第5話:アオメフクキシチョウ




「―――朝……、ですね」



 ―――え?

 あいや、まだ朝日も昇ってないんですけど……え? 本当に起きるんです?

 あ、起きるんですかそうですか……。

 

 ……。 

 あ、どうも。

 やあやあ我こそは―――皆さんご存じ、親愛なる生物研究者ハカセです。

 あと、カメラ片手に絶賛ドン引き中ハカセです。


 何をしているのか、ですか?

 見ての通りです、盗撮です。



「今日の業務は―――。時間通りに行けば日付替わりまでには終わりますね」



 目を開けて上体を起こすなりスケジュールの確認。

 ナイトキャップが外れた事により、就寝前と変わらず奇麗な蒼髪が波のようにさらりと揺れて。


 はい、遭遇したアオメフクキシチョウの様子が気になって追いかけてきちゃいました。

 暫く張り付こうとしていた家主さんも、昨日の件であれですし。

 多分今回ばかりは欠席でしょう。


 アオメフクキシチョウ。

 ユウカク科、アオメ属に分類される種で、先日発見したアカメキシチョウの類縁種に当たります。

 身長はあちらと同じくらいで、体重はやや低め。

 すらりとしたモデルのような、脚線美を象徴するような身体つき、そして一般的なマゾクの括りに該当しない蒼の瞳が何よりの特徴。


 専門家曰く、一言で表すなら―――完璧主義者、ですかね。

 


 ……えぇ、と。

 では―――その。

 彼女が朝の準備をしている間に、予め番組側が入手しておいたブイテーアールで一日の行動ルーティーンを見て行きましょうか。


 ブイテーアール、すたーと。



 ……。



 アオメフクキシチョウの朝は早い。


 一日目―――朝四時、起床。

 寝癖も、当然癖っ気なんてものもありません。

 金属の鎧で身を護ることもあるので、髪の毛は短めにしてあるのですね。

 肩にふんわり乗るくらいです。 

 目が覚めた彼女は自然な流れでベッドメイクを行い、その後髪など丹念に整え、朝食作りへ。

 僅か一時間あまりの時間をすごした後、徒歩でお勤めへと向かいます。


 んで……ここからカテゴリごとに詳細に語りますと……夜十一時まで仕事。

 食事の時間もそこそこに、仕事。

 本当に仕事、あくまで仕事。

 日付が変わって暫くしてから就寝。


 二日目―――朝四時起床、深夜一時就寝……三日目、四時起床二時就寝四時起床一時就寝四時起床一時就寝……。


 ……マジです。

 マジでガチでこの無限ローテーション。

 ギャップだとか意外な一面は愚か、日常と隣り合わせにあるような軽い趣味の一つすら片鱗たりとも見られません。


 労働環境クソでは?

 今まで見てきた生物の生態の中でぶっちぎりにつまらないです。

 つまらな過ぎて逆に気になってきますね、この習性。

 果たして、何がここまでフクキシチョウを駆り立てるのでしょうか。



「副長。少しでも休憩を……」

「適切に取っています。それより、貴方も行って来てください。昼休です」

「―――あの、近頃開店して人気を博している創作料理店の優待券があるんです。宜しければ、私めと……」

「気持ちは受け取っておきます。さ、休息を」

「……………」

「諦めなさいな。マーレ様の仕事を取り上げるなんて誰にも出来ないのよ。―――差し入れ、置いておきますね。食べてくださいね?」

「有り難うございます」



 言葉だけははっきりと、しかし目もくれずに没頭。

 他の者の書類が一括り終わる間に、彼女は十を終わらせています。

 なのに……減らないんです!!

 見ている側も、退屈過ぎて死にそうなくらい動きがないんですよぉ……!



「―――これで一段落、と。……おや?」



 結局、動きに変化が訪れたのはやっぱりいつもと同じ夜も更けた時間帯。

 もうそこにいるのは彼女だけで。

 差し入れ―――撒き餌も目に入らないくらい没頭していたみたいです。


 お饅頭、すっかり冷めちゃって……。

 普通、あったかいお饅頭が目の前にあったら毒入りでも関係なしに食べるもんですけどねぇ、普通は。



「ふふ。有り難うございます」



 けど……古く硬くなっててもお構いなしにもぐもぐ。

 たくましい生き物ですね。



「ふん、フン……ん。明日は三時でしょうか」



 で、仕事が終わったと思いきや始まる明日の準備。

 本当に意味が分からないんですけど、書類の数今朝より多い気がします。

 


「―――ごちそう様です」



 ………。

 時間がないのにちゃんとご飯も作るし、マゾクには珍しくお風呂も入って身体のケアもして……。


 マジで凄いですね。

 仕事中、誰かといる時、一人でいる時。

 とっても疲れている筈なのに、全然そんな様子がみられません。

 今日も、いつもと同じ。

 もしかして生物じゃなくて魔道具の類なんじゃないですかね、フクキシチョウ。

 ほら、グロリア迷宮とかトルキンとかのアレ。


 作業のようにご飯を食べて身なりを整えたフクキシチョウは、今朝のうちに整えておいた巣へと潜り込んで、直立する時みたいな真っ直ぐな体勢で目を閉じます。

 その体勢は、朝までまるで一緒で。

 恐らく、眠っている間だって気を抜いてはいないんでしょうね。



「……やっぱり、ズルいですね」



「―――……私も姉さんのように、あの御方と」



 でも。

 寝る前の、ほんの一瞬。

 目を閉じるその瞬間だけ、彼女は自分自身に我が儘になれるんです。



 ………。

 ……………。

 


 そして、今日。

 彼女はいつも通り……いつもより朝早く起きて。

 本当に馬鹿みたいな環境ですけど、これでもシャチクサイショーさんよりはましという事実。

 魔境ですね、魔皇国。

 睡眠時間はジャスト二時間で、すぐ起きちゃいます。



「三時。……今日は書類仕事ですね。段取りよく、スピーディーに……」



 もうそんなもんあってないようなものでは?

 仕事場が近いから、もう少し寝られるという考えはないのでしょうか?

 いっそ身だしなみなんて最低限で、少しでも睡眠時間を、とか。


 ……無論こちらの願いが届くはずなどなく。

 いつも通りに起きて、歯を磨いて、シャワーを浴びて髪を乾かして整えて……。

 貴重な仕事以外の時間が飛ぶように過ぎていきます。


 そろそろ私も本当に可哀想に。

 ていうかこんなの放映した日には番組側も大バッシングですよ、こんなの。

 私も可哀想になっちゃう……。

 

 何なら、また今日一日動きのない仕事をRECしなきゃいけない訳で―――あぁ……お願いですから仕事部屋の扉潜らないで……。



「―――閣下?」

「あぁ……。おはよう、マーレ」



 ………。


 ―――出ましたね。

 今回くらいは出てこないと思ってたのですが、やっぱりあの家主さんです。


 髪も服装もぴっちりかっちりしてますけど、間違いなくそうです。

 もしかしてここが彼本来の仕事場なのでしょうか?



「何を……、なされているのですか?」

「見て分からないか。寝不足だな。少し休むと良い。私が許す」

「……お仕事禁止令をお忘れに―――」

「君が無理をし過ぎていると複数の筋から聞いてな。それとも―――私はそれ程に頼りない上司か?」

「………それは」



 観察期間で初めて目にしたアオメフクキシチョウの動揺。

 それをまるで気にも留めずに机に向かって腕を動かす家主さん―――成程、確かにその佇まいや動きはフクキシチョウとよく似ているような気が。



「一人に依存するような組織体系など、滅びてしまえば良い。私の持論だ。……つい最近、少しばかり絶滅種の果物の探査で方々を飛び回っててな。今まで団内の親切心で担当していた業務を各機関に恒久押し付けておいた。今後、少しばかりは改善される筈だ」

「……なっ」



 ―――え、誰?

 私たちこんな人知りませんが。

 家主さんはもっとこう……格好良さ一割、残りは絶妙に情けなくて妙にだらしない感じの……もしかして先日の帰路で誤って泉にでも落ちて交換されてしまったのでしょうか?


 フクキシチョウとは別の意味で心配になってきました。



「さぁ、皆が来る前に残りを片付けてしまおう。一日、君の時間を貰うぞ」

「……! ―――それは?」

「どうせ仕事に消える時間だ。出世の為、上司の機嫌取りにくれてやっても同じだろう? 副団長」




   ◇




 巨大な棟が複数に、局所的に存在し、果ては草原や断崖、荒野……異なる地形を数多有する独特の立地。

 幾つかの区画に分けられた広大な敷地は、入ったら行方不明になっちゃいそうなくらいの森まで存在してるみたいですし……。

 総面積は如何ほどでしょうか?

 


「また、ここに戻ってくることになるだなんて……」

「懐かしいだろう? 私は通った事など無いが」



 ―――ここは、王立士官学校。

 魔皇国に数ある学び舎の総本山であり、普通科、魔術科、騎士科……幾つかの学科からなる魔皇国で最も権威ある学園ですね。

 情報によると……アオメフクキシチョウはこの学園の第836期の次席だとか。


 権威ある学園でもエリート中のエリートだなんて。

 さぞかしモテた事でしょうね。

 


「クク……。私の知る限りだと……、どちらかというと王子様のような通りだったな、当時の君は」

「……私の望むところではなかったのですが、ね。……ぁ、あの」



「それで、なのですが」



「―――この、格好は……!?」



 ……制服ですね、どう見ても。

 資料によると、この学園ではそれぞれ所属する科によって服の色が変わるとかで。

 アオメフクキシチョウの赤と黒のソレは騎士科。

 家主さんの灰と黒は普通科でしょうか。

 

 確かに、既に成人済みの男女が纏うには、いささか。

 何より、お勤め中は軍服とも言える中世的な装いのフクキシチョウが女性らしい服装を纏っているというのは―――……紛れもなくシャッターチャンス。



「いやなに、私自身そういう経験がないものでな。一度着てみたいと思ったのだが」

「何故私まで着る必要が!?」

「知らんのか。ここ最近、貴族共の間ではこういった遊びが流行っているという話だ」

「―――そんな……」

「馬鹿馬鹿しいだろう? ……だが、実際やってみると存外に異なるモノが見えてくる。確かに、これは―――」

「……ぁ……、の?」



 ……。

 この二日の中で一番感情が表に出てますね、フクキシチョウ。

 家主さんにじっと見つめられるまま、頬を僅かに染めて、ソワソワ……いかにも恥ずかしそうに周囲をチラチラ。  



「……良いな」

「~~~~~!!」



 ―――あれ、これ犯罪では?

 パワハラってやつですよね、これ。

 自分から褒めておいて、今に顔を更に赤くするフクキシチョウを伴うままにズンズンと広大な学び舎の廊下を歩いていく家主さんは。 



「あ、のッ……! 何処へ向かわれているのです? 騎士科……修練場へ?」

「………ッ」

「閣下?」

「―――いや。今日くらい、剣とペンから離れた方が良い。私も、君もな」



 並ぶように歩く両者。

 時折、すれ違う学生が何か違和感を覚えたように振り返ります。

 恐らく、”幻惑”で顔を変えるなりしているんでしょう。

 家主さんは知りませんが、アオメフクキシチョウは希少ながら超の付く有名生物……目立つわけにはいかないのです。


  

「―――昔。あの頃のキミに、話しただろう。結局、私は君たち双子の良き理解者にはなり得ないと」

「……はい。三年次の頃、でしたか」

「それは、何故か……。まだ覚えているか」

「……当時の貴方は……。差が、あり過ぎると」

「そうだ。肝心なところで、な。生まれ、才能、育ち方……性別もか。助言者にはなれても、それ以上にはなれない。それが惜しい所だった。私としても、口惜しい所だった」



 ……ふむ。

 確かに、才能という面では、家主さんは落第も良い所ですね。

 私の超観察眼で見るに、彼の魔力の質、量、そして肉体強度などは……お世辞にも、強者のソレではありません。

 今まで家主さんが触れてきた生物たちとは天と地ほどの隔たりがあるように思えます。

 

 そういう意味では、確かに彼が天与の才能を最適な方法で育成したサラブレット姉妹へ助言できることも少ないのかもしれませんね。



「……まぁ、それはソレとして。私にとっても、君たち姉妹は娘のようなものだ。出来得る限り力にはなりたいとは常々思っていた。無論、今でもな」



 無理やり学生服着せて言うセリフですかね。

 およそ言動が一致しない彼と、彼の真意を読み解こうと目を細め思考を巡らせている様子のフクキシチョウ。

 そうこうしているうちに、二人が辿り着くは。



「―――この教室、だったか?」

「……………」

「無論、私自身はずっと以前から知っていた。だが、君が私達の世界と大きくかかわるようになったのが、ここだ」

「………はい」

「当時も、君は此処で延々机に向かっていた。級友が去っていく中でも、黙々と……、淡々とな。久しぶりに座ってみると良い」

「それは……!」

「少しは景色と意識が変わる。さぁ」



 そこは、一つの室内。

 恐らくは学生時代のフクキシチョウにゆかりのある場所なのでしょう。

 証明するかのように、両者はぐるりとそれらを見渡して……、家主さんが促すまま、フクキシチョウはかつて自身が座っていた席へと腰を落ち着けます。



 ―――アオメフクキシチョウ。

 彼女の名は、最短で六勲騎士に到った才媛として、塗り替えられることなく学園の歴史に記録されています。

 

 あ、そもそも六勲騎士っていうのは、士官学校の在り方に由来するモノでですね?

 在学中、何かしらの分野で目を見張るような成績を収めた学生には稀に学生勲章が与えられる古いしきたりがこの学園にはあるのですけれど、全六種のソレを全て授与されたものはそう呼ばれるんです。


 六勲騎士は、毎年行われる「御前試合」の出場資格を得るとか。

 ともあれ、士官学校の生徒が受ける最も大きな栄誉である事は疑いようもなく……それを最年少で得たというのは、数百年の歴史で見ても最上の栄誉。


 学園が教える「基礎の習熟」という面。

 超位存在らが操る固有の能力でなく、基本というものを最も突き詰めた存在が、彼女なのです。


 教えられたことを何でも十全に覚え、応用できる。

 一を百にも、千にも出来る。

 「天意の模倣」と呼ばれる、一度目にした剣術や魔術をそれだけで己の物に出来る力。

 それを有するフクキシチョウだからこそ成し得た偉業。

 


「……あの当時。「彼女なら何でもそつなくこなすだろう。上手くやるだろう―――もう、うんざりだろう?」 ……と。閣下が―――」



「貴方がそう言って下さった。だから、救われたんです。私は」



 才ある者にもその者なりの悩みというものはあるのでしょう。

 むしろ、家柄と才能。

 それらとずっと比較され続ける側の方が、背に圧し掛かる負担は計り知れません。

 


「この学園には多くの者にとっての適切な指導者がいた。紛れもなく、世辞なく一流ばかりだった。が、枠組みを飛び越えてしまうような存在―――御前試合で招待試合顔負けの剣舞など見せてしまった姉妹に教えられる者は……な。君に必要だったのは、多くの例に漏れず、適切な指導者、ただそれだけだったのに」

「……………」

「……そうだとも。休むという事を教えられる、先生だ」

「―――閣下っ!」



 不意を突かれた冗談に、思いがけず彼女は眉を顰め。

 でも、すぐに。



「他の何者でもない。君は、君だ。私が最も信を置き、頼るべき。信頼する、部下だ」

「―――――」

「感謝してもしきれない。これからも、君には頼る事になる。だからこそ……君が本当に望み、しかし今や自身から発する事の出来ないものを。私には聞かせてくれないか? 私には、取り繕わないでくれないか」

「……ッ。それ……、は」

「良いッ。誰が許すでもなく、それは君の権利だ。重ねて言うが、君は君だ。誰の許可などもいらない」



 ………。



「―――閣下。……私、も」

「あぁ」

「我が儘を言っても、良いですか?」



 それは、ずっとずっとアオメフクキシチョウの根底にあったモノ。

 そもそも、何故彼女はここまで頑張ろうと思ったのか。

 周囲からの孤立を辞さず、効率を追求し、僅かばかりの必要を除く全てを無私に捧げた彼女の、幼少期から決して変わらない、偽らざるホンネは……。



「私、は―――褒めて、ほしかったんです。姉さんに、皆に……! なのに、いつしかそうしてくれる人は居なくなって……」



 周囲には、意味もなく溢れかえる賞賛だけが残った。

 本当に欲しいのは、それじゃないのに。


 ………。

 夕日の光が窓から差し込む中、不意に家主さんの掌が、席に着いていたフクキシチョウの蒼髪に乗って。

 まるで慣れているかのように、彼は自然な動作で頭を撫で始めます。



「良く出来たね、マーレ」

「―――――」

「ずっと、見ている。本当によく頑張っているよ、君は」

「………。―――んぅ、ふ……、ぅ……」



 ……ところで、これ事案では?

 今までの通りなら、跳ねるように席から立ち上がる筈の彼女は、抵抗一つなくそのぬくもりを受け入れて……。

 どころか、家主さんの手に自分の両手を重ねて、強請るように自身の頬へ導きます。



「んっ……ぅ……」

「―――………はは」



 逆に、彼の方がソレを予測できていなかったのかもれません。

 無言の主張を受け、一瞬強張った家主さんの顔ですが、彼もまたすぐにそれを受け入れて。


 

「―――もう少し、もう少しだけ。お願いします。先生」

「……手の掛かる生徒だな。実際、学生の君は、もっとワガママであるべきだったんだ。手の掛かる子ほどかわいい、とね」

「……私にはそんな勇気は」

「ならば、それが出来ている今は。……それもまた成長だと、目一杯褒めてあげないとな」



 ……。

 何か、思いがけず凄く貴重な生態の記録を入手できますね、毎回。

 家主さんさまさまっすわ。


 でも、一つだけ。



 ―――やっぱりどう見ても事案ですよーー、家主さん。




   ◇



 

「……ぁ、ぁぁ……ぅ」

「冷静になってくると恥ずかしいものだ、ああいうモノは」

「……顔から……、火が出そうです」

「はは。勘弁してくれないか。これ以上多彩になられると、いよいよ上司である私の立つ瀬がなくなる。既にあってないような仕事禁止令だが」

「ふ―――ふふっ……!」



「―――閣下……また、褒めてくれますか……?」

「勿論。君には、常にその権利があるのだから。……いつでも、な」



 あれから暫く経って、学園を後にして大通りを行く二人。

 私自身、今も手帳に書ききれないような情報を記すのに精いっぱいなわけですが……。


 今更ながら、家主さんにはまだ学名登録がされてないんですね。

 ダークボクネンジンとか、ゴマタオンナノテキ、オンナタラシクロヨロイ……新種発見で私が申請しちゃいましょうかねぇ……ととッ、手記広げすぎ。


 ……この数日、本当に色々な事がありました。

 今思えば、大体誰かさんを中心に回っていたような気がしますが。

 

 ホンネを言えば、私自身は、もっともっと続けたいのですけれど。

 あんまりの生物研究にばかり手を伸ばしていると、そろそろ働けと同僚に怒られちゃったりもするのです。


 ………だから。

 だから、今回の冒険はここまで。

 皆さん、本当にお付き合い有り難うございました。

 

 けど、大丈夫。

 きっとまたご一緒出来ますよ。

 だから、皆さん……またいつか、お会いしましょう。


 ではではーー……。



 ………。

 ……………。



 ………。

 ……………。



「………ン……しょっ。うん……、しょっ」



 目の前で巻物を包んでいる薄緑髪の少……幼女?

 道端で、レッドカーペットもかくやの長さの巻物を、だ。

 ちらと目に入った端には……「研究にっき」の文字が。


 推定、どう見ても関わり合いになってはいけない類の変人なのだが……残念な事に、上司としては無視も出来ない訳で、声を掛けにかかる。



「―――こら。通行人の邪魔になっているぞ。こんな所で君は何をしているんだ? ミル」

「……おーー。……ラグナ」



 名前の前に変な間がなかったか?

 別に妙な事など無かった筈だが。

 黒曜騎士団第三席―――【天識】ミル・ネイアは眠たげに細められた翠の瞳でこちらを見上げる。



「要件終わった? やましいやつ」

「や、やまし……? まさか見てたのか。……一応言っておくが、部下の慰労に付き合っていただけでやましさは欠片たりともないぞ」

「よくいうーー」



 やっぱりそこはかとない侮蔑の感情が目から伝わってくるんだが。

 まさか本当に全部視られてたのか?

 いやまて、俺は確かに本当に間違いなく言葉通り部下の慰労をしていただけで、やましい事など何も……ない、筈……?

 それに、今日一日見られ続けていたからと言って……本当に一日だけか?


 もしここ最近ずっと見られていたというのならば……。


 何にせよ、ここは話をすり替えておくべきか。



「最近姿が見えなかったが。いつもの遊び歩きか? 何をしていた」

「生物観察ぅーー」

「……………」

「で、沢山接続してお腹空いた。ご飯奢って」

「―――……はいはい」

「やたー」



 メシで釣れるというのならこちらとしても安上がりで大変結構。


 にしても……。

 相変わらず何考えてるか分からんな、この不思議ちゃんは。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る