第18話:爆誕、働かない団長
「ぁ―――この店は……」
「知っている場所かい?」
二人並び、引き続き商業区画の一角を歩んでいく中で、不意にシンシアが足を止める。
それは、服飾店か。
彼女がこういう店に強い興味を示すのは意外だが……。
しかも、その外装はやや派手な印象。
俺が知る彼女の好みとは明らかに遠いような、目に強い配色をイメージした、一昔前に流行ったような店構えで……。
昔は、案外ヤンチャな面もあったという事か?
反抗期とか。
それは実にけしからんが、ちょっと見て見たくも……。
「昔……学園に通っていた頃。学友に連れられて、よく……。私は、この店のデザインというものはあまり理解できませんでしたが、皆楽しそうに……」
見た所……店自体は、もうかなり前に閉店しているようだな。
流行など、一過性のもの。
その当時の人気に乗っただけでは……常に需要のある店でもない限りは、数十年持てば大往生だが。
やや中央から外れた場所だから、テナントの買い手がつかないのか?
最早、手入れのされていない事が分かる店の様子を、暫し外から伺い。
やがて歩き出す中で、彼女がぽつりぽつりと呟く。
「店が出来たのが、丁度私が学園に入る頃で。卒業の当時も、人気店だった筈で。……この一帯も、私の知らない景色が増えていました」
「長命とは言え、長命だからこそ。飽きやすいのかもな。君たち、魔族というのは」
歩いていく中で、目の前に現れる
年寄りに坂道は堪えるが。
だが、やはり最後に行くべきは、あの場所しかなく……。
夕刻よりやや前。
空が黄昏色に染まる直前に、俺たちは王都の中でも城に最も近い高所へやってくる。
ここからの眺めは、城へと続く大通りなどを一望でき。
式典の折など、ここから見学するのが余りに流行り過ぎて、近年は関係者以外立ち入り禁止にしてあるが―――ん?
近年っても、クロードが学園に通う前だからな。
それ、何年前だ……?
「―――アルモス卿」
「……あ、あぁ」
最後はやはり、話し合う時間と。
その雰囲気を感じ取ったらしい彼女が、景色を見下ろしながら口火を切る。
「今日は、有り難うございました。久方ぶりに、学生の頃に戻ったようで……とても、楽しかったです」
「あぁ。一時でも仕事を忘れられたのなら、幸いだ」
「それで、その―――回った店店には、どのような共通点が……お考えがあったのですか?」
……ふーむ。
こういうのも、ある意味では流石というべきなのか。
やはり、彼女は意味を見出そうとしてしまうか。
「考えなど、ないさ。ただ、目に入った所へ入っていただけに過ぎない。そう、感覚だ」
「感覚。……何も、ないのですか?」
「―――ない」
彼女らしいと言えばそうだが。
他の同僚連中とは違い、シンシアが俺の醜態を見ることはあまりに少なく、俺自身も出来るだけないようにしていたから。
およそ、俺の行動の全てには意味があるとか。
暗部の長という立場もあり……多分、彼女の中での俺は一種の完璧超人のようになってしまっているのだろう。
が、昔ならいざ知らず。
今の俺たちは同僚であり……彼女も、最早憧れに夢を見るだけの少女ではない。
そろそろ、認識を改めさせても良いだろう。
「驚く程、何もない。君の期待する答えなど、何もね。……むしろ、平時などこんなもの。仕事でもなければ、大抵の事は流れに任せているだけさ、私は」
「……お戯れを」
「細かい判断など……頭を使う時など、現場にいる時だけで十分。私のモットーであり―――君の祖父の言葉でもある」
「―――えっ」
目を丸くする彼女には悪いが。
俺も、かの大騎士も、彼女の父も……或いは、先代近衛騎士長も。
彼女が尊敬する多くの騎士は。
言っては悪いが。
俺も彼等も結局の所、そんな大層な存在ではないんだ。
一皮むけば、等身大。
自分の得手不得手、趣味趣向、好き嫌いはあり……護りたい、守りたくないがある。
有体に言えば―――大人に希望なんかない。
「では―――王都を歩いたこと自体に意味が?」
「無理矢理にこじつけるのならば、そうだろう」
だが、彼女が何かしらの答えを求めるというのなら。
先達として、助言くらいはしよう。
アインハルト老の教訓ではないが。
俺が無様を晒した経験の数だけ、俺には教訓があるわけだからな。
「私も。失敗し、自信を喪失したことなどは数えきれないが。そんな時、改めて思い出すんだ。半生で得た教訓の数々。そして―――何故、己は騎士として存在するのか? とね」
俺の言葉を、シンシアは一言一句逃さず聞き入っているようで。
少し、厳しい事も言わせてもらおう。
「先ほど、君は自分自身が王都の景色に、活気に目を向けていなかったことへ、少なからず衝撃を受けていたな」
「……恥ずかしながら。日々の業務ばかりで……久しく、忘れていました」
仕事人間……仕事魔人、魔族?
呼び方はまちまちだが。
ともかく、仕事にかまけ過ぎて家庭を疎かにする父親などはよく問題になる事で。
本人と、周囲。
目的と手段、認識の乖離というものは必ず出てくる。
今回の場合も、ある意味ではそれに近いだろう。
「おかしな話ではある。確かに、騎士とて、兵とて職業の一つ。公には……言ってしまえば、金銭という対価を得る手段の一つでしかない。或いは、名声か、地位か。一般の者がそれらを手に入れるに、最もリターンの大きく、あまりにリスクの多い職。それが、私達―――だが。近衛に、その長に上り詰めた君が、これ以上働き詰めで、何を望んでいるのか」
彼女には、ある。
既に、地位が……名声が。
幼少の子供たちが絵物語に見出し、未来の可能性に求めたであろう、夢の果てが……形として、彼女を取り巻いている。
六魔将【天堅】を知らぬものなど、辺境の集落にさえそうは居ない。
「かつては、違った筈だ。初めて王都を訪れた時。仕官候補として、友と往来を闊歩した時。騎士となり、警邏で王都を歩んだ時。その時の感情は、それを護りたいと感じた想いは」
「……………」
「守ろう守ろうと考え。それを。過程や手段を重視するあまり、その護るべきものの今現在を、深くは知っていない。何故守りたいのか、今となっては、それを表現するのすら難しい。目的を語る事を。幼心を―――夢を、忘却してしまった」
現実を知り、大人になったと言えば聞こえは良い。
……だが。
「……今の君にとっては、多くが新鮮なようだ。幼少期、初めて王都へ行く日が来たと……眠れぬ夜を過ごしたころのような」
護るべき国、護るべき民。
国に身を捧げ、それらを守護するという気概は十分。
しかし、一騎士としては?
俺の心配として。
今の彼女にとって、本当に「誰か」は命を賭けることも辞さない存在になり得ているのか?
『貴君は―――』
「何故、守りたいのか。何のゆえがあって、それを護ろうと思うに至ったのか? きっかけは、必ずある筈だ……あった筈だ」
それは、面接の自己PRのような物。
理由が浅いにしろ深堀してあるにしろ、必ず「何故なら」がある。
ただ漠然と守りたい、などと一点張りした所で、通用するのなど誰でも雇うような暗黒企業だけ。
「結局の所。戦いにおける
聞くまでもない。
向こうの世界でも、自身が大金を得る代わりに、この世界の―――自分が知らない何処かで人が死ぬボタンという空想物語があったが。
そんな題材が出来る程、人は「誰か」に無関心で。
「赤の他人の数が十でも百でも、千でも……万でも。己とは何の関係もない場所で勝手に死ぬのなら、私は気にも留めない。守れ? 真っ平御免だ、ふざけるな」
「……ッ!! ……同じ、という事なのですか?」
「そうだ」
彼女は聡明だ。
どうやら、俺の言わんとする事が見えてきたな。
「民を、不特定多数の「誰か」を助けたいと願う。大変結構だ。だが―――それは、誰だ?」
見えもしない幻想の対象、存在すら不確かな守護対象。
そんなモノに、命を賭けろ?
俺は御免被る。
やりたい奴だけ勝手にやっててくれ。
「元より。知りもしない存在を、命を懸けて守れという方が無理がある。重圧とは、護るべきものの多さ。責務とは、それを決して忘れぬ意志。重さにこそ、意味がある。諦めの悪さを補強するのは、いつだって真に大切なものの総量……掌から取り零したくない、決して譲れぬモノ。その大きさこそが、
重圧に、責に潰されそうという表現がよくあるが。
ソレの何がいけない? それが全くなければ?
騎士は、最早専業騎士である必要すらない。
鎧を纏ったとて、吹けば飛ぶ軽さしか持たないだろう。
「問おう、シンシア。我々は―――何故戦う。何故守る? 顔も、名も知らぬ、あまりに多すぎる民を。ある意味では、己とは何ら関わりもない、他者を」
「―――彼等が、魔皇国の民だから……です」
「そう、その通り。そして……名も、顔も知らぬ者たちと我らを繋ぐ物―――それこそが、都市、景色……この光景なんだ」
陛下の行動指針なども、同様だ。
彼女などは、脳の記憶容量の九分九厘を魔皇国の民
それは、忘れない為。
自らの庇護すべき対象と、それ以外を。
どんな種族であれ、魔皇国の民であるなら護るし、それ以外であるならば何千何万死のうが、些事と断じる。
ある視点からは何処までも慈悲深く……視点を変えれば、この上なく冷血。
まさしく、魔王。
俺には、そんな芸当はとても真似できない。
だからこそ、都市や集落という大きなくくりで覚えなければならない。
「……忘れていたのですね、私は。かつては、確かにあった筈のものを」
「かも、しれないな。こと拠点防衛において、魔皇国で並ぶ者なき君は、大半の敵など歯牙にもかけない。だが……これから先、もし己と同格の存在と戦う事になれば? それこそ、命を賭してまだ足りない存在に立ち向かわなくならぬ時は? 何を芯にするべきなのか」
「―――あり得ない事……では、ないのですね」
そうだ。
俺だって、笑い飛ばしたこともあった。
六魔の同格となれば―――それこそ、現代では六魔くらいなもの。
それ以外としても、大半は自国の顔見知りたる傑物ばかり。
それらは仲間であり、友であり、家族。
しかし。
その友と……同格どころか、格上とさえ、俺は国の本拠で殺し合った。
あり得ない事こそ、あり得ない。
「何故守るのか、と。……古い友に、かつて尋ねられたことがある。私自身もね」
「……貴方は、その時なんと?」
「―――はは。当時、私とその男は決闘の最中で。顔面を思い切り殴りつけ、吹き飛ばし。言ってやった。お前と同じだ、と」
「吹き飛ばす必要が……」
「多分、なかったな」
色々言ったが、結局の所。
俺たち騎士が命を賭けて国を守りたい理由など、一、二本の指折で事足りる。
「護りたい、誰かの為に。―――では、それは誰だ? 今の君には、誰が浮かんでいる」
「………わたし……は」
現在の魔皇国軍部には、二種類の者が存在する。
あの王都内乱を経験したものと、していない者。
そして……彼女は、こちら側。
当時、初めて王都へやって来ていた彼女は、まだまだ幼少の身でありながら、己が大切なモノの為―――譲れぬ「何か」を護る為、強大な敵に立ち向かった。
その芯こそ、俺たち騎士の本質。
建国当時より消えない、騎士を騎士足らしめる本質。
「今の君には、何が見える。何を護りたい」
「……私が守りたかったのは―――この景色。誰もが別々の目的を持ちながら、しかし活気に満ちた日々を送るこの景色を。民の笑顔を……妹のような、屈託のない笑顔を、護りたかったのです」
模範解答、大変結構。
それでこそ、だ。
「忘れていたモノを、思い出したか」
「はい……、はい……!!」
……………。
……ふふ。
「……はは。やはり、似ているな」
「え?」
「先の、護る理由を私へ尋ねてきた者さ」
強く、気高く、……嫉妬してしまいそうなほどに高潔。
しかし、その実誰よりも熱い焔の芯を抱いていた戦士。
「愚直、誠実、生真面目……キミにそっくりだ」
「褒められては、いるのでしょうね。……その方は、今」
「ある意味では、とうの昔に去っている。ある意味では、絶対に居なくなってはいない。恐らく、この先も……魔皇国ある限り、その騎士は生き続けていると言えるだろう。君の、中にも」
何せ、彼女は……。
「私の、中に―――はい……。私は、己の手の届く範囲を。王都を、民を―――陛下を守護する近衛の長。私がこの地位にある限り、決してこの景色が失われないように。私には、見届ける必要があるのですね?」
「それで良い、その通り……だ。役割分担、だな」
あの四人が、それぞれの地方を。
彼女が王都を―――俺が国外、そして情報と裏を。
「……どうして、なのでしょうね。かつてない程、今は気概に満ちている気がして。……明日からも、私は己に出来る最善を尽くします」
「―――はは。追い出されない程度に、な」
互いに背を預け、任せる。
俺たちは、六魔……その為の、六魔将なのだから。
「行こうか。そろそろ、王城へ戻る頃合いだ」
「……私の席は無事なのでしょうか」
「奇遇だな。私もそれが気になって―――」
……………。
……………。
『私は―――もう、見たくはないのです。あの、崩れた家々を……彼等の悲しげな顔を。美しい景色が、瞬きの瞬間に崩れ去るのを。物陰で震える、子供たちを』
『良い答えだ。……ならば、強くなれ。いずれ、私たちとも肩を並べ得るほどに』
昔……キミはそう言っていたな。
まだ、近衛に入団したばかりで……日々の業務さえおっかなびっくり行っていた頃のキミは。
当時、既に……キミは、答えを知っていた。
今回、それを思い出した。
俺たちと肩を並べる程の能力を持ち、初心を思い出し……まさしく、最高の騎士となった。
その気概、その精神……それでこそアインハルト。
お前の遺志がなくなることは、決してないんだろう。
―――なぁ、エリゴス。
……………。
……………。
王都の見回りが終わり城へ戻る頃には、既に日は沈んでおり。
幸いな事に、執務机が無くなっているようなことはなく。
皆、無事に今日分の業務は終えている様子だった。
俺としては、とっぷり陽が落ちた現状に在って未だ執務室に全員が残っていることに異を唱えたかったが……。
「戻りましたか、閣下」
「あぁ。有意義な休日を……」
「こちら、新たな業務振り分けに目を通していただけますか? 私は既に済んでおりますので、早急に承認のサインを」
「―――あ、あぁ。皆、こんな時間まで……」
副団長様から、食い気味に書類を渡され。
何故か彼女以下隊長格皆がこちらへ目を光らせる中、書類へと目を通す。
まぁ、新年だからな。
マルチタスク可能な管理職を育成するという意味でも、年ごとに違う業務を担当させるのは道理。
今まで通りではあるが……さて、今年の俺の業務―――。
俺の業務……、??
俺の……―――何処だ。
「マーレ。確認させてくれ」
「は。何なりと」
「何かの間違いか? この振り分け……私の名は、何処にある」
「僭越ながら、我々で分割して担当させていただくことになりました。やはり、閣下は
忙しいの部分をやけに強調するな。
で……それは、どういう事だ?
つまり……これは?
そうなると、実質的に俺は用済みという事ではないのか?
どういう事だ。
「それは、どういう……?」
「何故なのでしょうね」
「ノーコメントです」
「甚だ疑問ですね、全く」
「申し訳ありません、ラグナ様。今回ばかりは、私共からは、ご自身の胸にお聞きください、としか」
……………。
……………。
「―――話は変わるが。そこの書類、明日の分か?」
「「我々の、仕事です」」
「その我々に……私は?」
「何故含まれていると思われるのでしょう」
その日。
近衛騎士団においては、休みを取っているのを見た事がないとすらされたシンシアが自ら定休日(ひばん)の制定を提案し、満場一致で可決されたらしいが。
黒曜においては―――俺は、働かせてすらもらえなくなった。
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