第十四章:勇者一行と聖剣伝説

第1話:逃げるが早いか




「ギルドとか他は良くても、国の方が危なかったからなぁー、マージで。地下より地上の方が危険ってどういうこっちゃ!」

「迷宮走破にかこつけておめでとう! 式典! 城に呼んで、そのまま取り込もう! ……なんて考えてたかもね」

「へっ。絶対に行ってやるもんかい」



 ………。

 それは、一番。

 それは、勝ち。

 古来より、追い詰められた人間が最後の最後にとるべき最古の手段……逃げ。



 ―――そう、夜逃げだ。

 僕たちは夜逃げに近い状態で馬車を走らせ、クレスタを脱出していた。

 後ろがすっごい騒がしいのはご愛敬。


 まあ……、絶対多分恐らく追っ手。

 凄い大所帯でドカドカ……、大概普通に自分の足で走って来てるね、皆。 

 中には馬に乗ってる人もいるみたいだけど―――それも、普通の馬じゃなくて六本脚の魔物だ。

 漏れなく、恐ろしい程の速度で距離を詰めて来ていて……流石に馬車の速度じゃ追い付かれるのは時間の問題。

 一般的な動物とは地力が違い過ぎる。



「……絶対に行ってやるもんかい!」

「はいはい」

「凄く追って来てますね」



 先の件もある。

 クレスタとて、そのまま逃がすつもりは毛頭ないという事なのだろう。

 追っ手と思われる集団の中には、強い気配もまばらにあって……最高戦力である征骸部隊とは言わずとも、それに続く戦力を全力投入しているんだろうね。


 まず、明らかに和やかな勧誘って感じではない。

 そして、そっちがその気なら……。


 

「―――無事で、ね」

「ルル……? ブルルッ!」


 

 当然、ここからは馬車でのらりくらりとはいかないので、躊躇いなく握っていた手綱を切り離して車は乗り捨てる。

 荷物は元から必要最小限。

 手綱からの自由を得た四頭の馬は、自らの意思で同じ方向へ駆け出し。

 

 ……元よりギルドの登録馬だ。

 訓練を受けた賢い子達で、自力で何処かの都市へ向かう事も出来るだろう。

  


「ほれッ荷物!」

「投げないでほしいけどありがと……だいじょぶ?」

「泣いてなんかないやい! ……うぅ……! バイバイ、馬次郎、馬煮ぃ!」

「ウマー……、馬吉ぃ……」

「グラニちゃん……」

「あれ? 四頭ですよねー?」



 四頭立てなのに五頭分の名前がある不思議。

 絶対個別で勝手に名前つけてるよね、皆……―――さて。



「それじゃ、皆。せーぇのッッ―――」

「「走れぇぇッ!」」

「ですですーー!」



 今に、あめあられと射かけられる遠距離攻撃。

 矢だとか礫の類は当たり前―――水弾やら炎やら……本当に生け捕りにしようとしてるのかすら怪しい所で。 


 まぁ、近距離でも当たらないんだ。

 これくらいの差があれば……今の身体能力なら、むしろ突き放すばかり。

 振り返れば、必死極まる鬼気迫る形相で追いかけてくる兵隊さん達。



「―――洒落たパーティー御招待のつもりなのかな? あれで。流石、先進国さまの文化は格が違うね」

「自分見つめ直しちゃどうすか?」

「鏡見て出直してきてくれないか?」

「お友達になりに来たというわけではないでしょうけど……あれは?」



 今に、更に広がる彼我の差。

 と―――街道の横から飛び出してくる新たな集団は……もれなく馬を駆る騎馬団。

 

 挟み撃ち……?

 いや。



「―――やぁ、どうもどうも皆さま。奇遇ですね、こんな所で。はははっ」

「お困りか? 勇者殿。欲しければ手を貸すが」

「グレイさん!」

「皆さんも、ご無事で!」



 颯爽と現れたのは、これまた六足の脚を持つ白馬に跨った貴公子を始めとした一団。

 紛れもなく信頼できる仲間―――茨の天剣の面々だった。



「てかこっちがひーこらダッシュしてんのに!」

「何か僕達よりよっぽどもユウシャサマしてますねぇ!」

「ふっ……」



 白馬に跨ったイケメンさんはこちらへ不敵に笑いかけるまま、すぐさま後方の一団へと視線を移し。



「ひとまずはちょっかいを出してみるか。リアン、マレム! いつものだ!」

「了解! ははッ!」

「まきびしでも如何かなー、諸君」



 リアンさんの固有である鉄を操る魔術によってばら撒かれる罠が有刺鉄線のように広がり。

 それが、マレムさんの魔術により踊り狂う。 

 まるで茨の楽園……舞い踊る舞踏会。

 必死に避ける者、颯爽と身を翻す者、審査員席は熱狂の渦で。

 


「十点。素晴らしいジャンプアクション!」

「九点。もっとギリギリを責めてほしいです」

「十点。必死の様子が格好良い!」

「「……………」」

「相も変わらず余裕だな、君たちは」


「えと……。振り切るのに時間かかるかもですね。どうします? 僕達も何かしますけど」

「格好良く登場した手前、君たちに助力を乞うというのはあまりに情けないだろう。まぁ、確かに。私達だけならやや厳しかったが―――さて」



 グレイさん達が指し示す先。

 今にこちらを追って来ていた集団の駆ける地面から巨大な火柱が立ち昇り、牙を思わせるような鋼の円錐が幾つも隆起する。


 ……足止めどころか殺傷上等。


 この攻撃を僕達は知っている。

 それを可能とする魔道具―――使用者の存在。


 果たしてそこには……新たな闖入者がいた。

 今に、僕達の全力疾走にも劣らない恐ろしいまでもの速度で距離を詰めてくる数人の影。


 靴にジェットパックでも付いているような機動力、それを可能とする身体能力。

 その正体を見紛う筈もなく。



「遅れてすまないな、皆」

「「どうもーー」」



 すごぉ……。 

 所謂ホバークラフト……? それともジェットパック? 両方なのかな。

 走ることなくこちらと同じ速度で着いてくる彼等は、「ザッ」って擬音でも聞こえてきそうなキメ顔を一斉にこっちへ向けて。

 正直ちょっと怖い。

 変態機動って言葉が似合う。



「時間稼ぎなら任せたまえよ、諸君。見ての通り少々やり過ぎるかもしれんが」

「そろそろ反逆罪で捕まらんどす!?」

「ははっ、気にするな。我々の国では投獄どころか死刑順当だ。そして、既に脱獄の身だ。今更一つ二つ罪が増えたとて―――なぁ?」

「変わらん変わらん」

「ちげェねェ」

「クク……、そういう、事、だ」



 足止めを掻い潜り、距離を詰めてくる追っ手。

 彼等は本気なんだろうけど、必死に避けるさまは傍から見たら少し面白くて……普段の僕達もああなのかな、まさか。



「ははッ……さて、さて。よもやクレスタが曲芸サーカス大国だとは知らなんだが―――ならば火の輪くぐりなどどうかな。皆、一席準備してやれ!」

「「応!!」」



 先程の茨の鉄線に焔の熱が加わり、熱量の圧が追っ手の脚を何処までものろくする。

 まさに紅蓮のマングローブ。

 ニヤリと笑ってこちらを振り返る彼等は―――何処までも、この場に残るつもりのようで。


 大概覚悟キマり過ぎだ。

 貴族に連なるものとして、責任と覚悟の重さを理解しているグレイさん達。

 軍に属するウェルナンさん達も―――下手に軍属な分……それでずっと苦しんできた分、反発があまりに大きいように思う。


 俗に、はっちゃけてる。



「―――さぁ、反逆パーティーと行こうか! 諸君!」

「んむ? 我々は関係な―――」

「他国の貴族が我が正規軍に攻撃を仕掛けて何を言うか。国際問題だぞ、これは」

「「はっはっはっはッッ」」



「……とまぁ、そういうわけだ」

「君たちにはまだやってもらわねばならん事が多い……多すぎる。約束、忘れてくれるなよ? 世界を……頼む!! そして必ずまた会おう! ―――貴女もな。いずれ全てを聞かせて欲しい」

「わは……。やっぱり効果なかったんですねぇ……忘却。えぇ、約束しますよー」


 

 ………。

 一緒に戦えば、皆が無事な状態で逃げられる可能性だって十分にあるだろう。

 けど。



「―――ウェルナンさん達の言う通り。私達が何処へ向かおうとしているのかを気取られるのも厄介ですし、ここは姿を完全に眩ませる必要はあります」

「なーる」

「そういう事なら……うん!」



 こちらも、ここまで何の別れも覚悟もなく来たわけじゃない。

 ここからは、キマッってる人だけが進めるんだ。



「皆さん、有り難うございます! 僕達先に失礼するんで―――――また、いずれ」

「「必ず!!」」



「ならば、その時まで……、いざさらば!! “地殻天導”!!」



 巨大な地震と共に街道の地形が数秒の内に大きく変化する―――災害並みの魔術操作。

 味方だと、本当に頼もしくて。

 今に断崖を思わせる程の障壁が後方の視界を塞ぎ……完全に追っ手と僕達を隔てる。


 何か締まらない……始まりなのに締まらないっていうのもおかしな話だけど。

 ―――さぁ。



「さ、行こうか!!」

「新しい冒険だーー!」

「徒歩でなぁッ!」

「私達には親に貰った足があります」



 土剥き出しの街道を、大荷物背負って全力疾走していく五人。

 傍から見たらかなりシュールだし、速度が軽く二、三百キロは出てるってことも頭がおかしいと思う。



「―――精霊よ。無明のしるべよ」

「そう……、そう。ゆっくりと……、リラックスしたままで……、流石、呑み込みが早いですよー、リクさん」



 声を、像を、気配を。

 存在そのものを世界から隔離し、完全に無の物質へと己を中心として空間を塗り替える。



「極められれば隠密の能力も劇的に向上します。そのままの調子でお願いしますよ」

「実際どうなん? 精霊魔術」

「かなり、キツイ……。魔力消費は殆どないんだけど、その分生命力って言うか精神力を持ってかれてるみたいな……。というか、グロリア迷宮で使った時より明らかに……」

「より神秘が残る―――精霊の残滓が残るところでこそ真価を発揮するまじないですからね。地上だと効果激減かつ消費増大ですよ」



 そういうの早く言ってくれないのかな。

 これも訓練の一環ってコト?


 本当にあの人によく似た…… 



「キツくなったら言いんしゃい。美緒ちゃんに頑張れ頑張れって応援させるから。ハート付けて」

「え―――頑張れそう」

「おい」

「……………」

「みおちゃーん? おーい。眠み?」

「……かもです」


「走ると眠くなってきますよね。授業でもしますかー」

「むしろ眠くなるやーつ」

「トルキンはロンディ山脈の向こう側……公に所在が確認されている国家の中という意味ならば、大国の枠にありながら同時に秘境にも認定されている程僻地の国家です」

 


 トルキン匠国。

 アトラ大陸東側の国家としてはまず最初に名前が上がるものの一つで、希少種族小人種ドワーフが中心となって建国されたという。

 四大聖女の一人である地の聖女を擁し、アトラ教との関係も深い歴史ある国だ。


 ギルドが主導した大規模殲滅作戦では多量の浄化装備を用意するという役を担ってくれたらしいし、今回予め美緒が書状で遣り取りをしていたこともある。

 何処かの国とは違って、恐らく友好的な立ち位置……だと、思いたいんだけど。



「その辺は心配しなくて良いですよーー。とっても安全で良い所ですー」



 自信満々にえへんと胸を張るエルフさん。

 相変わらず、ほわほわしてて絶妙に説得力がないね。

 


「私の古い友人もいますし。皆さんにも紹介しますよー、勿論」

「賢者さんの……」

「古い」

「「友人」」



 それ何歳よ。

 ドワーフの寿命ってどのくらいなんだっけ。

 確かに、人間種よりちょっとだけ長い傾向にあるけど、半妖精とかと比較すると短かった記憶。



「賢者さんの古い友人ってどんなよ。ドワーフ?」

「もし人間だったらポックリ逝ってねぇかな。……大穴で魔物とかじゃね?」

「さてさてー。寿命の長い順に魔族、エルフ、ドワーフ……あなた達より寿命が長い傾向にある種族、ですかね。そして……龍種。あれなんかは、寿命など無いに等しいとも言われます。私達エルフでさえ及びもつかない存在ですね」

「確か―――トルキンの初代地の聖女。師匠は龍だったんですよね?」



 美緒が己の武器の柄に手を当てて尋ねる。


 二輪刀シュトゥルム。

 これも、トルキンで作られた武器だ。

 曰く、大昔に存在した龍種……刀公と呼ばれた龍の牙を材料に、弟子である聖女が鍛えた武装、と。



「刀公……。その名で呼ばれた龍種も、現代では存在していませんね。未知の部分も多いですが、龍は個にして完全なる存在であり、定めを持たない。大いなる力を持ち、歴史の証人として、調停者としてそこにもの。……にも拘らず、人知れず歴史の影に消え、そしてひっそりと消滅するのです」



「現在、私が知ってる龍種は五つ……。現存しているモノは、ですけどね」



 さっきから、まるで生物じゃないみたいに言うじゃん。



「大いなる龍公、未知なき魔公、果てなき天公、底なき虚公、曇りなき白公。どれも、あまりに完結した生命です。彼等は自然界の法則すら塗り替える……まさに大自然、大災害そのもの。一つの世界」



 大陸ギルドの基準にもあるね。

 過去200年の歴史の中で、ギルドが龍種と遭遇した事例はいくつか存在する。

 

 無論、相手も知性と我を有する種だから、大抵は穏便に済ませたらしいけど。

 もし、そうでなければ。



「S級災害指定。最上位冒険者は全員招集され、議会加盟国である全ての国家が協力をする必要がある、と」



 ……。

 ギルドの歴史でも片手の数しか発令されたことの無い、存亡の戦い。

 たった一人、一匹、一頭……個に対し、それ程の規模が動く。


 まさに戦争だ。

 


「因みに六魔将もここに該当しますからね」

「やば過ぎぃ」



 その一言でクロウンスに黒戦鬼が現れたのがどれ程の異常事態かが分かるし。

 今思い出しても……寒気がするね。

 


「個としての脅威度は、恐らく龍種の方が上。最早生命を超克したような上位存在ですからね。ただ、六魔には武器を扱う力、軍勢を操る力もあります」



 単一の個としての力と、武器を用い他を動かす力。

 魔物と人間の関係に近い。

 けど、強大な個に立ち向かうのに人間は団結して武器を使うのに、龍にも近しい力を個で持った上で策謀を巡らせて軍を動かすのは反則だ。



「まぁ、取り敢えず相手が龍じゃない事を喜ぶべきだな」

「隠遁種族で良かったねーー」


「わはーー」



 ……ロシェロさんがすっごく良い顔してる。

 何かあったのかな。

 彼女の良い顔って大体ろくでもないから聞きたくないんだ。



「あれ、西の方向行けば中央に行けるルートだよね? セキドウに寄れば、久しぶりにリザさんに会えるかも?」

「……いや、無理っしょ」

「その余裕がありませんね、今は」



 正直、会いたい。

 親しい人……、安心できる人。

 そういう人達と会って、分かれた後の出来事を共有して、笑いたい。



「まぁ、全てを片付けた後でも遅くはない、よね?」

「これからだしなぁ……、まだまだ」



 こんな旅だ。

 大切な人は、これからも増える。

 護りたい人、帰るべき場所……それはあればあるだけ良いと、あの人は言っていた。


 重みが力となり、鎧になると言っていた。



「―――皆、疲れた?」

「ねむーい」

「きがおもーい」

「寝て良いですー?」

「先は長いです」

「じゃ、ギア上げないと。目指すはトルキンだ。―――取り敢えずは、アムリタール都市国を経由しないとね」

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