第37話:二役ダブルデート
感じる。
やっぱり、色々な所から視線感じるよ。
いや、人通りの多い所だから、ある程度の人目が気になるのは当然で。
僕が気にし過ぎ、意識を割き過ぎというというのは勿論あるけど。
それを抜きにしても、この視線の数は……。
「―――ねぇ、美緒」
「どうかしましたか?」
……そんな平常心な。
「僕たち、その―――アレ、だよね……? 恋人同士、だよね?」
「はい、大好きです」
「………ありがと」
いや、そうじゃなくてね。
それは凄く嬉しいし。
今にも飛び上がりそうなんだけどさ。
「―――わぁぁ……! 凄いです、ミオお姉さん。ボクもそんな風に堂々と……す、す……」
別の意味でも飛び上がりそうなんだけど。
自室、屋内と言った閉所という訳でもなく。
公衆の面前、多くの人が行き交っている大通りに在って。
両サイドから挟まれ、腕を組まれ。
まるで、漫画やアニメの主人公。
甘い香りとか柔らかな感触とか周囲から受ける視線とかで、今にも頭がどうにかなりそうで。
―――……コーディ?
異性の腕に抱き着いているのは、堂々としているに入らないの?
何なら身体擦りつけてない?
マーキング? ネコ型の習性なの?
というか、これは一体……?
「今日は皆で市場を散策しようって話を聞いてたんだけど―――これ、どういう状況なの?」
「「デートです」」
「二対一で……!? あの、春香と康太は……」
「康太君なら、少し前に春香ちゃんに引き摺られて行きました」
「……あばよ、親友」
「あ、ば、よ……? って、どういう意味ですか?」
何故か翻訳が上手く出来てないみたいだけど。
あっちもリア充か。
間違いなく、春香は尻に敷くタイプだ。
康太は敷かれるタイプだ。
……願望が叶って良かったね、親友。前に先生がやられているの羨ましがってたし、今頃さぞ幸せだろう。
で、翻訳出来ている筈なのに、聞いても理解ができないこの状況は。
「デート、って……、その。美緒は、これで良いの?」
「ふふ……。―――コーディちゃん。凄くいい子ですよね?」
「え? うん」
「―――ふぇぇ!?」
変な事は言ってない筈だけど、急に変わる空気。
腕にスリスリと感じる、くすぐったく、ふわふわな感触は……。
「……うぅ。リクお兄さん……」
「即答、ですね……」
「だって本当の事だし……あれ?」
僕達、何の話してたんだっけ。
いや……でも、美緒は。
彼女は、嫌じゃないのかな。
逆の立場だったら、正直僕は平静でいられる自信ないけど。
美緒は、僕が知らないうちにコーディを呼んでいたみたいだし。
むしろ、自分から進んで……?
確かに、僕達自身。コーディとこうして長く話せるのは、かなり久しぶりだから―――……それなら。
二人が良いって言ってくれるのなら。
互いを認めているのなら。
僕からわざわざ指摘する必要もない、かな……?
「―――……うん、良いや。時間も勿体ないし。じゃあ、行こうか? 予定ってあったりするのかな?」
「はい、それは以前二人で話し合って……」
「ボクが案内しますね!」
今日昨日どころか、前々から。
ある程度のコースは決まっていたらしい。
……初デート、だよね、これ。
真ん中に僕が。
それを挟むようにして、美緒とコーディが。
白昼堂々と見せつけるように大通りを行く僕たちの姿は、さぞ多くの視線を集めた事だろう。
……………。
……………。
「じゃあ、すぐ戻ってきますから!」
「はい、席取りは任せてください」
「気を付けてね―――って……」
幾つかの日用品の店を巡り、食事も終え。
最終的に行きついたのは、コーディが最もお薦めするという流行りのアイス屋さん。
その近場にある公共のベンチで。
店自体、こじんまりとした出店らしいけど。
良質なミルクが売りだとかで、確かに先程見た列はかなり長く……本当に大丈夫かな。
「―――隠れてる護衛さん達が居るから、そっち方面は大丈夫としても……。本当に、一人で良かったのかな……。人気だろうから待ち時間もあるだろうし、三人分持てないよね?」
「ふふ……大丈夫、ですっ」
「
「さて、さて」
可愛い―――……じゃなくて。
自白は難しそうだね。
実の所、此処へ到るまでの道中でも僕は二人の手玉にとられっぱなしで。
喫茶ではまだ何も注文していないのに、カップル専用のジュースが来たり。
服屋では僕の身体ピッタリな普段着が
そもそも。
出発してから、ずっと同じ方向から視線を感じるのは、コーディを警護する人たちだろうし。
もはや、夢想したデートでのリードなど、忘却の彼方。
威厳もなければ、男らしさもまるでないのが現状で。
「おい、おい……。あそこのみるくじぇらあと、三時間待ちだってよ」
「……うそでしょ」
「折角はるばるセキドウまで来たのに……」
「ママー、にがおえできたよ! ほら!」
「あら、上手……! じゃあ、パパが帰ってきたら見せてあげましょうか。きっと喜ぶわよ」
「うん!」
……………。
……………。
「平和ですね……」
「ホント、警護が必要ないかなって思うくらいに―――これ、皆で守ったんだよ。僕達が、ね」
「―――はい……!」
街の賑やかさは平和の証。
多くの冒険者の戦いの上に成り立った、誰が主役でもないという戦いだったけど。
当時者だったんだから、それくらいの気持ちでも良いだろう。
今は、その気持ちで……。
リードは無理でも、せめて会話だけでも膨らませて、楽しく弾ませられれば良いんだけどなぁ。
「ふと思ったんだけどさ。コーディはロウェナ商会の御嬢様じゃん? で、美緒は言わずもがなだし……令嬢二人に挟まれた一般人って、主人公感ない?」
「………?」
……………。
……………。
―――デートにあるまじき彼女の沈黙。
ないんだ……主人公感。
思い至らないように首を傾げるその反応は、間違いない筈で。
やっぱり。
僕には無理かな、主人公。
「あの……、陸君」
「……うん」
「半妖精の王族の末裔は、一般人に該当するんですか?」
「―――……?」
ちょっと何言ってるか分かんない。
「……ぁーー」
「―――もしかして、忘れていたんですか?」
「いや、だって……僕無関係だし」
「法律も、責任も。知らなかったでは済まない時は必ずあるんです。望んでいなくとも、その気がなくとも、すべきことだけが山積みになっているんですから」
「………ははは」
彼女が言うと説得力があり過ぎる。
「お待たせしましたーー! 最近出た新商品、買えましたよ!」
喉から乾いた笑いが出始めた頃。
ギルドでの人気の
……そう言えばさ。
さっき、アイス三時間待ちって……うん。
もういいや。
その両手に一つずつあるのは、そこそこ大きいサイズの半球で。
一方は深い紫、もう一方は深緑……。
成程、確かにアイスクリームだ。
でも、それが乗っているのはコーンではなく、器状に加工された分厚く薄茶色の葉っぱで。
……使い捨てで便利そうだけど。
持つと、冷気が伝わってちょっと冷たそうだね。
「えーっと、甘過ぎない方が良いですかね? ミオお姉さん、どうぞ」
「有り難うございます。頂きますね」
右隣に座ったコーディ。
彼女の手から、二つのアイスのうち、紫色の方が僕の左に居る美緒へ渡る。
……じゃあ、やっぱり。
もう一つが僕行きだとすると、やはりコーディの分はない筈で……食べた事があるからなのかな。
それ、ちょっと悪い事を―――
「……美味しい。優しい甘さですね」
「えへへ。お父様も。甘すぎるのは得意じゃないんですけど、これは凄く美味しいって。……あ、こっちも美味しいんですよ? 炒って香ばさを出しているらしいんです……あむっ」
「―――うん?」
あれ……?
何か、僕の分とか関係なく二人で二つ楽しく味わって……え?
最初から僕の分がなかった系?
「ふふふ……、陸君?」
「リクおにーーさん?」
と、両脇から差し出されるスプーン。
顔を見合わせて悪戯っぽく笑う二人は―――最初から示し合わせてた?
……このデートってさ。
明らかに、普通じゃないくらい綿密に立案された計画だったりしない?
「―――えと……、あむ……」
「こちらも」
「……あむ」
「美味しいですか?」
「うん、どっちも甲乙つけがたい―――ねぇ、ちょっと計画的犯行が過ぎない?」
「デートですから」
デートってこんなに計画的な物なんだ。
……アイスは、凄く美味しい。
紫のは、濃厚だけど程よい甘さで。
芋のアイスに似てるかな。
緑色のは、炒った豆……きなこのような香ばしさがあって―――そう、ピスタチオの風味にも似てる。
その上で、どちらも優しいミルクの風味が上手く合わさっていて。
―――でも。
何故か、凄く意識しないと味が分かんないというか、胸やけしてきたというか……。
「さぁ、陸君。もう
「―――あぇッ!?」
「たくさん食べてください」
「……ェ……ぁ」
「ふふっ……。一番大きいサイズですから。ボク一人じゃ、ちょっと多いんです。手伝ってくれます……よね?」
本当に策士だ。
というか。もしかしなくても、この作戦を提案したのって……―――ッ!!
頭ではなく、背筋に冷たいものが走る。
腕に何かが絡みついたからだ。
ふわふわして、少しくすぐったい……尻尾。
髪と同じ亜麻色の、コーディの尻尾だ。
腕に巻き付いたソレが、背中を何度もつうっっと撫で、また腕に絡まり。
「―――あの……、凄く、美味しい、です、はい」
「たくさん食べてください」
「……コーディ、尻尾自由に動かせるんだね。凄いね」
「普通の事ですよ?」
そっか、ははは。
これ、言ったら凄く失礼だと思うんだけど―――尻尾太くない?
いつもは、もっとしなやかな筈だけど……軽く三倍は太く見えるんだけど。
ぶわってしてる。
凄くぶわっとしてる。
ふわふわで、冷えた身体に凄く暖かくて……大丈夫? これ、事案じゃない?
僕の冒険終わらないよね?
「―――うん……?」
冷たい甘味を楽しみ、ついでに寒気も感じる中。
現実逃避と見上げた青の視界に映り込むのは、空高くひらりひらりと飛んでいく物体。
高く、高く飛んでいく……紙?
アレって……さっきの似顔絵?
「だめだよっ! それっ、パパの……!!」
風で飛ばされちゃったんだね。
なら、得意分野だ。
「―――美緒」
「了解です。“
立ち上がると同時に走り、加速。
一瞬で前方に出現した土の突起を足掛かりに。
「―――よっ、――ほッ…っと」
誰かにぶつからないよう。
風属性による若干の補助を受けつつ虚空で軌道を変え、ついでに一回転して男の子の前へとゆっくり着地。
背後で盛り上がっていた土もすぐ奇麗な平面に戻り、道を阻害する事はなく。
何とかなるものだね。
もしそのままだと、馬車が突起にぶつかったりして大惨事になるし。
「はい、どうぞ」
「――あ……いまの、まほう?」
「うん、魔術」
風を吹かせて下ろすのも考えたけど。
クシャクシャになったり、地面に落ちたりしたらちょっと可哀想だからね。
汚れていないか確認した絵の方は……その、前衛的というか。
子供らしい可愛さがある……かな?
多分、恐らく、成人男性を書いたもので。
中々に独特なセンスを感じさせるソレを、目を丸くして見上げる男の子に差し出し。
「凄く上手だから、きっと喜んでくれるよ。お父さんに見せてあげて、ね?」
「―――ありがとっ!」
母親の元へ戻っていく小さな背中に、何処か懐かしいものを感じつつ。
しかし、考えすぎか。
続いて浮かんだあらぬ考察に、思わず苦笑する。
「……今の男の子はエキストラさんじゃない、よね?」
全てが計画的過ぎて、もう人間不信になりそうなんだ。
今や、向かう店の人すべてが仕掛け人じゃないかと疑う程には。
今の。
コーディの差し金じゃないよね?
「さす陸でした、陸君」
「さすりく?」
「ちょっ―――」
英才教育やめて?
美緒も、本当にあの二人に毒されたよね。
◇
「で、結局こうなるんだ」
アイスを食べ終え、暫くベンチで雑談を楽しんだ後。
デートコースの最後に辿り着いたのは、アルコンの塔に存在する図書館で。
二人とも読書好きだし、予想はしてたけど。
「コーディ? 本当に資料収蔵庫で良かったの?」
ここ、上層である八階だし。
ある本って、歴史的に貴重な資料とか、ギルドの調査書ばかりの筈だ。
デートに向くとは思えないし。
面白いものなんてあったかな。
「ぼく、難しい本とかの意見交換も憧れだったんです。え、っと……まずは
「うん?」
「その、丁度この書架だと思うんですけど……届かなくて。その本、取ってくれますか?」
デートで体験したいシチュエーション第十八位(康太調べ)、届かない本を取ってもらう展開。
……本当に研究してきてるんだ、彼女。
指定された本を、代わりに引き出し。
各々が数冊ほど見たい本を手に。
僕達は、何故か横一列に座り、椅子を寄せ合って読み始める。
「―――ミ……ティ……十五年前」
僕のメインは、いつも通り伝説とかの古い物語本だけど。
他の二人は、どんなのを読んでるんだろうと。
ふと気になって覗き込めば。
美緒が次々にページを流し読んでいるのは……ギルドの調査報告年表?
余り楽しそうには思えないけど。
案外、面白い情報でも転がっているのかな。
「―――やっぱり、やり直してるんですかね……」
「ねぇ。それ、何の―――」
「リクお兄さん。物語なら、この物語も面白いですよ。自分の領地に迷い込んだ人間と、凄く注文の多い領主の話です」
「なにそれ気になる」
「……興味あります」
あ、こっちも反応した。
……本をお薦めって、前にもこんなことあったかな。
余程僕達とコーディの趣味が合うのか、僕らの好みを分析しているのか。
考えている間にも。
僕達二人の興味を引いたと見るや、コーディは本のページに指を差し込む。
「では……コホン、コホン。―――森の奥の、更に奥。深奥の館に住んでいる領主様。山猫様は、とっても注文の多いお方」
咳ばらいをして彼女の話すところによると。
ある日、人間の旅人が深き森の領主「山猫」の館に迷い込み、誤って領主の宝物を壊してしまった。
その償いとして、領主の声に導かれるまま、顔も見えない存在を主として屋敷で働き始めた旅人は。
朝には掃除洗濯朝食作り。
昼には使用人たちからの作法始動と座学を受け。
夜には領主の部屋の前で己の旅した体験談を聞かせる役目を負い。
字も読めなかった彼が成長し。
あっという間に過ぎていく日々。
「―――その日は野草の採取、お庭の雑草むしり、ダンスの練習、お茶くみ、厨房の掃除、その他使用人の手伝いをするのだ、と」
「―――その日は、荒れた館の補修、森の魔物狩り、菜園の管理、まき割り、資料整理をするのだ、と……」
あらすじを聞く中で印象に残ったのは、その指令の
一日の注文量、やたら多い。
十分に一回ペースで聞こえる声って何?
領主様の声、迷い込んだ人間で遊んでない? 獲物で遊ぶ猫の習性?
というか山猫様って、本当に猫なのかな。
「そして。人間が迷い込んでから、丁度百日目。領主様は言ったんです。「やはり其方は、良き供物だ。捧げものとしては最上であるぞ」、と」
「……くもつ?」
「捧げもの。―――では?」
「そう、全ては仕組まれた事だったんです。旅人が館へ辿り着くのも、宝物を壊してしまうのも。全て、山猫と館の召使いたち、領民たちが仕組んだ罠」
「「!」」
「そして、ついに声が命じるんです。
「……………!」
「そして。無防備な人間は、添え物と共に大きな板の上に載せられ、ついに山猫様がいるとされる、開かずの部屋へと連れていかれてしまいましたとさ」
食べられる、食べられるって……!
「一夜が過ぎ、二夜が過ぎ……いつしか、三日が過ぎて」
「―――うん?」
「やがて子供を授かった二人、領主山猫の夫となった旅人。亜人と人間を繋ぐ架け橋になった二人は、何時までもお屋敷で幸せに暮らしましたとさ」
……………。
……………。
―――ホラーじゃなかった。
「服を脱がせたのは、相応しい衣に着替えさせるため。水で身体を清めさせ、香油を塗り。装飾品で着飾らせると共に、みこしの様なもので領主の元へ送り出した、という事ですね?」
「その通りです……!」
「あ、そういう話だったの?」
旅人、結局何も分からないままに夫にされてない?
いわゆる玉の
仕組まれたって。
最初から、夫にするつもりで館へ
……実際に読んでみようかな。
「ボクも、小さい頃はずっと怖い話かと思ってたんです。でも、所々に結末への伏線は幾つもあって。何度も読み返しているうちに、大好きになって……面白かったですか?」
「うん。後で借りてみるよ」
「……ふふっ。此処だけの話なんですけど。実は、その領主様のモデルは、僕達一族の古いご先祖様みたいなんです」
へぇぇーー……。
……うん?
「へ、へぇ……。あーー、コーディ? ところで、どうしてこのお話を僕に……」
「えへへ……、どうしてだと思います?」
食べられる、食べられるって……!!
もし彼女の家で宝物を見たり、同じような注文される事があったら、身構えておこう。
流されるままだと、結婚っていう墓場で死神に会うぞって剣の師匠が言ってたんだ。
「ミオお姉さん。リクお兄さんは、礼服も似合うと思いませんか?」
「えぇ。実は、クロウンスで貰った礼服があるんですけど、凄く格好良いんですよ」
「わぁ! ボク、見てみたいです!」
真ん中を挟んで左右で僕の話されると、凄く緊張するんだけど?
……いや、良いか。
こうして二人が楽しそうに笑い合っているのを見るのは、緊張と同時に凄く安心もするし。
この際、僕は良いとして、だ。
春香と康太、大丈夫かな。
勿論、康太だからこそ、任せられるんだけど……振り回されてないかも心配で。
―――また、逆も然り。
もしも春香を悲しませてたら……絶対に許さないからね?
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