第2話:会議は大事って




「魔導士団が確立した、飛竜の孵化育成過程、その最新版……ですか」

「まだ、これ程伸長の余地が。流石ですね、あそこは」

「えぇ、本当に……はははっ。数年単位で変化があるのだけがやや難点ですがね。只ハイハイと従い、這いつくばり。現場を動かす我々の身にも―――もとい」


 

 魔皇国エリュシオン……、その王都を囲むように設置された長城。

 北部ロスライブズより採掘された強固な黒晶のみを材料に。

 磨き上げられた大壁が、光を喰らうように妖しく煌めく。

 

 それこそ、黒曜城塞。

 今より100年以上前……数十年の年月を経て、ようやく完成に至り。

 至高の勇者の墓標となった大城塞。


 未だ、人間種の侵攻を拒み続ける、魔皇国の力の象徴たる一つ。

 それを管理する彼等騎士団の幹部たちが、手元の資料を基に各々異なる雰囲気を纏い、語る。

 

 定例会議の最中……、なのだろう。


 

「士官学校のカリキュラム。此度こそ、大幅に改変されるのでは?」



 黒髪に赤い瞳、尖った耳といった特徴を持つ美丈夫、キース・アウグナーが、一度切った言葉を続け。

 その問いに。

 最も上座に座る、蒼髪青目の女性が答える。



「えぇ、間違いなく」

「副長の見解は?」

「姉上が仰っていた事には。学園の六年次から七年次に掛け、黒曜騎士候補の育成過程で、騎竜学が必修化されるとのことです。仕方なき事ですね」

「む? ……となれば、副長。では、近衛の竜騎士は」

「当初は無くなる筈だったのですが、先代騎士長の強い希望もあり、譲歩されたそうです。近衛内部でも、専門に竜騎士を目指す者だけが受ける、と」

「……竜騎士も免許制と。まさしく時代の変わり目ですねェ、これは」



 話題に上がる近衛騎士団と、彼等黒曜騎士団。

 分野こそ違えど、そのどちらもが、騎士を志す者たちにとって花形となる部署。


 ……しかし、狭き門だ。


 生まれも能力も重視される近衛。

 実力至上主義の黒曜。

 七年制の士官学校は、常に騎士や兵士の雛鳥たちがしのぎを削っているが。

 現実的な話として、稀代の成績を残しても新卒での入団は中々に難しく……、それは、両騎士団が共に少数精鋭を是とする事にある。


 黒曜騎士団は、各部隊二十名余りからなる五部隊構成。

 統率する部隊長も五名。


 第一席兼副団長【蒼克そうこく


 第二席【逢魔おうま


 第三席【天識てんしき


 第四席【煌陰こういん


 第五席【至誠しせい


 いずれも、屈指の実力者揃い。

 その他一団員達ですら、大半が上位の冒険者に匹敵……又は、凌駕する実力者ばかり。

 幼子らの憧れ、護国の勇者たち。それが、彼等だった。



「―――そちら。世間話の話題は、尽きましたかな?」



 一つの報告、その議論が終わる頃。

 この場で、唯一の獣系亜人種。

 ヴァイス・ドニゴールが顔触れを見回し、確認を終え。


 新たな話題として口火を切る。



「では。お待ちかね、西側の情報です」

「「……………」」

「現状として……」

「うまーー」

「―――おっと……、失礼」



 サクサクと、何かを齧るような音と共に。


 零れた破片が、床へ落下する刹那。

 軍服の衣嚢ポケットから素早く引き出した布で、落下より早くそれを回収し。


 ヴァイスは、そのままに話を続ける。

 


「……クウタ殿が、随分と波乱を齎しましたからね。二十年が経った現在とあって……、或いは、だからこそなのか。彼の仕掛けが実が結び、人間種が発展の一途を辿っているようです」



 既に、十年以上前の話だが。

 大陸最西端、ヴアヴ教国に召喚された勇者が居た。


 クウタ・キサラギ。

 またの名を【百識の勇者】という男の動向は、当時の彼等にとっても重要な調査事項の一つで。

 旅の結末の先、勇者が去った後。

 男がこの世界に齎したもののその後もまた、議論すべき情報だった。



「現状として、いくさごともなく力を蓄えつつあり。各国のバランスはこの上なく良好と言えるでしょう。これさえ彼の掌だったとするならば、流石と言うべきですが……一先ずは、事後も問題なく、と。そうご留意頂ければ」



 「惜しい才能だった」、と。

 話を終えるように呟き、ヴァイスは席に座し……反応するように、キースが笑みを深める。

 


「私も、彼は好きですよ。――雑魚でしたけど」

「あの……、面白い方、でしたよね。……弱かったですけど」

「否定はできません」

「あむ……っ、最弱だった」



 口々に呟かれるは、果たして。

 あまりに酷い言われようであるが―――そう、弱かった。


 こと戦闘に関しては。

 彼の勇者は、まるで才能がなかった。


 しかし。それは、あくまで戦闘に関して。

 

 こと知識や智謀、情報網。

 人柄の良さが人々を引き付け、多くの者が、称号に違わぬ彼の行動によって救われた。


 勇者自身は、亜人国家の王女をめとり。

 女性と共に元の世界へと帰還した……と、そう伝えられているが。



「やはり、是が非でも勧誘すべきでしたか?」

「その、寿命の面があるのでは」

「いえ、いえ。そこは、我らが魔導士団サマの肉体改造を……ふふ。閣下も、彼を気に入っていた様子でした」

「勇者には、思い入れがあるのでしょうね。何にせよ、あのような人間ばかりなら、我らも楽で良いのですが―――!」



 彼等……主に、男三人の話に、再び花が咲き始めた。

 まさに、その時だった。



 バタン……と、部屋の両扉が開け放たれる。



 重要会議の最中。

 本来であれば、許されぬ事。

 そもそも、会議中であれば常に扉の外には守衛の騎士達が待機しており、何か問答があったのならば彼等も気付く筈で。


 しかし、咎めるものは皆無。

 この場の誰もが、言葉を発する事はなく……。


 一人を除き、この場の全員が席を立ち。

 その姿を迎え入れる。


 

「「……………」」

 


 重厚な鎧の金属音、外套の擦れる音。

 城塞の黒さも霞むような、引き込まれるような黒晶を削りだしたような鎧。

 兜の奥に揺れる紅き双眸。

 その騎士は、会議室の入口から最も遠い……奥の席へと腰を下ろし、兜姿のままに呟く。



「……良い。そのまま、会議を続けてく―――」

「ラグナ、お土産」



「「……………」」



 騎士の言葉をさえぎったのは、第三席【天識】ミル・ネイア。

 騎士団内部でも完全に自由な存在である彼女を咎める者は、この場にさえ居なかったが。

 それは、日頃の積み重ねゆえ。


 もし、他の者だったならば……と。

 各々が……中でも、未だ年若い騎士【至誠】クロードがゴクリと喉を鳴らす中。

 


 ―――長い卓上を、紙袋が滑る。



 再び両扉が閉ざされた、締め切られた一室に広がるは。

 香ばしい小麦と、かぐわしきチョコレートの香り。

 その紙袋の意匠は、王都で話題となっている菓子屋のものだった。



「―――ん?」

「えくれあだ」

「……長い、ふわふわ……ひんやり……かるい?」



 だが、果たして。

 それを彼が買っている構図を……話題たる人気店の行列へ並びゆく姿を、この場の誰が想像できよう。

 

 現在のような鎧姿?

 或いは礼服や私服?

 どの様にソレを入手したのか……クロードは、いつしかそれだけが頭の中で堂々巡りし。


 ゴソゴソと漁る音。

 咀嚼音が室内に響いたことで、ようやく我に返る。


 

「ウマー」

「ミル殿。また、零れていますよ。ささ、口も一度拭いて……」

「ん、ん~~……」



 甲斐甲斐しく世話を焼く伊達男、ヴァイス。

 この人柄の良さも、亜人貴公子たる彼が社交界の花形たる所以かと。

 両者の様子をこの場の者達が見届ける中、息を吐く音と共に、男の声が響く。



「さぁ、これで問題は無い。―――マーレ、続けてくれ」

「はッ、承知しました」




   ◇

 



「失礼致します、閣下」



 暫し続いた会議が一段落着いた頃。

 一息つく騎士たちの中、立ち上がったマーレが長の座す席へ歩いていき、幾つかの書類を提示する。



「この場で指示を仰ぎたい事柄が幾つか」

「……あぁ。目を通そう」



 居ないなら居ないで、代行たる彼女の管轄ではあるが。

 やはり、上の者がいるなら任せるべきだと。


 逆に、その他の者達にとっては、暫しの休みだと。

 各々がやや姿勢を崩し。

 僅かに漏れる息を吐き出す音は、最も年若い騎士クロードのもの。



「ふふ……。まだ慣れませんか、クロード君」

「……はは。スミマセン」

「えぇ、無理もない。その若さで隊長格。しかし、未だ一年と経っていないのですから、ね。我らも昔を思い出しますよ」 



 憔悴しょうすいがやや強い彼へ、先達たちが言葉をかけ。

 そののち、話の延長とでも言うようにキースが視線の先を変える。



「―――あぁ、そうです。閣下。先程、騎竜学についての話が出たのですが」

「……………」



 声を掛けられた男は。


 キースをチラと一瞥いちべつし、書類へ視線を戻し。

 それを聞く姿勢だと受け取った彼は、主の思考を阻害しない程度にゆっくりと語る。

 


「私が入団した当時には、既に飛竜は当然の移動手段。その台頭以前というのは、中々に想像しにくいものですが……。実際、どのようなモノだったのでしょう。かつての様子、というのは」

「―――おぉ。確かに、興味深いですね」



 あくまで、自身が気になったという口調だが。

 続くヴァイスの言葉通り、彼だけではない。

 キースらが隊長の席を埋めることになったのは、ここ数十年の間。

 最年長であるマーレですら、軍の門を叩いてから未だ百年には満たず。


 それ以前となると。

 先達に尋ねるのは、当然のことと言え。


 このような機会、そうそうないのだと。

 副団長であるマーレもが遠慮がちに視線を向ける中、男が右手に握っていたペンの動きを止める。



「……飛竜、となれば。私より、アストラ卿に聞くべき歴史だな」

「!」



 瞬間。

 緊張の色を隠せていなかったクロードが、やや身を乗り出す。


 自身の父親の名を出されては、無理なき事か。 



「彼程、騎竜との関りのある者は……先代カルディナ侯爵の他には居ないだろう。アストラ卿には、飛竜まわりの任で世話になった」

「ふむ。では、あの方へもいずれ」

「……キース」

「えぇ、お聞きしたく」



 ルーク・アストラ。

 【幻魔】の異名を持ち、つい数年前までは近衛騎士長として第一線に君臨していた、有角種最強の剣士。


 カルディナ領騎士団員、魔導士団所属、近衛騎士、竜騎士……近衛騎士長。

 この場の隊長格をして、凄まじい経歴。


 異常と言っても良い。

 その経歴の上で、歴代最年少の近衛騎士長就任となれば。

 確かに、その息子が受ける重圧も想像できようもので。



「「……………」」



 最早、語らぬ空気ではないと。

 マーレを含めた隊長格が傾聴の姿勢に入る中。



「……私が知るのは、当時魔皇国が保有していた飛竜は指の数程であったこと。その全ては、近衛の管轄であった事。それ故、主な移動手段は重要な偵察や援軍も、馬が主だった事くらいか。カルディナ事変も、十種妖魔の討伐においても、だ」

「十種妖魔。スピットロードを始めとする、各地へ周期的に来襲する、強力な魔物のヌシ個体。……副団長。カルディナ事変、とは」

「……いえ、私も」

「あぁ。隠蔽―――厳重なセキュリティの掛かっている一件ですよ。後程、自己責任で調べられては?」



 長の言葉の中。

 彼等の知らぬ言葉については、諜報に長けたキースが解説し。


 それが終われば、書類へ走る筆が止まり。

 再び、言葉が続く。

 そのような時間が、続き。 



「―――……禁忌の地であったロスライブズへ赴く際も。私の他に、竜を持たない者たちが三人程同行したことがあったが。陸路は時間がかかりすぎる故、飛竜で赴く事になり。アストラ卿は、早急に手を打ってくれた」

「閣下。それは……?」



 今度は我慢ならぬと。

 ヴァイスが、興味津々と言わんばかりに食い付く。

 

 知識欲の強い彼が知らないという事は、入団以前の話だろうが。

 飛竜の養成が完全に確立されたのは、ほんのここ数十年の間。

 そして、北部ロスライブズが禁忌の領域だったという事実に至っては、百年以上も昔の話で……。


 つまり、それは。



「飛竜の孵化生育論が未だ土台すら出来ていなかった頃の話だ。当時は、幼体の飛竜を捕獲し、無理に調教していた事で成否の差は歴然。かの領も、今のように容易に行き来できる場所ではなかった。ゆえ、その僅かな成功例。竜騎士の騎竜を、こころよく融通してもらった」

「「……………」」

「彼には、感謝している」

「……キース君」

「……ふーーむ。クロード君」

「……父上?」


 

 ―――業務に支障が出ない筈がない。

 それは、本当に「快く」だったのか……と。


 考えながら、言葉に出来ない。

 先の、断れない雰囲気のような……言葉に出せぬ雰囲気が、今度は長から発せられている。



「―――これで最後か」

「はい。有り難うございます、閣下」



 その上、誰が先を尋ねるかで視線を交わし合う中。

 それより早く、文書へ滑る筆の動きが止まってしまい。


 頃合いと見たか。

 副団長が書類を回収し、顔ぶれを見渡し。



「では、本日の議題の総括を。各部隊には、引き続きかの組織を追って頂きます。また、年度末に向けた決算整理につきましては、滞りなく……」



 業務連絡と、簡潔に言葉を纏めに掛かる。



「それと……、例年の事ですが。各自、年末の祝宴への出席も、前向きに検討をお願いします―――閣下」

「………うん?」

「いえ。連絡事項などはございますか?」

「では……。私は、暫し王都に居る。必要なら五層、私の執務室に来てくれ」


「「―――はッ!」」



 若干の上擦りは、やむを得ない。

 もはや国内にいる事の方が稀な存在が、分かり易い場所に居るという事。

 職場で、上司が何処にいるのか明確という事。


 有事の際、早急に指示を仰げる。

 それだけで、部下は安心するもので。



「では。此度の会議はこれ迄です。皆さん、お疲れ様でした」

「―――では、我々はこれにて」

「もうひと頑張りですね」

「お腹空いた」



 朗報を耳に、各々の声も抑揚が強く出る。


 ……未だ業務があると。

 彼等の多くが会議室を後にする中。



「あの、団長」

「どうした、クロード」

「先の話ではないんですけど……団長の騎竜は、いまどちらに?」



 ふと、一つの疑問を覚えた彼。

 団長以上に目撃する事が少ない、長が駆るであろう竜種は、果たしてと。

 

 疑問への答えは、暫く帰ってこなかったが。



「―――どこだろうな」

「……………え?」

「平時は放し飼いゆえ、な。アレにも、束の間の休暇は必要だろう」

「はぁ……?」



 そういうモノかと。

 騎竜学の基本概念、自らの騎竜は厳重に管理し、行方が分からなくなった際は必ず報告すべし……と。


 そう、学園で頭に刻み込まれ。

 放し飼いなどという特例が未だに理解できない彼は、怪訝な顔のままに光の指す窓へ視線をやり。



 ……………。



 ……………。



 ―――北へ向けて、黒い竜の影が伸びているのを見た。

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