第18話:心当たりしかない!




「で、教えてもらえると思う?」

「―――びみょい」

「だよなぁ……。な、美緒ちゃん? やっぱ、読んだ本とかに賢者さんのその後とかはなかったのか?」

「……です、ね。ソロモンを除いた二人。特に、賢者の行方には空白期間ばかりで、多くの説があるので……春香ちゃん? これ、どうですか?」

「ん、刻印なし」

「これは?」

「地属性かなぁ。攻撃系っぽい」



 会話を交えながら、目的地へ向けて歩くけど。


 ……すご。

 本当に、春香って主人公属性入ってるのかな。

 多分窮地の度に覚醒するタイプの主人公。


 一回折れてからが勝負、みたいな?

 まぁ、そういう意味では今の僕達って皆覚醒状態とか入ってたり……。



「―――……と、着いた」



 考えつつも、簡易的な地図の示す先が目の前であると理解し、止まる。


 ……依頼を受注した僕達が向かった先。

 そこには、この都市に在って場違いな程に絢爛な建物群が存在し。

 僕達が止まった洋館には、秘境国家エルシードの国旗……弓と植物の蔓を象った紋章が掲げられている。

 で、正門の前には長耳さんが複数。

 

 探しているのは、勿論「賢者ティアナ」だけど。

 しかし、どうだろう。



 ……そもそもが200年前の人物。

 当時を知っている人となれば数は限られるし、直接の面識があると来れば最早ごく僅か。

 一般の人々が生まれるはるか以前に姿を消した英雄を探す依頼なんて、それこそまともにやっていたらいつまでかかるか分からない。



『最初の依頼で人探しなんて、まともに取り合うのは馬鹿のやる事だ。何十……何百年掛かるか分からないよ? いや、ホントに』

『『ほへーー』』



 ………。

 まだ僕達がE級の駆け出しだった頃、ペットの捜索や尋ね人などの依頼を受けようとした事もあったけど。


 基本、そういう依頼って割に合わないし。

 探す探さない以前の問題とも言える……そう習ったことがあって。


 でも。

 こと今回に至っては、条件を満たせるうえ、凄く近しかったであろう人物が知り合いに居る。

 そう、僕たちが話を聞くべきだったのは、賢者の妹……エルシード女王のセレーネ様だ。



 ………。

 ……………。



「成程……。我が姉について、ですか」



 館の守衛さん達に話を通すと、拍子抜けするほど簡単に彼女へ謁見を許された。

 今の大陸の状況からしても、こういう面会はかなり制限されている筈なのに。


 それに、まだ帰路に就く前というのも幸いした。

 一応は大陸議会も終わって、多くの使節団は急いで帰還している筈だし。



「はい。僕達、賢者ティアナに会いたいんです」

「個人的なお考えでも、断片的な情報でも、何でも良いんです。何か、ご存じありませんか?」

「会えたり、しません?」

「何でも良いんで、教えていただけたらなーーって」



「……。話は分かりました」



 卓の向こう側で頷くセレーネ様は、話の大筋を分析した様子で。

 引き込まれる碧色の瞳を細めると、ひとつ頷き身を乗り出す。



「元より、予想はしていましたが。あなた達は、やはり魔皇国へ向かいたい、と。その為に、かつて勇者と共に魔皇国と戦った彼女の智慧を授けてもらいたい。此度の来訪は、そのような話で良いのですね?」



 彼女は、改めて話の筋を聞き返して。

 これは案外好感触かも……。

 


「はい! だから―――」

「えぇ。お断りします」



 ………。

 ……………。



 へ?



「―――……セレーネ様?」

「嫌です。お断りします。私には、あなた達四人を賢者に会わせる理由が存在しないという事です。他の頼みならいざ知らず。そのような話なら帰りなさいな」

「女王セレーネ。お待ちくだ―――」

「リディア。お引き取り願いなさい」

「御意に」



 美緒がどうにか食い下がろうとするけど……取り付く島もない。


 快く通してもらった筈なのに、交渉以前の問題で。

 話し合うより早く、それもリディアさんが直々に追い出しに掛かるとなれば、それはもうえらい事で。

 


「……皆様。部屋を汚したくは―――……あなた方を傷つけたくはありません」



 人柄の良さが見える見える。


 耳の垂れ具合からして、乗り気というわけではなさそうだけど。

 でも、彼女にとってセレーネ様の言葉は絶対。

 彼女が唯一国家に忠を尽くしている最上位冒険者という事実は揺るぎようがなく。


 ……仕方がない。



「……セレーネ様。一つだけ」

「はい。何ですか? リク」

「この屋敷って、エルシードですか? 都市ですか? ギルドですか? それとも……」

「―――ギルド、ですね」



 じゃあ、請求はあっち行きか。

 なら、良いや。

 凍結寸前のあの人の金庫から支払いで。


 そう考え、一方の剣の柄に手を掛ける。



「あんのーー、陸さぁん?」

「お前何かキャラおかしくねえか最近」

「二人は下がってて。派手にやり過ぎそうだし」

「「……………あい」」


「―――美緒」

「仕方がありませんね。でも、今回だけですよ?」

「ありがと。大好き」

「私も、大好きです」


「止まりなさい、止まりなさい、そこのバカップルッ!」

「白昼堂々とイチャイチャしない!!」



 さっきからうるさいな。



「―――うふふふっ。式には、我々も呼んでいただけるのですよね?」

「勿論です」



 相棒と一緒に武器へ手を掛ける。

 ……美緒の得意魔術は地属性。

 普段が刀術メインだからあまり表に出ないけど―――実は魔力量も純度もかなりのもので、空間を保護する結界なども張る事が出来る。

 だから、多少はそれで何とかなる筈だ。


 焼け石に水だけど。



「では―――皆さん。リディアは、我が姉に弓術の指南を受けた事があります。或いは癖を覚え、世界中の弓術師を尋ねてみれば、分かるかもしれませんよ」

「一年じゃ無理ぃ!!」

「エルフでも寿命迎えるわ!」



 多分それ以前の問題。

 鼬ごっこじゃないかな。

 今僕達がこうしている間にも、世界では狩人が生まれて……みたいな。



「セレーネ様。運命の数字の使用を」

「えぇ、許しましょう。諸共追い出しなさいな」

「素直には帰りませんけどね」

「……反抗期、ですか。本当に仕方の無い子」



 言葉と裏腹に、何でそんなにワクワクと嬉しそうなのかな。


 

「……リク様。武器を変えましたか?」

「最近、二刀流に凝ってるんです」



 リディアさんの指摘通り、今の僕は長剣を二振り下げていて。

 抜き放った長剣は、新しくこの都市で購入したもの。

 そして、もう一方は……まぁ、手に馴染んだ柄が惜しかっただけだ。



「では―――エルシード護衛戦団戦士長リディア。……あまり長く掛けるつもりはありませんよ」

「―――僕達も」

「元よりそのつもり、です」



 美緒の言葉を合図に、弓に矢を番えて後方へ跳ぶリディアさんと前へ距離を詰める僕達。

 一度手合わせしたこともあるから、互いの得意域は把握済みだ。



「運命の数字。穿て、第三―――変化の鏃」



 瞬きの一瞬で来襲する黄色に輝く一矢を、二人がかりで武器を合わせて迎撃。

 拮抗は一瞬。

 細かく散る鏃は、それこそ手榴弾でも爆発したみたいな大音響のままに破砕。


 部屋には結界がある。

 多少の戦闘なら……。



「……ぁ。スミマセン、無理です」

「だよねーー」



 今の衝撃で窓ガラスが全て吹き飛び、食器が割れ、棚が粗方倒れる。

 あと屋敷全体が揺れてるかも。


 ……しょうがないよね。

 天弓奏者の攻撃を封じ込められる結界なんて、専業の上位術師でも張れるか怪しいんだから。



「凄いっすねーー」

「ねーー」

「ふふ……。です、ね」



 で。

 康太と春香は、セレーネ様を護るように部屋を回り込んで隣にいるけどさ。

 本当に要る? この戦い。



「―――第二、調和」



 指揮者のように、矢を右へ左へ放つリディアさん。

 放たれる矢にはオーラみたいに色があって。

 間合いを詰めて剣を振るえば、背中に差した短剣で防がれ、追撃の間もなくするりと逃げられる。

 彼女は、近接戦闘も超一流だ。


 今のままの単純な攻めじゃ、長くは掛けないという約束を反故にしちゃうかな。



「―――陸君」

「ん、一蓮托生だね」



 だから、戦い方を変えよう。


 僕と美緒がツーマンセルでよく使う、一蓮托生作戦。

 例えば、僕が攻めに集中している間は、飛んでくる攻撃は全て美緒が払い落とす。

 だから僕は避けもしない。

 勿論、相方が捌くのに失敗すれば大怪我じゃ済まないけど、真に攻撃に集中できる。

 


「そう来ますか」

「これが私達の常道ですから」

「……成程。―――そんなあなた達だからこそ、あの御方は案じているのです。皆様が、かつての勇者たちと同じ道をたどる可能性を」



 弓を番え、放つ。

 僕達の一方が防ぐ。

 番え、放つ……防ぐ。

 リディアさんの心配と、彼女の考えるセレーネ様の憂慮……ぶつけられた感情を一つ一つ整理していくみたいに……戦いの中で、対話するみたいに。

 手を抜くではないけど、会話が多くなって。



「分かっていた事ではありました。あなた達は、冒険者に向いていない。あなた達は、他者の為に簡単に命を掛けられてしまう。全てに耳を傾けてしまう。それが―――っ」



 こちらも、分かっているんだけどね。

 それでも、聞かなきゃ分からないから……対話しなきゃ分かり合えないから。


 普段の周りがアレだし。

 こうして心配してくれる人って本当に貴重だなぁ、……なんて思って。

 


「それでも。私達の取り決めですから」

「やっぱり話し合います。とことん」

「では、どうしても対話できない、分かり合えない敵とまみえた時―――貴方達はどうするのですか」



 成程。

 どうしようと平行線の話だってあるだろう。

 感情なんて持ち合わせない獣の精神、どうしようもない悪というものもあるかもしれない。


 それに対する答えも、当然ある。



「超えていきます」

「時には、屍も」

「ッ!!」



 美緒と同時に動きのギアを上げる。


 以前の僕たちなら出来なかった。

 壁を、天井を縦横無尽に駆け抜け、その勢いのまま、舞うように戦場を支配していた彼女へ二人で肉薄する。



「話せば分かる、誰とでも分かり合える。誰とでも、何とでも。そう思ってた時もあったんですけど」

「……―――第八。無限の支配」



 昔はそうだった。

 その人の気持ちに立って、その人になったつもりで考えて。


 番えられたまま、光を増幅させ続ける橙色の一撃は、今までの攻撃とは比にならない魔力を感じて。

 しかし、彼女はまだそれを放たない。


 矢を番えたまま、攻撃を避ける。

 


「僕は、皆を平等に救う事も、全てを護る事も出来ない。全てを護りたい、殺したくないなんて博愛主義になれるとも思えない」



 それに関しては完全に手遅れだし。

 僕は自分の事を正義の味方なんて思ってはいない。



「万能の存在じゃなくて良い。別に、勇者じゃなくても良い」



 そもそも、誰かを助けるのに勇者である必要なんてないし。

 何なら、理由付けなんていらない。

 それこそ、何だっていい。


 冒険者に向いていない? そうかもしれない。

 でも、それこそ……。



「リディアさん、言ってくれましたよね。今の僕達なら、十分通用するって」

「……。ならば……ッ」



 これも超えていけって感じかな。

 待機を経て放たれた橙の光は、もはや矢というより戦術破壊兵器。

 こればかりは避けないわけにもいかないし―――美緒が一瞬で真横に作ってくれた壁を蹴って退避。


 跳んだ先には、また足場が。

 その先に足場が。

 都合四度ほど地に足を付ける事無く跳躍する。

 

 

 ………向いてる向いてないの話じゃない。

 あの人の弟子なんだから、僕達もワガママで、自分勝手であるべきだ。



「異論は挟ませない。僕達は、冒険者です……! 誰かの為とか、世界の為とかじゃない! 僕達がやりたいから、自由に、ワガママにッ、んですッッ!!」



 獲った……と、思った。

 最適な援護を受けるまま、一番力を乗せられる態勢のまま剣の間合いへ入り、即座に振るう。



「―――――」

「ッ」



 咄嗟に彼女の放った射撃を断ち切りつつ、往なす。

 一瞬、熱湯を頬にかけられたように感じたのは、破片が頬を抉ったからだろう。


 でも、まだ。 

 剣を振り抜きつつ……腰へ差したもう一方へ手を掛ける。

 以前戦った時にもやられた、彼女の真骨頂は―――。



「抜刀―――雷銀斬……!! ……ぐ―――がッッ……ぁ!!」



 この感覚久しぶりだな。


 リディアさんは、剣の間合いであろう至近距離だろうと、瞬きの一瞬があれば後ろへ倒れ込むように矢を引き放てるから。

 確か、前に手合わせしてもらった時も、こんな感じに飛ばされて……はは。

 でも。

 今回は、その一歩先へ行けた。


 リディアさんにとっての勝利条件は、僕たちを追い出す事と簡単に理解できるけど。

 じゃあ、ボクたちの勝利条件は?

 まぁ、取り敢えずの落としどころと考えれば。



「―――……スィドラ製を、容易く……」



 無様に後ろへ転がって美緒に回収してもらった僕とは対照的に、軽い足さばきで後方へ跳んだリディアさんが己の弓を見下ろして呟く。



「はぁっ……、はぁ……ッ」

「私がこの分野で後れを取る事になるとは……。これも、狩人の血筋なのでしょうかね」



 半ばで真二つに割れ、弦で辛うじて繋がっている弓。

 それを成したのは―――ギリギリまで鞘から抜かなかった、もう一振り。

 


「陸君。大丈夫、ですか?」

「やっぱかさばるし動きにくいよ、二本持ち。軽いからまだ良いけど」



 至近距離での攻防の場合、長剣では圧倒的に不利。

 だからこそ、たった一度、実直な彼女を騙せる一度の機会の為に何度も入り込んで機を伺っていた。

 

 僕が抜き放った二本目……それは、短剣。 

 ……この短剣は、先の戦いで砕けた僕の愛剣を加工したもの。

 鍔の部分とか握りの部分とかにも多少手が入っているけど、それでも手に馴染んだ感触は今までのまま、鞘に入れたままなら外見も殆ど変わっていない。


 むしろ、新しい剣より振り心地は良いし。

 元の鞘に入れたままなのは、単に新しいものを作って貰ってる最中だからだけど、今回はそれを利用できたし……通用するのは一度きりな騙し手。

 一度戦った相手にだからこそ通じた、冒険者らしい戦い方だ。

 


 リディアさんは、主へ向き直る。



「―――……申し訳ありません、セレーネ様。武器を破壊されてしまいました」

「えぇ。困りましたね。戦闘能力を失ってしまった護衛と、戦う力を持たぬ私……一体、何をされてしまうのでしょう? ……いえ、こちらがさせられてしまうのですかね?」


 

 言紡ぎながら、何故か手を伸ばそうとして引っ込める動作を繰り返しているセレーネ様。

 彼女なら余裕のままにクスクス笑うと思ったのに、顔もやや強張っていて。



「……陸君が心配なのでは? 本当は今すぐ安否を確認したい、とか。お腹、大丈夫ですか?」

「……………」

「頬、手当てしますね」

「あ、うん」



 そういう?

 

 無論、弓を斬られた程度で戦えなくなるリディアさんじゃないし、大人しく言うことを聞く女王様じゃないのも分かっている。

 というか、セレーネ様が彼女が言うように「戦う力を持たない」のかは本当に疑問だ。



「……あーー。んでんで、どうでしょう」

「いま、落としどころには丁度良いと思うんですけど」



 戦闘ムードが霧散した雰囲気の中。

 ずっとセレーネ様の隣で戦いを見ていた二人がここぞとばかりに手をこすり合わせながら口を開き。



「これ、うち等の根勝ちってことで良くないです?」

「―――かも、しれません」

「じゃあ、じゃあ? 賢者さんについておしえてくれたりぃーー……?」



 ………。

 ……………。



「えぇ。―――イヤです」

「「えぇ……?」」



 今の、完全に教えてくれる流れだったよね?

 何なの? 逆張りなの?

 この世界の人たちって漫画とかアニメの常道を知らないの? どうしてナッツバルトさんはフラグをへし折るの?


 

「あ、あのぉ……」

「イヤです。反抗期の子と、夢を捨てた現実主義、そういうの大嫌いです、私」

「「……………」」



 何だろ。

 どっちが反抗期なのかな。

 女王としてどうなのかな。

 頬を膨らませてよく分からない持論を語る彼女は……彼女は。



「ホントにどうしよ。―――……っとと」

「陸君」



 大分マシになったし、十分実力を発揮できる程度には回復してるけど。

 それでも長期戦闘はまだ難しそうだ。


 セレーネ様が……彼女が僕達の事を本気で心配してくれているというのは分かる。

 僕たちのやろうとしている事が無謀というのも分かる。


 どっちの気持ちも分かるからこそ、言葉に迷ってしまって。

 心配させたいわけじゃないのに。



「なぁ。もうよ? やっぱり、アレしかないよなぁ」

「アレしかないよねぇ」



 ……本気?

 そんなアホみたいな手が通じるかも分からないのに。



「もう、手段は選んでられませんよ、陸君」

「……美緒まで」



 ………。

 ……………。



 ―――……ハァ。



「えぇ……と。お婆、ちゃん?」

「! ……む、むぅぅ……!」

「お婆ちゃん。お願いします……!」 



 この手だけは使いたくなかった。

 絶対後で擦られるからだ。

 あと、派手に暴れた後の情に訴える泣き落としって、勇者としても高校生としても論外というか。



「教えて下さい。僕の大叔母さんについて」



 ここだけ切り取ると親族のごたごたに聞こえる不思議……と。

 お年玉を強請る孫のように真摯に頭を下げて。

 僕に合わせるよう、三人も頭を下げて。

 

 長い沈黙があって。



「……暫く安静に」

「手遅れです」

「無理はしない事」

「約束しにくいです」

「……偶には祖母に顔を見せてください」

「善処します」

「これからはずっとお婆ちゃん」

「厳正な審査に通して可能な限り善処する方向で審議します」



「……本当に頑固なのは、一体誰に似たのでしょうね」

「この辺はお母さん譲り……、ひいてはお婆ちゃんですかね」

「……そう言われると悪い気はしませんね」



 言葉とは裏腹に、セレーネ様は目を細めて肩を竦める。

 ……その姿は、エルシードという一つの国家を束ねる女王としての彼女より……普段の威厳に満ちたセレーネ様のものより、小さく見えて。



「ティアナ・サクス・エルシード・ローレンティア。我が姉は、とても不思議な方です」

「「!」」

「岩や苔のように感情が読めず、雲のように掴みどころがない。女王としての己に疑問を抱き、王位を継承してから数年足らずで座を退いてしまった度し難い姉です」



 息をつくまま、ゆっくりと話し始める彼女だけど。

 褒めてる感じじゃないね、これ。



「姉が私の前より姿を消して、既に長き時が流れました。私自身、彼女の行方は……、知らぬのです」



 ………。

 そっか。

 じゃあ、やっぱり一から……。



「しかし、度々エルシードを訪れては、彼女と、己が仲間たちとの思い出話を語ってくれる人が居ました。……彼の話では、賢者として活動していた姉は―――」



 勇者ソロモン、その仲間たちの一人にして亜人の賢者であったティアナ。


 一時期、彼女と旅をしていたある流浪者に曰く……冒険家としてのティアナは、掴みどころのない性格。

 雲のように自由で気儘で、どんな服も似合う中性的な容貌。

 そして、何よりも―――料理の腕が壊滅的だった、と。



「彼女は、今なお勇者を送り出すために、常に彼等が見える場所で旅路を見送り続けているだろう……と」



「私が流浪者から聞いたのは、この程度ですが。果たして、このような情報で足しになりますか?」

「うーーん……ぅ?」

「流石に、ちょっと……ん?」

「―――料理。常に見える場所……」



 料理の腕が最悪。



 ………。

 ……………。



『―――この店、甘味は美味しいんだけど……、普通の料理は壊滅的なんだ』


『―――材料は悪くないんだよ。問題は店主の腕』



「自由。掴みどころがなくて、雲のように気儘……」



 ………。

 ……………。




『何これ、美味しいですねーー』




 ………。

 ……………。



「「―――ぁ」」



 今でも鮮明に脳裏に浮かべる事の出来る、当時の記憶。

 僕達がこの世界へ召喚された、丁度その日。

 右も左も分からず、それこそ最序盤の魔物さえ倒せなかったであろう、当時の僕達を元気づけてくれた人と、おかしな店員さんの会話。


 

「………なぁ、皆。それってよ」



 康太が、目を瞬かせて僕達を見回す。

 皆が頷く。



「んじゃ……せーのっ!」




「「ロシェロさん!!」」



 それは、僕たちがこの世界へ来た日。

 先生が連れて行ってくれたお店……その店員さんの名前で。


 賢者ティアナが勇者たちを見送ったというのなら、それは大陸でも西側……それも、勇者召喚が行われる教国である可能性は非常に高く。

 また、他の特徴とも一致する。


 

 ―――いや、もう間違いないでしょ、これ。

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