第十二章:勇者一行と大陸議会
第1話:何処まで到るか冒険者
大陸中央都市セキドウ。
都市を一周するように築かれた城塞の如き堅牢な門を抜け、何処までも続くような大通りを抜けた中心街にそびえ立つ、アルコンの尖塔。
内部で行き来が可能な、巨大かつ荘厳なギルド総本部。
そこからやや歩く事数分の通りに位置している建造物に、僕はいた。
建物自体は、清潔感を感じさせる白レンガ造り。
入口はこの世界では珍しい二重扉。
屋内は常に清浄な空気が流れていて、アルコールの匂いに混じって薬品の匂いが鼻に届く。
薬品の香りはポーションの香り。
冒険の香りでもある。
「―――お疲れ様です、アイリさん。これ、依頼分の材料です」
「リクさん。今日も、有り難うございます」
ここは、大陸ギルドと連携する……下部組織に位置する医療団体【療盟士】の本部。
僕達も関わったとある一件でギルド専属の醸造士になったアイリさんは、普段ここで仕事をしている訳で。
「あ、そうそう。噂、最近よく聞くんですよね。凄く腕のいい醸造士さんが居るって」
「……ふふっ」
「エムデさんも言ってましたよ、大助かりだって。……親和、上手く行ってるみたいですね」
「「うん!」」
「偉い、偉いよ」
………。
ロイ君とマナちゃん、普段から仕事場まで付いて来てるんだ。
お母さん大好きなんだね。
元気に返事する姉弟はいつだって元気そのもので、こちらも活力を貰える。
「全部、皆さん……リクさんたちのお陰です。私からも……。本当に、何とお礼を言ったら良いか。こうして、材料も採取してきていただいて」
「僕達が好きでやってる事ですから」
沢山の人の助けになるお手伝いなんだ。
簡単な採取依頼なら、喜んでする。
素材さえとって来れば、僕に出来る事なんてないし。
後は、ただこうして見ているだけ。
頑張ってるのは他でもなく、この人自身なんだから。
でも……、野営の最中に即席で薬を作れないかと眺めていても。
半端に見ているだけじゃ、やっぱり何にも得られないね。
それこそ、過程をしっかりと……ん。
目に留まるは、アイリさんの調合の過程を……数種の薬草を乾燥させた粉末が水に溶け込み、蒼、緑と変わりゆく液体の色を興味深そうに眺める姉弟。
色こそ緑で、既に効果ありそうだけど。
醸造というのは簡単ではないらしく、あの液体はまだまだ中間素材の一つとの事。
やっぱり、冒険に必死な今の僕では、その技術を呑み込む容量は確保できそうもなく。
「―――英才教育、ですかね」
「え?」
「いえ。マナちゃんも、ロイ君も。小さいうちからお母さんの仕事を見て、立派な薬師になるのかなって」
その頃には、果たして。
僕はなにをしているのかな……っと?
―――二人共、何で首横に振るのかな。
「ううん。ボク、冒険者になりたい! 沢山薬草を採ってきて、お母さんを助けるんだ!」
「私もなる! ハルカお姉さんみたいに、短剣なら軽いから振れるもん!」
……えーーと。
理由としては立派だ。
魔物を倒したいとか、英雄になりたいとか、そういう志望動機じゃないのも良い。
けど、それでも冒険者は……ちょっと。
「そこは、もう少し大きくなってからね。二人なら、他にも道は沢山あるだろうし」
そう思って、年長者として軌道修正に掛かるけど。
進路指導の言葉に、二人は先程まで横に振っていた首を同時に傾げる。
「……んーーぅ? それって、リクお兄さんは」
「他に道なかった―――って、コト?」
「うぐッ」
うぐッ、痛い所を。
子共って、こういう事を普通に言えちゃうのが強いなぁ。
「大丈夫! 僕、強くなるもん!」
「本当は勇者が良いけど、冒険者でだきょーするの」
「えぇ……?」
やっぱり、強くなりたい願望あるんだね。
自分の勇ましさを証明するように腕を振る二人。
ほとほと参ってしまった僕は、微笑みながらもやや心配そうに眉を顰めるアイリさんと顔を見合わせて肩を竦め。
その後も、暫し元気な姉弟との話を楽しみ。
「じゃあ、そろそろお
「はい……! 宜しくお願いしますね、リクさん」
「行ってらっしゃい!」
「あ、ズルい! 僕も……!」
「―――わ……とと」
と、先程まで冒険者志望だった二人は、魔物になったような直線の動きで距離を詰めて来て。
襲い掛かられ……抱き着かれる衝撃は、体重以上の重さがある。
ゲオルグさんみたく、保育士にでもなった気分だ。
いつからこんなに懐かれたのかな。
「……日帰りとは言え、これでも依頼帰りなんだけど。汗臭くないかな」
「―――うん? ……森の匂い?」
「リクお兄さん、こわい冒険者さん達と違っていい匂いがする。臭くないよ」
「……アイリさん」
「そうですね。森とお日様の香り、です」
森の香りって、どんなだろ。
今まで気にした事とか無かったけど……エルフの血って影響してるのかな。
身長はここ数か月で一センチ、二センチしか伸びてないのに。
……今は僕の方が20センチ以上高いけど。
でも、ロイ君なんかはいずれ僕よりも背高くなったりするのかなぁ……。
そう思うと、何か複雑……と、時間か。
「うん。行ってきます」
そろそろギリギリだし。
手を振ってくれる二人に振り返し、アイリさんに一礼をして部屋を出る。
そうだ、早くいかないと。
今日は、大事な用事があるからね。
◇
白い閃光が縦横無尽に駆ける。
実際に向こうで見た事がある訳じゃないけど、多分拳銃とかから放たれる弾丸ってこんな感じの速度なんだろう。
いや、もしかしたら弾丸より速い?
……だけど、捉えられている。
一瞬で地面すれすれの死角に潜り込んできた身体を視認、局所的な身体強化で脚力を上げて跳躍。
七メートル程の天井に足を付き、完全に拓けた視界の中で相手の姿を確認。
「―――“斬烈”!!」
天上に足を固定したまま、遥か下方の相手へ斬撃の雨を降らせる。
「ほう……、これは……!」
「そこ!」
相手は当然避ける。
その動きは……所謂ジグザグ走法。
斬撃を飛ばした次の瞬間には、こちらは既に相手が移動するであろう位置へと天井を蹴っている。
置き撃ち、というやつだ。
「ッ!」
でも、流石。
相手は飛ぶ斬撃を避けた時の無理な体勢のまま、勢いの付いたこちらの攻撃を迎え撃ち、押し留める。
「―――これが、勇者か……」
「こんなでも、引き出しは多いですよ」
「………はは、素晴らしい。が、それはこちらも同じ事。末席とは言え、A級冒険者を嘗めてもらっては困るよ」
いや、いや……全然、嘗めてなんかいませんよ。
決して顔に出してはいけない。
でも、内心は恐々だ。
現在僕が相手している彼は、モルト・ボードさん。
大陸ギルドのA級冒険者。
【
本人は「末席」なんて謙遜しているけど。
その実、先生が最上位冒険者を除けば冒険者の中では五指に入ると断言した程の実力者だ。
けど、そんな彼には実力以上の特徴があって。
それは、その姿は……うん。
今でも時々目を疑うんだけど―――ウサギ……ウサギさんなんだ。
希少種族―――玉兎種。
ウサギが二足歩行で二回り程大きかったら恐らくこうだろうな、という感じそのままな姿。
人間の容姿に兎耳や尻尾が生えているようななんちゃってではなく、本当にもふもふウサギさん。
百センチに達するか?という身長。
彼の異名の元にもなった恐るべき剛脚に対し、釣り合わぬ細さの腕。
声色は落ち着いた成人男性の様なイケボかつ、吟遊詩人のようにハッキリしている。
玉兎種はその特徴として、半妖精などに準ずる魔力容量を誇るけど。
更に特徴的なのは、その魔力の質。
人間種や亜人、そして魔物……この世界の生物の殆どが魔力を持っているのは常識で、生物や個体によってその容量が異なるのも広く知られた事ではあるけど。
最近の研究では、魔力にはそれぞれの色があるとされていて。
同じ属性魔術へ適性がある人間同士の魔力の色は似通っているという。
だから、小さいうちからその子供の適性を見分けることも出来るようになってきているとか。
そして。
より高度な魔術を習得、行使する為には魔力の容量も勿論大事だけど、同時に質も重要視される。
例え同じ魔術を使っても、質が良い程魔力の消費は少なく、また効果も高い。
僕は、仲間内でも魔力容量が少ないけど。
辛うじて、質……純度は中々、らしい。
で、彼の話だけど。
彼等玉兎種は、生まれながらに何らかの属性、何らかの性質に偏った―――否、特化した魔力の質を有する。
その純度は、全ての亜人でも最優。
いわば、個体個体が、純度の高い宝石のような物。
―――本来、肉体は小さく脆弱であるような、魔術特化の種族。
そんな種に生まれた彼が。
これ程の膂力を持つというのは、つまり……彼が最も優れている才は。
「……無属性魔術特化型。身体強化の極致」
「照れるな。だが、まだ序の口だ」
魔術は、使えば使う程研ぎ澄まされ。
強く、質が高くなっていく。
“念話”などに代表される、四大属性、その派生に属さない魔術の中で、“練気”は冒険者の基本魔術。
出来て初めて駆け出しだけど。
それを極めた者は、これ程の……体格差をものともせず、圧倒的に凌駕するほどの力を得る。
彼もまた、究極の一を体現する者の一人。
「一応は指南役の一人だからな。厳しく当たらせてもらう」
「それは、勿論」
試験にならないからね。
彼は広い訓練場の四方を跳ねまわり、まるで銃弾のように次々攻撃の雨を降らせる。
……コレが、純粋な身体能力のみの剣技だって!?
冗談じゃない。
攻撃魔術の連射……それが入り乱れたような、戦争の渦中にいるような気分だ。
しかも、その連撃は加速度的に速く、鋭く……。
この人、まるで小型車にジェット機のエンジン積んでるみたいだ……!
「……一々新鮮な反応を見せてくれるが、全部避けるかなぁ、しかし。余裕だな、君も」
「余裕じゃないです冗談じゃないです考える暇もないです」
最早会話もままならず。
訓練用の木剣が何度も交わり、うねり、軋む。
「……ッ!」
「―――!」
床だけを足場とするなら、この密室の広さ、活動区域はたかが知れている。
でも……四方の壁、天井をも床と変わらない気軽さで走れるならば。
密室は、広い草原と同じ。
雑念なんか、何も考えられなくなり……訓練場に壁や天井を蹴り回る音のみがこだまし続ける。
僕も彼も、回避型の剣士。
相手の攻撃を避けて流し、隙を見て一撃を叩き込むスタイルだ。
だからこそ、学ぶことも多いと。
全力で【ライズ】を用いて動きを分析し続け……。
「―――……ふぅ」
「!」
「ははッ、感服した。流石は、地獄の密度を抜けたと噂されるだけある……いや。噂が、真実だっただけの話か。余程の鬼らしい、君の師は」
果たして、どれだけ時間が経ったのだろう。
不意に殺気を引っ込めて動きを止めた彼は、武器を降ろして。
ゆっくりと、自然体で歩んでくる。
その表情、力の抜けた動きからは戦闘の意思が完全に感じられなくなっていて。
……成程。
どうやら、コレで終わり……。
なんて、馬鹿な妄想は絶対にダメだね。
自然体で、ゆったりと僕の前へ歩み寄って来た彼は―――瞬時に剣を横薙ぎ一閃。
決して油断などしていなかった。
だからこそ、僕もまた同じタイミングで彼の喉元へ木剣を突き付けることが出来ていた。
「「……………」」
彼は首筋、僕は喉元の位置へ。
互いに、相手の急所へ武器を突き付けた状態。
どちらも、一瞬でも動けば相討ちであると理解しているから動かない。
「………フフ、ククッ。良い、実に良い。よく、気付いたな」
「そういうの、先生で慣れてるんです」
かつて彼が審判を務めたシン君との決闘然り。
普段の戦闘訓練然り。
僕達の導き手は、当たり前のように騙し討ちのような事を言うし、やるし、挙句仲間たちとの訓練中ですら外から妨害工作を仕掛けようとして来る悪い大人で。
……僕たちにも、常々気を付けるように言っている。
間違い探し……ではないけど、ルールの穴を衝いたギリギリのせめぎ合いなんて、自然界でも対人戦でも当たり前に溢れているから。
だから、油断は出来ない。
剣での戦いが終わっても。
そこで本当に終わりかは。
相手が自分と同じ気持ちかは、自身の眼で見極めなければ分からない。
そもそも、モルトさんは「これで終わり」など一言も口にしていない。
「……成程。彼の教え、か。流石、ナクラさんの弟子という訳だ」
「はい!」
「……はは。良い師弟という訳だな」
「自慢の先生ですよ」
「そうだろうな。彼は、冒険者の目指すべき一つの……ともあれ」
「―――合格だ、リク・キサラギ」
「……!」
「己に不利な戦場、卑怯、反則、だまし討ち……。あらゆる状況に対応できてこそ、国家単位の依頼を可能とする冒険者の天辺。私の最も得意とする領域で、君は私と渡り合った」
本当の彼の実力はこんなものじゃない筈。
実戦ならば、彼は今よりずっと強い。
けれど、それはこちらも同じ。
何でもありの戦い、ルールの存在する訓練、床が木製の訓練場とか、コンクリートの街中とか……。
戦いの場、決まりはその時によって違うけど。
~~で戦っていたのなら今のは負けていた、○○だったら勝っていた、なんていうのは
その戦場で戦う場合は、それに応じて自身の覚悟も戦闘法も当然に変化する。
たらればなんて、考えるだけ無駄。
この訓練において、この場において。
僕は全力を出して手を尽くした……それは彼も同じなんだろう。
互いの健闘を称えるまま。
雰囲気を一変させた彼は、ゆっくりとソレを告げる。
「詳細は、後日追って伝えられる。―――君も、A級冒険者だ」
………………わぁぁ!
この嬉しさを。
飛び上がりそうな高揚感を、何と表現すれば良いのか。
嬉しすぎて……――――ッ!!?
「「……………」」
壁ドン床ドン天井ドン……およそ僕たちの戦いも、外野の人たちからすれば騒音問題この上ないものだったのだろうけど。
大質量に押しつぶされ、何かが崩れる音。
揺れる床、軋む壁。
耐震という点でしっかりとした造りのここが、それ程悲鳴を上げているこの状況……。
どう考えても大規模魔術の二次被害だろう現象は。
これまさか……いや、間違いなく……あちゃぁ……。
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