第2話:情報収集の勇者




「それじゃぁ―――」

「「かんぱーい!」」



 夜逃げから数日が経った。

 全力疾走で街道を行き、途中で休憩を挟んでまた走る……。


 そんな事を繰り返して。

 目の前に並ぶのは数日ぶりにあり付く手の込んだ料理、まともな食材……美味しいジュース。

 取り敢えず乾杯と共に流し込めば……微発泡? 

 白く濁ったソレは、味も乳酸菌飲料みたいで美味しい、ゴクゴクいける。



「ふぃぃぃぃ……ッ。たまんないねぇ、うぃ」

「夜逃げの後の一杯は幸せですね……」



 そこは都市の中にある食事処。

 まるで樹木を丸ごとくり抜いて作られたようなやや暗く落ち着いた店内は大勢のお客さんで賑やか、身なりの良い人、家族連れも多く。

 運ばれてくる匂いにはアルコールあり。 


 ムード的には観光地の大衆レストランが近い。


 

「んっ……、ふぅ……。あの人も言ってたね。朝から温泉施設で整えて終電逃すまで飲んだ後に皆で朝までボーリング大会って」

「やってみてェよなぁ、そういうの」

「大学に行けばそういう楽しみもある……ってコト?」

「でも、そういうのも注意しないと危ないかもですよ? 自由なのは良い事ですけど、それを免罪符に悪心を持って近付いてくる人たちも沢山いるわけですから。朝までなんて……」



 悪意?

 周囲を伺ってみると、確かに。

 チラチラと……まず最初にエルフの物珍しさでロシェロさんへ向いたのであろう視線。



「?」



 本人のほほん。

 そのテーブルへ向いた視線を少し移動すれば、何とおまけに美少女が二人……。



「……? なによチラチラ」

「どうかしましたか? 陸君も康太君も」



 気付いてないんじゃなくて気にしてないんだろう、二人は。

 今まででそんな視線浴び慣れてるだろうし、一々取り合ってたら面倒な程。


 ここ数か月で僕も分かってしまった。



「……康太。もし大学なんか入ったらさ」

「あぁ……、やべぇぜ、こらぁ」



 ………。

 新入生歓迎会なんかで、チャラチャラした男たちがしつこく勧誘。

 終いには鬱陶しさに折れて少しだけならと付き合った美緒や春香へ無理にお酒なんか飲ませて酔い潰して……―――くッ。



「……確かに許せない、大学生ッ」

「絶対に許さんぞ!」

「何なんこの二人」



 絶妙に嫌な妄想だった。


 ―――ところで、ここは何処かという話だけど。

 現在地はロンディ山脈に連なる山の一つ……大陸東に分布する大樹スィドラは様々な加工用途を持つ最上級の素材だけど、数千の歳月を重ねて成長したソレの威容、張られた根の深さ、太さは山脈全土に及ぶ。


 地下に張られた樹木の根が自然の空洞を呼び、その空洞を利用して創られた都市の内部。

 独自の文明を発展させた地下空間。

 ロンディ山脈を隔てた国々を結ぶ中間都市であるここは【アムリタール都市国】と呼ばれる、観光名所みたいな国だ。



「お待たせいたしましたー、ミルク粥、そして四種のミートボールのホワイトソース煮込みです。サービスでプチプチポップもどうぞ」

「「……………」」



 料理はここ最近の旅事情を考慮して、胃腸に優しく消化の良さそうなものを頼んだ。

 ミルク粥はバケツ一杯。

 当然消化が良い食べ物だ。

 色々な種類のお肉で作られたミートボールはタワー盛り……これも、挽いてあるからね。

 当然消化が良い。

 

 え、量? ……確かにこれだとまだ足りないかも。

 


「ところでこのプチポチポップって? ―――白いタピオカ?」

「ミルク粉と木の根のでんぷんを混ぜて作ったモノですねー。のど越し良くて美味しいですよ。店によって特徴があります」

「ほへー……あ、うまっ」

「飲み物に入れても良いですよ。ほら、まぜまぜーー」



 飲み物もそうだけど、全体的に白いな。

 どれもこれも牛乳……? が使われてる感じだ。



「このジュース、なんか不思議な甘さだよねー」

「舌に残りませんね。この優しさがとても良いと思います」

「アムリタールの名産である地下山羊の乳で作られたジュースですね。甘味もスィドラの地下茎から絞られてる純粋な甘味料の筈ですよー」

「地下、やぎ……?」

「スィドラって凄い万能なんだ……」

「成長したモノはそれこそ鋼すら通さない堅牢さなので、若い根や茎を加工するらしいですけどね。では、落ち着いてきた所で―――」

「ミートボールおかわり?」

「タピオカおかわり?」



 食べながらで良いですか? あとジュースも追加で。

 暫くはこの空腹が収まる気がしないし。


 ………。 

 目的地であるトルキン匠国に行くルートは意外なほどに多くはない。

 あの国は天然の要塞と言われているから。

 元々は数百年前の大戦時、人間種に迫害されたり無理な徴兵を恐れたドワーフたちが逃げ込んだ場所―――しかし、東側なだけに魔物という別の脅威もある。



「そんな彼等が、最後に逃げ延びた北の果て。現存する世界一巨大なスィドラ樹……【世界樹クレアール】の根が張り巡らされたそこは、まさに鋼の山塞をも超越した場所でした」

「―――あの木には魔除けの効果もあんすよね?」

「そのとーり。正確には樹齢の長いものほど呼吸によって魔素の濃度を下げる効果、ですね」



 魔素を溜め込む性質。

 一般に、この世界で魔素を溜め込んでしまう症状は病気であり、不治の病とも言える。

 本来は大気を循環、ヒトが取り込んで魔力に還元、日常生活で消費……この大原則によって保たれているバランスが大きく崩れるからだ。

 西側で生活している人が急に東側へ行くとマズいのは全てこの理屈が原因で、いきなり濃度が増した魔素に身体が適応できず、耐え切る事ができないということ。


 でも、トルキンは例外だった。

 


「根っこが外敵から守ってくれるし、地下でも魔素が全然淀まず循環するから魔物も生まれない。本当に最高の環境って事です。だからこそ世界樹への信仰が生まれ、その身心深さが地の聖女の治世を支えているとも言えますねー」



 トルキンにおいて、地の聖女は世界樹の巫女ともされている。

 信仰の対象でもある、というわけで……。



「世界樹、観光名所……う……、ん?」

「陸?」



 顔が熱い。

 何だかいつもより思考力が低下しているような気がしないでもない。

 けど、何処か心地いいこの感じは―――。

 


「………アレ? なんか……」



 視界がぐるぐる。

 というか妙な浮遊感が―――……毒ッ!?



「皆! このジュース―――」

「あ、そう言えばですけど、その微発泡ジュース、微量の酒精が含まれてます」

「「……………」」



 酒精……アルコール? 

 これ、おさけ?


 ………。



「先に言ってくださいロシェロさん!」

「飲んじゃった! あたしお酒飲んじゃった!」

「捕まる、捕まる!」

「……いや、ほんのすこーぉしですよ? 本当にすこーし……」

「「先に言う!」」

「……ご、ごめんなさいですぅ」



 これに関しては助け船の余地はない。

 けど、一応血縁上の叔母である女性が自分の同年代に怒られ詰められているさまに若干の居心地の悪さ。

 重ね、身体の気怠さに参ってしまう。



「あっつぅぅ……ふぅ。―――酔っちゃった、かも……。ね、康太君」

「ぐふぅぅッッ!?」



 場が落ち着いてきた所で春香が悪ふざけしだす。

 片手でやや朱が差した顔をパタパタしながら、平たい地平線に敷かれた絨毯を揺らす。

 あんなんで良いらしい、康太は。

 


「でも、本当に微量なんですかね。陸君は……」

「結構キテるっぽいよね。けど、あたしたちなんともないし? ……そういえばクウタおじさんってあんまりお酒飲んでるの見た事なかったよね。陸、さぁ……。もしかしてメチャクチャお酒弱いんじゃない?」

「クソザコ、ってコトか……!?」

「よわよわなんですねー」

「か、かわいらしい、とおもいます、よ?」



 心が折れそう。

 特に彼女の精一杯のフォローが一番痛い。

 確かに男と生まれたからには、浴びるように飲んでも顔色一つ変えないような―――なんか一瞬ゲオルグさんちらついたけど、そういうのに憧れてしまうものだ。


 しかし、この酩酊感と心地いい身体の重みだけはいかんとも……。



「これ……わ、コスパの良い、からだ、ね。ハルカの地平線と一緒」

「なんか言ってんよ! アルハラじゃー!」

「春香ちゃん、どうどう……」

「使い方が少し違います。―――陸君、お水は?」

「ん、ぅ……のま―――……」



 危ない。

 本当に危ないものだ、これは。

 危うく大の上位冒険者17歳が公衆の面前で「のませてー」なんて甘える所だった。

 恐るべきお酒。

 


「のま?」

「のま―――れそうだから、少し休む……」

「疲れも溜まってる筈ですからね。一番頑張ってましたし」



 取り敢えず、テーブルに突っ伏して身体の力を抜く。

 まだ暫くここに居座る予定だ。



「―――勇者が」

「その勇者―――」



 ………。

 しかし、自然体になったからこそ気付いた周囲の細やかな会話の流れに、気になる言葉を聞き取ってしまい。


 酔いも忘れてガバと顔を上げ―――……ん?



「―――……なにしてんの?」

「「な~んも?」」



 目を細めれば、急ぎ手を引っ込める康太と春香。

 人が寝ようとしてるところにこれ幸いと……。

 二人へにらみを利かせつつ、同時にアイコンタクトをも取るという合わせ技。

 瞬時に理解した他の皆も、周囲の会話に気を移し。



「本当なんだって。勇者様が来てるらしいんだよ、この国に」

「「!」」



 ………。

 そんな馬鹿な。



「勇者? 勇者って……あの勇者? 異界の?」

「そう、勇者様だ」



「すっごく強いらしいんだー。舞うように刃を振って、魔物がバタン、よ。実際に見たってやつの連れに聞いたんだ」

「じゃあ、やっぱり大勇者様みたいに……?」

「でしょうねぇ、彼等も魔族との戦いに備えて戦ってるのよ! 異世界に逃げただなんて言ってた奴らがバカみたい」



 本当に僕たちの話題だ。

 それも、一組や二組じゃない。


 逆にどうして今まで気づかなかったのか、その話をしている人は結構いるみたいで。

 酒場で持ちきりって感じ?

 どうしてあの人が情報を集める場所として好んでいるのかが分かる……のかな?



 でも、所詮は伝聞と憶測の域。

 話題としては出てるけど、その真偽を完全に把握している人は表立って聞く限りでは皆無らしく。



「―――どう思いますか? クレスタの策略という可能性。勿論只の作り話に尾ひれの可能性も」

「にしちゃタイムリーだねぇ」 

「おい、我らがインテリ。どうだ」



 ………。

 そう、だね。

 第三の可能性……として、考えられる、のは……。



「……ふむ。……ふみゅ―――ゴメン、僕はここまでみたい……うぇ、ねむ」

「おのれ知能デバフぅ!!」

「「?」」



 いつも通り通じるの僕くらいなネタだ。


 知能デバフって言えば、よく創作モノで切れ者として描かれるようなキャラに理由を付けて推理や解を導き出せないようにするというもの。

 味方側の強キャラが理由を付けて前線に来ないみたいなもので、物語盛り上げるためのスパイスだ。


 他にも主人公の活躍を際立たせるために周囲の人をまるっと馬鹿にしてしまうっていう力技もあって……。



「「………!」」


 

 ………不意に、だった。

 誰かが意志をもって近付いてくる気配。

 それに覚醒した意識が向くと同時、かみ殺した笑いと共にこちらへ投げられる声。



「―――なぁ、一応極秘任務って事になってんじゃないのか? 先日までの件と言い、大概目立ってるんだよ、お前たちは」



 その意味ありげな言葉もあって、警戒のままに声の主を捉える僕達は……。



「―――よぉ。久しぶりだな、皆」


 

 ………。

 少年?

 目深に被った外套を脱いだのは、丁度青年と少年の間頃……十代の半ば前といった容姿の男の子だった。

 ごく自然な薄茶色の髪と、海のように深い青の瞳。


 まだ声変わり前にも思えるやや高めの、この声は。



「「……………!!」」



 その顔を、忘れる筈もない。

 彼は。



「「シン君―――ッ!!」」

「略すな!!」



 シンク……愛称でシン君。

 海嵐神バアルキアスの加護を受けた、この世界生まれの勇者。

 読んで字の如くに曰く、現在はギルドの使者として方々を駆けている……かつて一時でも仲間として行動を共にした、信頼できる小さな英雄がそこには居た。

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