第20話:城下のグルメ




「兄貴ーー。今日ゼミあるって言ってたろ? 遅刻するぞーー。てか、てか、バイト何時までやってたんだよ」

「夜勤、でしたっけ。本当に兄さんはバイト戦士ですね」



 うるへー**。

 四コマ目だから全然問題ないんだよ。

 あと言っとくが***、俺は金が必要だからバイトやってるだけで、仕事人間なんぞには絶対にならんからな。

 お前も小遣い貰えなくなればこうなるんだよ。



「****~~? 就活ちゃんとやってるの? バイトばっかりで、定職探し諦めちゃダメよ」



 母さんも……もう、本命から内々定は貰ったと何度言わせれば。

 もしかして、普段俺の話まともに聞いてないの?


 **も、***も。

 お兄さんの事を何だと思ってるのか……はは。


 なぁ、今もこんな感じで元気にやってるのか?

 それとも、とっくに二人は独り立ちして。



 ……すまんな、一緒に居てやれなくて。



「兄貴?」

「兄さん?」

「まだ寝ぼけてるの? 起きたなら早く顔洗ってらっしゃい。ご飯、食べて行くでしょう?」

「―――あぁ、いや。まだ夢から覚めてないみたいなんだ。……彼女が、皆が待ってる。だから、もう行くよ。……有り難う」



 もう、ないのだ。

 俺にはこの暖かさを享受する資格も、戻る権利も存在してはいない。


 この景色は、もう何処にも存在しない。

 これは……そうだ。



 ―――その話ならば、もうとっくの昔に終わった筈なのだから。



 ……………。



 ……………。



「戻れる、とでも言いたいのか?」

「……………」



 瞳を開いて起き上がるように我に返る。

 どうやら、立ったまま寝ぼけていた様子で……目の前の存在は、伺うように俺の瞳を覗いていた。


 やはり、夢か。

 相手の夢を自由に操作できるってのは、本当にズルい権能だな。

 もし俺が使えたのなら、是非可愛いおにゃのこたちに囲まれてビールを……。



「惜しくは、ない?」

「愚問だ。君自身がかつて言った筈だぞ、既に私という個はこの世界の存在に成り果てていると。もう、あの世界で当たり前に生きていた只人はいないのだと」



 何より。

 俺には、この世界で護りたいものが余りに多すぎる。

 仮に戻ったとして、トラックに迷惑タクシーしてもらって帰還するぞ。



「―――死ぬよ?」



 そりゃ、かれればな。



「そう聞いたな」

「貴方は、この世界に定着した。だから、全部分かる。貴方がどれだけ強くても……」

「端から、私一人で出来るなどとは欠片も思ってはいない。個の強さなど、数の前には何ら意味はない。……私が確定しているのなら、別に不確定要素を呼び込むだけ。元より、それが私の計画」

「……………」

「もう良いか? この手の二重トラップなら、飽き飽きだ」



 さぁ。

 そろそろ、夢から覚める時間だ。



「―――ねぇ、ラグナ・アルモス」

「言った筈だぞ、******。私は、世界で一番強いんじゃない。世界で一番、諦めが悪いんだ」



「あぁ、あと―――話があるなら、現実で会いに来てくれ」




   ◇




 ……………。



 ……………。



 朧気だった光景、思考が急激に覚醒し、光が差し込む。


 よくある話だな。

 夢から覚めたと思ってたら、まだ別の夢の中だったってのは。


 タチが悪いのが、大抵はそれが夢であるという事にさえ気づけない事で。

 最悪な事に、どれも過去の……、実際の出来事。

 そりゃ、夢か現実かもわからん。

 未練があるわけでもないのに、何で幾度と同じ夢ばかり見るんだろうな。



「……ん、んん……ん? ――朝……だよな?」



 見知った天井、窓から差し込む光の角度、そして時計の指す時刻。

 間違いなく当たり前の朝、確かにその筈で。


 自室で目覚めたわけだし。


 特に、身体の異常もない。


 ……だが、何だろうか。

 夢の内容とか関係なく、何か大切な事を幾つも見落としているような気が……大切なモノを失っている気が。



「……昨日は―――茶会、だよな」



 では、何故その後の記憶がない。

 他の連中よりやや早く満腹になり、食べるから飲むにシフトしたところまでは覚えているが……。


 何で、そっからの意識が混濁している。

 まさか、気付かないうちに酒でも飲んでたのか?



「で……」



 今更ながらに、当たり前の朝としては明らかに異常と言える要素が一つだけ。


 目覚めた時から気にはなっていたが。

 身体に掛けた布団の中……俺の腹部でモゾモゾと動く何か。


 サイズ感だと―――ふむ。

 この近辺に生息する固有種で、夜中に人のベッドに潜り込んでくるという習性を持つ生物、まおーなどが該当するが。

 まおー鑑定士の資格を持つ俺に言わせれば、動きの細部に違いがあり。


 となれば、このミニマムサイズ。

 思い当たる人物はたったひとり。


 侵入者の正体に勘付いた俺が翻すように掛布団を剥ぎ取ると、丁度腹の上で何をするでもなく丸くなってうつらうつらとしている存在。

 薄緑色の髪、眠たげに細められた翠の瞳。

 ミニマム魔王とどっこいどっこいの幼い体躯。

 


「ミル、どうやって私の部屋に入った」

「ドア開けて入った」

「厳重に施錠されたものをか? 相変わらず、プライバシーの欠片もないな、私は」

「今日、非番?」

「……ははは。いつも非番なんだよ、何故か」



 本当に、何でだろうね。

 これでも俺、名高い騎士団の団長……バリバリ現役の筈なのに。

 俺が仕事をしたくないって言ったわけでもないのに。


 まぁ、他の団員ならいざ知らず。

 同じ仕事しない出来ない同盟たる……しないと出来ないでは大きな違いがある気もするが、この隊長様には気を遣う必要はないだろう。


 黒曜騎士団第三席ミル・ネイア。

 俺が軍部へスカウトした中でも、特に異質と言える少女。


 【天識】の二つ名を持ち、キースと並んで情報収集、知識においては逸材だ。

 前回の殲滅戦に居なかったことからも分かるが。

 碌に任務へ出てはくれないがな。



「じゃあ、お出かけ。ご飯、食べたい」

「……キミは私を財布か何かと勘違いしているな」


 

 もしくはATM。

 確かに、庇護欲をくすぐる容姿ではあるが、俺の財布の紐はそんなに緩くは……。 


 

「良いさ。どうせ、小遣いとて使う予定など無い金だ」

「話が早くて助かる」



 マセてんなぁ。

 まぁ、外出するというのなら是非もない。

 俺自身、暫し王都に滞在すると決めていたのだが、仕事を奪われた挙句部屋からも出ようとしなくなったら、完全に無職だからな。


 外出するならばと、一先ずベッドから起き上がり。

 ミルがベッドでゴロゴロしている間に手早く着替え―――られるかッ。



「ちょっと出ててくれ」

「わ~~」



 相手は、曲がりなりにも少女。

 ロリコン野郎の汚名を防ぐため、彼女の前で下着を晒すわけにもいかないので、ベッドで平泳ぎを始めたミルを猫のようにぶら下げて持ち。

 そのまま空中でクロールを始める彼女を部屋の外へペイッっと放り出しておく。


 男の着替えなどほんの数十秒。

 準備が出来たら、すぐ行動だ。



「ラグナ、私の扱い悪い」

「そういう君は、曲がりなりにも私の部下だという自覚があるのか?」

「そういう性分ですので」



 本当に不思議ちゃんだな。

 エルフ賢者といい勝負だぞ。

 手早く部屋を出た俺は、自室の前で横になり天井のシミを数えているミルを回収。

 並び、城下へ向けて長大な廊下を歩き始める。



「で、何が食べたいんだって?」

「前のお土産のチョコパンと、あんどーなつ、プリン、お寿司、ハンバーグ、ピザ。お魚焼いたの」

「多くないか」

「―――かつ丼?」

「……………」

「串焼き」

「はいはい」



 パパか俺は。 

 確かに、今の王都であればその要望も全て答えられはするだろうが。



「疲れた。だっこ」

「……………」



 パパか俺は。

 流石に、曲がりなりにも職業軍人である彼女を……一部下に過ぎないミルだけを特別扱いで甘やかしすぎる訳にもいくまい。

 期待の眼差しは悪いが、自分で歩け。

 まだ城出てすらいねえんだぞ。



全部食べたいなら、時間を無駄にはしていられないだろう? それに、いま体力を使っておいた方が飯も上手いぞ」

「おぉ、それは道理。たくさん食べていい?」

「今日だけな。金の事は私に任せろ」



 と、言いはしたが。



「エルサイズ三十四枚チーズ具材マシマシ……、この金額になります」

「……………」



「特上盛り合わせ一人前を七十枚。会わせてこの金額になりやす」

「……………」



「お、お客様……。これ以上は他のお客様のご迷惑になりますので」

「……お会計で」

「食べたりなーい」



 本格的な窯で有名なピザ屋に入れば窯がオーバーヒートする回転率。

 寿司屋に入れば底引き漁法が如く鮮魚を根こそぎ。

 スイーツバイキングなど、ケーキをホールで持ち去り、まだ残っている皿の方が少ないレベル。


 迷惑却ここに極まれり。

 これでまだ食べるつもりってマ?


 俺の財布が芥子屑になるんだが。

 既にシンシアと出掛けた時より出費かさんでるんだが?



「お腹減った。もう歩けない」



 しかも燃費悪ィ!!

 幾つもの店店を巡り、それで尚空腹を訴え続ける恐ろしき食べ盛り。


 大通りの真ん中に座り込む姿は駄々っ子そのもので。

 ならばこちらも親御さんの対応と。

 座り込んだミルを無視して歩き始め、ある程度距離が開いたところでチラリと後方確認を……。

 


「―――うわーん、私を置いてかないでーー」



 そう来ましたか……!

 眠たげかつ聞き取りずらい筈の彼女の声は、こういう時に限って明瞭に響き。


 それを聞き届けた紳士淑女の方々が続々と集まってくる。


 心配して集まって来ただけの筈だよね。

 何でそんなに敵意籠ってるの?


 あ。

 もしかして俺、誘拐犯か何かと思われちゃってたり?



「すみませんが、貴方。その子とどういう関係ですか?」

「あーー、え? えーっと」

「というか、貴方。少し前も別の女性と一緒に歩いてなかったですか? どちらに似ている訳でもないですし……もしかして」



 やめてくれ、やめてくれ、邪推するのはやめてくれ。

 

 最初にこちらへ声を掛けてきたのは、いかにも子育て経験者といった様子のご婦人で。

 母性がそうさせるのか、最初から俺に敵意マシマシ。

 勿論、ミルに対しては安心させるような声色で話し掛け。



「ねぇ? あなた。この方とどういう関係?」

「色々くれる。けど、全然帰ってこない。偶にしかご飯くれないから、今のうちに食べて貯めておく」

「……なんて健気な」

「この鬼畜!」



 何だコレ。

 何なんだ、これは。どうすればいいんだ?

 軍部きっての知恵者たるヤツの狙いは何だ……!?



「今日は、何かあった? あの方に、嫌な事とかされてない?」

「寝てたら部屋から追い出された」

「「!」」



 ざわ……ざわ……。



「―――もう見過ごせないわ!!」



 最早、群衆の中で俺はヤベェやつだと認識されてしまった様子で。

 とんとん拍子に街を警邏中の専業騎士さんがやってくるわけだが。


 話し合う群衆と騎士。

 「誘拐」だの「鬼畜」だの、何か妄想による余計な尾ひれが付いている言葉はしかし、大多数の派閥。

 こちらへ振り向いた瞬間の騎士は、とってもこわーい顔だったが。



「君が……―――ッ―――かッ!?」

「「か?」」



 俺の記憶にはないが、王都に存在する騎士団の所属なので、向こうからすれば当然面識はあるのだろう。

 ある程度の内情を知る彼の眼には、果たしてこの状況がどう映っているんだろうな。



「世話を掛けているな。聞いた通り、鬼畜認定された者だが」

「……………ぁ……え?」



 この状況は、お巡りさんによる職質のような物なのだろうが。

 軍属って事は、実質お巡りさんだよな? 俺も。

 お巡りさんこの人です、この人お巡りさんです。



「あ、あの……、皆さん? 何かの間違い―――」

「不審者です!」

「誘拐犯です!」

「どうしようもない鬼畜な父親です!」



 気付いてくれ、君たちの言がまるで一致してない事に。

 俺の職業が欠片も安定してない事、完全な妄想の域に入ってることに。



「………いえ……その。そんな筈―――うん? ……ある、のか?」



 はは、面白い事言うじゃないか騎士くん。

 顔覚えたからな。


 これ迄も幾度となく考えた事だが、騎士たちの間で、俺ってどういうイメージなんだよ。

 違う、全部誤解だ。

 誤解ではあるのだが、この場で説明するにはやや都合の悪い事もあるだろう。

 下手な嘘、或いは望まれていない真実でまた話がこじれても困るからな。


 ここは、流れに逆らわない方が良いと。

 騎士くんへ目で語り掛けると、彼は俺の意図に気付いたように、しかし引き攣った顔で口を開く。



「で……では、その。一度、詰所の方まで同行してもらって宜しいですか? その、君も一緒に来てもらえるかな?」

「問題ない。行こうか」

「うん、いこーー。かつ丼ある?」



 聞くことそれかよ。

 いやまて、確かに食いたいもん一覧に名前上がってたが……。

 まさか、最初からそれ狙ってたわけじゃねえだろうな?


 刑事ものの定番として存在するアレって、実際は取り調べ受ける側のポケットマネーなんだからな?

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