第4話:アカメキシチョウ
みなさんこんにちは、知らないこと以外は何でも知ってる生物研究の権威ハカセです。
今日も今日とて生物研究。
明日も明後日も生物研究。
恐らく明明後日、弥の明後日も。
ある種生きがいとも言えますが、別に生き物の事しか考えてない訳じゃないんですよ?
歴史、文学、民俗、美味しいごはんとか……。
そう、私は本当に何でも知ってるんです、カミです、カミ。
まぁ、そんなどうでもいい事よりも……。
番組側―――実は、あることに気付いちゃったんです!
今やレギュラーメンバーになった家主さん……ご存じですよね?
彼って、私達の行く先々何処にでも、丁度興味深い生物を見つけたタイミングでなーぜか現れるじゃないですか。
なら、逆に?
彼に付いて行ったら珍しい生き物が沢山見られるんじゃないでしょうか?
どうです? 良い考えじゃないですかね。
―――ほら、あそこ。
「ギャース」
「分かってる、分かってる。皆まで言うな」
「ギャース?」
「肉体が定着するまで、暫し魔力による身体強化は使えん。日常生活に支障が出るとも思えんし、まあいいだろうが……」
「ぎゃーーす」
「あぁ。無理はするな……と。君が身体以外も丸くなってくれて助かるよ、リオン」
ガジガジされてますけど、どうやら甘噛みみたいですね。
血出てますけど。
現在、王城内の空中庭で竜と戯れている例の家主さん。
改めて間近で見ると……おぉ。
輝く鱗に大きな四対の翼。
あれは……前回ちらと確認した竜種さんですね。
……中型の竜種。
大きさこそ十メートルといったサイズですが、鱗や尾の特徴を見るに齢200は超えていそうな中々の個体。
妖精のような薄く透けた飛膜も特徴的で。
恐らくこれは【黒天竜】
幼生の頃は青色の体色をもち、成長するにつれて鱗の色が黒く濃くなっていく特徴のある、竜の中でも更に希少とされる種です。
とは言え、ここは魔皇国。
この国では竜は上を見上げたら「飛んでるなぁ」くらいの認識なので、今までと比べたら少し驚きに欠けてしまいますね、実際。
「先日の件で大分食べ過ぎたみたいだからな。暫くはダイエットを兼ねた自由期間だ。だが、あまり遠くへ遊びに行くんじゃないぞ」
「ギャース」
「あと、呼んだら来るように」
「……………」
「返事」
「ギャース」
「よし。快適な空の旅を、アテンションプリーズ」
通じているのかいないのか、まるで理解しているように鳴く竜さん。
一般に、亜人に数えられない魔物が人語を介する事はほぼない筈なのですが……数百年個体ともなると違ってくるものですかね。
やがて、飛び去って行く黒天竜。
ところで確か、この国の軍法では「竜種は厳重に管理されるべし、決して一人遊びさせてはいけない~~」みたいなのがあった筈なのですけど……あれ?
「……さて」
飛んでいくソレを見送った後、踵を返した家主さんは、歩きながら懐中時計に付属した鏡で髪を整えたりしている様子。
大事な要件でもあるのでしょうか。
では、計画通りコッソリつけてみましょう。
………。
王城を出て、大通りを行き。
一際大きな広場は、待ち合わせの名所。
丁度、象徴的な大時計の針がカチリと合わさり、お昼を知らせる音楽を奏で。
きょろきょろと辺りを探すまでもなく、真っ直ぐと家主さんが歩いていく先に居るのは……。
「―――――」
魔族の特徴である赤い瞳に、黒の双角。
金色の長髪を透き通るような赤い宝石の付いた髪留めで括り、纏うは白と紅に彩られたワンピースドレス。
落ち着いた令嬢の雰囲気を持ちつつも、何処か所在なさげに立ち尽くしている女性。
まさか、アレは……。
「すまない。遅れたか、シンシア」
「…………あ!」
やっぱり、思った通りです!
アレはまさしくアカメキシチョウ。
ユウカク科、アカメ属に分類される食物連鎖でも上位に位置する種ですね。
流石は家主さん……こうまで希少な種と交友関係を広げているだなんて。
「私もつい先程来たばかりなのです。その……お時間を作って頂き有り難うございます、アル―――ラグナ殿」
成程、デートですか。
マオウ科、ヨウマ科、シリョウ科、そしてユウカク科……。
ここまで多くの種と良好な関係を築いているなんて、凄い研究者ですね家主さんは。
今更ですけど、これって以前キョクトウミニマオウと家主さんが話していた件が関係しているんですかね。
「私の場合、時間は
「お、おじん……? ラグナ殿とご一緒出来ることに不満を感じた事などありません……!」
両者は暫しその場で言葉を交わし、やがて隣り合って歩き始めます。
……以前のマドウクロマジョのように腕を組んで歩くわけではないんですね。
まぁ、これはこれで。
「それで。これからの事なんだが、本当に私は何も考えてきては……」
「はい! 今回は私にお任せください!」
「そうか。……あぁ、任せるよ」
「ところで、だ。そろそろ敬語は外してくれても良いステップじゃ―――」
「いえ、それはまだ恐れ多く―――」
会話しながら歩いていく二人。
面白くなってきましたね、これは。
………。
……………。
「ここは―――」
「あれから、私なりに王都を散策して、色々と体験してみたのです。勿論、貴方には遠く及ばないでしょうけれど」
強靭な金属の網……ネットがそこかしこに張り巡らされた屋内。
来訪者らの延長線上には、正面に穴の空いたやや大きな箱状のものが規則的に並んでいて。
これも一種の魔道具なのでしょうか?
また、アカメキシチョウの手には、小鬼種や大鬼種の伝統工芸品こん棒を小型化したような棒が握られています。
これは、もしかして。
「やきう…‥というのですよね? この遊技は」
「―――えぇ……?」
「ストレス解消にはもってこいだと、団員に教わったものなのですが。中々どうして、これが面白く。調べてみた所、開発にはラグナ殿も関わっていたんですよね?」
「………そうだね」
そう、確かにこれはやきう。
今から200年以上も前に魔導士団と呼ばれる研究機関が考案した
威力の調整が可能、今では一般に娯楽として、打ち返して何処まで飛んでいくかを競う遊びが浸透しているとか。
私は体格的にあまり得意ではないんですけど、実際かなり人気があるらしいです。
「さぁ、一ゲーム如何ですか?」
「……………」
「ラグナ殿?」
「―――ぁ、あぁ……。そう、だね。どれ、試してみようか」
期待するような視線に耐え切れなかったのでしょう。
何処か遠い目をしていた家主さんは促されるようにこん棒を取り、アカメキシチョウは投球器の操作ボタンをポチポチ。
「裏上級者モードで……」
「ん? うら?」
「球速は……えぇ、最速。重さ……ラグナ殿なら―――一番重い球でも行ける筈です……!!」
「―――う、うん? シンシアさん? そう言えば言い忘れていたが、ちょっと今私身体強化が……」
「心配しないでください。小型の炎牛種に突撃された
「えっ。それ一般人普通に死―――」
「上級モードをコンプリートした者にだけ許された裏ステージ、というらしいです。さぁ、弾が出ますよ!」
本当に楽しんでいるんでしょう。
目を輝かせて観戦するアカメキシチョウの前で、錆び付いた機械のように首をギシギシ動かして投球器へ振り返る家主さん。
フォームは綺麗ですが、こん棒を握る手は何処か震えが……ぁ。
ミシッ。
「―――わぁ!」
メキッ……、ミシミシ……。
バキバキバキバキ……ッッ!!
「全球バットの真芯に……流石です、ラグナ殿!」
「―――。は、はは……まぁこんな、もの、か」
打ってる最中、何か聞こえませんでした?
後なんか彼の腕の関節変な方向に向いてません?
「もう一ゲーム如何ですか? 実は裏の裏というものもあって」
「……あ。えーと。君のバッティングも見てみたいなーーなんて……」
………。
「―――やりましたっ! 見てましたか!? 葬らんです! ラグナ殿!!」
「……………」
………。
「うわぁーーぃ、ちからづよっ」
家主さん背中びっしょり。
冷や汗が凄いですねーー、このまま脳と一緒に溶けてなくなりそうですねぇ。
一応解説しておくと、魔族って、身体能力が他の種と比べても桁違いなんです。
特に、有角種の膂力は平均でも人間種の10倍。
最上位個体ともなれば、更に途方もない筈で……その上で、アカメキシチョウは天性の能力にかまけず自己鍛錬を日課としているとか。
素の身体能力だけでもオーガ種を凌駕するでしょうね、彼女の場合。
―――おっと、二人がやきう場を出るみたいです。
追わないと。
「ゆっくり歩かれて、どうかされましたか?」
「いや、ね。楽しい時間が過ぎ去るのが勿体ないと思ってしまって……」
「……ぁ。ラグナ殿……!」
幸いな事に、片方なんかプルプルしてて歩きが遅いですし、尾行も楽で良いですね。
「……シンシア? ここはまさか―――」
「やはりご存じでしたか。こちらはとれーにんぐじむ、というのですよね?」
さて、次に二人がやってきたのは様々な肉体鍛錬の器具が設置された屋内。
屈強な男たちが沢山いますね、暑苦しいですねぇ、むさくるしいですねぇ。
「近年では騎士だけでなく一般の人々も心身を鍛え、健康な日常を送ろうという動きが活発だと。とても素晴らしい事だと思います」
「……あ、あぁ。立派な事だと思う。しかし、立派過ぎ……ゴホンッ!! もとい、その恰好は……いささか」
元から寄るつもりだったのでしょう。
まさか清楚な服の下に動きやすいスポーツ服……フィットネスウェアを着ているなんて。
おへそも出てますし、立派な起伏が強調されていて、確かに健全なオス個体にはやや刺激が強いような。
どうやらアカメキシチョウの趣味は自己鍛錬のようですね。
「えぇ。私も最初はみだりに肌を晒すものではないと思ったのですが……その。ここでは、これが普通だとの事で……」
「あ、あぁ……そう―――なのか……?」
「はい、親切な方々が!」
………。
「―――ラグナ殿?」
「いや。折角の施設だ。もう少し奇麗に掃除をするようにと後で伝えておこうと思ってね」
「……? 十分に行き届いているように思えますが……」
「まぁ、さて置き運動は健康的で良いと思う。だが、君は休みの日にまで……」
「……ふふ。やはり、私はこれが一番落ち着くんです」
そう言いつつ、アカメキシチョウは手近な器具に近付き、慣れた手つきで運動を始めます。
横にも空きがある所を選んだのは、一緒にという事なのでしょう。
「ふっ……、ふっ……」
「―――――」
たゆん……たゆん……、たゆん。
適度に締め付けていても包み切れない柔らかさ。
お兄さんたちがチラチラ。
家主さんも彼等へとギラッ。
何かを感じ取ったかお兄さんたち撤退。
「……は、はは。力強いな」
「限界まで負荷を与えながら練る事で、精神統一と魔力習熟の訓練にもなります。身体能力で言えば、私はどうしても男性には劣ってしまいますから」
「うん……?」
「せめて、少しでも他より自己強化を、と」
「………うん……、うん?」
……並び合って腕を鍛える二人。
デートって呼んで良いんですかね。
でも、確かにこれは今までにない形―――普段娯楽に焦点を置いていなかったアカメキシチョウの新たな一面……図鑑の作成が捗りますね、私としては。
「……特に魔力を使ってはいないようですが、ラグナ殿はそういう鍛錬はなさらないのですか?」
「……身体強化か。いや、実は……今日は身体が」
「―――……成程……! やはり肉体の基礎能力を……参考になりますッ」
「違くてね?」
「私も、精進ん―――んっ……、んぅ……、んん~~ッ。はッ……はッ……」
「―――ごふッッ!!」
「どう……、んっ……。ですか……? 最新の機器というの、はぁっ……!」
「はい、流石最新版……、大変にご立派で―――ぬぅぅん!!」
思い切り持ち上げた重りを自身の頭部へガツンガツン。
大分血迷ってますね、家主さん。
本当に血出てますけど……。
「俺は親御さんなんだ……、誰が何と言おうと……保護者ッ、ぐッ!!」
さっきからこの人何と戦ってるんですかね。
普通、二人っきりでデートしてる時点で少なからず想われているし、手遅れって分かるものですが……やっぱり難しいんですねぇ、ヒトって。
「生じることもなく、また消滅することもなく穢れることもなく、浄化されるのでもなく増えるのでもなく、減るのでもなくそれゆえに空にはいろもなく……」
「? ……それは?」
「気にしないでくれ。あとくれぐれも真似はしないでくれ」
あれ異世界の経典の一文ですね。
彼、殆ど動いてないのに今にも頭の血管が千切れそうに。
これも一種のトレーニング?
………。
……………。
「いい汗をかきましたね。シャワーも付いていて、とても良い設備ですっ!」
「……そうだね」
未だ紅潮した肌と、ぺたりと湿気の残る髪。
ツヤツヤのアカメキシチョウと、ゲッソリ気味の家主さん。
パンプアップしている筈なのに、ジムに入った時より細くなってるの本当に意味が分かりませんね。
「―――……あの、アルモス卿」
「……………」
「今日は、本当にありがとうございました」
「……君なりの羽の伸ばし方が見れた。私としても、それは大きな収穫だったよ」
……そうだったんですね。
やっぱり彼―――生物研究者だったんですね。
「もし機会があれば、また―――」
「是非!!」
「……………」
雲りっけのない笑顔―――さながらゴールデンなレトリバー。
これには定型文家主さんの笑顔もピクピク。
ついでに骨と筋肉もピクピク。
身体は正直で、今にも回れ右しそうな全力拒否姿勢ですが……嫌とは言わせないこの笑顔。
下手な悪意より、余程手ごわいタイプです。
言い忘れてましたけど、アカメキシチョウって魔皇国西部に分類される貴族家の中でも最も権威ある名家の出身なんですよね。
学園も一貫校ですし、そのまま騎士団ですし。
箱入り娘って言うんですかね、ある意味。
「……次がいつになるかは分かりませんけれど、ね」
「そうだね。暫し我々も休む暇がない程の業務を遂行していかなければいけない。多分明日はベッドから動けんが」
「え?」
「いや何でも」
「それで……あの」
「イザベラ殿に伺ったのです。この計画を終えたあかつきには、貴方が私達の望みを聞いてくださると」
「―――……ん?」
ふわりと漂う優しい風。
心地良い涼しさに紅潮する彼女の肌は……この紅潮は、運動の火照りとはまた別種の……?
家主さんもまた、顔を赤くしてます。
どっちかというと怒りで。
「―――ラグナ殿?」
「い、いや……。そんなふざけ……コアな情報まで仕入れているとは……本当に、仲が、良いね」
「あの方には、色々な相談に乗って頂いて」
「……頼りにしているんだな」
「はい!」
「はいじゃないんだよなぁーー」って考えてそうな顔です。
清々しいまでに諦めきってます。
「ですから―――私は、そのっ!」
………。
―――うん? 今、私の希少生物レーダーが……。
「―――有り難うございます、蒼克さま!」
「いえ。騎士としての責務を全うしたまでです」
ってぇ―――アオメフクキシチョウじゃないですかッ!!
現在の観察対象が対象だけに、思わぬ偶然に目が移っちゃいました!
アオメフクキシチョウ……アカメキシチョウとは成長の過程で分岐する、対になる生物……でも、生態などは結構違うんですよ?
実は図鑑に載ってるデータも少なくて、今回是非調べたい目標生物の一つに登録していた―――。
「ぁ―――マーレ……!」
「……警邏の最中だったか……、これは見つかったらコトだな」
「ですね。ここは撤退を。……それで……アル―――ラグナ殿。今の、件なのですが……その」
「……分かった。考えておく」
ってぇぇ、話聞きそびれてる!
生物研究者として、何たる失態!!
やや俯くような姿勢のまま頬を染めるアカメキシチョウと、先程よりも近い距離で並び歩いていく家主さん。
彼の後姿―――というか足は小刻みに痙攣していて。
アレは帰って即就寝コースでしょうか。
あの様子だと数日は歩き回る事も出来ないでしょうし、その間はしょうがないので別のターゲットを探すとしましょう。
では、また次回の生物観察でお会いするとしましょうか。
では、では……。
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