第2話:三人旅の法則
「お鍋―――良い匂い……凄く、良い匂い、です」
「ね。串の方も良い感じ……、あぁーー、もう動きたくないぃぃ……」
「……薪拾いはどうした、二人共」
剣王国の武闘大会から数週が経った。
これも、数奇な運命というべきだろうか。
「出来る出来るって、そりゃ確かに疑ってたけどさぁ? シディアン、本当に料理できるなんて思わないじゃん」
「本当に意外ですよね。てっきり、適当に色々混ぜ合わせて料理と言い張るのかと」
「……………」
ソロモンと、リサ……二人が最西の地で出会ってからおよそ一年の期間を経て出来た、新たな仲間。
名を、シディアン―――剣士シディアン。
黒髪に真紅の瞳を持つこの男は、未だ十代のリサやソロモンより、一回り以上歳は上だというのが本人の言だが。
寡黙な男とは、元来怪しいもの。
未だ若々しさを残した肉体を見るに、二人は彼の言葉を常に疑っており。
現在の言い合いの争点も、まさしく疑惑から来るもの。
野営において、最も重要な要素とは何か?
何らかの娯楽、清潔さを確保できる装備―――、人によって様々あるだろうが。
多くはやはり、食事だろう。
娯楽など望むべくもない平野、荒れ地、秘境、極所に在って。
唯一の楽しみと言えるそれを、ずっと簡素な物で済ませてきた二人にとって……一度都市に着けば、宿より食事処へ突撃し続けていた二人にとっては。
次々と保存のきく食材を取り出して調理していく寡黙な男の姿というものは、意外に過ぎる光景で。
「男でも―――料理は、する」
「……えーーと。まぁ、うん」
「ぁ……いえ、別に、男性だからという話では無くて……」
「……いえ。すみません、偏見はいけませんよね。その意味では、シディアンの考えは私の居た世界に近いのかもしれません」
「だから聞き覚えがあるんだね」
「リサの世界の話は、沢山聞いてきたから」……と。
腹部を撫でながら仰向けに地面へ転がるソロモン。
その行為を、見咎めたように目を細めるリサ。
「ソロモン。行儀が悪いですよ」
「いやさ―――何か、満足しちゃったと言うか……本当に出来るんだって分かって、変に満足しちゃった」
「……匂い程度で満足されてもらっては、困る」
「「?」」
「食事は食べてこそ。そして、この料理はまだ変身を残している。龍や魔王のように」
「急に饒舌じゃん。―――魔王って変身するの? リサ」
「どうなんですかね―――……え?」
「この匂い……、クミン? ――そっちは、ターメリックと……どうして?」
「旅の備えだ」
今から待ちきれないという空気の中。
やがて鍋から漂ってきた香りに、驚愕のままに鍋をのぞき込むリサ。
シディアンの掌には、開かれた小布に纏められた乾物が収められており。
二人の会話に興味を持ったソロモンは、すぐさま体を起こす。
「それって、珍しいものなの? 向こうの世界にもあるとか……わぁ。何か、お腹空いてくる匂いだね。普段飲んでるスープと全然違うよ?」
「……これ―――うそ。本当に……」
「ブラウンシチュー。香辛料―――いや。こういった調味料は、ソロモンには馴染みが無いか」
「うん。僕の村では塩が大人気だからね。第一位だよ? 全一種類中」
「……西側の農村部ではな。これらは、南側や東側から流れてくるものだ」
顔を上げる事無く呟くシディアン。
攪拌されゆく鍋から顔を出したのは、ホロホロに似込まれた骨付きのあばら肉。
これだけは乾燥物ではなく、必死の狩りによって得た成果で。
「さぁ、一本ずつ入れたぞ」
「「頂きます!!」」
………。
……………。
「んむ……!! 凄く、やわらかい……ッ」
「冷まし、温め、また冷まし。冷ますたびに味も、スパイスも内へしみこむ。形が崩れる程に煮込む。あばらならば、自重だけで骨から外れる。それを待つだけの作業だ」
「真昼から突然やり始めた人が言うと説得力ありますね」
会話こそ続けつつも、果たして頭にインプットしているのかいないのか。
犬のように、骨までしゃぶりつくすソロモン。
それを咎めることもせず、空の器を給仕に渡すリサ。
大鍋の中身が瞬く間に半量以下になる頃、給仕は鍋を火の上から外すままに呟く。
「―――同行して、ある程度経った、が。二人の目的は、やはり人助け……か?」
「……どちらかというと、ですけどね」
「本当は大陸の全部の場所を見て回りたいだけなんだけど。放っておけないっていえば、まぁ。性分だからね」
大陸の全ての国を走破する事。
そして、目に入った出来得る限りの人たちを助ける事。
それは当初からの二人の方針であったが。
「こればっかりは、衝動的なものなんだけど―――やっぱり、不満とかある?」
ここにきて、ソレを初めて尋ねてきたシディアンにも、何かしらの考えがあるのだろうと。
ソロモンは心配そうに尋ねる。
疑惑……、疑いこそ多けれど、既に仲間として信頼を置き始めている彼が此処で離脱するのは嫌だ、と。
そう思うのも。
しかし、無理強いは出来ないと、そう思うのも。
同様の事を考えているリサやソロモンが憂うのは、やはり。
「……不満?」
「―――だって、シディアンさ」
「明らかに、戦い大好きって感じじゃないですか。私たちと一緒だと、そういう機会はむしろ減ってしまう
かもしれないですし……その」
それだけの力量があり、武闘大会に出場するくらいなのだから、と。
そう考察を立てていたソロモンら。
二人の言葉に対し、剣士はしばし沈黙して。
「―――それは、心外だ」
「「え?」」
「私は、闘いが好きなわけではない」
「「……………え!?」」
剣士の放った言葉に、思わず顔を見合わせる二人。
そのまま、ソースに汚れたソロモンの口元を拭くように指摘するリサ。
ここまで、予想外ばかりだが。
またしても、想定外で。
或いは、この寡黙さすらも偽りのモノではないかと、口元を拭いつつソロモンは邪推する。
「―――戦いとは、生きる手段の一つ。多くの者にとって、ソレは同じ。私個人とて、それだけに過ぎない。単純に、通って来た道にソレがあっただけの事だ」
「道によっては商人とかになってたってコト?」
「……ソロモン」
「平たく言えば、そうだろう」
「えぇ……?」
「だが、やはりこのやり方が性に合っていると……一番手っ取り早いと、思った。変えるためには、だ」
愛想よく笑うような商人をやっているこの男の様子がまるで想像できないと。
二人の会話に呆れていたリサだったが、ふと剣士が己を見ている事に気付き。
「リサ。君自身も、この世界に来て色々と考えた事。憂いを感じた事が、あるだろう」
「……それは」
「この大陸の現状。人間国家間の関係を見てきて。君は、率直にどう思った」
「……………」
彼女は、異世界人だ。
この世界とは全く異なる進化、異なる文明を築き上げた世界に居た。
その世界との差異を、落差を。
どうしても感じてしまう事は確かにあって。
「私は―――……そうですね。さっきの香辛料の話ではないですけど……もっと、国同士が連携できていれば。表面上だけでも連携し、流通経路が確立されていれば、安価に色々な食材が何処でも手に入るのに、と」
「……簡単そうなのに、難しいのかな」
「今は、そうですね。冒険家も、そう。各国にある支援組織は独立したものですし、連携なんか取ってはいない。個人個人へ依頼をする関係上、報酬も一定じゃない。どころか、場合によっては交渉の決裂でもっとひどい状況になる場合もありますし」
「――――そもそも、統率する機関が無いというのは、どうなんですかね」
「「……………」」
それが当たり前だった側と、そうでない側。
リサの言葉に、それに対し今まで疑問を覚える事もなかったソロモンは深く考え込むようなそぶりを見せていたが。
「じゃあ、創っちゃう?」
「え?」
「ないなら作れば良いって、よく言うじゃん。その、統率機関……っていうの? 創れば? リサが」
「―――はぁ……。またそんな簡単に」
「リサならいけるよ! 頭良いし、強いし、交渉も得意だし、怒ると怖い―――」
「ソ、ロ、モ、ン?」
「……言ってないよ?」
「―――――く……、ククッ」
言い争いの中。
鍋の音? 風の音? 魔物の唸り声か? ……と。
聞き慣れぬそれに、二人は首を捻った後、すぐに反応する。
「うっそ!?」
「笑った―――シディアンが、笑った……! 笑いました!」
あの剣士が笑った……と。
驚きを隠せない二人に、やがて目を細めた剣士は呟く。
「……やはり、面白いな。君たち二人は」
「そ、そう?」
「今の話に面白い所ありましたかね。それより、シディアンが笑った事の衝撃が大きすぎて……」
「……私が君たちの旅に同行したのは……、可能性を感じたからだ」
「「かのうせい」」
「―――あぁ。……ソロモンと、リサ。君たち二人であれば、何かを成し遂げるのではないかと、思った」
………。
……………。
それは、大会の直後の事だった。
『実は……。私達、勇者なんです』
『……何?』
『えっと、僕が天星神様の加護を授かった勇者で、リサは異界の勇者なんです』
『……………!』
二人は、大会で優勝を収めながらも、表彰の場から人知れず姿を消していた剣士を見つけ出し、勧誘した。
良かったら一緒に旅をしないか……と。
今までにも、二人が一時誰かを迎えて旅をしたり、或いは共に来ないかと誘われたことは幾度もある。
しかし、二人が己らから誰かを誘ったのはこれが初めてで。
ソロモンとリサがソレを成したのは、やはり二人だけ、己らのみの力に限界を感じた故。
当初、二人はダメもとだった。
そもそも、大国からの目もくらむような報酬や権力の提示を捨てた剣士。
そんな彼に、自分達の勧誘が成功するとは思っていなかった。
「伝え聞く異界の勇者。そして、天星神の加護を授かった勇者。生まれた世界も、価値観も異なる君たち。私は、二人の征く景色を見てみたい」
しかし。
剣士は、そんな二人の旅路を見たいという。
「今は、それで良い。だが、二人は……更に、今とは比べようもない程に強くなる。私は、ソレが見たい」
「シディアン……」
「―――そして、戦いたい……ですか?」
「……………」
「否定はしないのね」
………。
シディアンの目的が分かり、肩の力が抜けたようだ、と。
脱力したソロモンは、やがて焚火を見つめながら首を傾げる。
「―――でもさ。加入してから、ずっと夜の番やりたがるよね? あれ、なんなの?」
「……性質だ」
「やっぱり、ずっと一人で旅をしていたからですか?」
「……あぁ」
そういう事ならば、やむを得ないこともあるのだろう。
仲間、とはいえ未だ出会ってから幾ばくも経っていない者同士……全てを任せて床に就く事に抵抗があるのは当然とも言えるし、と。
「まぁ、僕達も最初はそんな感じだったしね」
「……………」
「―――リサ?」
「いえ。割と最初期の野営から警戒のけの字もなく寝てましたよね? ソロモンは」
「そうだっけ」
「あと夜早いですし」
「いやぁ、だって朝早いし農作業あるし……―――ん。目的、かぁ。深く考えた事なかったし。その辺、少しずつ変えていければ良いなぁ」
「……です、ね」
コクリ、と頷いたのか、或いは単にウトウトし始めた故か。
二人が稀に見る満腹に眠気を感じ始めたのは確かで。
「野営にはなれている。私の事は気にせず、ゆっくり休むと良い」
「……う、ん」
「すみません……。お言葉に……、甘えさせてもらいます、ね」
ゆっくりと立ち上がるソロモンとリサ。
二人がテントへ潜っていくのを見送りながら、彼は火掻き棒代わりの枝を動かす。
動かす。
何かを確認するかのように、動かす。
………。
……………。
「「……………」」
「―――ねぇ、リサ」
「はい」
「なんであんなに炭弄ってたんだろうね、シディアン」
「そういうのが好きなのかもしれません。ソロモンだって、よく意味もなく剣と鞘とでカチカチしてますよね?」
「あーー、確かに」
………。
……………。
「―――ねぇ、リサ」
「……はい」
「「何か」」
「「良い匂いしない(しませんか)?」」
………。
……………。
シディアンは、未だ炭を弄っていた。
火掻き棒代わりの枝を動かし、動かし……火の中にある何かを転がすように動かし続け。
しかし。
やがては
「さて」
それは、薄い葉だった。
南部原産のバーショと呼ばれる植物の葉であり、広げられた大人の両掌をよりも一回り大きい葉であるが。
その最たる特徴は、水分を多く含み、また燃えにくい繊維質であるという事。
この性質を生かし、食材の調理に用いられることもある。
単純に、水分を逃がさぬためパサつかずふっくらと仕上がるのだ。
今回の場合は、炭火の中に直接この葉で捲いたものを放り込んでおくことで、蒸し焼きのように……。
「―――そこまでだよ、シディアン」
「……む」
「む、じゃありません。仲間に隠れて何を食べてるんですか!?」
開かれた複数の葉包み。
あるものには先の食事に出た肉と同じ物が香ばしい匂いを。
あるものには果物の濃厚な香りが湯気と共に立ち上り……こちらは見覚えのない食材だ。
「これは、だな……。偶々、余った食材の処理を……」
「……鳥のお肉はともかく。今日の食事にパーニャって出てました?」
「ないよ? ないない。僕のお腹が覚えてる」
お腹が覚えている。
これ程信頼できる言葉もないわけで。
パーニャ……バーショの木の実でもあり、リサの居た世界で言うバナナのような果物が焼けた事で漂う甘い香りは、二人の別腹に甚大なダメージを与え続け、刺激し。
眠気を忘れ、思考力を覚醒させ。
やがて、ソロモンとリサは一つの結論を導き出す。
「ねぇ、シディアンさ。もしかして、だけどさ?」
「ずっと野営を請け負ってたのって、私達が寝静まった頃を見計らってこんな風にパーリィしてたから……ですか?」
「……………」
「「―――しーーでぃーーあーーん?」」
剣士は、やはり寡黙で。
来るなら来いと、指に挟んだ食器を振るう。
一度はこの戦場から去ったソロモンとリサが、やがて再び武器を取ったのは言うまでもなく。
―――――三人で歩み始めた旅は、その後も順調そのものであった。
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