第15話:底抜けな明るさの嘘




『は、はじめまして。私、……春香』

『はるかちゃん? 始めまして! あたしは……』



 ずっと、陸しかいなかった。

 他には何もなかった。

 暗くて、人見知りで、でも誰かが居てくれないと何もできない弱い私。


 そんな私の、初めてで最高の友達。

 明るくて、誰とでも仲良くなって、一人で何でも出来てしまう女の子。



『あたし達、ずっと親友だから―――ね?』

『うん!』



 ずっと一緒だって。

 何でも、どんなことでも―――楽しい事も苦しい事も共有できるって。


 そう、思ってた。



 ………。

 ……………。



 ………。

 ……………。



「―――はるか。―――ねぇ、はるか」



「はるか。どうしたの? かぜ? ひいてないよね。ずる休みだったの? 元気なら遊ぼうよ。おままごと以外で」

「……………」

「……―――おままごとでも良いよ?」

「……………」

「はるか?」

「―――どっかいって、りくもやし」



 塞ぎ込んで学校にも行かず、ずっとただ家に籠っていただけの私。


 風邪かもしれないと心配して、お見舞いに来てくれたんだ。

 でも、今は誰とも話したくないから……話すのが怖いから。りくだって拒絶するんだ。



「りくだって、そうなんだ。ウラでは、言ってるんだ。あの子みたいに」



 親友だった。

 誰よりも仲が良くて、何でも言い合える。

 りくみたいな、けど同性の子が、他の子と一緒の時はあたしの悪口言ってたんだ。


 誰に聞いたわけでもない。

 自分で、あたし自身の耳で聞いたんだ。

 

 

「もう分からないよ。みんな、居なくなるんだ。りくもきっと、あたしの事悪く言ってるんだ! 裏切るんだ!」

「裏切らないよ?」

「―――信じない!」

「……ぁーー、はるか? ちょっと怖い……」

「皆居なくなるんだ! 皆、みんな……いなくなるんだ……」

「……居なく、ならないよ」

「うそ。だって―――」


「裏切らない!」


「ぼくは、にうらぎらないもん!」

「……もう、信じ、られないよッ」



 何も考えられない。

 気付けば泣いてた。

 ちょっと前なら、こんな事考えなかったのに。

 大切な人が自分を騙して笑いものにするなんて、考えた事もなかった。

 なのに、今は。


 何でか、陸も泣いてた。



「ぼく友達いないもん!」

「だから!? じゃああたしは友達なんかじゃ―――」

「だから、うらぎらないんだ! はるかは家族だもん!」

「―――――」

「それに……友達だから、違うから、なんなの!? 家族とか、親友だからじゃない! 関係なくても裏切らない! 頑張ってる人は助けてあげるんだって。人は皆頑張ってるんだよって! お父さんがいってたんだ!」

「……おじさん?」



 クウタおじさんは面白い人だ。

 厳しいうちのパパとは違って、すっごく子供っぽくて、でもすっごく頼りになる。


 パパたちは全然似てないけど、でも仲良し。

 ……パパとクウタおじさんが、いつも口を揃えて言うことがあって。

 「絶対を軽々しく使うな」って。

  

 ……絶対に、なんて。

 そんな軽々しく言うなって、二人は言ってた。

 でも……あたしと話す時、陸はいつだってその言葉を強調してた。




「―――懐かしいね、それ。……ほら。軽々しく使うなって二人でずっと言われてたじゃん? だから、僕がどれだけ本気か伝わるかな、って」




 大きくなって。

 あの時の事を忘れる頃、ふと思い出して聞いたとき、陸はそう言ったの。



 ………。

 ……………。



「俺じゃダメなのか!? 俺の何が嫌なんだよ、なぁ!」



「―――そうだよな……。分からないよな! そうだよな! お前みたいにモテる女は、一人より、大勢の男に囲まれてる方が楽しいもんな!?」


 

 そして、本当に。

 いつだって、どんな時だってあたしの味方だった。



「やめてって……」

「―――やめてくださいよ」



 あたし、これで結構モテたから、大きくなってからは色んな人に告白されたけど。

 中にはどうしても諦められないから、二度目の告白だっていう人もいて。

 で、出来る限り丁寧に断ろうとしたら、こうなって。


 

「……何だよ、お前」

「父兄です。ご存じないんですか? 僕は知ってますよ。貴方の事。声高々に、春香を彼女にする、とか言ってましたよね。先輩」

「―――――」

「色々知ってますよ。癖も、思考も、いまどうして怒ってるかも、知ってますよ。春香じゃなくて、貴方の事」

「な……なんだよ、お前……」

「愛想が良くて、誰からも好かれていて、誰よりも楽しそうに笑っている。きっと悩みなんかなくて、相手をずっと励ましてくれる。何よりも、皆に自慢できる。……本当にくだらなくないですか?」

「……ッ」

「二度も振られて、友達に笑われるのが嫌だから。同じ相手に二度も告白して、恥をかいたのが何より恥ずかしいから。そんな下らない理由で、分かりもしない事ばっかり。好きになったんじゃないんですか? さっき言ってた、本気とか絶対って何だったんですか?」



「本当に格好悪いですよ、あなた」

「ッッ!!」



「理解しようとすれば、こんなにも簡単なのに。貴方は、ただ逃げただけです。相手の所為にして」

「―――わはー……凄い言うじゃん」



「取り敢えず、一つだけ。悩みも、苦しみもない完璧な子。本当にそう考えてるなら―――あなたに、春香の事は永遠に分からない」

「こ……、このッ!!」



 そこからは一方的。

 殴られ殴られ……結局、他の人たちが来るまで。

 思春期ってやつだし、そんなに良い中学校でもないし、喧嘩っていうのははよく見るけど……、ここまで一方的なのは珍しくて。



「ぅ……ぅ。いえ、本当に―――大丈夫……。頭冷えたんで、大丈夫です。……ね?」

「―――……え? あ、あぁ……」



 でも、結局小さな喧嘩で処理されて。

 

 「誰も得しないし、分からなくもないから、あの人の気持ち」……って。

 陸は、本当にその人になったみたいに言って。

 そんなのが何度も、何度も……何度も何度も、数えきれないほどにあって。

 幼稚園の頃、小学生の頃、中学生の頃。

 

 口喧嘩じゃ、誰も陸には勝てなかった。

 だから、いつだって喧嘩だった。


 そして、いつだって負けだった。

 相手は暴力で黙らせようとするし、陸も相手の土俵へ行く事に全く抵抗しなかった。

 ……口は全然黙らなかったけど。


 クウタおじさんも、凄く喧嘩弱いんだって。

 それなのに、どっちも向かっていくのをやめないんだ。

 でも、結局最後には絶対になあなあで……大きな問題にならず、何時の間にか忘れられていったんだ。



 ―――いつだって、そうだった。

 思えば、ずっと昔。

 あたしが一人で塞ぎ込んで、陸が励ましてくれた時も……陸が一緒に泣いていたのも、多分。



 陸は、まるで相手になったみたいに。

 いつだってその人にでもなったみたいに共感して、理解しようとするんだ。



「ねー、陸。教えてよ、相手の心読む方法」

「―――へ?」

 


 分かってたんだ。

 陸の異能がそうだと分かってから。

 あたしだけは、ずっとどうしてか分かってた。


 康太君のリカバリーは、どんな状況に陥っても絶対に諦めない不屈の精神性。


 美緒ちゃんのラウンは、……完璧主義っていうの?

 全てをきっちりとやる精神性の現れ。


 あたしは、すぐに相手が裏切らないかどうか、自分の事をどう思っているのか、そういういけないことをずっと意識している、臆病さの塊。


 陸は……。

 相手の動作を記憶して、一度でも見た攻撃は全部効かなくなる。

 百年前の勇者―――空太おじさんが使えたっていう、完全記憶の戦闘ばーじょん?



 違う。

 多分、違う。

 


 短い期間観察しているだけで、相手の本質を視て、暴き立てる。

 仲間じゃないと思った人たち、大切なモノを傷つける人たち、そういう人達を暴き立てる、その人の本質を視る、凄く怖い能力。

 でも、それは相手をどうこうしようというわけじゃなくて。 


 理解できなくても、わからなくても。

 それでも、諦めずに理解しようとする。

 誰も切り捨てず、誰も見捨てず、取り返しがつかなくなるまでなら、何度でも手を差し伸べるし全力で助けようとする。

 知らない人でも例外じゃない。


 「相手の気持ちも分かるんだ」って。

 「頑張ってる人は、助けなきゃいけない」って。

 その一言で、全部許しちゃう。

 理解して、理解して……大抵の事を相手の気持ちになって、笑って許しちゃう。


 そういう考えって、普通は理解できないし、すごく怖い。

 

 でも―――あたしは、怖くなかった。

 だって、陸はいつだってそうやってあたしの心を守ってくれたから。


 ずっと、家族同然だったから。

 ずっと一緒で、居るのが当たり前だったから。


 だから、陸は恋愛対象にはなり得ないけど。


 でも―――当然。

 あたしにとっては、いつだって助けてくれる、あたしの勇者ヒーローなんだ。




  ◇



 

 拒絶したいけど、誰かに一緒に居て欲しい。

 跳ね除けたいけど、離れて欲しくない。


 あの時の、冷たさと同じ。

 矛盾した、あまりに理不尽な気持ちを抱えたまま、あたしはベッドを被って震える。

 このまま死んじゃうんじゃないかって位だけど、これでもまだマシな方。


 一時は、本当に怖かったんだ。


 目を醒ましたら、病院のベッドで。

 悪い夢でも見ていたみたいに冷たくて、ずっと冷たくて。


 ―――でも、思い出せなくて。

 それならいつもみたいに皆と話そうと思って探しに行って―――。


 陸も。

 康太君も。

 美緒ちゃんも。

 ……皆が重傷を負った状態で治療を受けていた。


 誰に頼れば良いか分からないって。

 そうだ、先生を呼ぼう……って―――それで、思い出した。

 あの時の事を、全部。


 それをやったのが、予想に違わずあの人自身だと聞いて。

 この世界で頼れる……絶対に信頼できる人が―――誰も、誰一人傍に居なくて。

 

 美緒ちゃんが目覚めるまでは、本当に何も出来なかった。

 

 康太君は、目覚めてからずっと一緒に居てくれた。

 私なんかよりずっとずっと痛かった筈なのに、今も苦しい筈なのに……あたしの傍に居てくれて。


 昨日も、一昨日も。

 同じ時間にやってきて、一日中あたしの傍に居てくれた。

 今だって、傍らに……ベッドの端に腰かけて、時折声をかけてくれる。

 

 一番重傷だった陸の見舞いは良いのって聞いても。

 「その陸に頼まれたから」

 「この程度でアイツが死ぬ筈ないから」……って。

 馬鹿だよね。

 そんなの、分からないのに。


 

「なぁ、春香ちゃん」

「……………」



 あたしを元気づけようと、沢山話し掛けてくれて。

 いつもみたいに、冗談を言ってくれて。


 でも。

 やっぱり、怖かった。


 あたしって、本当はすっごく嫌なやつだから。

 本当に信頼できる―――なにがあっても大丈夫……そんな人たちだけの筈だったのに。

 本当に大丈夫な人と、それ以外を明確に分けていた筈なのに。


 感情も、心も視えるって……そう思ってたのに。

 やっぱり見る目ないのかな。 

 久しぶりに思い出す。

 こんなに弱かったんだ、あたしって。



「もし、陸が目醒めたら……どうするか」

「……………」

「反省会か? やっぱ」

「……………」



 明るく振舞う康太君。

 それは無理に、という言葉が先に来るけど……でも、本当に考えることを楽しんでるみたいでもあって。 



「一緒に、泣く?」

「……それもアリだな」



 彼は、悲しそうに微笑む。

 

 あたしは、知ってる。

 康太君もあたしと同じ。

 本当の仲間だと思ってた人たちを、いつからか信頼できなくなって。



「いっそ、四人でどっか遠くの、だーれも知らない村で暮らすとか」

「……………」

「帰っちまうか? 日本」

「……帰れるのかな」



 あたしたちは、もう元の世界へ帰れるくらいの魔核石……エネルギーをほぼ貯蓄できているというけど。

 今の状況でソレを許してもらえるかは分からないから。


 それに。

 あたしは、本当に―――……。



 帰りたいの?

 今それを決断して、本当に実行できたとして、あたしはそれを一生後悔するかもしれなくて。



 

「……いや、やっぱアレだわ」




 考えても考えても分からない。

 どんどん悲しく、痛くなる。


 そんな時。

 康太君が、優しく手を握ってくれて。



「あれだ。―――全部ぜんぶ、陸がどうにかしてくれんだろ、多分。いつも通りに、な」

「………うん」

「そこ同意かよ。流石幼馴染。嫉妬しちゃう」



 あたしは勿論、康太君だって分かってる。

 ……ううん、分からない。

 分からない事を分かってるんだ。



「だって、陸だもん」

「―――だな。一番頭のおかしな俺らのインテリだもんな」



 ……そうなんだ。

 普段騒いでる側だとか、鎮める側だとか……ボケ役とかツッコミとか、そういう話じゃなくて。

 結局、あたしたちの中で一番予測が出来ないのって、陸だから。

 インテリな分、逆に理解できない事をするし考えるから。


 それを実行して、当たり前にどうにかして。

 いつだってあたし達を助けてくれる。


 だから、大丈夫。

 今は―――今だけは……、沢山泣いて、大船に乗ったつもりで待つんだ。

 


「……ねぇ、康太君。陸が折れてたら、どうするの?」

「そんときゃ美緒ちゃんがどうにかしてくれる。……陸を」

「……良いなぁ」



 話していると、胸が少し温かくなって。

 昨日も、一昨日も。

 康太君が来て暫くすると、こうやって少しだけ元気になれるんだ。

 多分、他の人じゃそれすらダメだった。


 ……でも、明日にはまた最初に戻ってる。

 これも、今だけ。

 あたしって、本当に脆くて弱いから。



「大丈夫だ。もうじきだろ。何なら……もしかしたら、今に目覚めて―――」



「……―――だ!!」



 ………。

 ……………。



 それは、誰の声だったのかな。

 初めは小さかったけど、徐々に大きくなっていくようなその声は……、ううん、聞き覚えしか無くて。



「―――きだ!」

「……陸か?」



 康太君もソレが聞こえているんだ。


 次第に大きくなる声。

 本当は聞こえている筈なのに、感情がぐちゃぐちゃの脳が耳に入った言葉の理解を拒んで。


 でも、ずっと聞こえてくるソレは同じ言葉。

 ゆっくりと、確実に声ははっきりと大きくなっていって。



「―――――大好きだッッ!!」



 ………。

 ……………。



 本当になにやってんの? 

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