第7話:近衛と黒曜
能力至上主義とされる黒曜騎士団、実力と共に家柄をも重視される近衛騎士団……。
二つの騎士団が議論に上がる際、主な分類はそう語られるが。
育成の方針においても。
双方には、異なる傾向と言うべき特徴があり。
近衛騎士団は、優美な動きを取り入れた、連撃などの型を身に着けていることが多く。
これは、主に外交任務の多さも影響している。
彼等の業務は、軍部の表を担当する故……さらには、より対人戦に特化した影響でもあり。
連撃も、防御主体の技、或いは連携に重きを置くという意味合いが強く。
身一つで敵を滅すより、耐える事……より長く戦闘を継続させ、仲間が到着するまでの時間を稼ぐという教えが浸透している。
―――逆に。
黒曜騎士団は、一撃の重さ、単発の威力にこそ重きを置く。
彼等は、国内外の辺境を飛び回るゆえ。
魔物と遭遇することも多く、頑強な鱗、強靭な皮膚へ刃を通す為、一撃にこそ全てを込める。
また、一撃に葬る事。
それは即ち、国賊への断罪であり、最後の慈悲。
連撃の近衛と、一撃の黒曜。
今や魔皇国軍部の最高峰たる両騎士団は、まさに表と裏の関係にある。
……………。
……………。
「
「グゥゥッ……え? ……ぁ、たたか―――」
クロードの放った連撃が、敵を斬り裂き。
相手は、予測していたものが来ない……意味が分からないといった表情のままに倒れ伏す。
「これは……!? この剣は―――うぁッ!?」
「見切れない時は、死ぬだけです。痛みはありません、安心してください」
立ち塞がる存在等を、次々に切り伏せる騎士は、まさに旋風。
自然な足取りで踏み込む、刀身が消え失せる、或いは半ばで消失する。
武器が視認できない為、間合いが掴めない。
刃の所在を認識するより早く、敵は己が既に斬り裂かれている事すら気付かず、己の流血を確認する事無く、無痛のままに倒れ伏せる。
最期に感じるのは、身体を伝う血の温かさのみ。
「ふぅ……、ッ」
技術とは相反して、精神面は未だやや未熟か。
隊長格の中で最も年若く、屈強な騎士と呼ぶには余りに線の細い風貌、クロード・アストラ。
両親は、共に美男美女とされ。
特に父ルークなどは、身を固めた後でさえ恋文が止むことはなかったという逸話で有名だったが。
父母の遺伝子を確と受け継いでいる事が伺える端正な顔、その額に汗が伝い。
「―――んっ」
「ははは。一杯やるには早いのでは? クロード隊長」
「……ふぅ。虐めないでください、パウエルさん」
魔力回復の速度を速める薬液を喉に流し込んだ彼は、自身より齢が上である騎士の言葉に渋面を作る。
幼少より、元近衛騎士長である父から受けた魔術と剣術の手ほどき。
そして、入団後に開花した黒曜の剣技。
連撃の速さ、一撃の重さ。
双方を己の剣技として昇華させた型は、攻防共に一切の隙もなく。
鍛え上げられ、
若いながら、既に騎士の完成を描く存在。
それが、彼だった。
「―――この辺りも、粗方終了した事です。多少の休息は構いませんよ」
「っと、隊長」
「えぇ、休んで構いません。―――クロード君も。相も変わらず、素晴らしいですね、君の剣技は。華がある、というべきか」
「はは……、有り難うございます、ヴァイスさん」
「む……。世辞や悪い意味ではないのですよ?」
クロードの表情から。
やけに反応が
彼等の背後より現れたヴァイスは、弁明、或いは念を押すように歩を進め。
「パウエル。周辺の警戒をお願いします」
「はい、隊長」
クロードと話していた部下に指令を出すと。
騎士達を取り纏めて動き出すその背を見送りながら、話を続ける。
「皆が言っていますよ。万能の君ならば、いずれは新たな流派を生み出す事すら出来ると。そういった創作性は、私達にない物です。誇っていい」
「……万能。副団長に比べてしまえば、未だ未熟さを実感する事の方が多いですけどね」
「それこそ、気にしない方が良いこと。彼女などは、比較対象とするにはあまりに……酷だ。無論、あの方も―――!」
「「―――ッッッ……!!」」
彼の言葉に呼応したわけではないだろうが。
まさに、その瞬間だった。
巨大な龍のアギトが、己の眼前に現れたかのような。
鋭く紅い双眸に射竦められたような。
圧倒的な殺気に、クロードは鎧下の背に冷たいものが伝うのを感じる。
……これ程の圧。
出せる者など、数多の強者を知る彼等をして、数える程で。
「……あの。一人も逃すな、とは言われましたけど」
かぶりを振ったクロードは。
侵入時、上位魔術の衝撃すら簡単に吸収した隔壁が、不自然に
「逃げられませんよね?」
「えぇ、無理です。そも、閣下の索敵範囲に入って、逃れられる筈がありませんからね。死んだふりどころか、実際に死んでも見逃しては貰えませんとも」
そんなに助かりたいのであれば。
小細工を弄するのに必死になるのではなく、むしろ単純明快な方法……。
あの暗黒騎士を、倒すしかないだろう。
果たして、それが……何者に出来るのかという疑問はさて置き。
震える、震える。
天変地異の前触れのように、未だ軋み終わらぬ空間。
揺れは、増していくばかりで
「まだ震えて……。団長がここまで……、怒ってるんですよね?」
「
あっけらかんとさえ思える口調で。
「何があったやら……」と。
嘆息しつつも、何処か余裕のある亜人とは異なり、クロードはやや息苦しそうに顔を顰める。
長い時を共にしたヴァイスはともかく。
クロードは、およそ団長がここまでの怒気を放っている瞬間というものを目撃する事がない。
単純に、恐怖が先行しているのだ。
今や騎士団内部でも屈指の実力者となった彼が、だ。
「第四、第五部隊。第一、第二部隊。そして近衛……果たして、三分隊の何処かで成果が上がっているのかいないのか。副長たちには不要なものでしょうが……、心配ですねぇ」
「それって……近衛の隊がですか?」
今回、彼等は近衛騎士団と連携し。
国外に存在する、ある組織の支部を次々に急襲していたが。
心配に眉を顰めるヴァイスへ、クロードは怪訝な顔を見せる。
「えぇ。果たして、苦戦、或いは負傷者などは出ていないでしょうか……と」
「あの方たちに限って……」
「近衛とて、全員が全員自己の研鑽、たゆまぬ努力を日課としている訳ではありません。中には、任命される事が終点と考えている者も。残念な事ですがね」
「まさか……団長は、それを?」
「一つの可能性、憶測ですが。閣下であれば、そういった思考もあると」
―――つまり。
この一件で、訓練では測れぬ実力……実戦での力量を見るという事。
普段からやっているなら出来るだろうと。
暗黒卿は、現在の近衛騎士団を試しているのでは? ……と。
ヴァイスの予測に、クロードは思わず納得する。
彼らの長は、最も魔皇国の未来を憂う存在でもあるゆえ。
「……シンシア様は、どうして今回の任務へ来てないんでしょう」
「彼女は、陛下の名代としてグラッスロー領の祝宴に出席なさる筈ですからね。閣下も、
「形だけ」
「礼儀ですからね。とは言え……うむ?」
うんうんと頷いていたヴァイスは。
一か所、引っ掛かるところがある様子のクロードへ、説明口調で続ける。
「―――これはしたり。クロード君はご存じでは無かったですかね。普段の不在からも想像できると思いますが……基本的に、閣下が地方の祝宴に赴く事はありません。代わりに、私や副長が代理として参りますので」
「……………」
それは、何故か。
常に国を空けていること以外にも、一つ思い当たるところがあったクロードは、呟く。
「恐怖、ですか」
「えぇ。ご明察」
幼少の彼もまた、同じだったゆえ。
分からぬ感情ではない。
あの、北部のエルドリッジ辺境伯ですら。
実際の彼女を知らぬ地方の民たちからすれば、恐ろしい死の瘴気を纏う大妖魔という認識だ。
実際に会わねば分からない事は、確かにあり。
そういう意味では。
彼等の団長が積み上げてきた経歴は、血みどろと表現するよりない物で。
「先代当主もそうでしたが、当代のグラッスロー伯は神経質で知られていますから。もし、本当に閣下がいかれる事になりましたら……それはそれで面白―――酷な事になりそうで」
「何か言いかけませんでした?」
過去に彼が担当し、後に箝口令の敷かれた任務は数知れず。
魔王直々の極秘依頼は無数。
王都内乱平定の英雄、魔導士団と連携した、数々の新技術確立の協力。
第一次軍部改革の提唱、第二次改革の立役者……、地に塗られた粛清の化身。
華々しい英雄譚というには、あまりに目を背けたくなる来歴。
異常の中の異常。
それが、彼等が掲げる団長―――暗黒卿。
男がその名で呼ばれ始めたのと、【大粛清】と呼ばれる過去の……特定の軍部高官、貴族が一夜に姿を消した大事件が起こったのは同時期らしく。
「各地方貴族、特に大貴族にとって。閣下が目の前に現れるのは、決して良い意味ではないと。我々が軍部に属するより早く、閣下が現在の地位に君臨するより早く、それは定められていたと……。サーガ様より伺った事です」
「―――グラウ伯が……」
同じ亜人族である影響だろうか。
六魔の一角を成す、魔皇国西部の大貴族……サーガ・グラウ伯爵とヴァイスは、近しい仲として知られているが。
それ等情報をを事細かに記憶しているこのオークは、やはり。
「やっぱり、凄く知識が深いですよね、ヴァイスさんは」
「性分ですからね。知識欲は」
「知識欲……。ヴァイスさんの分野って……軍を率いての大規模作戦ですよね」
「そう言われてますね」
「智を以って剛を制する……。やっぱり、そういう所なんですか……」
こと軍団指揮においては、騎士団内部で彼の右に出る者は居ない、と。
クロードはそう聞いていて。
「実際、計略や知略ってどうなんですか? 物語みたいな、遠謀深慮の軍師って……出来るんです?」
「ふふっ。良い質問ですねぇ。……古今東西、奇策とはかくも恐ろしきものですが。やはり……至高の計略。一番有効なのは―――落とし穴でしょう……!」
「……………」
「クロード君?」
「……―――本気で言ってます?」
「無論ですが」
「参考までに、どうやって敵軍が大きく巻き込まれるような穴を……。あ、そういう魔術が―――」
「スコップで頑張って掘るのですが?」
「ぇ……、えぇ……?」
『―――ふ……、クククッ』
「おぉ、この
『クク……、ヴァイス君。あまり、クロード君を揶揄わないであげてください。……あと、今のどういう意味で?』
「ははは。申し訳ない」
大先輩でもあり、同僚でもある彼等のやり取りから察するに。
ヴァイスのソレは……冗談だったという事か。
話していた二人の前で。
肉眼で捉えるのも難しい霧、霞が収束していき、やがて男の形をとり。
水を中心とした、数属性の複合。
魔皇国においては、習得が禁忌指定されている上位魔術“
「数週ぶりですね、お二人共」
「キースさん? どうしてこちらに―――ぁ、来てないですか」
別々の任務へ赴き、完全な別行動をとった筈の美丈夫がこの場に現れた事に、一瞬疑問を覚えたクロードは。
しかし、すぐに気付く。
彼は、
確かに、男は目の前にいる。
ただし、本人であって本人ではないのだ。
この魔術……霧影却は、身体を霧霞と変化させ、肉体に囚われない移動が可能となる強力な術だが。
その強力さに反し、術者はあまりに少なく。
彼、只一人と言っても良い。
……それは、再構成の際。
肉体を構築する際、少しでも操作を誤れば、一瞬にして体は崩壊し、容易く死に至るからで。
「―――君は。いつ見ても、相変わらず……」
更に。
キースは、この魔術を更に発展させ。
肉体の再構築で、身体情報を分割……自身と全く同じ組織構成を持つ分身を形作り操るという、あり得ざる派生技術すら保有し。
当然、その難度は上位魔術を遥かに超え。
魔皇国でさえ数人しか術者の存在しない、【最上位魔術】の使い手として……魔法の領域にすら手を掛ける御業へと昇華させているのだ。
「うーーむ、肉眼では実体と遜色ない。……凄まじき変態技術です」
「変態ですよね、本当に」
「ククク……、褒められている気がしないのですが?」
「気のせいです。して、そちらの状況は? いかがです」
『えぇ、滞りなく。私が何かせずとも、副長の隊が粗方やってしまいますので、何も問題はありますまい』
「さらりと怠けてる発言を」
『適材適所という言葉ですよ。先の、ヴァイス君が持つ指揮能力の話題のように。今回、我らの分隊には初任務の者達も幾人か居ますので、まずは実戦に慣れる所から……と』
「君が分身を飛ばして遊ぶ必要は全くありませんがね。君まで新人気分ですか」
マーレと、ヴァイス。
個人戦力としてだけではなく、指揮官としての力量がある故に別動隊の指揮官を張っている二人だが。
向こうは、新人だけでなく。
奔放な第二席への注意をもしなければならないのが面倒だろう。
「新人への教導、君が遊び歩く事への注意。副長の苦労も知れますな。穴だらけだ」
『クク……いつまで穴引っ張るんです? 私一人いなくなって崩壊する隊なら、無くなってしまえば良い。強さとは、個人の武勇のみによって定められるものではなく。一人の能力で足りぬのなら、単純に合わせ固めれば良い。そう、硝子の熱を以って。……我らは黒曜の
「魔皇国の敵を滅するもの……最後の一片まで鋭き刃、ですか」
『その通り。彼等新人も、今はそれだけ胸にあれば、十分です。初任務は、最も大切ですからね』
難解な言い回し、ちぐはぐな言と動。
絶妙な言葉回しは……。
「……ヴァイスさん。格言ではぐらかされてます? これ」
「誤魔化されてますね」
果たして、意味があるのかないのか。
中身のある言葉なのか。
納得しきれない所はあったが。
初任務こそが最も重要という部分には、クロード自身も記憶の中に感じる所があり。
『今この瞬間こそが、分かれ目。死ななければ、強くなれる……、それだけです。では、私は戻りますよ』
そう言い残し。
まことに何の話をしに来たのか、一切任務の状況を語らぬまま霧の影武者が消える頃。
「……あ、止みましたね」
「―――ふふっ。そんな、通り雨のように……」
震え続けていた隔壁の揺れが治まっている事に気付き。
彼ら二人もまた、行動を再開する。
「では。次なる標的こそ、敵方の本丸……。かの組織の本部です」
「暗黒卿、天堅……。六魔が二人も動く……。本当に、凄い事になりそうですね」
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