の神の加護を持つ勇者には劣る傾向にあると。


 事実、過去に存在した海嵐神の勇者。

 世界中の海を支配したという物語の登場人物【俗海王】なんかも、多くの英雄を仲間とし、国家を持たない一大勢力を築いたという。


 恐らく何かしらのセンサーが反応しちゃってるんだろう。

 正直若干ひく。

 


「……ロシェロさん」

「構いませんよ。ギルド総長が彼についてお手紙で触れていました。まだ幼いですけれど、信が置ける子だと。自分でしましょうか?」

「あいや」

「少しノリが軽すぎるんで、あたしたちがしまーす」



 本人にやらせるとシン君の脳に負担がかかりそうだし、ここはと。

 四人で彼へ向き直り。



「シン君は、あの人が敵側だったって事は聞いてるんだよね?」

「……―――あぁ。大陸議会での一件からかいつまんで。正直理解が追い付かなかったけどな。んで、あとの事はお前たちに直接会って聞け……極秘任務の最中だから、ってな」

「……うん。シン君達と会ったクロウンスでの一件で、暗黒騎士ヴァイスが言ってたんだ」



 彼等は常に僕たちを見ている。

 それは、騎士団を束ねる長も―――彼も同じだって。



「笑っちゃうよね。ずっと見てるって、まさか身体触れあう距離だとは思わないじゃん」

「じゃんじゃん」

「まさか先生が六魔将、暗黒卿だったなんて、思わないじゃん」


「―――――」

「シン君?」

「なぁ、陸。これやっぱ……」

 

  

 白目剥いてるけどさ。

 シン君本当に知ってたよね?

 もしかして、ぼかして伝えられてる?

 まだ若いし、出来る限り大切に育てられてる感―――彼が寝返った……裏切った……もとい、最初から味方じゃなかったんだよーー的な感じだったのは知ってても、完全に知ってるわけじゃ、ない?


 それとも―――僕達に鎌かけた?

 

 

「……じゃあ、さ?」

「だよな」

「ですよね」

「畳みかける……ってコト?」



「―――は?」



 うん、畳みかけよう。

 その方が面白そうだ。



「ね、シン君」

「おいちょっと待て。今頭の整理を……」

「先生がラグナ・アルモスだったって事と、僕達が魔皇国へ乗り込む準備をしてるって事はもう既に知ってると思うんだけど―――」

「待てって!!」

「その前準備の一つ。最初に話を聞きに行ったのが彼女だったんだ。エルシードの先代女王。勇者ソロモンの仲間の一人―――賢者ティアナさんね」

「―――――」

「どうもー。御隠居さんですー」


「ついでに言うと、血縁上では陸の叔母って事にもなるぞ」

「んぁ!? ―――はッ!?」

「陸はお母さんがエルフの元お姫様でお父さん百年前の異界の勇者だしね」



 絶対今じゃなくて良かった。

 絶対後で良かった。

 だからこそ今が良いし、今が面白い。

 白目をむいて沈黙し、また新たな情報で我に返って白目をむく……頭の中で情報が完結しない、ソレが面白い、見てて楽しい。



「やっぱり皆さん高揚してるんですかねー。若干感情のタガが外れてそうですねー」

「ナチュラルに鬼畜なだけだと思います」



 水を得たとみるや全力で弄って全力で楽しみに掛かるのが勇者だって教えてもらった気がする。

 だから僕たちは悪くない。



「シン君。本当にある程度聞いてたんだよね? まさか、僕達から情報引き出そうと鎌かけたんじゃないよね?」

「……ぁ、……ぁえ。いや、確かにちょっと詳しく引き出そうとはしたが……えぇ……?」

「んじゃ、紹介も済んだところで、再会を祝して―――」

「……。スマン、情報を処理させてくれ」

「最後に楽しませてもらったし、そろそろ休みたいんだけど」

「ねむーい」

「今日やらなきゃダメですか?」


「……すんません、明日で」



 ―――本当に明日に回すことになった。




   ◇




 アムリタール二日目の朝。

 樹木そのままの部屋は、音の吸収も良いらしい。

 鳥のさえずりも、話し声や歩く音もなく無音のままに迎える目覚め。


 新鮮でもあり不安でもある感覚に落ち着かず、急ぎ着替えて部屋を出るけど。



「―――……ちょっっっと待ってくれ! んじゃあ、剣聖シディアンの正体もあの人だってのかよ!!」

「ふふ~~ん。そうなりますねぇ」



 ……昔話か。

 人も殆どいない階下では、既に目覚めていたらしいシン君とロシェロさんが向き合って二人だけで座っている。

 彼はその手の物語とか大好きだし、強請るのも分かる気がする。

 

 そっちは分かるけど、不意にグリンってこっちに視線寄こすのは分からない。

 普通に怖いし何かやったっけ。


 あと目の下クマになってるけど、眠れぬ夜でも過ごしたのかな。

 何でかは皆目見当もつかないけどお大事に。



「おはよ。よく眠れた?」 

「リク……ッ。やっぱりあの時……!!」

「え、なに?」



 凄く鋭い眼光向けられてるんだけど。

 もしかして正体見たりの後でもあの人の事仲間にしたいとか、流石に言わないよね?

 よく考えて? ラスボスだよ?

 絶賛人類の大敵だよ? 暗黒卿だよ?

 人財マニアとはいえ、仲間にするキャラクターはもっとちゃんと考えて。



「聖者オノデラ。賢者ティアナ……剣聖シディアン。世界を巡った伝説の勇者ソロモンの物語……俺の一番好きな本だ。―――そうだ、サインくれます?」

「勿論、勿論」

「リク。あとで話がある。誓約書と武器もって広場に集合な」

「ゴメン、お昼過ぎにデートの約束あるんだ。行けない」



 こういうのでよくある展開だけどさ、決闘で勝ったらコイツ欲しいとか、貴族に勝ったらその人の爵位を貰えるとか、そういうのあり得ないからね?

 漫画とゲームの見過ぎだよ?


 ―――あ、そうだ。

 出会ったばかりで彼と決闘した時、美緒や春香は女性だからって理由で対決の候補から除外されてたよね。

 指輪で女になっておけば彼が戦う対象に選ぶのは康太しかいないって事になるよね?



「良いね。それも一つの手として検討して……」

「―――おい馬鹿ヤメロ女装趣味」

「え? なに? おはよ」

「おはよじゃねえよ。これ以上はやめてくれ。シンクの性癖まで破壊しようとすんな」



 正直意味が分からない。

 本当にお兄さん気取ってるね。

 あと人の事を尻軽みたいに言うのやめてくれないかな。



「なになに? もしかしてホントに女装趣味になったん?」



 みんな嫌なタイミングで降りてくるなぁ。

 しかも話聞いてるし。



「へっへー。陸はね~。近寄りがたい感じないから何かいけんじゃね? って感じがある女の子っていうの? 根拠なく押せば許してくれそうな魔性ってやつなのよ」

「距離感が近いですからね。いてほしい時に優しく寄り添ってくれるのが大きいです」

「なぁ……マジで何の話だ?」

「女コエェってはなし。シンクを穢すな! ふしゃーー!」

「おい意味が分からんぞ」



 まるで悪者だ。

 ちょっと昨日みたいにシン君の脳を情報処理的な意味で破壊しようとしただけなのに。

 


「んで。シン君とロシェロさん、二人してなに飲んでるんです?」

「ん? 地下山羊のミルクポタージュ」

「あったかいですよ~? うまうまですよー」



 目覚ましに良いね、僕も頼もう。

 丁度全員集まったからと席に座り、まずは軽く話しながら、と。



「で、結局……何でシンクがこの国にいんだ?」

「お前等の迎え」

「「……………わぉ」」



 結局、僕たちの情報筒抜けじゃん。

 ギルドには僕達の動向をある程度把握してもらってるし、それに重ねて美緒とロシェロさんがトルキンと連絡を取ったという話を国経由で聞いたからかな。



「ね。ちょうど皆集まってるしさ。お茶でも飲みながら後々のこと話そうよ。僕ミルクポタージュ」

「同じく」

「軽く焼いたパンも付けましょう」

「スープにもタピオカいれてみたーい」



 ………。

 ……………。



 ………。

 ……………。



「フィリアちゃんが、トルキンに……?」

「あぁ。つい一か月前くらいの話だ」

「大丈夫なのか? それ」



 曰く、シン君がこの周辺に居たのはそういった事情も関わっていたらしく。

 フィリアさん……クロウンス王国が擁する聖女オフィリア・パーシュースさんが、同じく聖女を擁する国家へと来ているのだと。

 康太の心配通り、本来はあり得ない事だろう。


 聖女が国を動くだなんて。

 国家にとっては至宝も同然の存在を敢えて危険にさらす意味がない。



「けど、今回ばかりは特例で許可が下ってな。そもそも、お前等が次に目指すならトルキンだろうって総長の話で、その助けになる為っていう話だ」

「ほへー……。まだいるの? フィリアちゃんにも会いたいんだけど」

「あぁ。むしろ、今は帰れねえ。護衛に付けられるような有力な冒険者も出払っちまってるしな」

「……そういう」



 護衛というだけなら、国家の正規軍だけで十分だと思うだろう。

 けど、不測の事態を考え、地理的な面を知っている冒険者、それも相応しい強者を付けなければ危険があるのもまたそう。

 タイミングが悪い事に、ギルドはそっちに手を回している暇はないだろうね。


 

「確か、リザさんとかゲオルグさんは東の前哨基地だよな?」

「うん。他にも上位の人は大方出払ってる筈」

「むしろ、行きだけでもよく護衛にピッタリの人が見つかりましたね」

「ん……。あぁ。色々と手を回して、特例で超の付く大物が護衛についてくれたんだ。片道だけな」

「「超が付く」」

「大物の護衛……ですか?」



「―――S級冒険者、【黒刃毒師】オウル・カー」

「………!」



 ……成程、確かに。

 数多の毒物に精通し、世界最高の暗殺者と言われている存在。

 正体を現さない事で有名な冒険者だ。

 当然に隠密行動や索敵、僻地での任務遂行もお手の物……暗殺者を護衛の役割として使うのは理に適っている。



「それは……。確かに悪い人からは手の出しようもないですね」

「でもよくオッケ貰ったね。あそこらへん、俺ルールでしか依頼受けんじゃん」

「特権階級の最上位っていっても、結局は冒険者だ。余程の有事であれば、総長の権限で招集すること自体は可能。んで、魔族との戦いに参加しない事を条件に、今回だけ護衛の任を受けてくれたって事らしいな。そっちには元々消極的だったらしい」

「……そう来たかぁ」



 ―――それは、どうなるだろう。

 現状の大陸情勢において人間側、ギルドは一人でも多くの最上位冒険者が必要で。

 その一人が不参加となると……となると。



「ま、上手くしてやられたって感じだな。何処行っても狙われるし、護送中―――警護中も勉強やらなんやら。聖女も大変って事だ。うわ言でずっとハルカチャンハルカチャン言ってたぞ」

「……会ったら沢山褒めてあげないとね?」

「よしキタ」



 彼女相変わらずなんだね。



「では、シン君。トルキンへは案内してくれるという事で良いんですよね?」

「あぁ」

「んじゃ、何だかんだでもう安心か……」

「山脈そのまま上ってもらうけどな」

「「?」」



 それどういう言う意味?

 山脈には危ない魔物がうじゃうじゃいるからアムリタールを中心とした「地下街道」の交通網が出来たんだよね?

 純粋な走破の難度はそれこそA級任務レベルの……。



「何言ってんだ! 流石に悪路すぎるだろ……!」

「伝説では龍種もいるって聞いたんだけど! 普通に地下で良いじゃんじゃん!」



 出るわ出るわ、文句が。

 康太と春香なんかは既に着いたような雰囲気でいたから、これから文字通りもう一山あると聞いて一気にテンションが下がっている。

 けど、シン君はどこ吹く風で両耳から入る文句を聞き流し。



「しょうがねえだろ。お前等がこの国から地下街道を経由するって情報流させたんだから」

「「え」」

「この先でも、幾つかの国の諜報が待ち伏せてるぞ。それに、夢にも思わないだろ? 態々不便な方を通るなんて……ってな。都合の良い方を信じた阿呆だ」



 ……すぐに鎮静化する文句の雨。


 彼も、別れてから色々あったのかな。

 なんか瞳の奥に黒いものが幾つも。

 流させたという言葉からも、それを仕向けた策士が僕達の目の前にいる少年であることは疑いようもなく……流石は海嵐神の加護持ち。 



「ね……なんか……、グレてない?」

「シンクがグレた」

「とにかく、今は下らない人間国家の利権に付き合ってる暇はない……だろ? それともあれか。これから直接俺がトルキンまで案内する予定だったが……別に予定変えても良いぞ? そのまま進んで追っ手と軽く挨拶とかしてきたいか? 上の山道以上に歓迎してくれると思うぞ」

「「ノーセンキュ!」」

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