第3話:シロモトセイジョ
何処までも続いていくような荒れ果てた大地。
対照的に輝ける、未だどの家屋もが新しさを残した広大な都市風景。
時折駆け抜ける冷たい北風は何処から来たるのか……運ばれてくる香りの元はいずこか。
はーーい、皆さんこんにちは。
あなたの親愛なる隣人、生物研究者ハカセです。
今回は美味しそうな匂いに釣られて……もとい、そろそろ別の生態系にも触れてみたいという事で、少し足を延ばして魔皇国の北部まで来てみました、わー。
多くの地方都市を持つ魔皇国でも、ここ北部はロスライブズと呼ばれる地方。
国の中でもここ最近……数十、数百年? くらいまでは禁域指定されていた場所で、東部にそびえる霊峰、そして王都地下廟と並び、三大禁域と呼ばれていたんです。
……どうして「ヒトさん」って三大○○が好きなんですかね。
まぁそういう訳の分からなさが可愛いんですけど。
おっと、話を戻しましょう。
えーーと?
そうそう、かつては国内でも最高峰の禁域指定されていたここですが、現在では各地方との街道も整備されていて、一定の範囲内であれば危険は殆どないくらいまでに発展してるんですよ?
ほら、都市内部も高級住宅街のような大きな家がずらっと立ち並んでいて、まるで別荘地、避暑地……!!
実際壱の月から終の月までの一年を通して涼しく快適ですし、私もこういう所に別荘かまえて住んでみたくなって―――え? 殆ど人通りがないって?
……あーー。
そりゃ、こうして大通りで騒いでいても誰も見咎めないですからね。
え? そもそも見えてない?
まあ、まぁ。
如何に危険はないとは言っても、やっぱり魔素が濃すぎて定住できる人なんて殆どいないんですよ、ここ。
それに、生物観察っていうのはこういう人気のない極地でこそ発揮されるんですよ?
こういう所こそ、実は希少な生き物がひっそりといたりするんです。
とまぁ力説した所で、皆さんは信じてくれないでしょうし、異世界のことわざ百聞は一見になんちゃら―――ではでは、散策をば。
やっぱり行くべきは……間違いなく、あそこ!
かの壮大優美な魔王城にも引けを取らない大規模建築。
外見重視の優美さを持ち合わせたあちらとは異なり、要塞を思わせる造り。
この建造は、何でもかつては魔族の一大国家の都として栄えたこの地の象徴……強大な魔龍たちの侵攻さえ幾度と退けた大城塞だったとか。
成程大きいですねぇ、立派ですねぇ……!
……ところで入口どこですかねぇ! 見つからないですねぇ!
いっそ壁よじよじしますか。
南無三、取り敢えず屋上まで―――よじよじ……。
………。
……うわぁお。
広々として良い屋上ですね。
というか、地上の楽園みたいに綺麗です。
見渡す限り花、ハナ、華……花々の咲き誇る庭園、屋上なのに噴水……馬小屋にしては明らかに巨大な厩舎はまるで家屋とすら思えて、そんなモノが幾つも―――お?
何だか凄く良い匂いが。
成程、街中へ流れ込んでいた香りの元は此処だったんですね?
庭園……の、一角。
菜園のような場所でゴソゴソと動いている影が一つ。
パチン、パチン……ハサミで何かを収穫しているような音と共に、聞こえてくる鈴を転がすような声。
どうやら誰かいるみたいですね。
慎重に近付いてみましょう。
………。
「~~♪」
っと、これは……。
透き通るような白髪に、柔和に垂れた蜂蜜色の瞳……。
なんと! シロモトセイジョです!
世界でも数例しか生存個体が確認されていない超の付く希少……シリョウ科に類される生物!
魔族と呼ばれる種の中でも、大別されるヨウマ科にもユウカク科にも属さない体系を築く存在……。
実は私にとっても接点のある生き物で……鼻歌が聞こえてきて、ご機嫌ですね。
「―――このくらいで良いでしょうか? ……ふふっ。楽しみです」
どうやら指で摘まめる大きさの赤い実を収穫していたみたいですね。
籠に摘んだそれらを軽く水洗いし、屋根の付いた屋上テラスへ向かうシロモトセイジョ。
……テラスには円形の卓があって、席は二つ。
すぐ傍にも家屋と見紛うような大きな厩舎があって。
「……えぇ、と……。あとは……、何かやり忘れた事は……」
そわそわ、そわそわ。
忙しなくあっちへ行ったりこっちへ行ったり……。
広がったクロスの皺を伸ばしてみたり、テーブルに乗ったカトラリーや小物を入れ替えてみたり戻してみたり……もうできることは殆どないという事でしょう。
全力の手持ち無沙汰が伝わってきます。
今までの様子もそうでしたが、やっぱり何かを待ってるみたいですね。
何かを待っているんでしょうか?
時間を確認して、運んでくるはお茶、軽食、お菓子……良い匂いですねーー。
―――えぇ、そうなんです。
シロモトセイジョはとっても料理上手。
適当な食材さえ与えておけば、いつの間にか美味しい料理に仕上げてくれる頼もしい存在です。
けど、考えればおかしいですよね?
先述の通りシロモトセイジョはシリョウ科、モトセイジョ属に分類される生き物ですが、同じシリョウ科に属する「シャチクサイショー」と同様、食事による栄養補給を必要としないんです。
では、彼女は一体何のために料理をするんでしょうか。
……ふふ。
すぐに分かりますよ。
「―――――」
「ぁ……!」
遠くから何かの声が聞こえたのか、弾かれたように空を見上げるシロモトセイジョ。
果たして……確かに空には何かが居ました。
豆粒だった姿は、やがて大きく、その姿がはっきりと見えるようになっていきます。
妖精のような美しい被膜、そして割れた黒曜石のような煌めく黒晶の鱗。
あれって―――黒天竜? 激レアじゃないっすか。
あんなにプライドの高い竜種を飼いならして騎乗しようなんて酔狂、この国くらいでしょうね。
「ラグナさま! リオンちゃん!」
「ギャース」
やっぱり、用意してあったのは獲物をおびき寄せるための
えぇ、シロモトセイジョはとても賢いんです。
彼女自身は睡眠や食事を必要としないのにも関わらず、他の種と話を合わせるために敢えて睡眠をとってみたり、話作りのために敢えて料理をしてみたり……周囲に溶け込む努力を怠りません。
一説には寿命という括りすら持たず、軽く600年は生きているとかで……狩りの方法など、数えきれないくらいにある筈で。
今回もその一環なのでしょう。
さて、このままうまく獲物を捕らえることができるのでしょうか。
見ている側も思わず息をのんでしまいます。
「案内を終了します……っと」
……ところで、黒天竜の背中に乗ってるのって。
「すまない。遅れたか、フィーア」
「いいえ、時間通りです」
やっぱり、やっぱり! 間違いありません、あの家主さんです!
どうしていつも我々の行く先々に……。
これではもう番組レギュラーメンバーさんですね。
けれど、こんな所にまでやってくるなんて、もしかして趣味じゃなくて本当の生物研究者なのでしょうか?
シロモトセイジョが近付いていくと、首を下げた黒天竜は甘えるように顔を近付けて。
その間に家主さんは背中から降ります。
「クルルル……」
「うふふ……、また痩せましたか? リオンちゃん。―――ラグナ様も……」
「大丈夫だ。つい先日イザベラに調整してもらったばかりだからな。この日の為に」
「……………」
「―――いや……、それよりも。イザベラ、と言えば。彼女の料理はやはり君が指導を?」
「あ……! お召し上がりになったのですね!」
もしかして先日の話でしょうか。
竜を先導するように歩き出した二人は、世間話のように言葉を交わし、竜も慣れたように自分から大きなソレへとのしのし入っていきます。
そのままの足で、シロモトセイジョたちもすぐ傍の茶席へ。
どうやら、今回が初めてというわけでもないみたいで、家主さんを席に座らせるとすぐにお茶を淹れ始めるモトセイジョは……さっき摘んだ果物も入れてますね。
「その……。如何でしたか? イザベラ、本当に一生懸命に……魔術だって一回も使わなかったんです」
「それは初耳だ。聞いていれば、もっと……うぅむ。努力を隠すのは頂けんな。褒めて伸ばすタイプの天敵とも言える。だが……とても美味かった。温かく、味付けも実に私好みで、な」
「うふふっ」
「けれど、私だってラグナ様の好みは知っているんですよ? さぁ、まずは食欲を刺激する香茶を。リオンちゃんも待っててくださいね」
「ギャース」
厩舎……いえ、竜舎のすぐ前にテーブルを用意していたのはそういう事だったのですね。
確かに、大きな竜種の方が獲物として食いでがありそうです。
「今回は少しだけ手の込んだものを作ってみました。お口に合えば良いのですけれど……」
「また、随分と沢山……凄いな。ドラゴンテイルの煮込み……これは精がつきそうだ。ほれ、リオン」
「―――ヶ?」
やがて次々に料理が運ばれてくると、家主さんはまるで竜に見せつけるようにソレを持ち上げて。
竜はよく分からないと首を傾げつつ、視界の端に映ったらしい自分の尻尾に興味津々。
自然界において、お肉はお肉、食事は食事。
共食いを絶対にしない生物なんて存在しないのですから、然もありなん
「アングィラゴースの付焼き。アイトーンのタタキか。それに、ファラリウスのロースト……この緑のソースは?」
「お疲れ、と伺っています。ソースに入れたナッツ類は疲労回復や体の健康に良いですし、香草類も―――」
ウナギ、馬刺し、牛のロースト……。
種としての種別で見るならそう呼ぶことが出来ますが、卓に並ぶはどれも食物連鎖の上位に君臨する魔物を用いた料理。
それだけで、モトセイジョもまたそれ以上の上位生物であることが伺えてしまいます。
彩りも豊かで、大変美味しそうですねぇーー。
あと凄く元気になりそう、色々と。
「ローストはそちらのソースで。アイトーンは生なのでこちらのタレでお召し上がりください。お好みでニンニクも」
「ふふ……、興奮してきたな。本当に全部食べていいのか?」
「はい……! さぁ、リオンちゃんも」
レストランで出てくる大きなワゴンに載せられてくるは、ローストらを切り出す前の丸々一塊。
こちらは竜さん用でしょう。
大きな尻尾が左右へふりふりダンダンされ、竜が竜の尻尾に噛みついた頃、家主さんも料理に手を付け始めます。
………。
……………。
「まぁ。そんな事が……」
「最近ではな。次の非番の際に良ければ、と誘われはしたのだが……本当に私などが同行して良いのかと答えを出しあぐねていて」
「では、私からもお願いします。きっと喜びますよ、彼女も」
「君がそう言うのなら……そういうモノか。以前……と言っても数十年程も前の事になるが。外出するにもおっかなびっくりだった彼女はもう居ないというわけだな」
「懐かしいですね……。ところで、マーレさまは?」
「……はは。それが私も困ったことでな。その件も含め、君に助言が貰えないかと思っていたんだ」
世間話、愚痴話。
知識欲ぅ……です、かね。
シロモトセイジョは、入って来る全てが楽しいと言わんばかりに熱心に家主さんの話へ耳を傾け。
家主さんもお酒が進むのか、テーブルに広がる料理は粗方手が付けられて、その量を減らしていきます。
もし残っても、傍に全てを呑み込むブラックホールがいるので心強いですね。
……けれど、モトセイジョはもっぱら家主さんが食べるのを見ているか、お皿を下げたり、竜へ取り分けてあげるか寄せてあげるかで。
「さぁ、もう一杯」
「む? ……すまない。むぐ……これも、旨い―――……ところで、フィーア。君は食べないのか」
「はい、後程たくさんいただきますよ」
「……? 全部食べて良いと」
「はい。お召し上がりを」
「……?」
「ラグナ様。こちらの料理の食中酒には―――これです」
「これは……薬酒か?」
「頂き物なのですが、私はあまり飲まないもので……ささ、まずは一献」
「―――ぅ……む」
並々と注がれたソレを零れる前にと一息に呷る家主さん。
……かなり度数高そうなお酒ですけど大丈夫ですかね。
自然な流れで二杯目も注がれちゃって……。
「―――久しぶりに味が分かると、やはり……うむ。たった数杯で酔う程弱くなってるとは……」
「味が分かると進みも早いですからね。もう一杯如何ですか?」
「……しかし、これ以上は」
「美味しいものは美味しいうちに、です」
「……その通りだな。貰おうか」
「ふふふ……。次はこちらを召し上がった後に飲んでみてください」
「……旨いな」
「薬酒とも相性が良いとなれば、やはり同じ生薬を用いた食事です。とても身体に良いんですよ? ささ」
「……ぅ、む……ぅ」
注がれる、飲む、お酒が進む進む。
美味しそうですね、辛抱溜まりませんね、お腹すきましたね……。
更に会話が盛り上がっているともなれば、お酒一本が空くのなんてあっという間で。
「―――フィーア。やはり、今日中に戻るというのは無理があったらしい。部屋を借りたいのだが」
「勿論ご用意できてますよ」
「……準備が、良いな」
最初は向かい合うようにして進んでいた食事。
その距離は、いつしか隣り合いに、吐息が当たるほどにもなっているのに。
でも、お酒の入った彼はそんな事にも気づいていない……と。
「だ、が……これだけ飲むと、明日がこわい、な」
「残らないものですから、ご安心ください。分解作用のある薬草も入っていて。すっきりと、心地良い睡眠になる筈、ですっ」
「そう、なのか……。本当に、助か、る……ねむ、く……む」
………。
「……本当にお疲れ様です、ラグナ様。ゆっくり休んでくださいな」
「―――ギャ?」
「うふふ……。リオンちゃん。しー、ですよっ?」
「……?」
やがて、辺りが暗くなってくる頃。
柔和に開かれていた金色の瞳が妖艶に細められて。
とばりの降りた世界は、まさしく狩りの幕開けを知らせます。
確かにモトセイジョの細腕では運ぶのは難しいかもですけど、先程まで料理を運んでいた運搬用ワゴンに乗せられ運ばれていく様はまるで……まるで。
………。
……………。
生物研究には危険が付き物なのです。
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