第3話:昇格式、議会へ向け
「では―――理事会による過半数の承認は得られました」
「リク・キサラギ。ミオ・サイオンジ。コウタ・キリシマ。そしてハルカ・サクラバ……」
「大陸ギルド総長の名において。今この時より、あなた達を大陸冒険者ギルドのA級冒険者として、正式に認定します」
本来、一度に複数人がA級冒険者に認定される例はほぼない。
世界全体でも、たった数十人しかいないという例からも分かるけど……それ程までに、人類の天辺という壁は高く、厚いから。
大抵は、たった一人の為にこうした場が用意されるんだ。
けど……召喚された時点でイレギュラーそのものだとされた僕達からすれば、こうした事態はままある事。
横一文字に並ぶまま、大陸ギルドの頂点に立つ女性から専用の冒険者証を受け取る。
それは、透き通るような銀色の糸で編まれたワッペンだ。
青色とかも使われてて、凄く綺麗。
偉い軍人さんの軍服みたいに、装飾というか紋様が多いと言うか……今迄よりちょっとかなりリッチな……、A級が銀色なら、最上位は金色だったりするのかなぁ。
「皆さんの旅路に、六大神の加護と祝福があらんことを」
で、リザさんは敬虔なアトラ教信徒……シスターさんだから。
最後に、そう付け加えて。
にこやかに拍手を送ってくれる多くの招待客は、ギルド職員か、冒険者か、或いはどこかの国の役人さんか。
奥で席に座っている来賓っぽい装いの人たちはギルド理事だろう。
こうして理事の人たちが揃っているのを見るのは初めてだけど、アレで内心はどんな事を考えているのか。
若い人でも三十代くらいだし。
人界各国の思惑とかも絡んでくる立場だから、出来ればあんまり関わりたくはないんだけど……。
彼等の中でも、一際大きな拍手をしている壮年の紳士がヴァレットさん。
元A級冒険者から理事へ、総長補佐な相談役になったっていう叩き上げの人で、リザさんの剣の師でもある……。
好々爺然としていて、ぱっと見で強そうという感想は浮かばないけど。
「ああいう人が強いって、ファンタジーの
「な」
「ふつう弱体化するんじゃないの?」
昇格式も一段落着き。
立食形式の会場となった広間のあちこちで談笑に華を咲かせる人達。
一番美味しそうな勇者がこうして四人で話しているのに来訪したお客さんとかが話しかけてこないのは、多分リザさん辺りが配慮してくれた結果なんだろう。
―――あ、ヴァレットさんこっち見た。
「聞かれてましたかね、今の」
「リンゴ千個分以上は離れてるんだけど?」
「伝わりにきぃ……」
歩いてくる。
今に彼は、リンゴ千個分以上の距離を……春香の視界には見えているだろうリンゴの海をかき分けかき分け歩いてくる。
「お疲れ様です、皆様。ささやかな食事ですが、お楽しみいただけていますかな」
相変わらず物腰柔らか。
前々から思ってたけど、貴族の執事さんとかやってそうだなこの人。
―――まぁ、量はさて置いて。
取り敢えず、上品な食事が美味しいのは事実なので、量は少ないけど、皆で口々にお礼を……ちょっと物足りないけど、満足している事を伝えると、彼は「ほっほっ」と笑う。
けど、その黒々とした眼差しがキラリと光ったのを見るに。
バレてるね、まだまだお腹空いてるの。
元々は黒だったろう髪は白髪の混じる灰色。
こういう席だからというワケでもなく、いつでもオールバックに整えられた髪。
礼服を着ていると、彼はまさに……。
「あ、そうだ。ヴァレットさん? つかぬ事を伺うんですけど、僕たちの二つ名―――」
「そうでした、そうでした。そろそろ裏へデザートの支度をさせねばいけませんな。あの子にも、あまり邪魔してやるなと釘を刺されていますゆえ、私はこれにて」
「「……………」」
ジト目、ジト目。
けど、デザートが待ち遠しくもある為、誰も引き留めはしない。
巧速で話逸らしたね。
やっぱり、僕達が勇者だから?
その方向で知れ渡り始めてるから、もう二つ名とか必要ないだろ? 的な感じで収めようとしてる?
確かに、勇者がA級まで上り詰めたという話は、すぐに大陸中の国家へ広がる筈で。
もう、力で僕達を従わせようとする輩はそういないのだろう。
昔の僕達ならいざ知らず―――。
「今なら、冗談抜きで都市一つなら墜とせるだろうしな」
「西側なら、ですね。……炎誓騎士団と真っ向から勝負する事も出来るかもしれません」
「酷かったよねぇ、アレ」
クロウンスでの一件だね。
ほら、僕たちの師匠って、周囲の人が鬼畜とかド畜生とかドン引きするくらいのスパルタだったらしいし。
「憎たらしいくらいヘイトコントロールも上手かったよね、今にして思うと」
「するっと隙間に入り込んでくるよね」
……で、そんな事を話していたからという訳じゃないだろうけど。
背後から忍び寄る気配。
まぁ、彼が堂々と正面からやって来る筈もないと。
どうせ、そんなんだろうと警戒はしていたんだけどね。
「まぁ。先の話より、今は目先の事優先だよねーー?」
「デザート、ですね」
先程の会話の延長? 違う。
それに見せかけた、現状に対する簡易作戦会議だ。
人間の瞳が白と黒で分かれているのは、アイコンタクトによるコミュニケーションがしやすいように変化したという説がある。
仲間内でのアイコンタクトは、僕たちの得意とするところだ。
でも。
今の僕達ならさらにその先、目配せなど無くても、雰囲気を変える事なくても。
簡単な、何気ないやり取りで意思疎通できる。
今なら、感じられる。
もう式も終わってるのに、メインも、出所も逸しているのに……まるで悪びれるでもなく、むしろ終わった後、食後こそがメインだとすら思っているような。
今か今かと忍び寄り、僕たちを驚かせようとしているその影は。
「「先生!」」
「……おや、折角のサプライズにしようとしたんだが」
ゆったりと歩み寄ってくる彼は、この間会った時とまるで変わらない。
俗に、まるで成長していない悪い大人は、いつも通り礼服を着崩している。
「てれってってってーー」
「A級冒険者ぎょうあんが現れた」
まさかのエンカウントに、元気っ子二人はすぐさまカバディ……或いはブロックの体勢に移行。
レスリングのような腰を落とした姿勢は、誰が見ても飛び掛かる準備万端といった様子で。
「おらあぁぁぁぁん!」
「てりゃーー!」
「良い動きだ」
春香と康太の突撃を華麗にすり抜けつつ頭にチョップ、美緒の肩にポンポンと手を置き、最後に僕の髪をクシャクシャッ……っと。
む……髪が乱れる。
乱れる程のセットもしてないけどさ。
「―――確か……一月ちょっとぶりくらいか。皆、元気そうだね」
「「うーーぃ!」」
「ま、見ての通りですけど」
「ふふっ。……先生」
皆で改めて彼を迎え入れ。
代表するように、微笑む美緒が歩み出る。
「あぁ。ただいま―――」
「セクハラです」
「肩叩いただけで!?」
「いーや、セクハラです。僕の彼女に気安く触らないでください」
「後方彼氏面! しかも束縛系だし……!」
彼氏面じゃなくて、彼氏なんですけど。
妄想の類とか脳内で付き合ってるとかじゃなくて、本当に清い恋人関係なんですけど。
「……くくッ。絶好調みたいだね、リク」
「お互いに、ですね」
彼と向きあい、やや身長差を感じながらも握手の延長線とばかりにパチンと手を弾き合わせる。
やや強いタッチは、若干手が痺れる程の勢いで。
「せんせーー、来んの遅いですよ!」
「何時も遅いっすけどね」
「いや、ゴメンて。私だって、これで努力はしたんだが……」
「教育者としてあるまじき行動ですよ。反省してくださいね」
「そこまで責める……? あぁ、気を付けるさ。以後気を付けるように善処する方向で前向きに検討するように審議するとも」
「行けたら行く以上に信用ならんっすね」
憎らしい程に反省してないし。
「でも、ちゃんと来ただろう? ……また背が伸びたかい? コウタ」
「うっす」
………。
成長期、だもんね?
そりゃあ、そろそろ先生とタメを張るくらい……何なら、抜かすくらいに大きくなるかもだけど。
「リクも―――うん……、髪伸びた?」
「この前切りました」
無理して絞り出そうとしなくて良いです。
余計心に来るんで。
そう、僕たちの身体はちゃんと成長している。
この世界に来てから、それだけ時間が経っているんだ。
まだ高校生の半ば……成長の余地が残っているのだから、色々と大きくなっていくのが道理で。
……道理なんだよ。
「何か今視線感じたんだけど」
「気のせい、気のせい」
「―――おっと、デザートの時間か。豪華な食事は享受できなかったが。せめてそっちだけでも」
「糖尿、大丈夫ですか?」
「胸やけしません?」
「……人を年寄りみたいに。さ、ゆっくり話そう。こちらも、土産話には事欠かないさ」
ようやくいつもの五人。
ビュッフェ形式で運ばれてきたデザートへ突撃し、それらを皿に盛り、切り崩しつつ先生の土産話に耳を傾ける。
狼王ヴァナルガンド、異常種のリドルガーゴイル、混沌の大樹アビサルトレント……。
彼の口から語られる名は、そのどれもが大陸東側にのみ生息している、厄災にも近いような高ランクモンスター。
「……どれもA級依頼かそれ以上じゃないっすか。本来はA級のパーティー……それも複数が対処するような魔物っすよね? 何でボッチ?」
「人手不足だからね。最上位のアホ共が仕事しないからこうなる」
「―――ぁ、先生。私、その件で気になっている事があるんです」
「うん?」
もしゃもしゃとクリームたっぷりのスポンジ生地を咀嚼する康太。
オシャレに切り分けられた果物を齧る先生。
そんな会話に、クレープシュゼットのような物を食べていた美緒が入っていく。
春香は食べるのに夢中だ。
「これは、これは……。我らが知識担当様の欲する知恵を授けられるか、先生として腕の見せ所かな」
「はい、お願いします。以前、陸君と康太君が話しているのを聞いたのですけど……」
曰く、ギルドの上位冒険者に物凄いキワモノ……
うっふん系の、オカマな冒険者さんとか。
そういう人を見かけないのはどうしてなのか……と。
大真面目だ。
大真面目に、凄いこと言ってる。
以前の彼女なら、そもそも疑問にすら思って無いような境地を開拓してるなぁ。
大体僕と康太が持つ異世界固定概念の所為だけど。
「―――はは。成程、そう来たか」
「俺も気になってたんすよ。何で居ないんすか?」
でも、確かに興味あるな。
だって、ギルド登録で絡んでくるゴロツキとか、やたら強い侍従さんとか、街道で襲われてる貴族の馬車とか……ある種、それらと同じようなファンタジーの定番で、そういう人は何故か凄腕の使い手だったりする事がよくあるから。
この世界では一度も見てないけど。
「……逆に聞くが、コウタ。そういうキワモノな手合いが、実際にいる方が想像できるかい?」
「うーーむ」
「むむ……」
普通に正論で諭された。
康太と春香が首を捻る。
「確かに、上位最上位にもなってくると頭のネジが外れたような阿呆が多いのは事実だけどね。だが、それはあくまでも「普通」では測れないような、常軌を逸した経験……只人の一生ではあり得ざる経験を積み上げた末の、到ってしまった故の価値観に依るところが大きい」
「壊れたのにはそれなりの理由がある」、と。
つまり、そういう事らしく。
どう変な方向へ転んでも、うっふん系は無理があるらしい。
「例えば、最上位だとしても……リディアとか。彼女なんかは、長命種だろう? だから、人間種の最上位に比べて比較的安定している」
「……常識人枠だな、確かに」
「やはり、細かい所で人間と半妖精の価値観は違う、と」
「本来、百年にも満たないような寿命しか持たない人間種。それが、単身で竜や上位魔族とも渡り合う。その為には、想像を絶する多くを失う必要がある。ある種の、道理なのさ」
失えば、それだけ狂いもすると。
頭のおかしい強さを持った人達へ、ひいては自分への精一杯の擁護だ。
「さて。では、ここで久々のクエスチョーン。何度か話したかもしれないが。現在、大陸ギルドに認可を受けている最上位冒険者は七名だ。さて、全員言えるかな?」
「んと? 竜喰い、閃鋼、赫焔眼」
「天弓奏者に黒刃毒師。あと、深淵狩りに調停者……」
「……ぎょうあん?」
「ソイツは格下」
よく言う。
……思えば、僕たちは最上位と呼ばれる伝説級の冒険者の過半数に会っているんだ。
「あと会ってないのは、最強の暗殺者さんと……そもそも、最強と呼ばれる冒険者、だな」
「私と陸君は、閃鋼のサーレクトとは直接会ってませんけどね」
「深淵狩りさん……先生とどっちが強いです?」
「比べるべくもない。私ではまるで歯が立たないさ」
彼は本気で言っている様子だ。
……以前、リザさんとの比較でも彼は同じように自分より強い、って感じの口調でほのめかしていた。
けど、その辺はリザさんもぼかしてたし。
「さ、そろそろ主役としての義理も果たしただろう。二次会、行こうか?」
「「待ってました!」」
「あたし焼肉が良い!」
「肉、肉ぅ!」
「デザートだとどうしても別腹に入ってしまうので、やっぱり食べ足りないです」
「ね。もうちょっとガッツリ行きたかったんだけど、ここじゃ何だし」
厳正な審議の結果、二次会の行先は焼肉という事になった。
勿論高級店かつ先生の奢りにするつもりだ。
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