第35話:Q.寝る前にする事
「プロビデンスは壊滅、幹部と思われる者達を複数捕縛。突入から32時間を以って、魔人の討滅を確認。山塞内部の施設を完全に掌握」
「「……………」」
「……そして。首魁となる【導主】は皆さんが死亡を確認―――……ですか」
大陸ギルド総本部。
総長の執務室内で、淡々と文書を読み上げていた女性の手が止まる。
ギルドが長年戦ってきた組織。
その最後の戦いは、此処に終結した。
……無論、生中な戦いではなかった。
現在でこそ、任務後に周囲を固めていた偵察部隊も全員が無事に帰還したわけだけど。
事態の最中には、多くの冒険者、複数の隊と連絡が取れなくなり。
探せども見つからず。
のちに、発見された頃には手遅れ。
僕達と関わりのあった名のある冒険者たちの中からも、倒れてしまった人は幾人もいるわけで……。
座って話を聞いている僕達の視線も下を向き。
ただ、感情を抑えている。
「―――あ゛ぁ゛~~~。身体ごりっごりぃぃぃい……」
……………。
……………。
お願いだから、ちゃんと座ってくれないかな。
「……先生、大丈夫です?」
春香が声を掛けるは、無遠慮にもソファー丸々一つを占領して寝転んでいる先生。
彼の所為で、僕ら四人はもう一つの客用席にすし詰め状態なわけで。
普通なら、対面のリザさんから小言の一つも飛ぶ筈だけど。
「大事ない、大事ない。―――あーー、任務疲れたなーー、私頑張ったなぁーー」
「はい。報酬は期待しておいてください」
今回その気配がないのも、まぁしょうがない。
彼自身、僕達と別行動して以降は、あの広大な施設内を大分動き回ったらしく。
驚いたことに、ある程度の正確な
そりゃあ、疲れもするし。
先生の提出した資料を基に、事後の大規模な偵察調査が行われたこともあってか、流石のギルド総長も今だけは怒るに怒れない状況。
本当に、優秀だけど遠慮の無い人ほど面倒な人もいない訳で。
僕達も、申し訳なさから下を向くしかない訳で。
……何で、こっちが。
僕らがこんな心配しなきゃいけないのかなぁ。
「―――ふむ。……金を生むたんこぶ、ってとこか」
「何その即席ことわざ」
「え、ことわざなの?」
突然、何を言うかと思えば。
うんうん頷いている康太の台詞はさして上手くもないし、伝わるのか伝わらないのか……。
「目の上のたん瘤……金を生む、ですか。邪魔には違いありませんけど、捨てるには利があり過ぎる、と。
「お、それ知ってるぞ。三国志だろ美緒ちゃん」
鶏肋……鳥のあばら骨。
食べる程の身はないけど、ダシを取るなど利用する事は出来て。
しかし、やはりそれ単体では役に立たないもの。
……うーーん?
「いや、役には立ってるでしょ。邪魔なだけで」
「ね。邪魔なだけでねーー?」
「邪魔ですね」
「……………」
どうやら、あばらの辺りにチクチクと刺さる攻撃が効いてきたようで。
向こうで、むくりと起き上がる影。
ならば、ここぞと追撃だ。
「先生、まだ寝てていいですよ。余程疲れてるんですよね? そのまま明日まで、此処で大人しく寝る位には」
「いや、引っ込んだ」
「たんこぶがです?」
疲れがでしょ。
「―――皆さん」
「「はい!」」
他の事など忘れ、楽しく
不意に聞こえた優し気な声に、僕達は姿勢を正しながら目線を前へ。
相変わらず、リザさんの声には不思議な魅力と確かな力があるようで。
「お話は、以上となります。今回の大規模殲滅任務、並びにその後の事後処理にお力添えいただき、有り難うございました」
「「―――有り難うございました!」」
突入から、黒幕と遭遇するまでに数時間。
戦闘など、ほんの数分……十数分ほど。
そう考えれば、事後対応の方が圧倒的に時間がかかったのは間違いなく。
身体の疲労が、休む間もなく溜まったのも事実。
―――リザさんの言葉を以って、今ようやく終わったんだと。
そう実感した途端。
今まで以上に力が抜けて。
けど、僕や隣の康太が力を抜くのとは対照的に、春香と美緒は一早く席から立ち上がり始め。
「んじゃ、お風呂いこーーぅ!」
「急ぎましょう。―――失礼致します、リザさん」
「えぇ。お疲れ様でした。その後は、また後日……落ち着いたころに追ってお知らせしますので」
ここに来る前に服も着替えて、ある程度身体も清めたし。
あまり気にしてはなかったけど。
やっぱり、どれだけ綺麗でもお風呂に入ったという「結果」が欲しいのかな……と。
考えつつも二人を追って立ち上がり。
退出しようとする僕達を、リザさん自身はにこやかに見送ってくれる。
けど、僕達を見送るその表情は……何か。
今に、迫りくる嵐を遠目に見守るようにも見えて。
彼女からすれば、ここからが―――事後担当の書類仕事こそが戦いなのだと。
神妙に受け取り。
そちらの戦闘の心得をまだ教わっていない僕たちは、取り敢えずはここで退出となった。
◇
ある特定の人物について。迷惑を掛けられた時、
僕達が取る抗議行動は大体一つ。
……………。
……………。
―――そう、宿部屋の占領だ。
久しぶりに占領した気さえする宿屋の一室は、間取り自体は僕らの借りているモノとあまり変わらないけど。
よく分からない種類、銘柄のお酒とか。
飲みかけの水が入ったグラス。
その他、冒険に必要な大型備品の数々。
長期で宿泊している影響か。
段々と彼の私物が増えて行っている様子で、独自の進化を遂げた
「お、何かの干物めーーっけ……ん、うまっ。こら良いものだわ。ジュースで一杯やりたくなる」
「ドライフルーツもある!」
冒険者としての勘を頼りに。
手当たり次第に部屋中を探り、ベッドの下や棚の中をまさぐり、家具の物陰に隠されているモノを
今の僕らは、まさに勇者だ。
拾い食いの
もう夕食もどっさり食べて、満腹のままに床へ着く頃合いなのに。
本当に、皆の胃袋のよく入る事……。
「―――あぁ、ハルカ。そのドライフルーツは洋酒に浸してあったやつだ。ダメだよ」
「え~~。おいんく、おいんく……!」
「なにそれ春香ちゃん」
「えーー? 知らないの康太君。おっくれてるねーー」
ぶーぶー……と。
……気に入ったのかな、アレ。
「―――こちらの棚はナッツ類と、……ぁ。この匂い……、全部粒チョコレートです」
「マ!?」
「―――まった、それウィスキーのつまみ……」
「皆で分けよーぜ。ハイキュー」
「ギブミーチョコって?」
で、流石に交友関係が広い高給取りだと、色々商人さんから貰ったりもするのか、市場でも見かけない珍味とか高級品も多く。
危ないものは、さっきみたく口に入る前に止めてくれるので安心。
気兼ねなく、仲良く夜食を皆で山分けして……。
「あれ? ―――ねぇ、春香?」
「うぃ、ごっそさん」
ねぇ、山分けして?
僕のチョコは?
……そんなこんなで、好き放題騒ぐ僕等だけど。
部屋本来の借主は、まるで頓着せず……さっきなんか言ってたけど。
開栓済みだった琥珀色の瓶を手元に手繰り寄せて一口
「……ふぅ―――。大きな荷が一つ下りた気分だ」
「なんかありました?」
「……声出てた?」
「「はい」」
どうやら、思っていたことが口に出た様子。
先生って隠し事出来ないタイプだよね。
声に出ていたのをマズいと思ったのか、あれだけ騒いでいた僕達に聞かれていた事が予想外だったのか。
彼は、暫く沈黙し。
やがて一つ頷くと、目を細めて呟く。
「―――いや……。皆の成長が、ね」
……………。
……………。
「皆がこの世界に来る、ほんの数週間前。私はこのセキドウで、カレンさんから依頼を受けたんだけどね。あの時は、勇者……それも四人へ、同時に直接教えを施すなんて考えもしなかったから……それは驚いたものさ」
彼は導き手―――勇者を教え、育てる師。
勇者とは、この世界で特別視される存在。
当然、対象が一人であったとしても。
まるで、簡単な事じゃない。
増して、単身で複数の勇者を育てるなど、一介の冒険者には余りに重責だと、誰でも想像が出来るというもので。
「だが。今は依頼を受けて、本当に良かったと思っている」
「―――先生……」
「俺達も……」
「もう、冒険者は引退して良いな」
「「―――は?」」
ちょっと、それだけは聞き捨てならない。
最初に動いたのは……。否、全員同時。
僕達は四方向からそれぞれ先生に突撃し、後ろへ押す。
「―――っとぉ……、やられたぁ―――……君たち? 腰に響くから不意打ちは止めたまえ」
彼はベッドに座っていた故。
後ろへ倒れても衝撃はすぐさま吸収されたけど、当然本人は面食らう訳で。
腰にも何らかの攻撃をくらったらしいけど……。
「なーに浸ってんですかい?」
「ガラじゃない上に、まだあたし達、一度も勝ってないんですけど。急に教えること無いからもうダメ、なんて言わないでくれます?」
「先生には、まだまだ教えて欲しいことが沢山あります」
そう、その通り。
今彼に引退されては、責任を押し付け―――じゃなくて、頼るべき人が居なくなってしまう訳で。
そんなの、認める訳もなく。
「これからもお願いします、先生」
「………は」
倒れて見上げる彼へと。
僕達は、本当の意味で感謝と共に頭を下げ。
「―――まぁ……、そうだね……。もう少し。もう少しだけ、傍で見守らせてもらうことにしようか。どちらにせよ、君たちはもうすぐ、元の世界へ帰る権利を手に入れることが出来る」
感謝の念と同時に、終着が近い事も実感する。
それも、考えなければならない事の一つだろう。
教国に始まり、セフィーロ王国、ギメール通商連邦、クロウンス王国、セキドウ、エルシード。
幾つもの国と都市を巡り巡って。
魔物を倒して、魔核石を集めて。
その貯蔵は既に、先生が指定していた量の八分以上まで達成していて。
更に、僕達自身も強くなっている為、上位の魔物を狩る事で量、質ともに更に収集は早くなっている。
この分だと……二、三か月。
どれだけゆっくりやっても、完遂まで四か月は掛からないだろう。
これ以上危険な場所へ行く予定もないし。
そう思うと、何だか……。
「みんな」
「「―――はい?」」
体験した事の無い、不思議な感慨にふけっていると。
ベッドから起き上がっていた先生は、やや改まったように姿勢を正して、僕達の瞳を覗く。
「―――――暗黒卿は、どうだった?」
……………。
……………。
「「ヤバい」」
「………Oh、……それだけ?」
だって、無理なんだもん。
邂逅したあの時だって、言葉で表す事は出来ないなんて思ってたのに。
今となっては、それ以外に考えが浮かなばい。
それこそ、思い出しても寒気がして。
……二の句が告げられない中。
ひとり考えるように天井を見上げてた美緒が、一言呟く。
「―――深海と、同じだと思うんです」
「ほう―――深海、か」
「はい……。確かに深いことは分かる。でも、あまりに深過ぎて、それが数百メートルでも、数万メートルでも、違いが分からない。……あの人は、そういう感じだと思います」
成程。
真上から覗いたところで、その
確かに、ソレが分かり易いのかな。
「……というか、何でそんな事俺たちに?」
「いや、興味本位。長くやってる私でさえ、目の前に現れた事ないし。―――まあ、何にせよ。皆が無事で本当に良かっ―――」
「「お休みィ!」」
「……もちろん。暫くは、のびのびと休めるようにしよう」
「やったぁ!」
「お手柄ですね」
流石の連携というか……。
相手の言葉より先に
ならば。
今からの予定も決まったようなモノで。
「んじゃ! 早速今から夜通し遊ぼうぜーー―――ん……? あ……? あっっれーー?」
「どうかした?」
いざ、夜更かしゲーム大会……の、筈なんだけど。
いつもなら真っ先にトランプを出す康太が、持ってきていた荷物のカバンをまさぐりまさぐり……。
「婆さんや、トランプは何処かのう」
「おじーさん、昨日食べたでしょ?」
「あの。任務の前、先生に没収されてませんでしたか?」
「「あ」」
そう言えば、そうだったっけ。
「―――せーんせーー?」
「はい、これ。利息は付かないよ」
「毎度」
ちゃんと持っていた彼から、例のブツを受け取り。
取り敢えず始まるは、旅行の定番大富豪。
「ほい、春香ちゃん」
「よし来た」
配る前に、一度康太が札の有無を確認した後。
手癖の悪さと指の器用さが売りの春香が、見事なシャッフルをして。
最後に、NOTイカサマ主義の僕がもう一度手札を……。
「先生、利息は良いので、今度こそ教えてくれませんか?」
「うん? どうかしたかい、ミオ」
「はい、あの時聞こうとした、歯ブラシの武器としての用途なんですけど―――……えっ?」
「ん?」
「せんせ? それなに咥え……へ?」
ポリ……ポリ……、ボリン。
パキ、バリバリ。
―――本当に何の音?
シャッフルに集中してて反応が遅れ……ぇ?
「ちょっっ!? お爺さん―――食べてるぅ!?」
「ホントに食ってる! はぶらし!」
さっきトランプを食べた食べないなんて話をしてたけど。
最早先っぽも見えなくなり始めているあの棒は……歯ブラシ。
食べてる。
歯ブラシ食べてるよ。
しかも、棒の配色から見て、ピンク色の歯ブラシ……ん?
唐突に、彼が果物用らしきナイフを右手に取り、掲げ。
左手で何処かから取り出す、ピンク色で棒状の何か。
空中で白刃が走り。
バラ……バラバラ。
輪切りになったソレは空の小皿に盛られ。
コトリと僕達の前に置かれる。
「皆、夜更けに遊びながらの間食は結構だが、食べたらちゃんと歯を磨くんだよ。特に、こんなキャンディーをボリボリした日はね」
「「……………」」
「―――飴細工の歯ブラシ……いえ、金太郎飴ですね、この形なら」
「美緒ちゃん? 絶対にいま考える事ちがうよ?」
何だったんだろう、今の。
本当に何がしたかったのかな。
「じゃあ、夜更かししない程度に楽しんでいってくれ。戻って来る頃までやってたら、強制退去だよ」
「どこ行くんです? 歯磨き?」
「いや、外出てくる」
―――まぁ、十中八九歓楽街だろうけど。
室外へ出た彼の手によって。
そのまま、ゆっくり部屋の扉が閉まる音が響き。
……何か。
何か、引っかかるような気がするけど。
「―――りく」
「……あ、ゴメン。配ってる最中だった」
呼び止める用事もないし、こちらも忙しいからと誰も止める人はなく。
手札が配られ。
僕達も、
折角だからと飴を舐めながら、子供に相応しい遊戯に興じ……。
「……ぁ」
「「あ?」」
「今度はどかした? 美緒ちゃん。ロイヤルストレートフラッシュだった?」
「明らかイカサマだろ」
「それ以前にゲーム違うし……え? カード混ざってなかった?」
もしかして、本当にもう上がり?
「―――――歯ブラシでの戦い方、聞きそびれました」
「「あ」」
―――ボリン、と。
一斉に噛み砕く音が響き。
同時にミント系の様な爽快な風味が広がり、頭が
あぁ、そういう……。
何か、アメ以外に歯に引っかかると思ったら。
あの人、この前適当なこと言ってはぐらかして、今度こそ聞かれそうになったから。
また一芝居打って逃げ出したんだ。
「コレもイカサマ……かな?」
「あの人の存在自体そうかもな」
……………。
……………。
その後。
何事もなく、僕達はゲーム大会に勤しみ。
たっぷり十時間は睡眠を取れる頃に無事お開き。
そのまま、各々がふかふかベッドの誘惑におちていくことになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます