第5話:人界情勢の変化




「そも、これを語るに欠かせないのが、今から三百年前の情勢なのだが―――」



 三百年前。

 時の勇者が召喚された当時、大陸は尽きぬ戦火に包まれていた。


 古の時代……遥か七百年にも近き以前、クロウンス王国がまだ大国であった頃。

 大陸を戦火が包み、多くの傑物が必要とされた時代。

 英雄セラエノ、聖女フィーア。

 その他、俗海王、天魔、大精霊、邪眼竜、死衣の主祭……。

 今や伝説で語られる程の存在達が数え切れぬほどに名乗りを上げ、滅び、歴史を紡いだ時代を一次大戦とし。


 三百年前を指して、第二次大戦。


 ……どちらも、人間同士、或いは亜人、或いは魔物との大戦争だ。

 緊迫状態だった世界情勢の中で、覇権国と名乗りを上げようとする国家は、それこそ星の数ほど存在し。 

 それを可能とする存在こそ、まさに召喚勇者だった。


 そう、悲劇の勇者。

 西側諸国の陰謀や野望の渦中に投げ込まれ、遂には大陸の中央へすら到る事もなく倒れたという三百年前の勇者。



「当時は、国家間の戦争も絶えなかった。勝てば官軍、勇者を手中に収めたものこそが正義―――日本で言う、江戸時代末期みたいなものかな」



 尊王攘夷とか、その辺だろうか。

 いとやんごとなき方を手中に収めれば、強大な幕府も打ち倒せる、それは叶うと本気で考えられていた。

 勇者を抱える者こそが、正義だったのだ。

 


「しかし、勇者は死んだ。無論、一度始まった戦果は絶えない。始めは小競り合いだった戦いで憎しみが生まれ、戦争に、大戦争になり……後戻りはできない程に壊れた。目的と手段が、完全にすり替わった瞬間だ」



 そして、世界はバラバラになった。

 100年ずっと戦争し続けることはできないにせよ、200年前の段階では未だ禍根は残り続け、世界は混沌を極める有様だった。

 時代は、一次大戦のような英雄を求めていた。


 皮肉? 或いは、当然の帰結?

 引き金となったのが勇者だったのならば、それを変化させたのも、また勇者―――聖者リサ・オノデラ……二百年前に召喚された勇者だ。

 彼女は召喚されてすぐ、教国にすら悟られる事なく一人姿を消し、密かに旅を始めたという。


 当然、おかしな話だ。

 悲劇の勇者の教訓もあり、勇者は徹底的に守られるべき筈だったのに。

 その彼女が、忽然と姿を消したのだから。


 そこからして、道は拓けていたという事なのだろうか。

 あり得ない程に幸運、あり得ない程に順調、まるで、神に祝福されたような旅路だったという。


 最西の農村部で一人の青年と出会い。

 中央の国家で一人の剣士と出会い。

 東側の秘境で一人の賢者と出会う。

 あまねく、人界全ての国家を走破するまでに到る、果てなる旅路の大偉業。


 完全に羽化成長し、完全に至った勇者。

 よこしまな考えを持つ国々がようやく気付いた時には、既に彼女は決して手を出せない実力を付けていた。


 旅を終えた聖者は、当時二次戦争の影響で完全な焦土と化していた中央に都市を創り。

 アルコンの塔を設計し。

 ユスティアという機関を創った。

 多くの人々の受け皿となった都市は、組織は……現在、その機関は形を変えて大陸冒険者ギルドとして活動している。



「いつしか、ギルドは大陸を束ねる組織として認知され、大きな権限を保有するに至った」



 人類の守護者、最上位戦力。

 人類の天辺である上位戦力。

 ギルドは、一組織でありながら大国をも凌駕する戦力を誇る。


 ギルドという抑止力のもと、ようやく大陸は一つになったのだ。 



「……とは言え、ギルドはあくまで一組織。大陸を結び繋ぎ合わせることは出来ても、思い通りに動かせるわけでは決してない」



 ―――長話の中。

 網に乗せられて真っ黒こげになっていた長ネギのような野菜を箸で掴んだ彼は、ソレを皿に上げ。

 先端を鋏で切ると、内部の茎をゆっくりと引き出す。

 やや透き通り湯気の立ち昇るソレを、彼は自然な動作でこちらのお皿に。


 どうしても僕達に野菜を摂らせたいらしい。


 こういう調理法、向こうにもあったな。



「ねーぎ~~ぃ?」

「チャーブですね。苦みが美味しい野菜で……この調理法、カルソッツに似て……―――!」

「―――おーー、旨いッ!」

「甘いね……!」



 何とも、ふっくらと甘い。

 周りを黒焦げにしていたのに、全然苦みも臭みもない。

 

 焼き肉のたれにも合うし、何本でもいけそうだ。



「遥か200年、されどたった二百年。一度黒焦げになった国家が力を付けるには充分であり、甘い汁を啜り腐敗するにも十分な時間だ」

「……先生は。また、同じことを考える国もある、と?」

「人間は繰り返す生き物だからね。不安定な所で言えば……あ。網交換お願いしまーーす」



 ………。

 ……………。



「さて。では―――東部、クレスタ王国」



 長いトングがカチカチとなり。

 取り替えられた広い網の端に、朱いピーマンのような野菜がドサと置かれる。



「中央部、聖国プリエール」



 次に、中央へ皮を剥いだアロエっぽくもある瑞々しい野菜がちょいちょいと置かれる。

 明らかに水分が跳ねそうなのに、全然滴り落ちない不思議。


 今や、焼き網の上は野菜に制圧されていた。



「まず、大陸東部。人界でも最も東側に位置するクレスタ王国などは、現王が急進的な政策を多くとっているようだね。主には、大規模な徴兵。これにより、以前にも増して親を失った孤児などが増えていると聞く」

「……せんせ。それ、不満とか出ないんです?」

「上流が大きな力を持った国な上、元々そういうみなしごが多い。スラムの拡大も、今更と思われているのかもね」



 クレスタの話は僕達も聞いている。

 大陸最大にして最後の深淵……【グロリア迷宮】を抱える、強大な国家だ。

 最も魔族領土に近い人界国家として、正規の兵も精強だと聞くけど……。


 

「強い軍があるのに、兵隊が……足りない?」

「おかしな話だろう? さらに言えば、徴兵者の中には自国所属の冒険者も含まれている。上位の者ともなればのらりくらりと国外へ逃げる者も居るだろうが、中……下位となれば従うしかないからね。更に更に、迷宮出土品も買い叩いたりとやりたい放題さ」

「―――あの、それって」

「もしかして、ですけど」



 僕が思い至ったように。

 美緒も、その可能性を真っ先に考えたようで。


 先生は、肯定するように頷く。



「噂などでは。戦争の準備だ、なんて言われてもいる」

「「……戦争?」」



 物騒な。

 けど、果たして……それって、そもそも何処に対して?


 顔を顰める僕達に対し。

 先生は、この話は宿題おわりだとでも言うかのようにトングを鳴らす。



「さ、次だ次。ほらっ」

「……ん? あまーーい!」

「焼きトマトを更に甘くしたような……凄く、美味しいです」

「カリカリっと……何で?」



 話している間に焼き上がった赤ピーマン。

 食感はシャキシャキというより、カリカリほろりと崩れるようで、焼いたことでカラメルのような香ばしい甘味が顔を出す。

 リンゴ飴の一口目をずっと味わってるような感覚だ。

 考えていた事が吹き飛ぶ美味しさ。



「情勢は極めて不安定。危うい均衡の上に成っている。中央寄りでは水の聖女を有する聖国プリエールも、現在は聖女の代替わりと国内の不安定な情勢が重なっていてね?」


 

 元々、プリエールには五大迷宮に数えられるダンジョンの一つが存在していたらしく。

 今でこそ、グロリア迷宮以外の四つは全て踏破され、その神秘が解明されて現代の産業技術へ生かされているけど、それでも巨大に過ぎるダンジョン内では魔物が多く発生する。


 地下で発生した魔物は、地上より強力。

 地上より地下の方が魔素の溜まりが出来、よどみが集まりやすいからだ。



「果たして、地下の淀みが地上へ染み出しているのか。或いは、高齢となり弱った聖女の力が及ばない範囲で魔物の動きが活発化しているのか……全て、眉唾だが。そんな情勢下で、更に国王……聖王が老齢である故の問題も多く浮上していてね」



 聖女、国王が共に年配。

 代替わりが近い……と。



「暫く……恐らく、のち十年は万全とは言い難い状況が続くとされる」

「うーーん……」

「それって、「好機だ、とつげきぃーー」……みたいにならんす?」

「あそこの騎士団もまた、クロウンスに劣らず精強でね。その辺は大丈夫だと思うんだが、何せお隣さんが帝国だ、さもありなん」

「「―――ジルドラード帝国?」」

「そ。その帝国さんさ」



 春香も、康太も。

 国の名前を覚えるという勉強は沢山やっていたから。


 中でも名のある国の事は覚えていたらしい。


 焼けてきたことで、透明から白濁色になりつつあったアロエの隣に、大振りなコーンがどさっと置かれる。

 僕達がよく食べてるやつだ。

 今更だけど……もしかして彼、さっきから野菜を勢力図に見立てて解説してくれてる?


 

 置かれたコーンの総面積は、同じく大国である筈の赤ピーマンの二倍以上に及ぶ。

 人界最大領土を保有する【ジルドラード帝国】だ。


 大国とされる存在の中でも、特に力を持った国。

 建国自体はここ百数十年らしいけど、元々は森林や山間部など、険しい環境をも纏めて切り拓き創られたためか、資源量においては近隣国家の中でも随一。

 

 更には、その新しさを発揮して鉄鋼業などにも力を入れている。

 軍も精強らしく、まさに超大国。

 地球でも、新しい国家程地盤を盤石にしやすいと言われていたけど、それはこちらも同じというわけで。


 何より、その名前が……。

 


「帝国ねーー」

「裏で何かやってそうだよなァ」



 この世界に来た当初。

 僕と康太なんかは、魔王討伐と並べて竜退治ィとか、悪の帝国と戦うんですか? なんて考えたりもしたけど。

 帝国っていうのは、それだけ創作では悪方が似合うポジションで。



「まぁ、人界で最も力のある国家という事になって来ると、やはり真っ先に名前が上がる国の一つだね。確立された軍部と、帝室お抱えの騎士団。地方貴族も、下手な小国を凌駕する土地と武力を保有している。おまけに、上昇志向は随一」



 そう考えると、やっぱり凄いね。

 東では大国が大規模な戦の準備、中央では聖女擁する国家が緊張状態かつ、お隣は野心ある超大国。

 その他、先生の口からつらつら出てくる不穏な噂の数々。



 ……………。



 ……………。



『『―――あれ? 結構世界ヤバない?』』



 なんて、皆が思っているのだろう。

 僕達は互いに顔を見合わせて。

 送り出された当初、国家間の関係を~~とか、世界をより良い方向へ~~なんてお茶目枢機卿のフィネアスさんに言われたりした記憶あるんだけど。


 これ、もしかして全然遂行できてなかったり?



「あのーー、先生。もしかして僕達、勇者失格なんじゃ」

「ははは、まさか。合格点以上さ」

「でも、東側ならまだしも、中央とかさえ……」

「聖国も帝国も行ってないですし」

「だからこそ、このタイミング。話し合いなのさ」



 ネガティブ思考になりつつある最中。

 先生は、不敵に笑う。



「大陸ギルドが創設されて200年。当時は、未だ残っていた勇者としての肩書、そして親交を結んだ多くの国家、その為政者や権力者と直に交渉して信頼を勝ち取った。そのありようは、今も続いている。ギルドが健在ならば、そうそう巨大な戦争は起きようもない、勿論、組織の信用が健在であるうちは」



 ギルドが発足された後に帝国が建国されているように。

 確かに、国の興亡は止められない。

 けれど、第三次大戦が起きていない現状を、人々が当たり前に暮らしている現状をかんがみれば、ギルドにはそれだけの力がある。



「そして、信用健在な今この瞬間に在って、ここ議会の行われる中央に君たち成長した勇者だ」

「……もしかして、一度にやっちゃおうって話ッスカ?」

「釘差し抜き差し?」

「早い話がね。牽制さ、牽制。軽いジャブ」



 彼の言葉に合わせ、康太と春香が拳を震わせる。

 対戦相手は網から立ち上る煙という不毛さだ。


 

「勿論、君たちとしても成長の機会だ。A級は国家間の話に駆り出されることも多い。彼等為政者の戦いをしっかりと見ておくのは、いい経験になるだろうね」

「……勉強、ですか」

「じゃあ、沢山食べて備える必要がありますね」



 勉強というのに不満はないし、備えろと言うのであれば是非もない。

 そうだ。

 今回、僕たちは多くを学ぶことが出来たのだから。

 

 それ、即ち……。



「野菜美味い!」

「野菜最高」

「野菜追加!」

「おーーい? 君たち?」

「有り難うございます、先生。勉強になりました」

「良かった。ところで、ミオ? それって、何を学んだ―――」

「高級店だからこそ、お肉より野菜に注意を向けるべきでしたね」

「向いてる方向間違ってるよ? ねぇ、金網より国家間の方に注意向けてくれない?」



「「野菜盛り30人前!!」」

「ひぃぃぃぃ……ッ!?」



 店員さんの悲鳴が聞こえる。

 やっと解放されたと思ったらこれだもんね。



「人生百年時代っていうもんねぇ!」

「沢山食って長生きしようぜーー!」



 ………。

 ……………。



「―――野菜の味を覚えた二人に、僕たちの声はもう届かない」

「切ないです」

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