第21話:悪くない日常の為に




「―――は……、ははははははッ!! それッ、おまっ、傑作過ぎんだろッ!」

「本当に面白いわね、あなた」



 鬼畜親父、或いは不審者、或いは誘拐犯と間違われて詰所へ連行された話。

 それを聞いた両者は、さも可笑しそうに笑う。


 片や、魔皇国西部の大貴族。

 片や、魔皇国南部の大貴族。

 そして、中央に属する最高位騎士団の長。


 ……随分大層な役者がそろっているようにも思えるが。

 その実、これ等はかつて魔王より軍部三馬鹿の異名を賜った最強の阿呆共。


 元野良魔物、元引きこもり、元平騎士で。

 


「向こうのその後の対応も面白ェなァ。形だけ連行してすぐ解放するわけでもなく、一応事情聴取ってか? 汚職も出来ねェな、はははッ」

「時間が延びる程私の財布が軽くなるオマケ付きでな」



 あの不思議ちゃんめ。

 結局、事情聴取が終わっても、体の良いレストランでも見つけたように出前頼みまくりやがって。

 勿論電話がある訳もなく、注文しに行くの詰所の駐在さん達だぞ。


 

「……まぁ、近況としてはそんな所だ。―――君たちは? ある程度、進捗の一つでもあったんだろうな」

「何で偉そうなんだコイツ」

「おかしいわよね。もう一回今の話してみる?」



 今日、この場―――王城の多数ある会議室の一つに俺たちが集まったのは、ある理由あっての事。

 元より、三人が共に忙しい身で。


 旧知の仲とはいえ、あまり時間もない中の会議だが。



「……あら。どうかしたの?」



 そら、早速だ。

 どうやら、魔導士団長さんに何処かからのお呼び出しがかかった様子で。

 

 国家の中核たる研究機関を束ねる術師は、立ち上がるままに部屋を出て行く。

 ……暫く戻ってこないかもな。



「集まって早速これか」

「今に始まった事じゃねえだろうよ。ま、きながーーに待ってようぜ。どうせ、碌な話しやしねェんだ」

「……まぁな」



 残った俺たちは、互いがソファーへ深く座り直すが。

 会議室のど真ん中で葉巻をスパスパ酒をかっ食らい、そのままむんずと山盛り「しゅうくりむ」を掴むサーガ。


 本当に自由だな、鬼。

 今のこの世界において、コイツ程現世をエンジョイしているものはいないとまで断言できる気がするぞ、俺は。

 で、小耳に挟んだ近況でこれまた癪に障るのが……。



「―――おい、鬼」

「あん?」


 

「お前―――また新しい嫁さん娶ったらしいな」

「……へへへッ」



 お前マジで何歳だよ。

 平均寿命数十……決して百に届く事はないとされるオーガ種に在って、二百年以上の半生を有する鬼爺は、魔皇国でも非常に有名な女たらし。


 果たして、この野郎に泣かされた淑女が何人いるか。

 思い出されるは、俺がまだ平騎士であった頃のパーティーで……。


 そうだ。

 当時はまだ、アインハルト老も健在だったが。

 あの時彼が止めてさえいなければ、俺はこの野郎の下を切り落とす事に成功していた筈なのに……。 


 あの時ヤッてさえいりゃあ……。



「可愛いもんだぜェ? 昔は後ろちょこちょこ付いて来てた娘っ子が、女の顔で迫ってくんだからよ」



 光源氏計画か? 文字通りの鬼畜系なのか?

 よくもまぁ、小さい頃を知ってるような、かわいい盛りを知っているような子に手出そうと思え……年下の……「今現在も年下の」、小さい頃を知っている女に手を出そうと思えるな。


 

「おい、おい。勘違いすんなよ。俺が無理やり迫ったんじゃねぇんだぜ?」

「黙れ鬼畜生」

「昔っからしょっちゅう言われてたからなァ。大きくなったらお嫁さんにしてください、ってなァ……?」

「……………」

「へへへ……! 毎晩寝らんねェなァ?」



 子供の言う「大きくなったらパパのお嫁さん~~」を本当にそのまま解釈して勘違いしたヤツの末路がこれだ。

 誰だ、コイツが権力持つ原因作った大馬鹿野郎は。

 


「あぁ!? てめ!!」



 そら、偶には奪われる者の気持ちってやつをんでみろ。


 卓上のシュークリーム、その最後の一つ。

 後生大事に残しておいたらしいソレを、目の前で奪い取ってやる。

 こんな風に……いとも容易く、あっけなく。

 幼いころから想い続けたような意中の相手を、唐突に横からかっさらわれて脳が破壊された可哀想な男たちは非常に多い筈だろう。

 相手が軍の最高幹部かつ、単身でも魔皇国最強の一角っていうのもまた救いがない。


 泣き寝入りしかないだろうからな。


 ……俺だって被害者だ。

 こっちが大陸中ヒィコラ飛び回ってる間に、領に引きこもってセイコラ子作りばっかしやがって。

 ライオンのオスじゃねえんだぞ。



「カロリー取り過ぎだ。私が肩代わりしてやる」

「ぶち、殺す……!」

「―――少しは、節制、しやがれ、鬼。腹、昔より出ている気がするぞ」

「……ぐ……ぬ」

「私も、他所の色恋に口を出しまくるようなつもりは無いが……。何故、お前が手を出すのは決まって社交界の人気どころ綺麗どころなんだ。上から食ってるのか? 想い人を掻っ攫われて泣いてる男貴族共の気持ちを考えた事があるのか?」

「あ?」

「そもそもだな、少しは貞節というものを……」



「うるせええぇぇぇぇ―――ッッ!!」



 と、それ迄タジタジだったサーガが。

 確かに俺の言葉には利があると踏み止まっていた様子のオスが、突然爆発したように反撃を開始する。


 意味が分からんが……何か地雷でも踏んだか?



「確かに! 野郎の事が可哀想だと思わねえこともなかったさ!! たまーーになァ! けど、お前にだけは言われたくねェんだよ! 俺の事言える立場じゃねぇだろうがよ! テメェこそ美人ばっか囲ってんじゃねえぞ! 王城内でイチャイチャしやがって!」



 ……は?



「誰が―――誰がだ! 誰がッ!」

「男共が気の毒でならねェんだよ! 軍内部、男共の作った人気ランキング知ってっか? 上位まるっとお前のモンか?」

「まて、まるで意味が分からん―――ぐがッッ!?」



 油断していた。

 まさか、本当に顔面に良いのをお見舞いされるとはな。

 只ださえ元日本人で彫り浅いのに、これ以上平たい顔族になったらどうしてくれんだ。



「あの魔術バカの人気知らねえわけねえよなぁ! 性格以外は完璧なんだよ!」

「グッ!?」

「聖女様とか、羨ましいぞテメェェェェ!!」



「オマケにゃ姉妹丼ってか! そりゃ結構なこってェェェ!」



「何故! 彼女たちの話が出てく―――ぐばァ!?」

「無自覚野郎が……! 同僚信用しすぎなんだよ! 考える脳味噌ねぇのか!? お前は頭蓋骨の中まで暗黒卿かッ!」



 殴られる、殴られる。

 馬乗りのまま全力で拳を振るう鬼の剛腕に殴られる。


 普通の人間だったら十回は死んでる。



「ぐが―――ま、まて、そも―――が……ッ!? お前が種まきまくるのが―――ぐァ」

「そっくり、返してやんよッ! そもそも、全部全部全部お前がまいた種だろうがァ! 責任取るべきなのは、テメエ―――……ッ!?」



 捕まえた。


 意味が分からなかった故、混乱して反撃が遅れたが……。

 腕さえ取れりゃこっちのもんだ 

 ……随分派手にやってくれやがったな、筋肉ダルマ。 



「一発は、一発。……で―――何発殴った?」

「……………」

「俺は優しいから、一発で―――」



 「許してやる」……と。

 部分的に黒鎧が顕現させた腕を思い切り良く振り切り、屈強な鬼の五体を景気よく吹き飛ばす。


 元より罅の入っていた会議室の壁が砕け。


 そのまま、瓦礫と吹き飛ぶ。



 ―――廊下を抜ける黒影。



「「――――――――はぁぁッ!!?」」



 おっと、外に通行客が居たらしい。

 随分と驚いている様子……当然か。

 軍最上位、六魔将に座する黒戦鬼が景気よく吹き飛んできたのだ。


 そして、対面の壁を破り。


 再び、姿を消したのだ。



「「……………へ?」」

「―――閣下、と……グラウ伯……?」

 


 ……………。



 ……………。


 

 魔族たちからすれば、業務内容で一杯だった筈の脳内の情報が完全に書き換えられる衝撃。

 当然、二人が姿を消した穴を覗き、業務などそっちのけで追いもするだろうが。

 


「……頭は冷えたか」

「ガンガン痛ェ。も一発殴らせろ。それでトントンだ」

「お前がそう来るなら私ももう一発行くぞ」



 これ以上の破壊活動はがやってくるかもしれないと。

 頭が冷えた俺たちは、ターン制バトルのように先攻後攻で互いをぶん殴る。

 両者、一歩も後退する事無く。

 頬骨を破壊する程の威力で振り抜かれる拳。

 

 互いに、身一つ。

 小手も顕現させる事なく、一切の武器を身に着ける事無く。

 やがて、完全にクールダウンする事に成功した俺たちは、いつしか互いに固い握手を交わし―――何の話してたんだっけ、俺ら。


 てか、何見てんだ、コイツ等。



「何してんだ? お前等」

「見世物ではないぞ。各自、通常業務へ戻れ。迅速に」

「「……………」」



 素直かよ。

 いつの間にか魔族だかりとなっていた空間から、バラバラと去っていく者共。



「―――あなた達……何してるの?」

「「……………」」



 入れ替わりにやって来た妖魔種は、状況をまるで呑み込めないと首を傾げ。


 存外に、帰って来るのが早かったな。

 丁度良いタイミングだ。



「おい、魔女」

「折り入って頼みたい事があるんだが」

「イヤよ。壁の補修くらい自分たちでしなさい。……本当に成長してないわね、あなた達」



 正論ではあるが、引きこもりに言われるとやはり癪だな。



「頼むぜェ、イザベラちゃんんん。土属性でチョチョイと頼む。な? な? ほら、コイツやるから」

「は?」

「要らないわ。私、乱暴な男の子嫌いなの」



 これはあくまでも俺の偏見だが。

 漫画とか、アニメだとか……悪の組織だの魔王軍だのの幹部連中って、大抵は互いを敵視していたり共食いの機会を伺っていたりするようなもんだが。


 本当に、俺たちにはその枠は当てはまらないよな。

 精々が、偶に殺してやるって思うくらい……。



「―――ん?」

「どうせ持ってないんだから。使うでしょ?」

「あ、あぁ。助かる」



 二人のやり取りを眺めつつ考えていると、不意に差し出される純白のハンケチ。

 汚れを落とせ……或いは、濡らして殴られた箇所を冷やせという事なのだろうが。


 彼女程の術者なら、魔術で綺麗にしてくれた方が早くないか?



「本当にいつまでもヤンチャなんだから。死ぬまでそんな調子でいるつもり?」

「……ははっ、こんな所で続きを話すつもりか?」

「あなた達にはピッタリじゃない」

「まーーなァ」



 ―――本来やる筈だった会議の話題。


 勿論、やるべき事は。

 俺たちの代で片を付けるべき問題は、何一つ残さず滅するつもりではあるが。



「―――クウタの奴は、俺たちの求めてた勇者じゃ無かった。流石の俺らでも、次を逃しゃあ機会はねェ」

「……あぁ」

「私達も、いつまでも生きている訳じゃないわ」

「……あぁ」

「おい、聞いてんのか? なぁ、首謀者さんよ」

「貴方の計画よ? 六魔将、陛下も、魔皇国……世界すら巻き込んだ壮大な事考えてるんだから、責任の取り方くらい考えてあるんでしょうね?」


 

 取り方……世界を巻き込むと断言しておいて、ソレの所在と。

 ははは。

 責任の取り方、と来たか。 



「面白い事を言うじゃないか、君たち。私の首一つで―――足りると思うのか?」

「「充分に」」



 ならば結構。

 


「―――だが。私達は、家族だ。勿論、君たちにも同じものを賭けてもらうぞ」



 元より、昔からこれ等がやらかした場合の責任は何故か俺行きだが。

 今となっては。

 俺たちの計画が始まった今となっては、逆も然り。


 全てを巻き込んだ連帯責任で。

 俺の言葉に、両者は諦めたように頬を緩ませ、笑う。



「はい、はい。いつもの一蓮托生、な。相変わらずってか? うちの首謀者は」

「本当にね。三馬鹿三馬鹿って言われちゃっても、昔から元凶を辿ろうとすれば、発端を作るのはいつだってそう。全部貴方の所為なのに」



 ……あぁ、そうだとも。

 

 陛下に殺されかけて魔皇国へ到り、爺に殺されかけて騎士になり。

 魔女を引っ張り出し、黒鬼を引っ張り込み。

 

 

「そして今、私達は此処に居る。ただ無駄に歳をとったのか、周到に計画を練っていたのか。分かるのは、数十年後」



 今できることは、あまりに少ないが。

 時が経ち、ソレが始まってしまえば―――あまりに忙しくなることだろう。 


 今は、備える時だ。


 

「次の機会もまた、そうだ。最初から破綻する可能性もある。元よりソレは、希望的観測だ。だが―――賭ける価値は、大いにある」

「―――おう」

「私達の為に、ね?」

「…‥来たる、八十年後。最後の勇者、九代目の勇者が召喚される。その勇者が、どれ程のモノか―――賭けるしかないだろう」



 全ての核……要となるのは、その者の才に依存する事になるが。

 残りは、俺たちが暗躍すれば良い。


 この二人ならば。

 俺が集めた、現魔皇国最高戦力たるアレ等が居るのであれば、何も心配はいらない。


 そうだとも。

 全ては―――これからも続く、悪くない日常の為に。



「勿論、最後まで付き合うわ、ロクデナシさん」

「ま、給与分はな、一文無し女たらし」



 ―――やっぱチェンジで。

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