第19話:六魔集結の茶会




「―――……老公、それは私が取った焼き菓子なのだが」

「ふッ。皿から目を離したのが悪いわ」



 成程? 死にたいらしい。



「―――わっぱッ!? キサマ……儂のえくれあを!」

「目を離したのが悪い、だったか。―――美味いな。流石、エルドリッジ伯」

「……コロ、シテやる」

「受けて立とう。立て、老いぼれ」

「お二方、落ち着いて」

「ラグナ様、アダマス様。沢山ありますから、喧嘩はなさらないでください」



 長大な卓の上に並ぶ、天上の馳走―――甘味の数々。

 古来より、資源の奪い合いというものは巨大な争いの種としては十分であったが―――人間種などは、魔皇国オレたちという外部の脅威さえなければ、とっくの昔に勝手に喰い合って勝手に滅んでいただろうが……。


 ともかく。

 食べ物の恨み程怖いものはないという諺は的を射ており……素晴らしき食事というのは、殺し合うには充分な資源で。

 クッキー、スコーン、ケーキ、アイス、プリン、えくれあ……。


 これらの正確な調理法は、クウタが持ってきたものだ。

 アイツは、流石と言うべきか。

 百識の勇者という二つ名、そして完全記憶の能力は伊達ではなく、食以外にも、幾つもの書籍を複写して世界にばら撒いた。


 おかげで、俺らもこのような美味しい思いが出来て万々歳ってわけだ。

 料理研究家のフィーアが更に調理技術を広げてくれたしな。



「うめ……うめェ。フィーアさん、御代わりで」

「はい。お待ちください」



 嗜好品の山もそうだが……本当に贅沢な部屋だ。

 第九層の一角に存在するここは、茶会の為だけに設えられた一室。


 幾つもの調理方法に対応した、備え付けの厨房。

 恐ろしくも、内容物を瞬間的に凍らせる冷凍庫。

 絶えず、常に材料の満たされた長大な戸棚。 

 食器を放り込めば、自動的に洗浄と脱水を行ってくれる……食洗器?


 製造速度重視。

 どれを取っても、何処までも。

 準備片付けの行程なんぞどうでも良いから、余の為に美味い物を作り続けろ、まだ知らぬ味を捧げ続けろという意志が伺えるようで。


 俺も大概甘い物は好物だが。

 サーガを筆頭として、爺、イザベラ、シンシア……。

 俺など及びもつかぬ程、実は六魔将というのは甘味大好き集団……甘いもの大好きクラブだったりもする。



「グラウ伯は、また良く召し上がりますね」

「ん? おぉ。ウメェもんは喰っとかんと」



 モリモリとスコーンを平らげ、ついでに三瓶ほどジャムを消費。

 四瓶目をまるっと一杯のチャイに放り込み、最早固形しか見えないソレをズズッと一息。

 ついでに、卓上の菓子類もまるっと滅ぼされかけたが。


 

「ふふっ。美味しく食べて頂けると、私も嬉しいですから」



 すぐさま補充される後続。

 流石は、魔聖。

 戦地に彼女を派遣するだけで、兵が何度でも無限に前線へ戻る死兵になり得ると言われるだけある。


 ……現れる新手は只の菓子だが。



「―――うォォォォ!! 俺の胃袋は、永久機関だ!」

「若いモンに負けるかッッ!!」

「うーーん。最高」

「焼きたてのパイは、冷製とはまた別の魅力があります……!」



 体重増加が怖くないのかね、君ら。

 いや、シンシアなどは普段の訓練で十分に消費しきれるだろうし、爺やサーガなどはただ突っ立ってるだけで莫大なカロリー消費する最上位の魔物だろうから良いが……。



「……………」

「―――何見てるのかしら」



 いんや? なーーんも?


 長く、しかし丹念にカットされた紫晶にさえ見紛う黒髪。 

 すらりと、長身でありながら肉感的な恵体。

 イザベラは、所謂究極のモデル体型。

 黄金比、脚線美というものは、少し横にふとましくなるだけでバランスが大きく崩れるとされている。


 もし二の腕とか腿とか、今以上にむっちりしようものなら……。

 アリかな? アリかも。

 


「―――アルモス卿は……。出来立てに目も向けず……手も止めて考えふけっていますね。一体、どのような事を」

「碌な事じゃないわよ? 絶対」

「な。シンシアちゃんは、ちとソイツに夢見過ぎだぜ? マジで」

 


 そろそろ胸やけが……うっぷ。

 如何に甘い物好きでも、年寄りにこれは重いな。

 血圧的にも、ちょっと。


 増して、目の前でこんな食い方されたら……。

 焼きたてに手を出すか出すまいか考えている間に、なくなりゆく巨大な菓子の山々。


 そんな中。

 一歩、一歩……ひとつの惑星が如き強大な魔力が、この一室に近付いてくるのを感じる。

 俺でなくとも、これ等が気配の主を見紛う筈もなく。



「どうやら、揃っておるようじゃな」

「「陛下」」

「やめい、やめい。このような内部の席でまで一々畏まろうとするでない。息が詰まるわっ」



 いや、形は大事だろう。

 普段から癖にしておかんと、公の場でボロが出ないとも限らんしな。

 とは言え、こんな所でまでへりくだられるのは誰だってめんどくさいだろうが。


 ―――内部の席……な。

 身内の席などと言わないのは、流石陛下。

 彼女にとっては、魔皇国の民全てが身内、自身の子も同然というワケか。


 普段のお約束が終わったので。

 席の傍らで跪いていた俺達は、改めて卓に着きスウィーツを堪能し始め。

 最も上座に腰を落ち着けた魔王もまた、注文するかのように指を振る。



「ほう、丁度焼きたてがある―――成程、壊滅状態か。フィーアや。余の分も出来立てを頼むぞ。一種に限らず、色々と摘まみたい気分じゃ」

「はい、陛下。お待ちください」

「「御代わりィ!」」

「はい、只今」

「……やはり壁際で畏まっておれ。余の分が無くなるわ」



 今しがた色々焼き上がったばっかなのに、何でもうなくなってんだよマジで。

 この化け物共の輪に、更に「平らげるもの」たる魔王が加わるってマジ?


 終わったな、厨房……ひいては城内食糧庫。

 まぁ、俺はもう殆ど手を出さんから関係ないが。


 あとは、適当に茶でも……ん?

 菓子よりも魅力的かつかぐわしい芳香の、この茶は……。



「―――エルドリッジ伯。これは、イサクラスのハーブティーか。随分と良質だが。君の領で?」

「いえ、此方はサーガ様がお土産にと」

「……ふむ。サーガ、これは何処の茶葉なんだ?」



 品種改良されたマルルリにも似た濃厚かつ清涼感のある芳香。

 これ程のものにもなれば、名のある名産であってもおかしくはない筈なのだが。

 俺に思い当たるところがないという事は……。



「ん? んぉぉ……ズゾゾゾゾォ」



 ……鬼、お前もか。

 折角の甘味を、「ぷりんとは、こののど越しこそが真価と見つけたり」などと思ってすらいそうな暴挙。

 一瞬でダース分を飲み込んだサーガは、容器に残った僅かな欠片も残さず腹に収める。



「チュルッ……。ドニゴール氏族からの貢ぎモンさ」

「……ほぅ、これが」

「近頃は、菜食に力入れてるってんだが、ありゃギャグだな」



 森に生きる種族だけあり、元々素養自体はあったという事か。

 確かに、未だ発展途上。

 香りは素晴らしいが、やや味が薄いな。

 抽出の問題であろうはずもないから、元々香味に特化させたものか。


 ならば、他の茶葉とブレンドすれば、一気に化けるだろう。

 未だ、サンプル品というべきものだろうが……中々の品質。


 オークが栽培している絵面は、確かにギャグにも映るが。

 彼等が生き生きしているのも確かなので、これで良いのだろう。


 ヴァイスも嬉しそうだったし。

 故郷納税ではないが、俺も愛飲してやるか。


 

「ラグナ様。お茶の御代わりは如何ですか?」

「あぁ、有り難う。もう一杯頂こうか。次は、風味の強い茶葉と半々で」



 どうやら、料理長も俺がこの茶を気に入った事、既に何かをつまむ気分ではない事に気付いたようで。

 目の前で調合される数種の茶葉。

 それらがお湯と交じり合う事で、爆発的な香りの渦が巻く。


 

「さ。お召し上がりを」



 件の茶葉が本来持つ香りを損なわないギリギリの範囲で風味が補強され。

 なおかつ、複雑に絡み合う相性の良さを引き出したというワケか。

 


「これは、実に良い物だ。君たちも一杯どうだ?」

「私、遠慮しておくわ」

「右に同じ」

「……フン、勝手にのんでおれ」

「―――皆さん? ……あ。私、頂きます」



 何だコイツ等。

 まさか、このメンツに限って、貴族階級にありがちな「オークの作ったモノなど飲めるか!」なんて柄でもないだろうし、ファンタジー的に一番嫌がりそうな金髪女騎士さんだけが良心だし。


 ……どうでも良いか。

 いらないというのなら、只独占するだけだ。

 違いの分からないお子様たちは、一生菓子だけ食って肥えていれば良い。



「うむ……、うむ。この後に引かない甘味がまた……ん?」



 何だ、この違和感は。

 

 てか、俺砂糖なんか入れたっけ。

 果物や茶葉の持つ純粋な甘味? ……にしちゃあ、随分と舌に残る。

 と言うか……意識が何故だか遠くなって―――おや? 卓がせり上がって……。


 そういや、毒物の多くは舌で受けると痛みなどが先行することが多いというが。

 他にも、強い甘味を持つものも多いとか何とか死んだじっちゃが……。




  ◇




 突然、崩れ落ちる身体。

 硬いもの同士がぶつかり合う音が響き、全員の注目がそのものへ向けられる。



「もぐっ―――む……? ラグナは、どうかしたのか」

「………え。これは―――?」

「さて、なぁ」

「わしらには、さっぱり」

「ぜんぜんわからないわ」

「お疲れだったのでしょうか? 確か、任務が長引いていた、と。……申し訳ない事をしてしまいましたね。無理にお誘いすべきではありませんでした」



 狼狽うろたえるシンシアに対し、不可解と口にしながらもまるで頓着していない三者。

 フィーアもそうだ。

 彼女の言葉は、魔族の寿命さえ超越している知恵者の推測としてはあまりに不可解。


 かのラグナ・アルモスが、その程度で魔王の御前にこのような無様を晒す筈はなく。


 だからこそ、シンシアは混乱していた。

 彼女からすれば、他の者達の様子は冷静……どころか、あまりに平静すぎて。

 関わり合いにならないようにしているようにすら映る。 


 いわば、知っていて……。



「―――折角の茶会に、無様な置物……邪魔じゃな。フィーアや? そ奴を適当な場所に転がしておいてくれぬか」

「そうですね。では、ねやに」

「うむ。……考えてみれば、非力なそなた一人の手には余るか。軽い腹ごなしに、余も行ってやろう」

「え」



 卓上の菓子が、文字通り一瞬で消滅する。

 つい先程席に着いたばかりの魔王が、口元を拭い満足げに立ち上がる。



「―――――え?」



 言葉が早いか、行動が早いか。

 絨毯の敷かれている床を引き摺られるようにして運ばれていく男の身体。

 この場が、現在外部の者が決して立ち入れぬ第九層の一室だから良いものの……否。


 もし目撃したとして。

 目撃者は、その光景を白昼夢だと信じて疑わないだろう。

 

 三者……二者と置物が去った後。

 絨毯には、何かを引き摺ったような太い一本線のみが痕跡として残り。

 


「―――ありゃ、油断しすぎだな」

「然り。如何に身内とて、気を抜き過ぎであろうな。あれ程に見え透いた思惑すら看破できぬとは」

「……あら。私は身内じゃないってコト? お爺様。今まで、彼が飲んでくれた覚えがないわよ」

「いや、そりゃお前が変なもんばっか混ぜるから……」

「フィーアだって混ぜてたじゃない」


 

 何事もなかったかのように、むしろ会話に花を咲かせ。

 棚や冷蔵庫の中にある菓子を漁り始める残りの面々。

 いつしかシンシアは、己の側がおかしいのかとすら思うようになり。 



「ぇ、あの。アルモス卿は……」

「気にしない方が良いわ」

「……ぁ……え?」

「あまり深く考えると、色々と面倒になっちゃうもの―――っと。聞こえる?」



 彼女が混乱する間にも、会話は続く。

 イザベラは、耳に手を当て……恐らく、この場に居ない誰かと話をしている様子で。 



「イザベラ殿。今の念話は……」

「んーー? 只の味見、よ。貴女も来る?」



 念話が終わる頃、問われた彼女は紅の唇をチロリと舐める。

 

 果たして。

 シンシアが感じた背筋の震えは、何に対してだったのだろうか。

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