第5話:メシマズエルフさん!




 焚火の光、星空の灯りのみが光源となった宵闇の中。

 パチパチと弾けた炭が灰を巻き上げ、星空の光に重なる。

 光の下で火の様子を伺いつつ、会話を交えつつも周囲を落ち着かない様子で伺う旅人が、三人。


 少年が少女へと、言い聞かせるように果物を手渡す。


 ……そんな中。

 何処からか、ステップでも踏むかのような軽快な足音が聞こえる。

 さくさくと草を踏み、揚々と現れる影。



「み~なさーーん」

「「げェ」」



「―――ふーーぅ。やっと見つけましたよーー。どうして何も言わずに行っちゃうんです? 十回目ですよーー?」

「……あ、はは」

「そういえば、さっきから姿が見えないな、と」


 

 そう。

 エルシードの一件の後、かの国を後にしたソロモンは再び大陸を巡る旅へ戻った。

 ……とりわけ、先の件の裏。

 壊滅させた盗賊団、エブリース国、そして魔人……。

 これらを紐付ける陰謀を探る旅へと戻ったわけだが。



「ふぅ、さむさむ……」



 ささと焚火の場所へ小走りに、勝手知ったると暖を取り始めるティアナ。

 彼女は、国を出たその瞬間のソロモンらへ付いてきた。


 国には内緒ですよ、とは彼女の言で。

 当初こそ、「本当に付いてきたんだけど」、「冗談じゃないです」、「帰れ」などの声が仲間のから浮上していたが。

 やがては、皆諦めた。


 というのも、当初ソロモンやリサが心配していたのは、単に彼女の事を快く思っていなかったからというわけでは決してなく。

 むしろ、一個人……戦友や友人としての彼女を気に入っているが故。

 共に行くのは問題ないが、彼女ティアナが一国家の王族である故という、生活的問題が大きかったから。

 彼女の為を思うからであり。



 ―――例えば、野営。



『―――その……。ティアナ……様?』

『はいはーーい?』

『一緒にいらっしゃるのは結構ですけれど。野営は、大変ですよー? 凄く大変なんです。食糧は日持ちする質素なもので、あまーい焼きバナナなんて論外ですし、お風呂も入れません。お風呂、入れないんです。あと、ベッドもなければ、風をしのぐ壁も満足とは言えません』


『お風呂―――お湯を張ったアレは完全に主観だよね? 気持ち良いけどさ』

『文化の違いだ。触れてやるな』

『二度言う意味は?』

『大事な事だからな。触れてやるな』



 後ろでソロモンらがヒソヒソと話すのを他所に、リサは滾々こんこんとティアナに言い聞かせた。

 野営の大変さを。

 とても、宮殿暮らしのような贅沢など望めないことなどを。

 小一時間掛け、くどくどと、みっちりと、普段ソロモンらにやっているように。



『これで分かりましたか? エルシードに戻るなら今の内……』

『おい、リサ』

『―――……何です? シディアン。まだお話が……』

『いやさ。女王様、とっくにスヤスヤなんだけど』

『すやぁ……』

 


 気付けば、対面のティアナは寝ていた。

 草の上に横たわり、外套を纏ったとて震えるような寒空の下で、健やかに、すやすやと。



『―――って、ティアナさま! 風邪ひきますよ!! テントでお布団、入って、ください……!!』

『んえぇぇ……。引っ張らないでくださーー』



 結局、同行初日となったその日は無理矢理テントへ引っ張って行ったが。



 ………。

 ……………。


 

 ―――例えば、食糧調達。



『良いですか? ティアナ様』

『はいはいーー』

『いくら戦闘の腕が立つからと言って、狩りが出来なければ旅の途中で力尽きてしまいます』

『ふえーー……』

『戦いの時だけ武器を取れば良い。ご飯がないなら頼めばいい。そのような精神では、冒険家として生き残れまないのです。待ってても食事は出てこないんですよ』

『ほえーー……』



『特に、僕とリサは燃費悪いからね』

『超人ゆえの代償だ』



 旅の道中ならば、彼等は毎日のように狩りを行っていて。

 調理にも時間がかかる。

 幸いな事に、そちらは炎の料理人が担当しているものの、調理の時間を気にせず長時間行ったとて、毎回狩りが上手くいくという保証はどこにもなく……。



『はい、ピースラビットゲットです』

『……………』

『あ、この草は食用ですよーー。お肉の臭みを消してくれるんです。らっきー!』

『―――えぇ……、女王様たくまし……』

『……意味わからないです』



 ―――。

 ぜいたくな暮らしは愚か、過酷な旅に碌な文句すらつける事無く。

 当然の権利とでも言うかのように付いてくるティアナ。

 端的に、彼女はサバイバル能力が異常だった。

 だが、サバイバル能力と引き換えに生活能力が明らかに欠如していた。


 こんなワイルド女王を放っておいては、むしろいずれは野生に還って周辺の生態系が危ないという考えに辿り着いた彼女等は、野生動物の保護という名目で彼女の同行を許す事になり。


 

 ―――次の街に着いたら離脱して帰ってくださいね。

 ―――はいはーーい。



 勿論、ソレは不法投棄などにならない範囲で、というもので。

 近くの都市に着き次第、そこでお別れという約束だった。


 ティアナ自身、ソレを了承した。



 ―――嘘だった。

 次の街も、その次の街も……次の国もその次の国も。

 どれだけ姿を隠して宿を脱出しても、夜逃げのように街から逃亡しようとも、いつの間にか背後について来ているティアナを撒く事は出来なかった。

 やがてエルシードに宣戦布告を表明した国家―――エブリースへと彼等が赴き、壮大な戦いの末に諸々の事態を解決し。

 ティアナの本来の目的を達成した時となっても、ソレは同じだった。


 

「……良い火ですねーー、あったかいですねーー」

「「……………」」



 そんな毎日が続き、月日が過ぎ去たのが、現在。

 今回も無事に宵闇を徘徊しソロモンらの元へ辿り着いたティアナへ、ソロモンは事前に仲間へ話していたある事を告げに掛かった。



「ティアナ。話があるんだ」

「はいはい。次の街ですか? そこに着いたらお別れって話です?」

「……ううん。そうじゃないんだ」



 普段のやり取りなら、ここで別れ話に繋がっていたのだろう。

 都合11回目の別れ話、涙の対談に。


 

「―――ティアナ。君はさ。やりたい事とか、あるの?」

「……ほほ?」



 しかし、今回ソロモンの口から出たのはそういった類の言葉ではなく。



「ほらさ。僕達の旅の目的は、言ったじゃん。けど、ティアナは楽しいの? 僕達について来て。もう、当初の目的って達成してるだろうし……国に戻っても良いんじゃ―――」

「私は、ただ傍で見たいだけですよ? 皆さんの旅を」



 最早、説得しようなどとは思っていなかったが。

 最後の警告……形だけの警告と。

 ソロモンがやる気なく呟いていたそれらを、ティアナは遮る。



「ソロモン、言ったじゃないですか。石碑に、物語を沢山書いて欲しいって」

「「……………」」

「折角仲良くなったのに。あれ程の偉業を成したのに。ただ、忘れ去られていくだけの存在なんて。私、付いて来て何度も驚いたんですよ? だって、三人はエルシードの件みたいなことを、何度も経験して……何度も人々をすくってたんですよ!?」



「なのに……石碑には、ただ我が国を救った英雄としてしか伝えられないだなんて、悲しいじゃないですかッ。私、言いたくなりますよ!? 本当は、こんな事もやってたんですよ、って。お二人は、本当はこんなに凄くて、素晴らしいんだって!!」



 珍しく感情をむき出しに綴るティアナ。

 彼女の言葉に、ソロモンは話を聞いていたリサ、シディアンへ向き。

 二人と頷き合う。



「じゃあ、さ……」



「僕達は、確かにここにいるんだって。勇者は物語の中の登場人物なんかじゃなくて、確かにそこに居て、現れて助けてくれる人なんだってさ。伝えてほしいんだ」

「……!」

「僕達が居なくなった後の人たちに。後の時代の人たちに、伝えてほしいんだ」

「……ほほう?」

「だから、さ―――」



 彼は一呼吸置き。

 人の良い笑みを浮かべるままに、頷く。



「ティアナ。僕達の仲間になってよ。一時のゲストとかじゃなくて。本当の仲間として、最後まで一緒に来てよ」

「……ずっと?」

「うん」

「ずっとって、いつまでです?」

「―――うーーん。旅が終わるまでか、リサが元の世界に帰るまでか……僕とリサがおじいちゃんおばあちゃんになって隠居するまでか……シディアンが剣を振れなくなるくらいまで? つまり、まぁ……ティアナが満足するまで、ずっと?」


「……本当に良いんです?」

「良いも悪いも、もうずっと前から仲間だったし? ティアナは、僕の大切な―――護りたい人の一人なんだ。一緒の方が、ずっと楽しいし、ずっとお得だし。ね?」



 ………。

 ……………。



「―――えへへ。ふへーー……ふふっ。こんなに直接的に親愛を示されたのは初めてですね」

「そう?」

「これで女王ですからね、仮にも。それに……それ、もう告白みたいなものじゃないですか」

「ほう……。プロポーズか。お前が権力に興味があったとはな、ソロモン」

「え!?」

「―――……ソロモン?」

「いや、そういう意味じゃないでしょ!? 今のどう切り取ったらそうなるの!?」



 炭がくすぶり、小さく火花を散らす。


 焚火を囲み。

 彼等は、ひとしきり笑い合い……。



「えぇ! 任せてください。私が皆さんの物語を綴ってあげますとも! 本だって書きますよーー。目指せ、文豪!」



 片腕を上げて服を捲り、力こぶを示すティアナ。

 細腕には、ちんまりとソレが出来る。



「ティアナはもっと食べた方が良いですね。―――シディアン。今晩はご馳走をお願いします、記念日なので」

「宜しくね!」

「……理由を付けて騒ぎたいだけか。君たちも働け」

「あ、私も勿論やりますよーー。仲間、ですから!」



 ………。

 ……………。



 ―――――例えば、料理。



「「……ッ……ッ!?」」

「ん~~、おいしぃ~~」



 野営、戦闘。

 冒険家として十分に過ぎる素質を秘めていたエルシード国女王ティアナの最大たる欠点が、まさしくソレだった。

 ソロモンらにとっての誤算は、ソレが発覚したのが丁度彼女を仲間に迎え入れた直後だったという事で。


 もし、これがもっと早くだったのなら。

 或いは、後世に語られる賢者ティアナはいなかったのかもしれない。

  


「ね……ねぇ? ティアナ」

「なんですーー?」

「あの、……その。やっぱり、高貴な身分の方に食事作りを任せるのはアレなので」

「我々が、分担して請け負う……っぷ」

「ぷ?」

「請け、……負う」

「そういうものです?」

「「そういうものです」」



「ふへ、そうなんですか……ぅ。お腹一杯で……ふぅ。ねむねむ……ふやぁーー」



 ………。

 ……………。



「また草の上で……」

「ねぇ。やっぱり寝てるところ簀巻きにして木とかに縛り付けて置いてけない? コレ」

「アリだな。いっそ証拠が残らんうちにやってしまうか。魔物が食うだろう」

「でも、仮にも女王ですよ? コレ。国際問題……」 



 話し合いの合間に、慣れた手つきでティアナを布団で包み、テントへと放り込むリサ。

 彼女が戻る頃、ソロモンとシディアンは正誤不確かな大陸図を見合いながら会話をしていて。


 

「お二人共。……姿を消したエブリースの現王。彼が、魔人を使役する敵の首魁なのはもう間違いありません」

「ん。まずは姿を消した彼を倒さないと、だね。次はどうするの? シディアン」 



「……あぁ、そうさな。次の目的地は―――」

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