第21話:見つかる見つからない




 僕達がこの世界に来る直前の召喚当時の様子だとか、教会とギルドが先生を導き手に指名した理由だとか。

 あの後フィネアスさんと色々な事を話し、知られざる過去を十分に楽しんだ僕たちは教皇庁を後にして。

 昨晩眠る前は色々意識してたけど、蓋を開けてみれば本当にただ挨拶して帰ってきた感じだ。



「なあなぁ。やっぱ教皇様にも挨拶とかした方が良かったのか?」

「それは、ちょっと……」

「むぅりぃ」

「勘弁してよ」



 教皇聖下……聖下っていうのは敬称だけど。

 その存在こそ、大陸を広く統べるアトラ教の頂点に立つ人物で。


 実際、会っていくか? とは聞かれたけど……うん。

 楽しみは何とやら。


 ……気になると言えば気になるんだけどね、どんな人か。

 ほら、こういう世界でそんな風な称号持ってる人って、ほぼ確実に物語の根幹に関わったりとか、そもそも黒幕だとか数百年生きてる超生物だとか、ともすれば神様の化身なんてこともあり得るし。

 片手間に大陸滅亡とかさせるような科学力とか、クローンだとか何だとか。

 そういうインフレが始まったら全部おしまいだ。


 今僕達がやってる戦いとか、全部茶番になりそうな感じ?



「けどよ。その流れで行くとアレだろ? 陸さんや。最終的には俺たち、宇宙で普通に戦ったり、剣の一振りで惑星破壊とか、合体ロボに乗り込んでエイリアンと戦争とか」

「―――馬鹿なん?」

「常識でモノを語って欲しいです」

「……はは」



 一般の目線ではそう言いたくもなるだろう。

 かくいう僕達も……そういう漫画やら小説を読んでいた側としても、そこまでインフレが加速しちゃうと何だかなァ、って感じで。

 巨大ロボとか、剣の魔法の世界でやる必要ある? って感じ……あれ。


 ―――何の話してたっけ。



「あぁ、そうそう。お店の名前とか、誰も覚えてないよね?」

「「ない」」

「ですね」



 この辺はしょうがないか。

 当時は目に入る全てが新鮮だったし、緊張していたっていうのもあるし。

 そもそもが適当に入ったみたいな感じだったし。

 あの当時は探す事に躍起になるなんて考えもしなかったんだから。



「んま、探しゃあるだろ」

「お腹減ったーー」



 とは言え、当時の記憶を思い起こしても、特に小難しい路地裏だとか入り組んだ道だとかに入り込んだ覚えはないし。

 四人で手分けして探したりしていれば、おのずと見つかる筈。

 さぁ、大捜索。

 賢者探しのお時間というわけで。



 ………。

 ……………。



 ………。

 ……………。



「―――見つからないんだが?」

「こっちも」

「何故か、あのお店のあったどの景色も記憶と一致しないんです」



 冗談だよね。

 あれから、かれこれ一時間以上手分けして探した筈なのに、全く見つからないんだけど。

 意味わからないんだけど。


 いつの間にか四人で手近な売店でジュース買って優雅に飲んでるんだけど。

 どういう事?



「……もしかしたら、マヨイガみたいなものなのかもしれません」



 そんな折。

 首を横に振る店員さんに礼を言い、こちらへ向き直った美緒が呟く。

 


「まよいが?」

「簡単に言えば、普通じゃ見つけられない建物みたいな。伝承だと山奥にあって……金銀財宝とかあるような感じ? 僕の想像だと」

「廃屋みたいな? それって本当に妖精さん住んでる?」

「妖怪と妖精の違いですね、正しくは半妖精ですけど。エルシードの元女王ですから、結界術にも精通していると考えるのは自然ですし。―――でも、あの時は他にもお客さんは居たんですよね」

「「……たしかに?」」



 他にも人が居たのなら、隠れた名店というわけでもない?



「開店してる時だけ目に見えるようになってて、閉店する頃にまた不可視にするとか、そういうのどうだ?」

「それ、あるかも」



 通常の手段じゃ見つからない可能性。

 となれば、やっぱり感覚と直感、後は魔力感知で探すしかない? ……と。

 意見が纏まり。

 結局、全員で固まって探索する事になって。



「あたし直感係やるーー!」

「んじゃ俺も直感」

「私もですか?」



 いや、手段はあくまでモノの例えで、別に誰がどれを担当とか決めるつもりないんだけど。

 お遊戯会なの?

 全員がお姫様役やるみたいな流れだよ、これ。



「えーー? 折角だし全員別々にしよーよ」

「というかそれ重要?」

「重要重要。えと……じゃあ、魔力探知係と、洞察係と、理論係と……―――んーーと。あとなにある?」

「やっぱ直感か? てかもう適当で良いだろ」

「そだね。じゃあ……、血縁係?」

「「―――血縁係!?」」



 今完全にこっち見て決めたよね、もうそれ誰がやるか決まってるよね。

 他の係も適役ほぼ決まってるようなものだし。



「んじゃ、あたしが直感係改め魔力探知係!!」

「適正的に、俺が洞察係で」

「私が理論係ですか?」



 ………。

 ……………。



「「ん」」

「……はい。僕が血縁係……やります」



 中学生時代の係決め思い出した。



 

   ◇




「風属性のソナーとかはどうだ?」

「ん、今やってる……けど、そもそも街中じゃあね」



 係決めとか旅行での役割分担とかでもある話だけど、結局最後の方ってそういうの形骸化するんだよね。

 あれから、また小一時間四人で歩いてみたりして、風の索敵を応用とかもしてみたけど……。


 これは、そもそもが自然界で敵の場所を把握したり、魔物を捕捉する為の技術。

 こんな人の多い、建造物の多い入り組んだ街中じゃ気が散ってどうにもならない。

 


「―――春香ちゃん。いけますか? 大規模展開」

「おうさ。やってみる」

「お願ぇしやす、先生」



 僕達じゃどうしようもないというならば、やっぱりここは。


 そうだ、春香だ。

 彼女は僕達の中でも最も魔術の扱いに長けているし、その暴き方にも物凄い才能がある。

 テクトも相まり、もはや探偵の域だし。


 それこそ、つい最近……具体的には一度折れたあの件を境に、彼女は更に壁を越えた。

 今の春香は物質、武器とかに刻まれた刻印魔術の属性や簡単な効果すら瞬時に看破する事が出来る。


 字面だけならそういうものかと納得するけど。

 今現在、大陸で活動する冒険者に同じ芸当が出来る存在なんて、それこそ片手の指で数える程度しかいない。

 今の春香は、それだけの術師なんだ。



「うーーん、わかんにゃい」

「「えぇ……?」」



 これだけ上げて上げて褒めちぎったのに、諦め早くないかな。

 


「半妖精のまじない術みたいな、例のエルシードの防護結界みたいな。そんなサムシングでも掛けられてる気がする……けどね? ある事は分かるけど、何処にあるか分からないって言うか……残り香が多すぎるんよ」

「なら、残り香のより強い所を追ってみるとかで、どうですか? あとはこちらで範囲を狭めますから」

「むむっ」


 

 突然ビビッと来た様子。

 スイッチ入った?


 よくある事か。



「んーーー、こっちだぁぁぁ!!」

「春香ちゃん、前見て動いてくだ―――もう……!」



 ぴゅーーっと……。

 今に一直線に走り抜けていく春香の動きに一片の迷いなし。

 手綱を手放してしまった飼い主のように追いかけていく美緒。


 二人の姿は今に豆粒。



「……元気だねぇ」

「こっちとは対照的に、ね」



 歩き回った気疲れか、並んで遠い目のままに呟くけど。

 ……何か、アレだ。



「今の、いつもなら康太の役目だと思ってたんだけど? 追いかけるの」

「―――……はは」



 肉体は戦士として天性のものなのに。

 本当にメンタルは。



「ね、康太。そろそろ覚悟固めて身も固めてくれない?」

「言わんとする事は分かるが言い方ぁ!!」

「二人、凄くお似合いなんだ。僕が認めたんだよ? もう、親公認みたいなものじゃん」

「飛躍では……?」

「昔から、ずっとあんなんだからさ。ずっと、ずっと。これからも、あんな調子だろうから」



 康太なら、僕なんかよりずっと春香を幸せにできる。

 護る事が出来る。

 あの時だって、咄嗟に動けたのは康太だったし、傍に居てあげられたのもそうだった。


 康太だから、任せられるんだ。



「だから、さ。ちゃんと手綱握って、護ってよね」

「……―――あぁ。命に代えても……は、禁句か」

「ん」

「んじゃあ、護り続ける。一生、ずっと傍で護る。それで勘弁な」



 それでいい。

 護って死ぬなんて、格好良くもなんともないって。

 きっと、あの人もそういう筈だ。



「分かってる。まだ、完全じゃないんだよな? 空元気ってやつ」

「その辺は僕達も一緒なんだけどね。美緒も、自分がちゃんとしなきゃっていう考えが常にあるから中々弱った所は見せてくれないし。甘えて欲しいけど、逆って考えると……僕も、出来ればカッコ悪い所なんて永遠見せたくないし」

「うーーん似た者バカップル」

「……けど」

「ん?」

「分からないけど、確信があるんだ」



 分からない確信っていうのもおかしな話だけど。

 何故か、分かる。



「色々納得できる気がするって言うか。立ち直れる気がするんだ。賢者さんに会えれば」

「……流石血縁担当」



 祖母の姉って大分離れてる気がするけどね。



「お二人共ーー? どこですかーー?」

「洞察係と血縁係、そこサボってない! ごーー!」

「「らじゃ」」



 お呼びがかかったので、再び仕事に戻る事に。

 春香の直感と魔力感知を頼りに、少しずつ探索範囲を狭めていく。


 大通りより若干細い脇道へ。

 僅かな記憶を手繰り寄せる限りだと、住宅地みたいな細く入り組んだ場所までは行っていなかった。

 精々が、通りをやや脇へ入って行ったかなといったくらい。


 その僅かな記憶にも縋って。



「どう?」

「ん! こっちの気がする!!」



 気がする、かぁ。

 けど春香のそれって何故かよく当たるから無碍むげにも出来ないし―――……!


 細道を進んでいく中で、不意に現れる影。

 前を歩いていた春香がサッと横に逸れて。

 逆に、考え事をしていたのと後ろのいたのもあって、僕は物々しい重鎧を着込んだ身の丈二メートル程もありそうな全身鎧さんとぶつかりそうにな……ちょっとぶつかった。 



「―――っと、すみません」



 謝罪しつつ、電柱を避けるように回り込んで、前を……!



「し、失礼……」



 前へ歩き出した瞬間、また別の人が。

 今度は先程とは全く異なり、本当に服なのかと疑りたくなるような薄いレースのような衣装を身に纏った踊子風の女性だ。


 相手も細身だから、今度はかすりもしなかったけど、残念―――じゃなくて。 

 道が狭くなったから?

 よくもまぁこんな場所にあんなユニークな人達が。



「―――なァ、大将。さっきから誰と話してるんだ?」

「……? いまぶつかりそうになった人」



 誰って。

 さっきからすれ違ってる通行人さん達……あれ?


 ちょっとタイム。

 二メートルもの身の丈があって、鎧を付けているような人が向こうから歩いてきたら普通すぐ気付くよね。

 いや、そうじゃなくても、春香の身長なら前に居ようが、向こうから誰かが来れば気付く筈で。



「……陸君?」



 後ろを振り向く。

 そこには、隣を歩いていた康太と同じく怪訝な顔でこちらを伺う美緒しかいなくて。


 すれ違ったと思った人たちなんて、何処にもいない。

 気配すら。



「……―――そういう事?」



 僕たちは、あのお店には他にもお客さん達が居たという点で、あくまでも一般の店だと思っていたけど。

 お店どころか、あのお客さん達も不可視……って可能性は?


 本や劇で見た賢者ティアナの異名の一つは、妖精王。 

 半妖精じゃない。

 はるか数百年前には既に地上から一切の姿を消したとされている種族。

 大陸の一次大戦でその名を轟かせた大精霊なども、かつて存在した精霊種や妖精種……この地上から姿を消したとされる種族の生き残りとも言われているけど。

 そういった種が、もし今も何らかの手段で地上を彷徨っているとすれば……。


 考えすぎ?

 深く考えすぎてドツボに嵌ってる?


 

「ほら、前。ダメだよー、ちゃんと前見て歩かないと。ぶつかるよ? また」

「あ、うん。ゴメン」



 さっき目つぶったまま全速力で疾走してた春香に言われるのは癪だけど。

 確かに……、―――

 


「―――春香?」

「ね、美緒ちゃん、康太君。ここね。何か……なんも見えないんだけど、何か居るよ、沢山」

「なんか?」

「……それは?」

「あれ。ほら。透明人間さん? 見えないけど、居る」



 ハッキリ、元の世界だったのなら無言で距離を取られるような言葉。

 だけど、この場合は……うん。


 例えば、つむじ風。

 落ち葉がらせん状に回っている事を視覚しなければ、人はそこにつむじが発生している事など気付きもしないだろう。


 例えば、ガス。

 匂いがなければ、気付かない。

 電磁波、音波、極小の生物……。


 普通の場合気にも留めない、普通ならば気付きもしない現象……それに似た、あり得ざる何か。

 やっぱり、春香はそれを知覚しているんだ。

 ぼくの場合は―――多分、エルシード由来の何か、かな。



「こういうの、旅の途中にも何回か感じたけどね。こんなにハッキリ感じて、沢山いるのは初めてだし、やっぱ姿見えないけど」

「……僕は、感じないけど、姿が見えるんだ」

「あの、それって……」



 一瞬の静寂。

 立ち止まった僕たちは、ソレを確認し合う。

 見えている側、感じられる側。

 この場に、双方が居るという事は。



「―――おあつらえ向きってやつだな、それ。んじゃあ、アレか。見える側と感じる側で協力って事で?」

「やってみる?」

「おけーー。んじゃ、合わせて」



 つまり、いつも通りって事だね。

 春香に振り回されるのは昔から慣れ切ってるんだ。



「どっちが残り香強いの?」

「前の方」



 再び歩を進める。

 僕がソレを見ることができるのは、あくまで至近距離に近付いたとき。

 なら、その「何か」が歩いてくる先、歩き去っていく先。

 今に、双方を確認して。

 まだ前方、まだ……まだ……、ここで動きが変わり、右手側……出てきたよね、今。



 ………。

 ……………。


 

「「そこ!!」」



 同時に指差した先。

 見ている筈なのにぼやけるというか、無理矢理注意を逸らされているような。

 そんな不思議なものを感じつつも、確信を持って注視を続け……。


 やがて、ソレは記憶の片隅に確かに存在していた建屋の形をとる。 


 そこにあったのは、こじんまりとした二階建てで煙突付きの家屋。

 立て看板に曰く―――エルイン亭?

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