第4話:年上の同僚




 ―――灰の閃光ヒカリが、残光が、白刃、万力、金串が。


 戦争が、空を切り裂き煙を巻く。

 交じり合う火花は音を置き去りに、灼熱の業火をものともせず、果てなき闘争を繰り広げる。



「……ぁ、あぁ……ッ!」



 視界の端にちらつく火花。

 小さな小さなヒトカケラが誰に見咎められるでもなく零れ落ち、虚空へ吸い込まれ、あまつさえ無慈悲に焼き尽くされるのを、誰もが只見ているしかなく。

 そこには、もはや何も残らない。


 欲求が全て、欲望が全て……小さな盤上の世界に、力以外のルールはない。

 焼き、焦がす……刹那の戦い。

 無力な者、一瞬の躊躇いを見せてしまった者、力なきもの利他的な者は、容赦なく全てを失う。

 遠慮など、美徳など……、他者への慈愛など、愚者の為す事。



「……ぐッ―――ぅ……ッッ」

「……………」

「まだ、まだ……です」



 うめき声をあげる者、最早完全に黙する者。

 武器を手に、今に襲い掛からんと目を細めて精神を研ぎ澄ます者……。


 戦場には、深い灰の煙が立ち込める。

 流れ落ちた一滴が更なる黒煙を呼び、一帯を巻くように包み込む。



 それは、血沸き戦い。



 ……………。



 ……………。



「はははっ。焼けた端からなくなるなぁ、本当に。下手なマジックショーもかくやだ」

「もう! みんな食べるの早過ぎッ!」

「一番食べてんの春香だけどね」

「最後の一枚、美味しいです」

「先生、こっちちょっと焼き過ぎじゃないっすか?」

「うん? ―――これで良いんだ。ホルモンは焦がすぐらいが一番美味しいって話知らない?」



 まぁ、かなり大袈裟に言ったけど、只の焼肉だ。


 網の隙間から小さな肉が炭へ落ちて焦げちゃっただけだ。

 昇格式を終え、その後の祝宴で出された小洒落た食事は確かに美味しかったけど、量という意味ではかなり不足。

 というわけで、合流した先生を交えて五人で二次会へ。


 勿論今回の主役は僕達なので、彼の奢りだけど。

 そうじゃなくても。理由を付けて何だかんだで奢りにしてただろう。

 仕事明け……暫く溜まっていた仕事を消化していたと言えば不憫にも聞こえるけど、A級たる彼を直々に指名しているような依頼である以上、ソレが仕事である以上、彼には達成時の莫大な報酬……一般の人たちでは及びもつかないような振り込みが確約されている訳で。


 増して、相手は先生おとな

 学生こどもたる僕達には欠片の遠慮もある筈がないと、その意志はこの状況からして炭火を見るより明らか。


 

「あ、店員さーーん? 注文良いです? 特上カルビに特上ハラミ、特上ヒレステーキ。あとあと……」

「特上タン、内臓おまかせ盛り」

「今の注文をそれぞれ20人前でお願いします」

「は、はいぃぃ……」



 店員さん引いてるし。


 高級店ともなると、量より質を重要視するような金持ちのお客さんばっかりだから、ここまで量を引き出そうとする客が珍しいのかもね。

 高い肉は沢山食べるようなものではないとも言うし。


 

「―――おーい、君たち?」

「「ごちです」」

「懐、あったかいんですよね。この位良いじゃないですか」

「ここ一等地の高級店なんだが? 特上注文のオンパレードなんだが?」

「お祝い、してくれるって言いましたよね。有り難うございます、先生」



 依頼帰りだし。

 この際、毟れるだけ毟るつもりでいるんだ、僕達。

 さっき注文した丸鳥、まだ来ないかなぁ。



「「……………」」



 残像が見える程の箸捌き。

 間違ってかるたの全国大会にでも出場したかのような神速の攻防。

 肉が焼けた端からなくなり、何なら焼けてなくても生焼けのまま無くなる……もはやチキンレースみたいな盤上の戦い。

 丸鳥来ないなぁ。



「……むぅ……生焼け」

「ねぇ。だから何で焼ける前に取るの? もうちょっとだったよね?」

「大丈夫、大丈夫。良い肉だから」

「もうちょっとだったからこそ、取られないように、最後の一枚だったからはやったんだろーな」



 20人前が無くなるのに、果たしてどれだけ掛かったか。

 多分、注文して運ばれてくる時間の半分もなかったと思う。


 で、運ばれて来ればまた戦争。

 果たして、全員が満足するまでどれだけ掛かるのか。

 お店の人気商品を全部当てる……全部食べ尽くすって方針の企画だったっけ? これ。



「んぎぎぎ……ッ」

「んむむむ……!!」



「シャーー!」

「フーーッ! フーーッ!!」



 やがて一口では満足できなくなれば、口一杯に頬張れば良い。

 一枚の巨大なステーキ肉の端をそれぞれの箸で挟み、それこそ綱引きのように一進一退の攻防を繰り広げる春香と康太。



「くくっ。仲良さそうに両端を……、若いっていいねぇ……。ポッキーゲームかな?」

「そんな微笑ましいものに見えます?」

「ちょっと脂ぎり過ぎでは?」


 

 あったとして、多分オークとかオーガ種な恋人同士の風習だよね、ソレ。

 というか、何で二人は軽くキロはあるヒレステーキ丸々一枚食べようとしてるのかな。

 


「カットして分け合おうって気持ち、無いの?」

「「ないッ!!」」



 ここまで強欲だと、いっそ清々しい二人。

 普通の日常、普通の兄弟喧嘩の場面ならば、「また注文すれば~~」などとお母さんから仲裁が入るのだろうけど。

 普通とは、いつだって僕達には味方してくれない。

 僕達四人が危惧しているのは即ち―――品切れ。

 ことここに到っては、「料理は逃げない」、「また頼もう」の選択肢がいつ無くなるのかが全く分からないんだ。

 だって―――。



「……あ。ヒレステーキ売れ切れた。これで品切れ10品目」

「「!」」



 個室へ店員さんが現れる、メニューの商品に横線が引かれる。

 また一つ、コンプリート。

 二人の攻防は更に拍車がかかる。

 もう、こうなってしまえば終わらないと、既に切り分け用のはさみを手にしている美緒へ目配せし。



「……仲直り、です」



 彼女が、閉じられた状態のソレを一閃……鋏という、挟み切る事に特化した道具は、しかし名刀の如き切れ味を発揮し、鮮やかな一閃で肉を両断。


 狙いも正確丁度真ん中……仲裁に成功。

 仲良く半分ずつ……と。



「美味い、旨い! ―――お姉さーーん、カルビ10人前追加で」

「タンも10人前ぇ!」

「……そのまま閉店まで争っていてもらった方が良かったのかな、私的には」



 まぁ、争いと平和の先にあるのは新たな戦いなんだけどさ。

  

 ……本当によく食べるなぁ。

 それに引き換え、隣でずっと真っ黒こげになりつつあるホルモンを大事そうに育ててる人は……枯れ専?



「もぐ―――へんへ、ふぁべないんふぇふは?」

「……良い肉なんてのはね。三枚も食べれば充分なのさ」

「ただ脂が重いだけでは?」

「―――ふっ」



 美緒の鋭い一言を、彼は鼻で笑って返す。

 成程、図星らしい。



「―――あぁ、店員さん。この、焼き野菜おまかせセットを」

「……何十人前でしょう?」

「え? あぁ、一人前ですけど」

「―――は、はいぃッ!! 承りましたぁ!」



 そのまま、珍しく注文する先生。

 新たな品切れを書きに来たらしい、陰すら差していた男性店員さんの顔に緑の光が戻ってくる。

 彼にとっては一番まともな客に見えてるのかな。


 ―――野菜……野菜か。

 僕達若い世代からすると、こういう焼き肉の最中にライスだとか野菜とかを頼むと、どうしてか「無粋」っていう考えが浸透してるんだよね。



「せんせ?」

「無粋じゃね?」

「どういうつもりです?」



 ほら。

 で、大人の解答は……。



「胸やけだが?」



 お爺さん……。

 なんだかんだ言っても、やっぱり身体の方は正直らしい。

 


「君たちもどうだい? 十年後、百年後、数百年後を見据えて」

「若いんで大丈夫っス」

「上位冒険者だから病気のなりようがないし」

「若いんで、今まで以上に遠慮しないですよーー。だって、A級だし! 先生と同僚って事ですからね!」

「………おぅふ」



 数百年は生きたいらしいワガママな大人。

 熱い信頼が野菜側からすればあまりに重すぎるけど、それはさて置き。


 ―――そう、同僚。

 今の僕たちは先生と同じランクなわけで……俗に言う、年下の同僚という奴。

 年下の上司よりはマシだろう。



「でも、先生ならその辺はあまり気にしてなさそうですね」

「ん。ストレスフリーだしな」

「そんな事ないさ。案外、関わり方に困るもんなんだよ? 昔、カレンさんやロゼッタ、ナッツバルトなんかがまだ新人だった頃は……」



 曰く、カレンさん達三人がギルドの新人冒険者として活動し始めた頃には、先生は既に上位冒険者だったらしく。

 先輩として、色々教えたりもしたらしいけど。

 当時はまだ、カレンさんの事は呼び捨てだったらしい。



「あの三人もまた、才能の塊だった。やがては順当にB級に昇格してね。同じランクになったんだから、これからはさん付けでヨローーとか言い出したのさ」

「普通に了承したんすか、それ」


 

 だから、先生はカレンさんをさん付けで。



「……まぁ、昔の話だ。皆も、今は沢山食べて英気を養ってくれ。暫し、気を張り詰めて掛かるべき重要任務が始まるからね」



 ―――そうだ。

 数日後に迫った大陸議会……冒険者たちは総じて都市や街道の警備に駆り出され。


 上位冒険者である僕たちは、各国の重鎮、外交官が集まる会場の警備を担当する事になる。

 確かに、生半可な討伐任務より緊張は上だ。


 けど。



「これ迄の旅で、手心を加えたつもりは欠片もない。四人には、冒険者として私が持てる全てを叩き込んだつもりだ」

「「……………」」

「だが、後継者などというつもりもない。私は、勇者ではない。故に、四人を縛るようなものは何一つとして持ってはいない」

「冒険者は、自由であればこそ冒険者なんすからね」



 そう、そうなんだ。

 冒険者としての全てを教えたという事は、つまりそういう事で。



「元の世界に帰っても良いし、この世界で暮らしても良い。全部あたしたちの決める事、自由―――って事!」

「自由万歳!」

「そして―――」

「自由だからこそ、自分で決めた分の責任は果たしますよ。だって僕達、最高の冒険者の弟子なんで」



 緊張、重責、あるだろう。

 魑魅魍魎が大陸中から集う……即ち、僕達にも大きく目を向けるという、僅かな未来必ず起こり得る事実。


 ―――それを受け入れ、豪気に笑う。

 そんな僕達へ、彼は眩しいものを見るように―――多分煙でやられた―――目を細める。

 


「……もう、教えることはな―――」

「あの、先生? 大陸議会へ向けて、重要な情報などがあれば先に伺っておきたいのですけど」



 で、教えることはないと言っている傍から、沸いてくる知識への欲求。

 知りたいのは、現在の国際情勢というやつかな。



「―――はい、お待たせしました。野菜おまかせセットです」

「あぁ、どうも」



 丁度届いた注文。

 朱と茶の世界を侵略するように、世界に色を与えるように。


 彼は野菜を次々網の上に載せながら語り始める。



「そうだね。現在の国際情勢―――並びに、今までの学び復習編。大陸議会へ向けての予備知識として、必要と言えば必要かもしれない。なら、その辺を話してあげようじゃないか」

「野菜ジャマー」

「野菜どけてくださーーい」

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