第15話:年末調整




 ……終の月も残すところ僅か。

 年末というものは、やはり何処の世界でも忙しく、何処の国でも盛大に祝われるものではあるだろうが。


 終の月が守護星……昏き黒龍、淵冥神を祖と称し。

 大いなる冥界の大神を崇拝する魔族は、その傾向がさらに顕著。

 国を挙げて盛大に祝うというのは、都合三百年にも至る寿命を持ち、重ねた年月に頓着しないとされる彼等でさえも例外ではなく。

  

 大きな楽しみの一つか。



「……はぁ」



 だが、そんな彼等に対して、俺の気分は晴れない。

 祭り自体は嫌いじゃないのだが、問題なのはそこじゃないんだよ。

 礼服を纏い、そろそろ自室を出ようかという今となっても、脳裏を過るのは逃亡の二文字。

  

 或いは。

 知り合いに見られてない今の内なら、隠れることもできるだろう。


 ―――いや、待てよ?

 そもそも、今回は招待状が届いてないじゃないか。

 そうだ、その手がある。

 おおよそ、休暇の影響やら秘密主義が功を奏して、渡してくれる役人やら頼まれた者らが渡せなかっただけ、直接渡せないのは失礼に当たると思われての事だろうが。

 これは、予期せぬ幸運……僥倖だ。

 このまま逃げ切れば、或いは誤魔化しも……。



「よ、幽霊団長。態々招待状持ってきてやったぜ。ったく、水臭ェ。帰って来てたんなら、偶にはウチの領にも―――何で礼服脱いでんだ?」



 ……………。



 ……………。 



「だから、暇じゃないんだって」



 貴族じゃないって言ってんだろが。

 どうして招待状が届く?


 ―――六魔将だから当然か。

 軍部の最高権力、下手な貴族なんか吹き飛ぶ影響力だ。

 じゃあ、どうしてそのうちの一角、天下の亜人総括さまがお手紙配達の真似事なんてしてる?

 六魔将だから当然か。


 ……ちょっと待て、そうはならんだろ。

 余程頭がやられてるらしいな、俺も。


 ともかく、魔皇国で最も重要な催しに、軍部の最高責任者が欠席OKな筈もなく。

 鬼野郎の剛腕によって、俺はたちまち式場へと連行された。


 分かってるんだ。

 理解自体は出来ているし、当然の責務だと分かってもいるんだが……それはそれとして。



「あーー、メンド」



 大宴祭は、最も重要な祝宴で、一年の末に行われるイベント。


 民は各都市で街へ繰り出し。

 貴族共が王都へと集まり。

 政治の駆け引きや普段の禍根を忘れ……る事なく、懲りずに繰り広げる面倒な機会だ。

 独り身に嫁さん自慢をしてくる不躾な輩も居るし、独り身を狙う怖い輩も居るしで……ハッキリ、俺は出席したくない。


 だが、しないと陛下が怒る。


 そして、綺麗どころが普段の何割も気合いを増した美麗な装飾を纏い現れ。

 密かに鼻の下を伸ばしてると後で陛下に詰められる。



「毎度毎度。どうすれば良いんだ、私は」

「「さぁ?」」



 控室に集まった面々。

 久方ぶりに会う同僚たちは、やはり年齢を重ねているようにはとても思えず。



「―――申し訳ありません、少し遅れましたか」

「大丈夫、まだまだ時間前よ。久しぶりね、シンシア」

「イザベラ殿。お元気そうで」

「ふふ……。ねぇ、聞いてシンシア。彼がね? 祝宴に出たくなーいって言うの」

「―――アルモス卿が?」



 おい、まて。

 シンシアに言うのは違うだろ。

 彼女の前では、まだ俺は職務に忠実な憧れのお兄……ぐ……お兄さんで通ってる筈なんだぞ。

 


「……キミも、分かるだろう。このような煌びやかな場に在って、自身が場違いに思える事、好色の視線を向けられる気まずさが」

「なるほど。私も、思う事はあります。やはり、アルモス卿にもそういったものが……難しいものですね」

「そうでもないわよ。シンシアはまだ若いから良いのだけれど。彼みたいに、いい年してずっと独り身な方が悪いの」

「……独り身が何か言っているな」

「あぁ、そろそろ行き遅れそのモノだよ―――ッとぉ!? 暴れんな、狭いんだからよ!」



 開宴前から、こっちは既に盛り上がって来てるが。

 後の二人……必ず時間通りに来る者はさて置いても、まだ、往生際が悪そうなのが来てないな。



「んで? 老公の爺さんは何処行った?」

「そのままなら絶対に来ないからって、宰相閣下が迎えに行ったわ。そのうち来るんじゃないかしら」

「―――はい、先に入場していてくださいと。そう伺いました。お久しぶりです、皆さん」

「フィーア!」



 噂をすれば……否、頭に浮かべれば何とやら。

 控室へ新たに踏み入れてきた者へ目掛け、真っ先に動くイザベラ。


 流石、親友を自称するだけある。



「一年ぶりじゃない! 元気だった!?」

「えぇ、とても。イザベラも、変わりませんね。シンシアさまも……以前より、自信が高まりましたか」

「―――はい。その節は、大変お世話になり……」



 祝宴なんか出ずとも、この場だけで綺麗どころは十分過ぎるな。

 三人共、全く別種……属性の異なる美の体現者だ。


 ざわ、ざわ……と。

 向こうも、既に盛り上がっているみたいだが……果たして。

 この三人が繰り出せば、何倍の賑わいとなるやら。


 俺と鬼が行ったところで盛り下がるから、プラスマイゼロと考えておくか。



「此処に居ても、既に熱気を感じるな。暑さすら感じる」

「ま、俺たち全員が揃うしな。後は、あの公爵爺さんが顔を出す唯一のイベントだからなァ。そこ狙いの連中も居んだろ。んじゃ―――時間だ。ラグナ、はよ行け」

「……………」



 当然とばかりにこっちに鉢回しやがって。



「―――では、行くか」



 急かされるままに、先頭を歩いて会場へと。

 開宴前とは思えぬ盛り上がりを見せていた会場は、一瞬のうちに鎮まり返り。


 あらかじめ人払いのされた大ホールの中央を征く五人。

 魔将は、場の最奥。

 賓客たちより数段高い位置……特設の玉座の前へと進み。


 座の主と向き合う頃。

 タイミングよく、ホールの正面扉を潜るようにして踏み入れてきた、体高三メートルに達するかという老爺。

 彼を交え―――総勢六名。

 

 魔王の眼前で跪く六匹の魔将こそ、軍部を統べる最上位妖魔。


 対し、怪物たちが跪く先。

 教会なんぞが堂々と正面に飾っているような神様女神様像もかくやの、目を奪われる美貌。

 満足そうに玉座へふんぞり返る紅銀の魔王は、やがて側へとやって来た宰相から僅かに二割ほどが満たされた硝子の杯を受け取り、立ち上がる。



「―――今年も、終の月が終わる」


 

「よう来た、来てくれた、我が子らよ。やはり顔ぶれは、そうそう変わるものではないが……、歳月を数えることに飽いた者たちも居るであろう。悠久の生に、退屈しているものも居るであろう。であるが、この時ばかりは……ふふ。皆、幼少期に戻ったように見えるの。そなたが初めてこの祝宴の席に現れた日を、思い出すわ」



 魔王は、覚えている。

 魔皇国の民全ての顔を……名を。

 地方都市の者たち、或いは後に加わった亜人などの部族も例外ではない。


 ともすれば、幼少期の面影すら幻視している。

 そんな彼女だ。

 数百年を生きる狸狐たちも、彼女の前だけは腹芸など出来ようはずもなく。

 子供のような微笑すら浮かべる。



「今宵は、あの頃に戻るがいい。共に語らい、祝おうぞ。変わらぬ栄光を―――永遠を」



 王の言葉の最中、賓客たちに行き渡る杯。

 まずは駆け付け一杯、と。



「フフ……こちらを、ラグナ様」

「あぁ、すまない」



 ボーイに混じって、燕尾服を纏った変な奴が居た気もするが。

 最前列で杯を傾ける栄誉を賜った俺たちは、高くグラスを掲げ。



「我が国と、守護者たちの栄光に。偉大なる英霊たちに……民の安寧に」

「「魔王陛下に!!」」



 乾杯、と。

 この場の者達が唯一陰謀詭秘を忘れ、心を一つにする。

 たった一瞬、刹那の時間。

 それが好き去った後―――祝宴が始まった。 



 ……………。



 ……………。



 幾らか時間が経つ頃、不意に流れていた穏やかな音楽が、気分を高揚させるモノへと切り替わる。

 そろそろ、メインという事だろう。


 さて……食事きり上げて逃げる準備だ。

 一瞬にして機を伺われ始めているしな。

 以前シンシアと話すためにグラッスロー領へ行った時とは―――あの時の遠巻きに観察されるだけの状況とは、まるで異なる反応。

 

 理由は単純……「覚悟」の問題だ。

 普段の俺を不意に現れる災害だとすれば、今回のような例は目に見えた、予測できた人災。


 来ると分かっていれば準備も出来る。

 それが目的にすらなり得る。

 そもそも、この祝宴にやってくるような輩は、例外なくより大きな他家との繋がりや軍部とのパイプを欲する者ばかりであり、普段会おうとして会えるものではない六魔将と繋がりを持ちたいと考えるのは道理。

 

 近寄りがたい雰囲気など、今回ばかりは平気で破って来るだろう。



「あら、あら。毎年恒例、お困りの時間かしら?」

「ふふ……、そのようです。どう逃げようか……と。そうお考えになっているお顔、です」



 まぁ。

 そんな「覚悟」なんてして来ている時点で、何ら気負うものがない者にとっては周回遅れも同然。

 おっかなびっくり歩く者は、自然な足取りで前を征く者には追い付けやしない。


 両者の間には、埋められぬ差があるのだから。


 曲が変化して、すぐに話しかけてきた二人。

 イザベラが今一度見せつけるように胸を逸らし、フィーアが楽しそうに微笑む。


 二人と会うのも一年ぶり。

 つい先日も王都へ来ていたフィーアとも、微妙に予定が合わずに直接は会えなかったし、最近領の経営に掛かりきりのイザベラなんかは猶更な。

 控室で多少は話したが、やはりメインはダンスが始まってからという事で。


 積もる話もあるし……。

 


「さて。確かに、これは困った。南部の歴史ある魔術の名家か、金庫番たる北部の大貴族か……。私は派閥の選択を迫られているのか」



 お前は、どちらの味方をするのか? ……と。


 普通なら、そういう感じだが。

 双方派閥トップを張れるだけの影響力を有する彼女等は、魔皇国の権力闘争なんぞには欠片の興味もないらしく。



「どうする? フィーア。先に私が肩慣らしさせてあげるのが良いかしら」

「そうですね。ラグナ様は、久方ぶりの祝宴でしょうから、ブランクがあるでしょうし。ゆっくりで大丈夫ですよ」 



 配慮は有り難いが。

 それなら、変則的な踊りを好むイザベラより、教え上手かつ踊りの師であるフィーアの方が……。

 


「なに? 私が相手じゃ不満なのかしら」

「トンデモゴザイマセン」



 顔に出てたか?



「……だが、我々が踊っている間、フィーアは」

「はい、お待ちしております」



 待ってるって。

 彼女と一曲ご一緒したい野郎どもなんて、それこそ招待客の数程……。



「ちゃんと迎えに来てください、ね?」



 わぉ、耳がゾクゾクする。

 俺でも反応できない自然な足取りで間合いを詰めてきた彼女は、一つ耳元で囁き。


 優雅に、魔導士団の構成員で組織された宮廷楽団の演奏エリアへと向かい。

 予め決められていたような自然さでピアノ奏者と交代すると、ゆったりした音調で曲を奏で始める。

 確かに、奏者をダンスへ誘えるわけはない、か。

 上手い手だ。



「……なるほどね」

「流石よねーー。で、決して膝を屈することなき魔皇国の守護者さん? そんな砕けそうな足腰で踊れるの?」

「ははは。―――では、ローレランス様。お手を」

「えぇ。アルモス卿」



 曲は始まったばかり。

 未だ一番槍の奪い合い、探り合いを貴族たちがしている中、漁夫の利とばかりにホールの中央へ躍り出た俺たちは、中心も中心の位置取りを占領して踊り始め。


 それに続くように、加わる多くのペア。

 一番は嫌だけど、早く踊りたいとか……一番行きたいけど、疎まれるのが怖いとか……こういう空気が嫌なんだよなぁ。



「ふーん。腕、あんまり落ちてないんじゃない?」

「私はともかく、君に恥をかかせるわけにはいかないからな。麗しき、ローレランスの魔女に」

「~~♪」

「……うーーむ」



 余程祝宴が待ち遠しかったのか。

 何やら随分ご機嫌らしい彼女は、俺とは違い曲に合わせて鼻歌を奏でる余裕すらあり……癪だが、その微笑は驚く程魅力的だ。


 ……しっかし、これでどうして結婚できないんだ?

 性格は今更だが、それを算数のよくある文句の如く「考えないものとする」と定義すれば、彼女以上のいい女など永く生きた俺ですらそう思い浮かぶものじゃないんだが。



「おっと、危ない」



 不意に、足踏まれかけたが。

 ダンスならまだしも、物理攻撃なら俺の領分だ。



「私と踊りながら考え事なんて、良いご身分ね。誰の事を考えていたのかしら。陛下? それとも、シンシア? マーレ?」

「……何故自然に彼女たちの名が?」



 以前の陛下もそうだが。

 本当に意味わからないんだが、もしかして狙ってると思われてる?

 それこそ心外だぞ。

 


「あまりに悪い冗談だ。仮にそうなったとして、あの世で私はアインハルト老にどう顔向けすればいい」

「律儀ねーー」

  


 考え事ついでに、彼女たちは……と。

 シンシアとマーレは……。

 二人共、来る者拒まず……手本のような事務的対応で訪れる者たちへ対応しているが、ダンスにはまだ加わらない様子か。


 ……まぁ。

 踊るだけならいいが、お兄さん悪い男は認めないからな。



「ねぇ、ねぇ。じゃあ、そういう気まずさの無い……親御さんに申し訳なくない子なら良いのかしら? 貴方は」

「……どういう意味だ」

「ほら―――同年代の女の子、とか」

「ふむ。そういうのは世間一般的にはアリだろう。むしろ、添い遂げるに最も都合がいい」

「……………」

「だが、私の同年代と来れば、未婚の女性の方がまず居ないだろうな」



 何を当たり前のことを。

 んで、サーガは……っと、ルークも来てるのか。

 久々だし、あとで話したいな。


 ってか、爺は? ……いねェ。

 あの徘徊老人、もしかして先にとんずらこきやがったか。

 


「―――ねぇ」

「あ、あぁ。すまない」

「違うわ。陛下―――そろそろ大丈夫?」



 え?


 冗談でもそれやめてくれないか、凄く心臓キュッってなる。

 ともかく、一度玉座確認……。

 こっち凄い見てるし、指トントンしてるし、微妙に目が細くなってるが……いや、まだ大丈夫か。

 陛下検定三級の俺に任せろ。



「問題ない。多少退屈してるだけだろう」

「……そ。じゃあ、曲も終わったし。私、あの子たちとお話して来るわ。じゃあね、朴念仁ぼくねんじんさん」

「ぼ、ぼく……、は?」



 ……陛下も陛下だが。

 イザベラもイザベラで、驚く程気儘なんだよなぁ。

 先の機嫌の良さは何処へやら、余韻も何もあったものじゃないそっけなさで離れていく彼女は、シンシアたちの居る区画へと向かい。


 若干の虚しさを覚えつつそれを見送った俺は、首を捻りながら当初の予定通り楽団の演奏区画へと近付いていく。

 流石に、賓客が向かう筈もないエリア。

 その更に一番奥の人物の所まで行くのは、視線とか色々と痛いが。


 それ以上にヤバい事これからするし、無問題だ。



「―――エルドリッジ伯。私と踊っては頂けませんか」

「はい、喜んで……!」



 掟破りの演奏者へのお誘い。

 ……これでまた、暗黒卿には常識が通用しないとか変な噂流れんだろうなぁ。

 

 微笑む彼女の手をゆっくりと引き、曲の途中ながら再び中央へ混じれば、まるでそれに合わせるように曲が転調する。

 何か、明らかに演奏の精度が上がってるし、やたら楽団の気合が入っているように感じるが。

 多分、気のせいか。


 ……今は、それより。

 


「こうしていると、昔を思い出して良い」

「えぇ、懐かしいですね。大切な思い出に……浸れます」



 そうだ。

 型通りだが華がないと評された俺をここまで育ててくれたダンス講師は、彼女で。



「―――そうだ、シンシアの件も、改めて礼をしなければ……」



 軽く会話を交えながら、ゆっくりと堅実に。


 教え導くのが上手いのはさることながら。

 フィーアと踊ると、ミスなどしよう筈もない程、一曲一曲にヤバい程集中できるんだよな。


 ほら、視覚とか触角、五感がギンギンになるし。


 ……実際ヤバいって。

 彼女との密着体勢は、色々とヤバい。

 何がヤバいって、凄くヤバい。たゆんたゆんし過ぎ。

 お爺さん、年甲斐もなく血圧上がっちゃう。


 ―――っと。

 再び、玉座確認……。


 うん、あっちもヤバいな。

 細くなった目がもはや線だ。

 斜め通り越して垂直のご機嫌……ワンチャン、只眠いだけの可能性―――いや。


 あぁなった魔王は、子守唄でも眠らせるのは不可能だ。

 二曲目にして、何故やら既に背筋が冷たくなってきたな。



「……なぁ、フィーア。嫌な予感がするんだ。悪いが、もう一曲付き合って―――」

「いえ。いつまでも、貴方を独り占めは出来ませんから。私も、皆さんとお話してきますね」


 

 気合の入った曲が終わる頃……惜しむかのように、一度だけ指を絡め。

 離れていく温もり。

 合わせるようにして、身体が一気に脱力し。



「……さて」


 

 三度、玉座確認……―――あ、稀に見る嫌な予感。


 いつからか、玉座に王の影はなく、傍らの宰相閣下苦笑い。

 次瞬、広間が特大のどよめきに包まれる。



「クククッ。随分と見せつけてくれるではないか。……踊れぬとは言わせぬぞ? 我が騎士よ」



 せめて姿を変えて取り繕うとかしてくれないのか。

 人間というのは、刺激がなければ時間の流れがあまりに速く感じるとか、20歳までの刺激が人生の半分を占めるとか。

 年月を重ねる程に、時間の流れはあまりに速くなると言われるらしいが。


 魔族の場合は、果たして。

 今この瞬間に彼等が受けた刺激……衝撃で、100歳くらい若返ったりしないか?


 何処の世界に臣下と踊り始める国王が居る?

 破天荒にも程があるぞ、魔王。


 ……とはいえ。

 彼女が相手となれば、俺もそれ相応の覚悟を決めなければいけないだろう。


 威厳、自信に満ちた笑みを浮かべてソレを待つ主。

 当然、逃亡など決して許される事ではなく。



「―――では陛下。どうか、お手を」

「うむ」



 うやうやしく握った手は、紛れもなく成熟した女性のもの。

 視覚的に映る姿も、魔族の王たる威厳と美を体現したかのようなもので。


 魔王としての偽りの姿……などでは、断じてない。

 コレもまた、彼女だ。

 実身長から40センチ以上のサバ読みも、イザベラにも劣らぬ豊満な玉体も……全てがリアル。


 繋いだ手の感触。

 息遣い。

 彼女の魔術によって投影された姿は、相手は愚か本人でさえその肉体を真実のものであると錯覚する。

 

 歩幅、目線……。

 今この瞬間は、全てがほぼ対等で。



「やるではないか」

「踊らされるのは慣れているんですよ、実は」



 フィーアに匹敵する華、しかしイザベラのように気まま―――否、玉体に劣らぬワガママさを誇る動きは、相手に合わせるという気持ちが皆無。

 何故私が気を遣わなければいけない? お前が合わせろ、と……。

 そう言わんばかりで。


 これは、いつぶりの強敵か。


 当然だが、最早俺と彼女のペア以外に踊っている者たちなど皆無かつ、漏れなく会場内全員の視線が集まり。

 楽団さえ、我と演奏を忘れる始末だが。


 では、何故未だに音楽が流れているかと言えば……。

 フィーアがピアノを奏で、イザベラがワンオペで楽器を操作、サーガがノリノリで完璧な指揮を執る。

 こういう時だけ息ピッタリかよ。


 つまり晒上げ―――もとい、勝負の準備は整っているという事。



 ……………。



 ……………。



 ならば、俺も見せようか。

 極限まで主を立てる、臣下の踊りというものをな。

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