第4話:磨かれゆく剣




「リサ! そっち!!」

「分かりましたッ……“風斬羽―――逆薙さかなぎの型”」



 魔人発生の要因はエルシードにこそあるとの大義名分を掲げ進行してきたエブリースの軍勢。

 その名分にそぐわぬ形で発生し続数を増す異形の存在。


 戦いは苛烈を極めた。

 ソロモンら自身、少人数による乱戦、或いは対多数の混戦などの経験はあれども、軍と軍が衝突する規模の戦いとなれば初めて。


 一度に複数体の敵を切り裂くソロモンに対し、リサは一閃で一体。

 一瞬にして四体。

 個の技に重きを置く彼と連撃に重きを置く彼女は、互いの隙を補う相棒としてこの上なく。



「風斬羽……十桜じゅうおう―――――ッ……。やっぱり、十回は切らないと駄目そうです」

「ね。本当に意味わからないよ」



 ……彼等が切っているのは、只人ではない。

 それは果たして、二人にとって良い事なのか悪い事なのか。


 沢山切れば動かなくなる。

 現状の対処として説明されたのが、それだ。


 異形の存在―――魔人。

 その動力源は魔力。

 事前情報として、半妖精の特殊部隊が一時的に拘束した魔人の全身からは、極小の魔力結晶体―――魔核石に近いが、ごくごく微細な結晶が無数に検出されたという事。

 それは、埋め込まれたものでは決してなく。

 


「強大な魔物の仕組み……そして、魔核石の仕組みと同じ。魔物は、成長に応じて体内の魔核石も成長する」



 魔核石は純粋な魔力の塊でありながら、現段階の技術力では解明不可能な体内器官とされている。

 そもそも、魔力の結晶化などやろうとして出来るものではない。

 

 一般に、ソレは元々そういうもの、という認識で。

 大半の人々は疑問にすら思わない。

 だからこそ、その常識が定着していたソロモンと、知らなかったが故に柔軟に対応したリサの理解度は異なり。



「彼等魔人は、欠損部を体内の魔力を結晶化させることで補っている、と」

「説明きいてもやっぱりよく分からないんだけど」

「……ぅ」



 敢えて呼ぶならな、完璧な万能細胞。

 そう位置付けることもできるだろう。


 剣を振るうままに顔を顰めるソロモンと、どう説明すべきかと顔を顰めるリサ。

 彼女は、目の前の魔人へ銀閃を幾重にも繰り出す。



「とにかく―――こうッ。相手が再生するより早く、沢山斬れば良いんです。魔力がなくなれば、体内で生成される結晶も無くなる、血液と同じ。そうなれば、塵になって消える。それだけ覚えておきましょう」

「ふん、ふん……。うーーん?」



 彼女の説明に、未だ首を捻るソロモンは。

 ……果たして、己の相棒はこれ程物分かりが悪かったか……と。

 

 リサが疑問を覚えたのも束の間。



「ねぇ、リサ。いまになって思ったんだけど、言って良い?」

「はい」

「当然のように指揮執り始めるのおかしいよね? やっぱり」

「……はい」



 どうやら、ソロモンが首を捻っていた理由は、もはや魔人に関しての疑問ではなくなっていたらしく。

 二人が話しているのは、今頃敵国が向けた軍と戦闘状態にある半妖精の部隊―――その指揮側へまわっているであろう男の話で。


 エルシードは、この魔人による脅威と先の宣戦布告を仕掛けてきた国家……二つの間で挟み撃ちにされていたが。

 役割分担として、二人は魔人側の対応を任されこの戦場に降り立ち、個として行動を―――。



「私が、どうかしたのか」

「うわ出た」

「戻ってきたんですか、シディアン。―――指揮は?」

「端から私の役目ではない。我々はいつも通り、少数で動く。それが最善だろう」

「―――ねぇ。シディアンって何者なの?」

「……………」

「都合が悪いとすぐ黙りますね、貴方」

「そら、また来るぞ、―――魔人だッ」



 濁った血液のような朱の瞳に、黒の筋が幾重に走る肉体。

 不自然に肥大した筋肉が脈動し、獣のような、しかし苦悶にも似た歪な咆哮のままに駆けてくる人型。

 頭部には、体内から突き出したかのように結晶化した魔力の塊が角のように突き立ち。


 ……リサに曰く、ソレを表現するのに最も近しい言葉は「悪魔」だという。

 ソロモンらにとっては、淵冥神の御使いとされる使徒の名だ。



「―――はぁぁぁッッ!!」

「良いぞソロモンッ!」



 繰り出される三人での連携もまた、洗練され切っていた。

 攻、攻、攻……。

 遠距離支援役、回復役、盾役……そんなサポートなど不要とでも言うように。

 単純に手数が増えつつも、互いの動きをまるで阻害すること無き刃の旋風は、容赦なく再生する敵を次々と塵へと還し。


 しかもその動きはまるで止まらず、加速し続ける。

 今の彼等はこの程度での疲弊などあり得ない。

 

 ただ、流れるままに目の前の異形たちを……。



「「―――――」」



「―――今のッ!」

「えぇ……! 急ぎたいの、ですけど……ッ」



 それは、悲鳴……叫び―――沢山の命が失われる前兆。

 何者かが助けを求める声が研ぎ澄まされた三人の耳に入り―――しかも、ソレは今頃エルシードと敵国の軍が睨み合う戦場の方向で。

 ……まるで足止めとでも言うように、彼等の元へ現れる魔人は数を増す。


 リサやソロモンとて、他に気を取られた混戦ではいずれは集中を欠くこともあり得る。

 一回の被弾が、直接命に直結する事もあるだろう。


 ……と。

 シディアンが、彼等が注意を向けた方向へと剣を掲げ。



「行け、二人共。ここは私一人で十分―――」

「ごーー!!」

「そう言うと思ってました! お願いします、シディアン!」

「……………」



 端から心配などしていないのでと、全力ダッシュ。

 魔人に囲まれゆく剣士一人を置きざりに、一点突破とその場へ向かう二人。


 ……そして。

 まさしく、惨憺さんさんたるという言葉が当てはまる光景だった。

 数十年、或いは数百年はくだらないだろう齢の樹木が灼け焦げ、軒並みなぎ倒され、周辺には幾重ものクレーターが生まれている。

 一帯には、濃密な死臭と、鼻を塞ぎたくなるような腐臭が漂うばかりで。


 ……しかし、意外なほどに斃れた者の亡骸はなく。 


 最も巨大な陥没跡―――そこだけ結界でも張られていたかのように草の青が残る、ドーナツのような中心部で。

 背中には大弓を。

 腰には細長く、やや鞘の曲線がある短剣を。

 肩を抑えて膝をつきながらも、逃げる事無く敵に向かっている存在は。



「―――ぅッ……、はぁ……、はぁ……」

「……女王さま!!」

「ティアナ様! ご無事ですか!?」



「……へ? ゆうしゃさま? ―――あ!! 逃げてください、お二人共!!」



 その周辺には、戦闘の跡が残るのみ。

 確かに相対している筈の軍勢はおろか、彼女以外の何人も存在しては居ないわけで。


 ……あの能天気女王が、叫ぶ。

 あまりの緊急事態に、ソロモンとリサは確実に何かがあると理解し―――。

 

 空から、何かが落ちてきた。

 それは……、流木のように黒々とした、抱える程もある黒。

 巨大な木炭のようでもあり。



「……こ、れ」



 一体が焦土と化した理由。

 転がる炭化したそれらは……、空から落ちてきたソレは、恐らく―――と。


 二人は、森を構成する木々の隙間から天を仰ぎ。



「―――あ、れ……は」

「うっそ……、竜、種……?」



 ……死臭。

 それは、理解できる。

 戦場には付き物だろう。


 だが、腐臭。

 それだけは、最初から明らかにおかしかったのだ。 



「私達の軍は撤退させました! 敵軍も、私が怒鳴りつけたらみんな帰りましたッッ!! 只の雇われ兵士さん達だったので! ついでに言えば―――結界、もう持ちません! 限界なんですよぉぉぉ!!」

「「………!!」」



 ……先の黒塊とは異なる。

 パラパラと空から降る、雪のような、氷晶のような。

 それらは、今に規模を増し、巨大な塊が次々と、ガラスのように降り注ぎ。


 女王が張った大規模結界が砕ける。 


 大空より、腐臭と共に敵が姿を顕す。

 それは、果たして―――二十メートルを優に超えようかという、巨大な竜の姿だった。



 ………。

 ……………。



「……ッ。強すぎなんだけど、このアンデット竜!!」



 巨影が放射する黒炎は、触れた樹木や大地を一瞬にして黒に染める。

 それは、炭化。

 一瞬にして全てが黒塵に帰す死の瘴気。

 触れるだけで魂ごと刈り取るだろう死の瘴気から逃れるまま、悪態をつくソロモン。


 竜へ矢を射かけるままに、女王が叫ぶ。



「只の竜じゃありませんよぉ! 500年前の大戦―――ただ一個体のみで大国群と渡り合った魔物の王にして、600年を生きたとされる伝説の大妖魔。魔素の干渉により火炎の放射器官が大幅に変異したことで発生したとされる特異個体―――」



「邪眼竜ローヴォイドのアンデットですぅ!」

「まさかッ……!?」



 ―――ローヴォイド。

 邪眼竜と呼ばれるソレは、かつて大陸全土を巻き込んだ一次大戦に波乱を齎した厄災の竜王。

 国益や各国のパワーバランス、利害関係など眼中に映らず、単純に魔物として全てを蹂躙しようとした本能の化身。

 古の英雄に討伐された邪竜。

 歴史上に実在したと確認されている最長齢の竜種だ。



「ホントッ!? あの物語の!?」

「ソロモン!! テンションあげてる場合じゃ―――ないです!!」



 リサの放った目を見張るような剣閃が、硬い音と共に止まる。


 アンデットには、幾つかの種類があるが。

 この竜は飛行を可能とする翼が不自由なのか、滞空時間は少なく……それだけが彼等の救いで。


 しかし。

 鋼鉄のような、岩肌のような鱗は彼等の剣をもってして、蹂躙するに至らない。

 幾重もの斬撃を放ち、転がるように黒炎を避け。

 また、己が剣技を放ち続けるリサが疑問に叫ぶ。

 


「伝説の竜がどうしてアンデットに!? 邪眼竜は英雄セラエノに討ち取られて埋葬されたはずです!!」

「つまり、そういう事ですーー!!」

「墓暴き!? 罰当たりだよ! そんなに食べるに困ってたの!?」

「絶対そうじゃないです!」



 大陸西側。

 ソロモンのいた農村部では、飢饉の際にそのような行為が横行する場合がある。

 埋葬品の類を暴き、売りに行くのだ。 


 しかし、今回の場合は絶対的に理由が異なると。

 一体どうやってかの竜を蘇らせたのかに思考を巡らせるリサは、女王の声で我に返る。



「お二人共! この魔力反応は―――別の魔物の魔核石を感じるんです! もはや魔人に近い構造ですよ!! この竜も!」

「だから切っても切っても!!」



 ソロモンが砕き割った鱗の隙間をリサが開き、ティアナが剛弓の一撃を見舞う。


 即席でありながら、三者の連携は見事だったが。


 今や、エルシード周辺の樹海は火の海へ沈み。

 襲来した不死者の軍が、次々と攻め上ってくる。

 幸いなのは、骸の竜が生前のように、目に映る全てを焼き払っているという事で……何と、あの黒炎は魔人すらも灰に変える。


 それに恐れをなした筈もないのだが、多くの魔人はこの戦域を離れ、一定の方角へ向かい。



「あの方角、は」

「がんばれーー、シディアン……」



 それは、より都市の方角。

 ひいては、今やシディアンが一人で防衛を担う戦線だ。



「でも、このままじゃ僕達もマズい! 都もだ! どうにか、僕達でローヴォイドを!」

「……でも、どうやって」



 ソロモンが砕いた鱗もまた、再生していた。

 アンデッドでありながら、あの竜の肉体は再生しているのだ。



「―――そうです、伝承が糸口になるかも!」

「「!」」



 と……、ティアナが叫び。

 ソロモンとリサは、同時に竜の一点を覗くべく左右に分かれ、飛び込む。


 ―――大陸全てを呑み込んだ、一次大戦。

 かつて存在した大国の覇者……炎王セラエノは、邪眼竜の逆鱗を紅蓮の焔で穿ち、己が軍勢に一斉に魔術を射かけさせた。

 そして苦しみにのたうち回る竜の喉元へ、己が槍を……。



「「逆鱗ッッ!」」



 喉元に位置する部分。

 逆鱗と呼ばれる鱗が存在し、伝承で邪眼竜へトドメが放たれた箇所。


 ……その鱗がある筈の場所には、両手の平を合わせたほどの広さの、腐敗した生肌が露出しており。



「ない!!」

「逆鱗、ありません!」


 

 そう。

 この邪眼竜には逆鱗が存在していなかったのだ。

 予想だにしなかった事実に、ソロモンとリサは一瞬の動揺を見せるが。



「いえ、確かにあそこです! あの部分にさえ決定打を放てれば!!」

「でも、逆鱗は……ぁ。成程!」

「―――そっか! だからこそなんだ」


 

 逆鱗という弱点のみを意識するあまり、単純な事を見落としていた。

 どちらにせよ、再生し続ける強靭な鱗を穿つのは難しいのだ。

 むしろ、逆鱗が剥がれ落ちているからこそ、生肌が露出した喉元は決定打を放つにはうってつけの場所で。



「でも、範囲が狭すぎるし、僕の武器じゃ上手くハマらなそう! そもそも刺突とか苦手だし!」

「ならば、私が……でも」


「―――勇者さま! これを使ってください!」



 度重なる戦闘により、刃の毀れ始めていた彼女の武器。

 ソレを理解していたのか、女王は腰に下げていた短剣を彼女へ放る。



「その剣が、竜と魔を断つ力を与えてくれます!! 念じてください! 貴女なら、出来ますッッ、出来る筈なんですッ!!」

「……これ―――」



 短剣……彼女に言わせるならば、一振りの小太刀。

 それを握った瞬間、リサは確かに聞いた。


 剣の、声を。



「―――ゥ……、ァ―――ヴアアァァァァァァァッ!!」



 ……小太刀―――否。

 今や完全な刀となったソレを鞘から抜刀したリサに何を感じたか。

 それ迄三人の中で最後に攻撃してきたものを狙っていたローヴォイドは、リサへと空から真正面に襲い掛かり。



「リサ!!」

「潰しましたッ! やっちゃってください!!」



 ソロモンが一方を。

 女王がもう一方を。

 完全に注意を背けていた者達の攻撃により真紅の双眸を同時に失った竜は、しかし只進み続けるしかなく。



「風斬羽―――“尖閃せんせんの型”」



 喉を、肉を、骨を。

 果たして、どれ程の威力がその一点に込められていたのか―――竜の喉元へ、大穴を穿つ、一撃。


 辛うじて皮一枚に繋がった頸部も、墜落の衝撃で離れ。

 伝説に語られた竜王は……灰となって崩れていく。

 死して尚弄ばれたその骸は―――今度こそ、本当の安寧を迎えたのだ。



 ………。

 ……………。

 


「―――……ッ……、はーーッッ」

「流石に、魔力の使い過ぎ、です」



 その場にへたり込むソロモンとリサ。

 周囲を警戒するように伺っていた女王は、確認したように二人の元へ座り込む。



「ですですぅ……。けど、どうやら、向こうも手駒は使い切っちゃったみたいですよ?」

「……何で分かるの? ぁ―――分かるんです?」

「あははーー、ちょっとした伝達術ですよ。私、今現在世界でただ一人の精霊魔術の使える王様なので」

「「精霊魔術?」」

「はい。先の結界も、それです。だから、本当はめちゃんこ強い―――んですけど、まさか邪眼竜なんて……。お二人共。本当に感謝感謝ですぅ!!」



 ……。

 女王の礼を受け取り。

 しかし、と。

 納得できない事があるリサは、呟く。 



「……長い間埋葬されていた邪眼竜なのに、欠損は殆どありませんでした。それでいて―――どうして逆鱗と幾つかの牙だけがなくなってたんですかね? そこだけ再生しなかったのも……、おかしいと言いますか」

「謎ですねーー」

「誰かが持ってちゃったのかもね」

「かもですねーー。……それより、アル―――シディアンさんは心配しなくていいんです?」

「―――あ」

「そういえば」



 女王の言葉に、ソロモンとリサは一瞬だけしまったという顔をするが。

 やがて、すぐに笑みをつくり。



「―――ふふっ。シディアンなら大丈夫だよ!」

「きっと魔人百人……千人切りくらい平気でやっててくれてる筈ですから」

「……あは。まぁ、私も心配してませんけどねーー」



 ………。

 ……………。



 ………。

 ……………。



「……無事だったか、二人共」

「こっちの台詞です」

「確かに心配はしてなかったけどさ。一人で何やってんの?」



 塵も積もれば、とは言うものの。

 風に捲かれて消えていくそれらの膨大さは語る事も出来ず。

 

 

「ふぇーー。本当に剣一本でずっと戦ってたんですねーー」

「ねぇ、不死身なの? シディアン」

「そんな所だ」

「真面目に答えてください」



 魔術が使えない身体というのも頷ける。

 これで超常の力までも扱えるなどとなれば、あまりにズルいと。

 身体に傷一つ見受けられない剣士を迎え入れた彼等は、全員の無事を喜びながらも、魔人の侵入により未だ戦闘状態の続く都市へと急ぎ戻る事となった。




   ◇





「本当に、ほんっっとうに感謝感謝ですぅ!!」




「えぇ、何度でも言いましょうとも! 皆さんには、どれだけ感謝してもしきれません。エルシードは、あなた方三人を未来永劫語り継ぎましょーー!」



 そして。

 戦後の処理が落ち着き始めた頃、彼等は相変わらずの女王と謁見する事になり。



「玉座の間まで一緒に歩いて来たのに、なに久しぶりみたいに言ってるんだろうね」

「甚だ疑問だな」

「です。―――あの。まだ、すべきことは山積みですよね? そちらも、協力しますよ? 私達は」



 可能なら、この国を一時の拠点にしたい、と。

 エルシードの生活に利便性を感じていたリサは打算ありきでソレを提案する。


 そもそも、現状はまだ何も解決してはいない。

 それは、都市内部まで破壊の手が回ったエルシードを復興させなければという事もあるが、何より……。


 魔人の正体。

 邪眼竜のアンデッドを使役するという強大な力。

 そして、未だ一国家が丸ごと敵対してきているという事実。

 三人はそれらの脅威に対抗するならば協力は惜しまないという姿勢を維持しており。


 その言葉に、女王は満足げに頷く。



「えぇ、えぇ。その辺は、私も本格的に調査に乗り出すつもりですよ。具体的には、野外調査? 潜入とか。冒険家として単独調査とか」

「―――ん?」

「や……がい? せんにゅ?」

「ともあれ、です。まずは今回の件でのご褒美を皆さんに上げないといけませんからね! 今回はそういう要件です!」

「「おぉ……!!」」



 何やらおかしな言葉が聞こえた気もしたが、続く言葉に完全に忘れ去られ。

 果たして、何が来るのか……と。

 思わず身を乗り出したリサとソロモン。

 既に猛烈に嫌な予感を覚えるシディアン。



「何と。何と何とです! いまなら女王である私をプレゼント―――あ、冗談です。冗談ですから帰らないでくださーい、不敬罪ですよーー」



 見張りが居ないのを良い事に、回れ右をして出て行こうとする三人を引き留め。

 元プレゼントの女王は、傍らで呆れた表情の妹へ合図を送る。



「セレーネ、お願いします」

「はい、姉上」



 女王の実妹が両手に持つソレは、木箱。

 形状から、細長いものが収められている事が伺え。


 

「……スィドラの箱か。これだけで大層な値打ち物だが」

「―――この木の事?」

「聞いたことありませんね」

「スィドラ。大陸で最も強靭であり、心材は鋼すら断つ樹木。大地の力を吸い上げて、星に根を張る世界樹―――……コホン」

「お。詠唱キャンセル」

「キャラが崩れるからですかね」



 まじまじと木箱を眺める三者の前で、蓋が取り去られ。



「―――こちらを、お受け取り下さい。リサ・オノデラ様」

「あ」



 収められていた中身。

 それは、透き通るような刀身を持つ……先の邪眼竜戦でティアナがリサへ使わせた武器だった。


 前回との違いは。

 その武器の登場に目の色を変えたものが一人、という事で。



「―――……よもや。風の聖剣か!!」

「え。知ってるの? シディアン」

「本当に何でも知ってますね貴方」

「剣士として知らない筈がないだろう。銘を、シュトゥルム。五世紀前、偉大なる龍種の弟子として、最初の地の聖女として存在した女性が鍛え上げた三振りが一つ。トルキン三聖剣が一、風の名を冠する聖剣。初代の風の聖女へ送られたとされているこれが、何故ここに?」



「……武器の事になると早口になるね、シディアン」

「……ですね―――え? そんなに凄いものを……、私が!?」

「はいーー。だって、剣に認められたんですから!」

「是非、貴女に振るって頂きたいと。我々の総意なのです」



 玉座でパチパチと手を叩く女王と、緩んだ笑みを見せる王妹。

 急かされるようにその柄を握った彼女は、ズシリとした重みに感じ入るように取り上げ。



「……―――あの。シュトゥルム、ですか? 脇差―――刀なのに?」

「あ、これ」

「出たな。悪い癖が」



 首を捻るリサ。

 ソロモンとシディアンの予感は、まさに的中した。


 リサは、この世界と異なる場所からやってきた存在であるが。

 彼女が度々口にする「和の心」

 特徴的な癖として、彼女は新種の生物や珍しい物品へ自分なりの名前を付けたがることがあり。



「……では、二輪刀と名付けましょう」

「ほら出た。リサ流命名術」

「仮にも持ち主らの前だぞ」

「いえ、私達は」

「便宜的に呼称する分には、何ら問題はないでしょう」



「……良いのか」

「―――で? その名前も、何か由来があるの?」



 伝説の武器に対する暴挙へ、シディアンが仰ぐように天井を見上げる中。


 恭しく両手に掲げた武器を見下ろしつつ満足げに頷くリサへ、いつも通りソロモンがソレを尋ね。

 刀を腰に下げるままに、彼女は口を開く。



「もしかしたら、こちらにもあるのかもしれませんけど。私のいた世界に、二輪草という植物が有りまして、別の呼び名では、風の草というのです。元の名とも親和性が有りますし……」

「―――成程、な。二輪刀シュトゥルム……か」

「良いですねーー」

「……まぁ、えぇ。本人らが便宜的に呼ぶだけならば」


「あーーあ。良いなーーリサは。僕も、伝説の聖剣とか欲しいなぁーー」

「あるんですか? そんなモノ」

「何個か心当たりは有りますよ? 行ってみますか?」

「……なんで一緒に来るオーラ出してるんです? ティアナ様」

「えーぇー? ふふ。わはーー」

「何ですかそのほわほわ感」



 ジト目のリサと、ほわほわオーラの女王。

 遠い目をしている王妹。

 三人の女性を遠目に見守りつつ、シディアンとソロモンは呟き合う。



「何か、良いよね。こういう、凄く賑やかなのって。リサがああやって同年代? の女性といい合ってるの」

「あぁ。もたれるがな」

「―――ね。でもさ。まさか本当についてこないよね? シディアン」

「……いや。まさか、な」



 ………。

 ……………。


 

 二輪草は、花が咲く季節になると二輪ずつ白い花を咲かせることからその名がついた。

 別名は風の草。

 花言葉は幾つかあるが……一つ目の花が咲き、二つ目も後を追うように咲く事から、肯定的なものが多い。

 

 例えば、友情。


 例えば、協力。



 ―――――……ずっと、離れない。

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