第17話:新たな旅立ちの準備を




「あ、あのォ……勇者様ぁ! 本当に大丈夫なのですか!? もう一本うえに? 更に!?」

「うッす。乗っけちまってください。後二本くらい」

「二本!?」

「あ、やっぱ三本行けそう」

「サンボぉッッ!? 一本でも70キロはあるんですけど!!」



「この面を、こう、切り落とせばいいんですね?」

「は、はぃ―――」

「こう、ですね?」

「は……、はいぃぃ……。カッコ、いい……!!」

「すごぉ……。工具いらずじゃない、これ」



「わぁぁぁ……!! ゆーしゃさまスゴイ!」

「つぎ、わたし!」

「ぼくだよぼく! ぼくの作ってゆうしゃさま」

「―――あのお兄ちゃん凄い!! マルタ山だ!」

「おお、っとぉ。僕ぅ? 危ないからこっちであたしとあそぼーね。皆の分作れるから、ね!」



 荷車に山と積まれた資材を次々と運搬していく康太。

 未だ本調子でない筈の彼は大黒柱程もある巨大な木柱を束と積み重ね、足取りも軽く往復する。

 

 運ばれた木材を用途に合わせて切り分けていく美緒。

 自然由来の素材故に木目や色合いは違えど、その形や大きさはまるで大規模工場で加工されたかのように均一かつ一定。


 春香も、小さな子供たちを軍団と束ねあげて。

 康太の往復で陥没した地面を埋めたり、美緒の作業で生まれた端材をナイフで削って器用におもちゃを作ったりと、良い子の初恋を端からハントしている。


 

 ………。

 ……………。



 無論、僕も。



「本当に―――、本当にありがとうございます、勇者さま……」

「皆さんの力ですよ」



 僕も休んでいる訳ではなく。

 コンベアのように回転させた風の刃で木材の表面を滑らかにする作業を止めないまま、同伴のギルド職員さんへ言葉を返す。


 確かに、約束通りギルドで依頼は受けた。

 僕達の働き自体は僕達のものだろう。

 でも、そこから先……僕達が動いているうちに次々と集まって一緒に働き始めてくれたのは、この都市に住む人たち自身の意思、力。


 依頼分はとうの昔に終わったし、いまは彼等の為に、彼等に触発されて手伝いをしているだけなんだ。

 彼等、自分の意思で働いている人たちと何ら変わらない。



「―――その場に居るだけで勇気を与える。動くだけで奮い立つ力と、希望を与え続ける……か」



「……本当に不思議だな、君たちは」



 と、作業を続けるこちらへ覚えのある声が掛かる。

 振り返り、まず視界に入る緑の髪は―――あ、ナッツバルトさんだ。



「ナッツバルトさん。お疲れ様です」

「ですです」

「おつでーす」

「お疲れ様です」

「あぁ、お疲れ。皆、酷い傷だったから心配だったが……。無事みたいで何よりだ」



 うん、うん。

 この分なら、現状運び込まれている物資は全部近いうちに補修へ充てられるかな。

 みんな頑張ってるし。

 ナッツバルトさんも頑張ってるし。



 ………。

 ……………。



「「―――うん?」」

「ん?」



 危ないから一旦手を止めて、服の袖で瞼を擦って。

 ちら。

 ……被りを振って、軽く目頭を揉んで……ちら、ちらり。


 ……うん?

 えーー……っと。



「……え。何で生きてるんですか?」

「失礼じゃないか?」



 いや、失礼なんだけどさ。

 それは重々承知かつかなり申し訳ないんだけどさ?



「跡形もなく吹き飛んでましたよね?」

「塵も残さず炎に捲かれてましたよね? 不死鳥なんですか?」

「異能生存体なんす?」

「クマムシさんなんですか?」



 僕だけじゃない。

 皆が目を剥き、口を揃えて目の前にいる成仏できてない幽霊に言葉を浴びせる。


 迷った?

 よくよく見れば、確かに火傷の跡とかあるし、身体の動きもぎこちないし、服の端々から包帯が見え隠れしれるけど……え、本当に五体満足そのものなんだけど、この人。



「もしかして―――魔人なんですか?」

「失礼じゃないか? ……愛する婚約者を残して死ねるわけがないじゃないか」



 いや、ごもっとも。

 それが出来ない人が世間にはどれ程溢れているかに目をつぶれば、ね?



「それに……君たちは、俺の二つ名を忘れたみたいだな」

「「あ」」



 そう言えば。



「そいえばさ。凄い燃えやすそうな髪色してるから忘れてたけどさ?」

「おーーい?」

「あぁ、ナッツバルトさんの二つ名って、確か」

「ふふッ。そう、かこうじゅ―――」

火鼠かそのナッツバルト……」

「素直にすごいです……」



 そうだった。

 彼って、火属性魔術のプロフェッショナルで……って、火鼠って本当にまんまの意味だったんだ。


 本人は、あの人みたいに自分の二つ名を気に入ってはいなくて、「火光獣」なんて自称してたりするけど。

 本当に燃えにくい体質なのかな? 



「……っはは。……もう大丈夫そうだな、君たちは」


 

 呆れたように笑うナッツバルトさん。

 彼も無事で……本当に、良かった。

 あ、そうだ。

 


「都合がいいんで、ちょっと伺っても?」

「ん? 指輪の売ってる店か? 式場の予約か?」

「はい、それはまた今度二人の時に是非」

「陸君?」

「こっちの作業が終わったらリザさんに挨拶したいんですけど、今日っていますか?」




   ◇




 数日前にも訪れた部屋、その奥の席に座っていたリザさんは、ゆったりとした手つきでお茶を淹れてくれる。

 締め切られた室内。

 防音設備の行き届いているゆえに臨時の執務室に選ばれた密室に、香しい香りが漂う。

 


「……本当に大丈夫なのですか? 皆さん」

「「はいっ!!」」



 お茶を僕達の前へ出し。

 対面へ腰かける彼女の言葉に、僕たちは一斉に頷く。


 ……本当に大丈夫か、と聞かれれば嘘だけど。

 別に、今すぐに何かと戦いに行くわけでもないんだから、普通に生活している分には問題なく。


 あと、諸々の都合も合わせて。



「忙しいでしょうから、色々と端折って―――大丈夫、なんで」

「聞いても、良いですか。僕たちが聞いてない部分の話」



 ………。

 ……………。



「……えぇ、分かりました」



 ………。

 ……………。



 療盟士を飛び出して一人街中を歩いていた時。

 そして、復興に関する依頼を受けていく中で。僕たちは憶測混じりでありつつも多くの話を聞き。

 都市の人々が知る情報の中に、自分達が知らない情報がある事に気付いた。


 単純に、ソレを知る前に。

 一番長く意識があった僕も、あの人の……あの言葉の直後に意識を失ってしまったから、聞きそびれていたんだけど。

 その話を改めて、最も多くを知るであろう彼女に聞きに来たんだ。



「時間は、気になさらないでください。私も皆さんとお話をしておきたいと思っておりましたので」

「「……………」」

「では。まずはやはり、現状から入りますが―――」



 リザさんが現状を整理してくれる。

 そもそも、これ程までに都市が破壊の渦に巻き込まれたのは、各所で戦闘が起きていたから。

 敵方が魔族だけなら良かった。

 けど、僕達が知らなかっただけで、都市の外周部では魔物による破壊被害もあったと。

 

 ゲオルグさんも、リディアさんも、避難の警護と共に魔族側の勢力……黒曜騎士団の隊長格の妨害を受けてこちらへ到着するのが遅れた、と。



「我々の戦力配分、位置情報。これらは全て筒抜けだったわけです。都市の各所に配されていた結界の要となる媒体も、全て破壊されていましたからね。魔物が自然発生することはなくとも、放つことは容易だったのでしょう」

「……んっとに」

「冗談じゃないですよねー。てか、むりむりじゃないですか。あの人こっちの内部情報ぜーーんぶ知ってる側だったんすよぉ? 筒抜けわらーー」

「カレン、ロゼッタ。ノックはしましたか?」

「「すみませーーん」」



 まぁ、ここは冒険者の都市。

 その魔物たちすら今では素材が切り出されたりして、皮とか骨も色々な資材として復興に一役買ってるんだけど。


 それでも、あんまりな話で。



「皆さんも、都市の住民や冒険者から一定の話は仕入れておりますね?」

「えぇ。でも、僕達が聞いた話には憶測とかも含まれてる筈ですから」

「ギルドの考えをお聞きしたい、と」



 ………。

 ……………。



「我等は、大陸全てを平らげる」



「大陸の勢力図は塗り替わる。人類は、滅びを知るだろう。逃げ場など、存在しない」



「―――期限は、一年。滅亡を回避したいのであれば、人界における最高の戦力を揃え。我らが居城へ来い」



 ………。

 ……………。



「……これが、彼の残した言葉です」



 それはつまり、戦争。

 未だかつてない、争いの呼び声に違いなく。



「でぇ、今現在の諸国の考え―――特に、クレスタを始めとする東側連合のありがたーいお考えなんですけど」

「要約するとね? もし大国連合が成立して魔族との戦争になった場合、ギルドはそれに口を出す事を禁ずる。そして、連合に所属する国家の生まれである冒険者は軒並み徴兵対象として引き渡す事……って話になりそうな状況よ」



 冒険者の徴兵。

 ギルドの機能停止。

 それ……本気で言ってるのかな。



「……はい?」

「そんなん―――飲めるわけないやないすか」

「あ、皆さんはその旗頭にって話も出てますけど。いかがどす?」

「勘弁どす」

「あり得ないどす」

「御免被るどす」

「ないです」



 ふざけるなって言葉しか出てこないけど。


 

「各国は焦り、疑心暗鬼になっているのです。事実、彼は「すべてを平らげる」と言った。半分を、ではありません。例えば―――もし、魔族が魔素の問題を解決できる新技術を確立させていたとすれば? 既に手は回され、その根が国家群の中枢にまで浸透していたとすれば?」

「「……………」」

「まぁ、そういう事で。件の暴挙も分からない話じゃないのよねーー」

「ですぅ」

「そもそも。念話を始めとする多くの技術は、東側より伝来されたモノ。……美緒さん。プロビデンス壊滅の報告で仰っていましたね。敵の首魁―――導主は、魔族だったと。その男は、念話を人類にもたらしたのは、己だと発言していたと」

「「え」」



「……美緒?」

「―――……はい」



 なにそれ聞いてない。

 人間が当たり前に使っている技術を作ったのが、実は魔族。

 それも、自分達が過去に倒した相手って。

 話が複雑になってきたな。


 でも、事実として。

 魔族の技術力は人界側を圧倒的に凌駕している。

 


「或いは、最も最善は―――大戦なのかもしれません。皆さんが旗頭になれば、人間種の結束はある程度の形になるのかもしれません」



 ………。

 彼女らしくない……。いや。


 リザさんがこんな風に話すのは。

 僕達がどう答えるかを知っているが故なんだろう。


 不安が無くなったわけじゃない。


 でも、もう決意はブレない。

 もう背を向けたりしない。


 なら、今は。



「僕たちは―――戦争には参加しません。勿論、このまま元の世界へも帰りません」

「俺たち、今まで散々綺麗ごとを貫いたんっすから」

「ここ一番。本当に大切な所で、逃げたりなんか絶対にしません!」

「私達は、私達自身で。国を動かすことなく……人と魔族の全面戦争になる前に、魔皇国の宣戦布告を取り下げたいと思います」



 ここへ来る前に、皆で話し合った事を。


 そして……今までも、今回も。

 多分、これからも。

 ずっと、僕たちはこの人に頼りっきりになってしまって……それが、本当に申し訳ないんだけど。

 でも、僕達にはそれしかできないから。 


 何度目かも分からないけど、頭を下げる。



「だから―――お願いします! リザさん! 僕達、強くなります! 今より、もっと! ずっと強くなりますから!」



 ゲオルグさんにも、リディアさんにも。

 最上位―――S級と呼ばれる人たち。

 単身で国家とも渡り合える存在と同じくらい……彼等をも凌駕出来る位に。


 あの人と渡り合えるくらい、強くなるから。



「だから、それまでのあいだッッ……」

「―――ふふ」




「えぇ」




「皆さんのサポートと、国家の牽制は、私達が」

「ま、そこはオトナの仕事ってことでねぇ?」

「ふっふーーん。ま、安心して修行でもしててください? うちのトップがなんて呼ばれてるかは、今更聞くまでもないでしょう?」



 多分、人界諸国は黙っていないから。

 約束の一年、時が過ぎるのをただ待っている筈なんて決してないだろうから。


 一国が突出すれば、他が。

 我先に、我こそが……必ず、次々に無謀な戦いに身を投じ、多くの人が死ぬだろうから。


 それを止める人が必要だ。



 ………。

 ……………。



「では。お話が纏まったところで、もう一つ」



 唇を噛み、新たな決意を固め。

 重い腰を上げようとした僕達へ、改めてリザさんから声が掛かって。



「残念ですが。現状、我らは戦力、情報ともに、かの国へ大きく後れを取っていますが」

「「……………」」

「なればこそ―――ここで一つ。彼我の差を少しでも埋めるために。何より、皆さんへの力添えとして。私から皆さんへ依頼をしてもよろしいですか?」



 ……依頼?

 このタイミングで?



「我々が真に望むべくは、人と魔の戦争……人魔大戦の阻止。その為の、かの国の宣戦布告の取り下げ。そこに立ち塞がるは、やはり魔将。彼等の情報は不鮮明な部分が多く、また我々は魔皇国について、魔族についてあまりに無知なのが現状です」


 

 ………。

 あの国には。魔王を守護する六人の最上位妖魔が居る。


 でも。

 僕達自身も、ギルドも……意外なほどに彼等の多くを知らない。

 勿論、魔皇国の戦力が彼等だけである筈も、決してない。


 ゲオルグさんやリディアさんを足止めし、リザさんと互角に渡り合ったような魔族を始めとした黒曜騎士団の戦力を始め……もしかしたら、他にも最上位に比肩、準ずる戦力だって数多存在するのかもしれない。

 そうであっても全く不思議じゃない。


 このまま突撃しても、今の僕たちじゃ当然昔の勇者たちのように……。



「ですから。知らないのなら―――全てを知るモノへ、聞けばいいのです」

「……全てを」

「知るモノ、っすか?」



 ………。

 ……………。



 ―――ぁ。

 いや……そうか!


 当たりがついた。

 いや、むしろそうなるのが自然な流れだったんだ。



「その存在なら、或いは。彼を打倒しうる術を。皆さんの修行のヒントを与えることも、可能かもしれません」

「「!」」

「あの、リザさん。その人って、もしかして……」

「えぇ。お察しの通りです、リクさん」




「二百年前、勇者ソロモンと共に旅をした長命者。半妖精の王族にして、女王セレーネの姉君」




「―――賢者ティアナ。彼女を探す必要がありますね、皆さん」

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