番外編:姉妹戦争の流儀
王都御前試合……。
魔皇国において、そのイベントが通例として行われるのは年に一度。
士官学校に通う騎士、兵士の雛鳥。
その中でも選りすぐられ、最高学年時に六つの学内勲章を賜った者……通称「六勲騎士」のみに参加する資格が与えられた、英雄が産声を上げる刻。
優勝者、或いは観戦者たる軍部の眼鏡に適った者などは、王都の上位騎士団からスカウトが来る事も珍しくなく。
過去には、本来あり得ない最上騎士団への入団が許された者も居た。
そして。
御前試合においては、その締めに通例として、最高位騎士団である近衛、黒曜の騎士による立ち合いが行われる事になっており。
ある意味では、本選の決勝にも勝る程に学生が注目する対象であるが……。
……………。
……………。
収容人数数千人……無数の観客が見守る競技場内部。
今回の招待演武は、過去に幾度と行われたものの中でも例外中の例外。
片や、白銀の鎧を纏い。
煌びやかな装飾の施された長剣の柄に手を添える騎士。
片や、漆黒の鎧を纏い。
武骨な直刀を居合の姿勢のままに構える騎士。
六魔将……或いは、それに準ずる国家最高戦力同士の立ち合い、とは。
学徒のみならず、王都に属する騎士団が訓練や業務を停止してまで見学に走る理由としては十分なものなのだろう。
……十分に過ぎるものではあるのだろう。
で、あるが。
「―――姉さんは同僚ではないですか」
「マーレは常にお傍にいられるではないですか」
そのような外部の興味など、渦中に立つ本人たちからすれば
隣の芝生は青く見えるという諺。
それは、核心を衝いている。
魔皇国における歴史ある貴族家の中でも、武においては比類なき名門と称される英雄の一族……アインハルト侯爵家。
初代近衛騎士長に始まり、幾人もの英雄を輩出した一族に生まれた双星。
食の好みもほぼ同じならば。
服の趣味も、趣向も同一で。
或いは、男の趣味だけは別だった……と、互いが安心していたのも束の間。
幼き時分、ある一件によって同一人物へ憧れを抱いた姉妹は、終わらぬ戦いへ身を投じる事となった。
「古くより言われる言葉として、良いモノがあります。姉より優れた妹などいない、と」
「双子で差などありません。姉さんこそ、始終大事にしているその髪飾り……女性に目覚めでもしましたか? 着飾る品など、無駄と断じていた筈ですが」
「……その無駄が、諦めの悪さに直結する場合もあります」
「それ、送り主の受け売りでは?」
「………。貴女も、分かる時が来ます。着飾らねば、その細く貧しい身体を誤魔化せませんからね?」
「これは……ッ。これは、モデル体型というのです……! 姉さんこそ、脂肪の塊などぶら下げて。鎧の板金代も高くなりますし、戦いには不要極まる―――」
「動きませんね、お二人共」
「互いに、機運を探っているのでしょう。こういう戦いもある、と。学生の私達に示しているのやも」
「「なるほど!」」
……………。
……………。
「こうなれば、やはり」
「私達の流儀で―――剣で、決着をつける他ありませんね」
この御前試合において、細かなルールは少なく。
刃引きを施していない武器は当然の事、魔力による身体強化、果ては攻撃魔術などの使用も許可されている。
が、しかし。
動き出した両者が行うは、互いに能力は一切用いず、己が五体と武器のみを持って雌雄を決する、騎士の間で用いられる決闘。
純粋な技量による立ち合いであったが。
使い手が使い手である以上、その激しさは驚愕に値するモノで。
「……ッ!」
「一撃の速さは私の方が上ですよ、姉さん」
初撃、動き出しは一瞬のズレなく同時。
より早く相手の眼前へと真剣の刃を踏み込ませたのは、マーレだった。
が。
金属の交わる衝撃と共に押し込まれた刃は、ジリジリと中央に押し返され……。
そのまま、均衡に競り合う両者。
「速さは武器の差です、実力ではありません。圧し合いならばッ」
「……ッ。ならば、比べてみましょう。この一戦、この一斬を以って」
一度離れた刃を、一方は下段、もう一方は上段に構え。
再び、金属が鳴り火花が散る。
その威は―――競技場の客席に座す者たちの肌を、魂を震わせるほどの衝撃。
皮膚を灼き焦がすような熱気。
「―――よもや、よもや……ははは。凄まじいですねぇ」
「流石、というべきですかね。……副団長の強さを知らないわけはありませんでしたけど、六魔将とは、こんなにも……、高い」
学生らの知らぬまま、特別席の一つに通されていた黒曜騎士の隊長ら。
ヴァイスが魔物としての本能のままに身震いし。
クロードが、驚嘆のままに茫然と呟く。
彼の言葉通り。
六魔とは、その伝説的なエピソード、魔皇国の絶対的支配階級の称号と共に君臨する者たちであるが。
最前線で任を遂行する彼等であろうとも、その戦いを目撃する機会は非常に少なく。
また、当然……というべきか。
六魔の中で最も年若い彼女を評価する材料が少ないのは自然であったが。
「クク。この一戦は、我らにも、雛鳥らにも。そして、他ならぬお二人にとっても良い機会という事ですか? ―――ラグナ様」
「……………」
部下の問いに。
席へ深く腰を下ろしていた紅眼の男は、目を細める。
シンシア・アインハルト。
こと拠点防衛において、魔皇国で彼女の右に出る者は存在しない。
国家の歴史上、異例の速度で近衛騎士団長に抜擢され、一族の秘奥義を完成させたと言われる天才だ。
【天堅】の二つ名に違いなし。
歴代近衛騎士長の中でも指折りの実力者。
……対して。
「あの双子は。彼女等は、互いが居てこそ更に先の領域へと進める。シンシアの能力に疑いを抱く余地がないように……マーレは、本来であれば我々と同列でもおかしくない騎士だ」
対して……マーレ・アインハルト。
彼女を一言で表すのならば……万能、その言葉に尽きるだろうか。
王都内乱でその実力を知らしめ、領主である前に騎士である事を示した現カルディナ侯爵。
そんな父親譲りの剣の才を持ち。
彼が得意とした「天意の模倣」……あらゆる技を一目見ただけで吸収し、己の技術へ昇華する技を使いこなす。
およそ個人が習得しえる剣技の限界を超え、今なお様々な流派の型を習得し続ける彼女は、妖魔種の血の影響もあり、多くの上位魔術をも己の技としている。
まさに、攻守に隙なし。
魔王や六魔将を除くのであれば、魔皇国最強という名は彼女へ贈られるだろう。
「……もし、私と彼女等二人が同世代であったのならば―――およそ、技量という点においては圧倒的な差を付けられていただろう」
「「……!」」
「ラグナ様、それは……ッ」
「その上。私とは異なり、未だ成長中、……ふふ。素晴らしき、双星。私は、何時でも引退できる、という訳だ。ははッ」
「「はははッ―――」」
「「は?」」
「恐れながら申し上げたいのですが。悪い御冗談はおやめください、閣下」
「……………はは」
男がさりげなくを装い呟いた奥底の叫びが、露と消える。
彼の心中とは異なり、部下たちはどうしても冗談にしたいらしい。
だが、事実として。
(最早団長としての仕事さえ存在しないようなもの。役職と六魔の称号をマーレに引き継いでさえしまえば……)
「懐かしいな。かつてこの場、この競技場……御前試合において、招待演武すら霞んでしまうような決勝を演じた者たちが居た事を思い出す」
「ククク……。どこの姉妹なのでしょうねぇ、果たして」
「全く思い浮かびませんね、はは」
「―――! ……やはり、そうなんですか。学生の頃から、あのお二人は……」
学生時でさえ、両者の能力は飛び抜けていた。
その後、黒曜の騎士長と当時の近衛騎士長が話し合い、あの姉妹はそれぞれの騎士団で個別に、という
「二人共、最後まで互いがどちらの騎士団を志すかを迷っていたな」
呟きの最中にも、場内を震わせる剣戟。
会場内は、漏れなく魔導士団でも指折りの術士たちによる保護術が付与されてはいるが……姉妹の攻防が激しさを増すにつれて競技場の四方に配された術士らの額に浮かぶ汗が増えていく。
流れ、滴り落ちる。
或いは、その保護術式すら貫通し、細かな亀裂の生じている石床。
「……ふふ」
「―――ご機嫌ですね、ラグナ様」
「私だけではないさ。およそ、陛下も……」
彼等の在する客席の斜め上に位置する、場内で最も高所に設えられた一室。
朱と黄金に彩られた豪奢な垂れ幕が全てを遮る影響もあり、外側から内部を覗く事などはできよう筈もないが。
御前試合と称するからには、当然「魔王」が来訪しており。
彼女もまた、姉妹の成長に大喜びしている事だろう……と。
男が笑みを浮かべた頃。
「あ、そうです。閣下、例のチョコレートは如何でしたか?」
「……アレか?」
「はい、アレです」
ヴァイスの発言により、その笑みがふと消え失せる。
まるで、一気に機嫌が急落したような……。
「ヴァイスさん、何のお話ですか?」
「いや、なに。私の氏族が栽培している豆を使って、手製の甘味を拵えてみたのですよ。採算度外視なだけあり、最高級の出来栄えと私の舌が賞賛していたので。これは、是非閣下にも、と。つい一昨日の話です」
「ほう? それは、それは」
「ヴァイスさん手製の、チョコ」
「ですが、そのお顔……。よもや、口に合いませんでしたか?」
「……いや。いつの間にかほぼなくなっている程、というべきか」
「なんとなんと……! それ程までにいい出来であったと……!?」
「「おぉ」」
……………。
……………。
◇
「―――多分な」
さて。
何度でも、声を大にして言いたいが……俺のプライベートは何処へ行った?
部屋の中に滅多なもん置けないぞ。
九粒あった筈の漆箱の中身が、たった一粒になっていた事について。
当初はまたミルがやったのかとも思ったが……よくよく考えれば、彼女の場合はそんな事細かに家探しをするような柄でなく、そもそも半端に残すような真似は絶対にしない。
他者に残そうなどという良心など、それこそ欠片のチョコ程も無い。
つまり。
犯人は、悪いとは思いつつも我慢できない、しかし最後の最後で良心が働いて僅かに残すような真似をする、ある意味で一番
或いは、お前のものは俺のモノ、でも欠片くらいなら残しておいてくれるわ……的な暴君思考の持ち主。
……………。
……………。
早い話が、一番豪華な垂れ幕の向こうにいるアレなわけだが。
『余は、悪くない』
『陛下?』
『悪くない。あのような素晴らしき甘味を、隠し持っている方が悪い』
『シオン?』
『悪くないっ!』
『余はわるくないもんッ―――!!』
つい今朝問い詰めてみた結果、一国の王様の発言とは到底思えない台詞が出たが。
仮に、百歩譲って国王の言葉だとして……よしんばそうだとして、アレで臣下が納得すると思ってるらしい、ウチの王様は。
―――可愛いから許した。
「……今になって考えると。棚の奥の奥まで漁っておいて、悪くないは無理がないか?」
「何のお話です?」
あいや、何でも。
……さて、立ち合いもそろそろ佳境だ。
「―――模倣……秘剣、
「―――
有角種の身体能力に、妖魔種の魔力容量……質。
双方の可能性が極限まで付与された刀身がうねり、赤熱、或いは蒼晶の輝きを放ち。
競技場を破壊するような大質量を、魔術を行使する事の無い純粋な剣技のみで練り上げた両者は。
今まさに、互いへ向けて刃を……。
……待て。
空間保護の魔術を構築してる魔導士団の術者たち、既に泡吹いてぶっ倒れてんだが、大丈夫か?
あの二人に限って、気付いてないわけ……。
「ッ!」
「……参ります」
あ、気付いてねーわ。
流石の姉妹も、相手が相手だけに柄にもなくムキになっているのか?
技名の時点で海が割れて天が震えてるんだが、結局のところ壊れんの地上だぞ?
この競技場ぶっ壊れるぞ。
『―――そこまでじゃ』
と、まさにその時だった。
先程まで隙間程しか伺えなかった垂れ幕が両側へ全と開かれ、競技場で最も高い観戦席に王が姿を見せる。
そろそろ、誰か止めに入るとは思っていたが……まさか陛下とはな。
で、まーた会場の全員対象に囁いてきてるのか。
念話の上位互換だよな? コレ。
『空間が荒れ狂う程の剣圧、保護術者が昏倒する程の技……。見事。見事であったぞ』
やったのが俺とかサーガだったらぶん殴られるだろうに。
相変わらず姉妹に甘いな、陛下は。
甘いモン食ってご機嫌なのもあるか。
こちらが考えている間にも、彼女の口からはつらつらと二人へ、そして御前試合の出場者へと賛辞の言葉が贈られる。
どうやら演武はここまで、御前試合もそのまま締め括る方針のようだ。
『今の其方があるのは、片割れとの切磋琢磨があってこそ。此度、素晴らしき戦いの数々を見せてくれた幼子らも同様である。強さとは、成長とは、好敵手あってこそ。その喜びを、大切なモノを。己だけのものにせず、これからも分かち合うが良い』
今現在、その言葉を耳元で囁かれている試合の出場者らは至福だろう。
威厳に満ちてるな、流石は魔王陛下。
で―――分かち合え……ね。
俺には言い訳の台詞、その続きにしか聞こえないんだが。さて、耳がおかしくなったのか?
分け合うのは結構だが、俺の取り分少なすぎねぇ?
やがて、囁かれるような声が聞こえなくなる頃。
垂れ幕の開かれた客席ので魔王が見守る中、御前試合の閉会式が始まる。
途中。
不意に一瞬のみ、こちらへと魔王の視線が向けられ……。
「……………」
急いで逸らすな。
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