第11話:誉れ高き天堅の城塞




 様々な物品の搬入搬出を目的としているゆえだろう。

 滑らかな床、広く真っ直ぐな横幅に、高い天井を持つ施設内部。

 等間隔に配された天井照明が、常に一帯を煌々と照らす。


 その通路に、断続的な爆音が鳴り続ける。

 

 音の元は、施設を防衛する人間達の持つ、長剣程の長さを持つ武器。

 先端に筒状の、指先程の穴がなっているそれ等から、音速で射出されるやじりのような物体。

 強力な一撃を息つく間もなく放ち続けるソレ等はしかし、魔術の類ではないのだろう。


 ……だからこそ。

 この遮蔽物皆無の空間にあっては、無数に放たれるそれらの射線上へ躍り出るのが困難で。


 

「―――おぉ、おぉ……。凄まじいですねぇ、ここの抵抗は」

「余裕ですね、隊長」

「えぇ、本当に。しかし、厄介なのは、あの武器です……。鏃のみを射出するとは……ある種、道理ですが」

「これでは、顔を出す事すら」

「魔導士団の創造物に似たようなモノがありました。およそ、同じコンセプトの兵装。火薬の類で、鋭き刃を射出する……言うなれば、爆裂弓……でしょうか。魔力を消費せず、まだ余裕もある。厄介ですねぇ」



 隙が無い。

 一瞬でも顔を出せば、鎧に身を包む彼等とてハチの巣だろう。


 彼等第四部隊は予想外の抵抗を受け、敵を攻めあぐねていた。

 先へ進めないのも勿論として……。



「ヴァイスさん、通信は?」

「そちらも、さっぱりですねぇ。セリー、如何です?」

「……ダメです、繋がりません」


 

 ヴァイスの問いに、傍らの女騎士が答える。



「やはり、妨害を受けているのでしょう。隊長の“念話”精度が低すぎるだけかとも考えましたが、私も繋がらないとなると……」

「あの、セリー?」

「敵は増えるばかりです。私に話しかける暇があったら、早く打開策の一つも考えてください。孤立無援ですよ? その貧弱な細剣の活用法を、早く。戦えもせず、遮蔽に隠れているだけの騎士に何の意味があるのです」

「……もしかして私、癪に障るような事しましたかね?」


 

 敵方の戦力も粒ぞろい。

 

 今でこそあの兵装を用いているものの、強力な魔術攻撃も可能なのだろう。

 現在は、互いに機を伺う状態で。

 下手に防壁などを生成して進もうにも、危険な賭けであることは明らか。


 しかし、時が経つほどに防衛側が有利になるのもまた事実。

 こちらが孤立無援の中。援軍に到着され、挟み撃ちにでもされたら、と。

 騎士達が焦る要因は、まさにそれで。


 

「ふふ。問題ありませんよ。すぐ、戦況は変わりますとも」

「へこませたい、この笑顔」

「なーんでいつだってのほほんと、こんなにも余裕の表情なのでしょうね、この方は。果たして、本当に―――……! これは?」

「挟撃……?」



 やがて訪れる、最も恐れていた事態……、背後からの気配。

 近付いてくる、多数の足音。


 当然、彼等は警戒を強めるも。



「―――ヴァイス殿。ご無事ですか」

「えぇ。奇遇ですね、アインハルト卿。助かりましたよ。何とか食らいついていた甲斐があった」



 背後から現れたのは、シンシア率いる近衛騎士団の一隊で。


 部下たちからすれば、突然の遭遇だが。

 ヴァイスは、まるでソレが当然の結果だったとでも言うように平然と一礼する。



「―――隊長。もしかして、シンシア様が来られる事に」

「通信が途切れる直前まで、侵入ルートはキース君が更新を掛け続けてくれていましたからね。データを基に、展開を想像したのみです。現状の最善は、近衛の隊が通過するであろう場所で待つ事。少々危うい待ち合わせですが、上手く行きました」

「流石ですね、ヴァイス殿」

「いえ、いえ。アインハルト卿の動きが、模範そのものな素晴らしき機動だった故ですよ」



 当然、本来では容易ではない事。

 軍学に精通し、他人の心理を深く解する事の出来る彼だからこそ出来る選択に、部下たちは呆れるばかりで。



「……待ち合わせどころか一方的じゃないですか、ストーカー隊長」

「策士気取ってんじゃないですよ、本当に」

「おや、部下たちの反応悪し」



 考えがあったなら早く教えろと。

 口々に呟く隊員たちに苦笑しつつ、彼は近衛の長へ向き直る。



「アインハルト卿。合流したのであれば、指揮権は貴女に。見ての通り、抵抗が激しく、攻めあぐねていたのですが……、このまま攻めますか?」

「はい、問題ありません。こちらから仕掛けます」



 簡単なやり取りを経て。

 何も迷う事はないと言わんばかりに頷いたシンシア。

 彼女の背後で苦笑する近衛の騎士達。

 双方には、何処か異なる空気が存在しており……。

 


「ならば、まずはあの攻撃をどうにかする必要がありますか。恥ずかしながら、私の分野では、いかんとも……」

「下がっていてください。道を拓きます」 



「……私が、任されたのですから」



 意志を込めた腕で、強く剣の柄を握り。

 近衛の長は、ゆっくり前へ……弾幕蔓延はびこる射線上へと出て行く。



「我が身は城塞。我が剣は鎮守ちんじゅくさび



 変化は一目瞭然だった。

 何の遮蔽もなく、身一つで飛び出した筈の騎士は、通常ならばただ攻撃にさらされるのみの筈が。

 

 無数の鏃は。

 彼女の鎧へ到達するより早く、何かに弾かれるようにして逸れ、跳ね返される。


 ―――障壁魔術。

 水、地属性が得意とするソレは、風属性に勝る精密な操作性を要求されるものの、習得すれば防御において無類の強さを誇る。


 が……肝心なのは、攻撃性に欠けるという欠点。

 当然、展開中は己からも武器は当てられず、そのような攻撃動作を行う瞬間は障壁を解除する必要がある為、無防備になる。


 更に今回は、敵もまた、魔術に知識を持つ者達ゆえ。

 欠点を知らぬ筈はなく。



「「……………」」 



 鏃の雨を彼女が進む中、互いの陣営は息を潜める。

 一方は、彼女の隙を狙う為。

 もう一方は、己らの頂点に君臨する魔将の戦いを焼き付ける為。


 その中で。

 ただ一人、目を見開き、唸りを漏らす者がいた。



「これは……暗礁? いや……よもや、ここで目にする事が叶うとは……―――総員ッ、全力で下がってください!!」

「「!」」



 突然に、ヴァイスが叫ぶ。

 部下たちは……近衛の騎士達も、彼の言葉へ一瞬疑問を持ったように固まり。


 次の瞬間。

 シンシアが「下がっていろ」と言った意味を真に理解する。

 


 ……………。



 ……………。



『―――あ? 最強の魔術ぅ……?』

『えぇ。そのような力など、使いようもない身ですが、後学のために』

『ん~~、あ~~。そりゃ、大方あんの魔術バカの領分だろうが……。手の内まーるで見せやがらねェからなァ。んまァーー、俺が見たことある奴ってなると……アイツの水龍? 焔? ……いや。あぁ、そうさな』



『俺が絶対に相手したくねぇって思った魔術ってんなら、間違いなく……』



 ……………。



 ……………。



 あくまで、知識としてだが。

 亜人騎士は、その能力の存在を知っていた。


 出所は、六魔将【黒戦鬼】

 ヴァイスが黒曜騎士団の隊長へ到るより前……まだ、修行中の身だった頃に聞かされた、ある大騎士の逸話。


 

『―――カルディナ侯爵一族の秘奥。城塞が如き不可視の巨人……ですか?』

『おうよ。王都内乱の最中で、俺たちはそれを見た。俺でも手を焼くようなバケモン術士どもを、千切っては投げ千切っては投げ。敵の攻撃なんざァ歯牙にもかけない。そんな、ヤベェ……反則魔術をな』



 アインハルト一族の奥義。

 それこそが、水属性上位魔術“暗礁”の形態変化。



「確かに……はは。反則だ、アレは」

「隊長。これは……!?」

「目に焼き付けてください。あれこそ、六魔たる彼女の真なる実力」



 眼前に広がる光景は、まさしく圧倒的と表現する他ない物だった。


 彼女が剣を横へ軽く振る。

 それだけで、全てが纏めて薙ぎ払らわれる。

 敵の放つ鏃の雨は、やはり彼女へ届くより早く、全てが弾かれて消える。


 一度魔術を解除する必要なく。

 欠点たる攻撃性の低さもなく。

 止まらぬ歩みのまま、前進し続ける彼女は。



「―――戦女神、とでも呼ぶべきでしょうか。まことに……かの方々は、ことごとくことわりの外側に居ますねぇ」



 たったひとり。

 一人の存在が、戦況を完全に変化させた戦場。


 その中に在って。


 敵も、やはり手練れか……ただ逃げ惑うだけではなく。

 むしろ、逆。

 或いは、ソレが見えぬ故にか。

 果敢に挑みかかる者達は、棒状の武器を捨て、継ぎ目のない程の連携で攻撃魔術を放つ。



「あと少しだ!」

「―――いけぇぇぇぇぇえ!!」



 苛烈な抵抗を前に。

 魔将の動きこそ止まらぬモノの、大気に僅かな亀裂が入る。


 ……あれこそ、アインハルトの秘法。

 彼女の振るう「不可視の剣」の正体なのだろう。

 小さな亀裂は、少しずつ罅を強めていき、ハッキリと分かる大きさとなり。


 いつしか、亀裂だけで十メートルを超える大きさとなり。

 そして、砕け散る。


 ……遂に、騎士の絶対性を揺るがせた人間達は。

 勝利の雄叫びを……。



「―――ぇ……?」

「―――ばか……な」



 終ぞ、あげることはなかった。


 それが砕けて尚、戦女神は止まらない。

 退く事も避けることも、歩みを止めることもなく、前へ前へと進み続ける。


 今なお、攻撃は彼女に届いていない、届かない。

 振り下ろされるソレは、未だ健在。


 ……彼等自身は、気付いてしまう。

 己らが練達の魔術攻撃によって、何とか破壊する事が叶ったその鋼殻は―――数百、数千存在する、薄皮の一枚なのだと。


 否。

 破壊する何倍もの速度で、今なお増え続けているのだと。


 薙ぎ払われる、巨の大剣。


 歩みには、一切の迷いも隙もなく。

 何処から攻撃しようとも、全面がエルシディア製の城塞が如き堅牢さを誇る。


 

「―――ば……、バケモノがぁぁ!?」

「クソッッ―――アレを出せェ!! もう、それしかない!」



 全てが、無意味。

 魔術はその全てが無意味に浪費され、消費され続け。

 閉まり行く隔壁は止まり、歪み、ひしゃげる。

 

 趨勢すうせいは傾き。

 魔力の多量消費によって戦闘の続行が困難となった者から、次々と通路の奥へと逃げていく。


 しかし。

 取り乱してはいても、恐慌状態という訳でもないその様子は。



「―――アインハルト卿。或いは、誘い込まれているのかもしれません。彼等にも、未だ何か策がありそうですね」

「……引き続き、私が先行しましょう」



 逃げていく敵を前に、騎士達は勢い付く。

 勝利を確信した近衛騎士達は、長に続くように一糸乱れぬ動きで前進する。

 

 ……その、確信の中。

 ヒタ、ヒタ……と。

 たった一つの通路の向こう側から、ゆっくりと歩いてくる者がいる。


 本来ならば、その程度で彼等魔皇国最優の騎士達が止まる事はあり得なかったろう。

 だが、事実として。


 白銀……月明かりのように煌めく長髪。

 真紅。息をのむほどに透き通った瞳。

 その存在を目にした瞬間、勝利への歩みは……完全に止まる事となった。




   ◇




 ……………。



 ……………。



「―――そんな……まさか」

「あり得ない……」



 ソレを目にした瞬間、魔族の騎士達が口々に呟く。

 彼等は、理解してしまった。

 

 魔族は、己が種を本能で理解出来る故……他種族を、本能で看破する事が出来る故。

 

 間違いないと。

 しかし、それだけはあり得ないと、深く動揺した。


 ゆっくりと歩むソレは。


 通路の先から現れた、白銀の女性魔族は。

 


 ―――あれは……だ。

 彼等が崇拝し、絶対の忠を誓う魔皇国の頂点……彼女と同じ、吸血種の魔族だ。


 相対しているだけで、感じるもの。

 魔術でも、威圧でもない。

 単純なる、下位の種が上位の種へと感じる差……生まれ持った、支配種と従属種の差。

 


「………ッ……ぁ」



 白銀の魔族は、身に纏うぼろきれの様な布を靡かせ、ゆっくりと歩く。

 その様子は、何処か親を探す迷子の幼子の様であり。

 同時に、悲哀に震えるようでもあり。


 細腕には、大剣の柄がゆるく握られ。


 切っ先が床に引き摺られるように、金属音を鳴らし、僅かな火花を散らす。

 裸足で、ひたひたと。

 ソレは、まっすぐに通路を進み続け……。



「―――そんな筈は―――あり得ない!!」



 一人の若い暗黒騎士が飛び出す。


 どの様な意図があったか。

 それは、本人すら分からないだろう。

 だが、その感情が「怒り」であることは誰の目にも明らかで……。



「忠誠心に溢れるのは大変結構ですが、それはマズいですね、ディール」

「なっ―――隊長!?」


 

 飛び込んだ騎士と、白銀の魔族の間へ、瞬時に細剣を抜刀し割り込んだヴァイス。

 瞬間、白銀の魔族は、先の緩慢な動きなど嘘のように動きを速め。


 細剣の刀身が、いとも容易く砕け散る。

 ヴァイスの頬を大剣が深く斬り裂く。


 それだけに留まらず。

 魔族が一閃した大剣の軌道上に存在する壁が、天上が……削り取られたかのように消滅する。


 朱き鮮血が散る中。

 鎧を纏った団員を片手で抱えながら……オークの強靭な膂力をもって宙を舞った彼は、後方へ着地し。


 瞬時に距離を詰めようとしたソレの動きが。


 彼等へ迫るより早く、止まった。


 

「―――――」

「……ッ。成程、凄まじい膂力です」



 長剣と大剣が交じり合う。

 金色、白銀のオーラがぶつかり合い、一帯に衝撃が走る。

 たった一撃で、誰もが理解する。


 両者の戦いには何者も乱入する事は許されない。

 これなるは、真なる怪物同士の戦いだと。



「……申し訳ありません、隊長」

「騎士として、無理からぬことですよ。ここに閣下がいらしても、同じことをしたでしょう。しかし……はは。よもや、このような隠し玉が……。やはり、閣下の仰る通り。侮れない組織ですねぇ」



「―――総員、前進」

「「!」」

「我々は、我々の為すべき事を為すのみです」



 亜人騎士ヴァイスすら、戦闘に加わる事を諦め。

 折れた己の武器を鞘へ納めた彼は、先の逃走した者達の掃討へ注力する事を宣言する。



「アインハルト卿! この場は―――」

「はい、任せてください」



 僅かなやり取りの後。

 去っていく黒曜騎士、そして己が部下たちを見送り。

 二人のみとなった空間の中、シンシアがゆっくりと息をはき。



「……何者なのか、と。尋ねるつもりはありません。貴女の悲哀を、その怒りを。私へぶつけてください。私が、全てを受け止めてあげます」

「―――――」



 一度静寂が訪れた空間がうねり、歪むかのように悲鳴を上げる。


 技術ですらない、乱雑な……棒切れを振り回すかのような攻撃。

 たったそれだけで、砕け散る壁、床。


 白銀の魔族が持つ紅き双眸が、妖しく揺れる。

 

 ……この魔族は、戦いを知らない。

 武器を握った事すらないのかもしれない。

 そう思わせる程に、出鱈目な攻撃。


 しかし、その上で……龍種が最強であるように。

 単純な、圧倒的な暴力を以って、全てを叩き潰せるだけの能力を、この魔族もまた生まれながらに持っている。 

 


「―――――」

「……不足」


 

 まるで、泣き叫ぶ赤子のように。

 言葉にならぬ声を上げ続ける魔族は、獣のように大剣を振り続け。

 シンシアが展開した剣の障壁が、一枚……また一枚と破れる。


 魔将は、考える。

 不足と。 

 敵の実力ではなく、己の技術に対して、だ。

 事実として、剣一本で巨神の一撃に対抗するアレは……あの存在は、僅かな傷一つ負ってはおらず。



「不足。まだ……まだ」



「来たれっ、城塞の巨神ヘカトンケイル。アインハルトの英霊よ……!!」



 足りないならば、更に込めるのみ。

 あの方々は、決してこの程度ではないのだと。


 到る。

 彼等の領域に並ぶには、そうあらねばならないのだと。



「―――そうでなければ、こうでなければ。私に、この剣を振るう資格はありません」



 魔力と同時に、腕の力が剣に込められる。


 手に握られる長剣……名を、【天堅】

 彼女の持つ六魔将としての肩書の元にもなった、魔皇国の歴史上に伝えられる伝説の大業物。


 先代近衛騎士長、元カルディナ領主、歴代の騎士長ら。

 多くの英雄豪傑が振るってきたこの剣の逸話。

 その歴史は古く、千年以上にもさかのぼり。

 

 初めにこの剣を振るった者の名は。 

 魔皇国初代近衛騎士長エリゴス・アインハルト。


 伝説にのみ語られる【建国騎士】、世界各地に行動の記録が存在する【東の亜人】


 物語、御伽噺の登場人物らと肩を並べ。

 共に戦ったとされる、魔皇国の歴史に確かに存在する最強の騎士……、アインハルト侯爵家の祖。


 ……その実力は。

 魔皇国の生ける伝説、【龍公】が、初代の存命中、終ぞ一度も土を付ける事叶わなかったとされている。



「―――――」



 暴風が如き身のこなし。

 単純なる脚力によって床を大きく陥没させた魔族は、一瞬に魔将の背後へ回り。

 弧を描く程にしなった刃が、彼女の背へと駆ける。


 かつて、先代カルディナ侯爵は、秘奥に存在する弱点が元となり戦死を遂げた。

 秘奥を完成できなかった無念。

 その悔恨を、わずかに残した。 



 ―――……彼女はどうか?



「……!?」

「背後を取ったとて、無駄です。この魔術は、武器ではないのですから」



 本来、アインハルトの秘奥義である“城塞の巨人”は、剣や斧……不可視にして巨大な武器を障壁魔術によって形作り、振るうシンプルなもの。

 攻防双方に転用できるものの。

 可動域が存在しない、簡単な武器を形作るのみの能力で。


 生成と維持には莫大な魔力を消費する影響もあり、有角種である歴代当主らはその噛み合わぬ方向性の改善に苦心してきた。

 どれだけ改良を重ねども、全方位から身を護る事は、終ぞ出来なかった。


 ならば、結局の所、完璧などありはしない……?

 否、断じて否。


 有角種最強とうたわれたサブナーク・アインハルト、歴代のアインハルト家当主。

 彼等が、生涯を掛けて研究したもの。


 魔術の機動性、防御性能。

 その全てを、過去にした者が、この場にいた。


 シンシア・アインハルト。

 1000年以上に渡り未完成だった一族の秘奥義を天才。


 彼女は、混血種。

 祖母に妖魔種を持ち。 

 妹同様、妖魔種以上の魔力容量と有角種の白兵戦闘術、双方を生まれ持った女傑。


 魔力容量は、通常の有角種の数十倍。

 莫大な魔力、精神力を以って。

 彼女は、己が全方位を完璧に障壁の鎧で覆いつつ、そのかいなより不可視の武器を振り下ろす。


 近衛騎士団において、彼女の力量を見誤る者は居ない。

 黒曜騎士団において、彼女へ尊敬を抱かぬ者は居ない。


 六魔将において。

 彼女を、己らの側……同類と考えていないものは、誰一人存在してはいない。



「―――ッ……う、ぅぅ……ぐッ!?」

「言った筈です。全てを受け止めると。……敗北は、許されないのです。私は……」



 彼女の魔術に、隙などありはしない。

 

 魔皇国の歴史に、名を刻むべき最上位魔族。

 それさも通過点としているのが。

 歴代最強の近衛騎士長となるべき才を秘めている彼女こそが。



 ……………。



 ……………。



「私は―――六魔将【天堅】……近衛騎士長シンシア・アインハルトですッ!!」

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