第26話:迷っても迷わぬコト
「「迷ったぁぁぁぁぁあああ―――――ッッ!!」」
いやぁ、迷った迷った。
見事なまでに迷った。
むしろ俺と春香ちゃん二人の場合、迷うのが必然、こうなるのは当然だったのかもしれない。
多分コレ、ジンクス的なアレだわ。
つい半刻―――……って三十分だっけ。
それくらい前、見事に落とし穴に落下した俺たちだったが。
非常に厄介な事に。金属製の穴の底は、両側から隔壁が迫ってきて圧死を強いてくるタイプの即死トラップだったわけで。
『春香ちゃんッ―――俺は、良い……! 俺が何とか支えてるから、春香ちゃんだけでも……!!』
『あ、通気口見っけ』
『………あ、マジ? ―――いや、でも映画じゃあるまいし、人の入れる隙間はねぇだろ。…‥…俺は、良いッ! せめて春香ちゃんだけでも……!!』
『んん~~~っと……ん、ん……ここ!!』
『春香ちゃん……? なにコンコンやってん―――』
『ここ、康太君! ここに
……………。
……………。
あわや、二人仲良く―――本望―――否、圧死。
所謂、絶体絶命の状態だったわけだが。
俺が超怪力で左右の隔壁を抑えてる間にまぁ、そんな感じで。
あわやミンチになりかけた俺たちは、普段のテンションに反して、あまりに冷静過ぎる彼女の機転で危機を脱出。
最も装甲の薄い箇所……多分、元々は非常口だった場所に火と水の餅つき。
金属を脆弱にして破壊しまくり、剥き出た土を大剣で掘削。
ようやく人工物らしき空間に出たわけで……で、迷った。
広すぎんだよここ。
ある程度まで来たら、何故か魔物も魔人も敵の兵隊も居ねえし。
もしかしてだが、敵中枢とか来ちゃった系じゃねえのか?
「……ふぃーー。今更だけど、穴掘りお疲れ様ぁ」
「良いって事よぉ。身体中土だらけなのはご愛敬って事で」
まーるで疲れねえもんな。
マジで、俺の異能って精神力さえあれば無限に動けるんだよ。
終始全力ってのは筋肉疲労がヤバいと言うし。
今までで一番役に立ったかもな。
「―――んで、御嬢様。どうしてあそこが抜け道だとお解りに?」
「ほら。ああいうの作る時って、せっけー段階ではまだ抜け道があるって言うじゃん」
「……そうなの?」
何処知識だソレ。
うちの春香ちゃんがこんなに賢いわけがないぞ。
「スパイ映画とか、ピラミッドの構造とか。そういうのは多いってインテリが言ってた」
「マジかよ。インテリ最高だな」
居ない時まで頼りになるな、インテリの無駄知識。
……で、この空間か。
春香ちゃんが「こっちの気がする!」って言った方へがむしゃらに大剣で掘ってただけだから、俺自身はここが何処だかまるで分からんが。
果たして、カンか?
確かに、彼女は神に愛されたようなあり得ない幸運を持っているが……。
同時に、とんでもない方向音痴だしな。
「―――なぁ、春香ちゃんよ。質問ばっかで悪いけど、何で空間のある場所分かったん?」
「んん? 魔力反応感知しただけだけど」
「……するか?」
「滅茶苦茶するよ。そりゃもう、建物全域……に―――ぇ?」
「……………!!」
俺が驚いたのは、二つの要素に対して。
一つは勿論、春香ちゃんの馬鹿げた空間把握能力。
もしも彼女の異能が記憶系だったのなら、それこそ施設内全体の間取りと勢力分布さえ把握できるような、マジ怪物になってたよな。
いや、或いは読心に長けた異能だからこその効果か?
真実は彼女の本能のみが知っているが……。
そして、驚愕の要因たるもう一方。
それは……。
「あのーー、すみません」
「―――……はい?」
開かれた部屋の一つ。
そこから差し込んでいた光に導かれて踏み入れた部屋の様子は、あまりに顔を顰めたくなるもので。
入口に背を向けていた第一村人へ声を掛けると。
振り返った中肉中背の男は、面食らったような顔で俺たちの顔を交互に確認する。
「いや、お取り込み中の所すみません。ちょっと道に迷っちゃったんですけど、ここの地図とか見取り図とか持ってたりしませんかね?」
「もしくは、陸と美緒ちゃんと冒険者さん達とせんせー見ませんでした?」
春香ちゃんよ。
他の面子はともかく、先生は先生じゃ通じんのよ。
いや……混乱していて、それどころじゃないのか。
確かに、そうかもな。
驚いた、もう一つの要素。
この部屋―――……ヤバ過ぎんだろ。
SF映画で見るような緑色の培養槽。
中には、血の気が失せて青ざめ……蝋のように白くなった人型。
そんなのが、ずらりと数十は存在して。
うち半数以上は中身がなく。
経験と照らし合わせて理解できるのは―――あの中身の人型、
表に出しておけるものでもなし。
これ、マジで敵中枢の魔鏡に来ちまったみたいだな。
「―――……いや、はや。よもや、地下最下層まで侵入を許すとは。私設部隊は何をしているのか」
「「……………」」
「気になりますか。えぇ、そうでしょうとも。どうですか、美しいでしょう……!!」
俺たちの視線をどう勘違いしたやら。
一人で会話を完結させつつ、自身の後方に存在する培養槽へ手を伸ばす白衣の男は、まさにマッドサイエンティスト。
己の自己紹介すらなく。
そのまま、ニヤリと笑って饒舌に言葉を続ける。
「あの御方は慈悲ある方だ。敵方とて武器を置けば、あなた達もこの恩寵たる力を―――」
「あ、すみません」
「そういうの良いんで」
「……………」
絶対いらねぇよヴァーカ。
頼むから、一人で、自分の身体だけでやっててくれ。
「聞いちゃいないんで、それやめてくれます? 俺たち、先急いでるんで」
「……やはり、所詮は下賤な冒険者でしたか。ならば、致し方ありませんね」
やれやれと首を振った男は、次に攻撃的な笑みを浮かべる。
そして、おもむろに片手を天に掲げ。
それに呼応するように。
ゆっくりと薄暗い陰から現れる、今や見慣れた外見の存在。
全身の筋肉が不自然な程に膨れ、波打ち、どす黒い血管が浮かび上がる躯体。
人間とも、魔物とも違う気配を纏い。
朱黒い双眸は生理的嫌悪を催す。
想像しやすい所だと、いかにもな悪魔って感じだよな。
初めて見た時は、そりゃあ尊厳破壊甚だしいとも思ったが。
―――さて、お約束だな。
直立不動なのは、男の指令が出るのを待っているという事なのだろうが……。
「さぁ、
「炎誓刃ンンンンッ!!」
「―――……………へ……?」
「康太君。それ、反則って言わない?」
「え? なして?」
昔から、ずっと疑問だったんだが。
相手が口上述べてる時とか、変身してる時とか、命令下してる時とかって、なんで無防備なのに攻撃しねぇんだろうな。
本当に危ない状態なら、絶対やるべきだと思うんだが。
口をパクパクさせている男に片手で大剣を向け。
俺は、最後通達とばかりに問いかける。
「まぁ、色々とぺらぺらしてもらって悪いんすけどさ。要するように、アンタ極悪人って事で……おけ?」
「―――な―――なん……何を……なんて事……」
ペースを乱されまくって混乱してるみたいだな。
なら、俺たちとしては丁度良い。
悪いが、他の奴らも起きてくる前に二度寝してもらうとするか。
アイツ等自身だって、元は人間。
自分がこんな醜悪なバケモノになってるなんて、絶対にいい気はしない筈だ。
「春香ちゃん。ちょっと離れる」
「おけーー」
「んじゃ、コロンブスの卵ぉぉ!!」
「―――――何をぉぉぉおッッ!?」
一つ後衛へ断りを入れつつ、どう見ても非戦闘者の男の真横をするりと抜け。
剣を全力で振る、砕く。
剣を振る、砕く、振る、砕く。
培養槽らしきケースを卵のように砕きまくり、動かぬ中身を“浄化”の一撃と焔を以って両断していく。
常時剣に炎を纏わせ、四方へ振りまくるさまは、今や全身が燃えているようにすら感じ。
紅蓮乱舞? いや、合技と被るな。
……どう命名するべきかは陸と先生に応相談―――。
「康太君!」
「……………ッ!!」
瞬時に現実へ引き戻された俺は、ほぼ同時にこちらへ駆けてきた春香ちゃんを後ろに庇い、入口側へ向き直る。
どうせ後ろの研究成果様はほぼ壊滅、気にしなくて良い。
「………あーー、あぁ……。随分と派手にやられてやがんの」
言葉と共に現れたのは、淡い茶髪の女性だった。
やや強く日に焼けたような浅黒い肌色に、グラマラスかつ筋肉質の魅惑ボディ。
エメラルドみたいな澄んだ瞳に、醒めたようなクールな顔立ち。
斧と槍が合体したような長い武器を背負い。
しかし、傍らにも一振りの長剣を携え。
如何にも冒険者といったような風体で……はははっ。
……………。
……………。
―――ヤベェよ。
この人、滅茶苦茶に……怪物だ。
今迄出会って来た怪物の中でも、トップクラスにふざけた気配の。
魔力反応を察知した瞬間、クッソデケェ大狼を幻視したぞ。
「―――あぁ、あぁ! 何という―――ソ、ソニア殿! 良い所に来てくださいました!」
((そにあ………!))
……いや、これさ。
絶対ヤバいやつだって。
圧倒的な
というか、まーた俺と春香ちゃんしかいない時?
何かの呪いでも掛かってんのか?
何故どうしてを内包した切なる疑問を覚えつつも、この状況を再確認するために俺はその女性へ話しかける。
「……あのーー、すみません」
「あ―――?」
「いや、違ったら失礼だと思うんですけど―――貴女、もしかして【赫焔眼】のソニアさん?」
その容姿と名には覚えがあった。
俺たち四人は、
あれは、どう見ても。
そのうちの一人の特徴に酷似していた。
女性は、クールビューティーな見た目に反してガラも悪く反応すると。
そのまま、少しだけ興味を示したように俺達二人を交互に見る。
「やっぱり、見ない顔だな。てめェらは……誰だ?」
「あ、康太です。勇者やってます」
「春香です。同じく勇者やってます」
「―――なッッ!? よもや……!!」
今更過敏に反応している男はさておき。
一応、これで有名人の筈だが。
それを知らないって事は、彼女はギルドからの応援とか、リザさんの隠し玉って感じではない?
―――いや、待て。冷静に考えろ。
そこの男、さっきソニアさんが来た時「よく来た」って言ってなかったか?
……………。
……………。
おい、まさか人類の守護者ともあろう崇高な存在が敵方とか、そんなビックリ馬鹿げた話なんぞ……。
畜生、とっくに前例経験済みだよばーか。
「あのあの……。何で、ギルドのS級冒険者さんが……?」
「は、はははっ! この方は導主様の客人として、我らに協力してくださっているのだ! ―――ソニア殿! やってしまってくだ―――」
「うるせぇ。さっきから邪魔だよ、デブ」
「「―――――あッ!?」」
「そろそろ、潮時だ。派手に転がるにせよ、この戦いでどちらかが終わるのは必定。お前等が勝ってギルドが壊滅するにせよ、そうなればお前も用済み……だろ? 早いか遅いかだ、……聞いちゃいねぇか」
潰れたトマトのように、目の前で爆裂四散する男。
新鮮な臓腑が飛び散るその様子は、まるで身体の内側から破裂したようで。
間違いなく、普通に攻撃しただけではない。
……しかして。
そもそも、ソニアさんがやった事と言えば、すれ違いざまに男の肩を小突いただけ。
魔術にしても、肝心の気配がまるで感じられず。
どんな魔術でも、使用には必ず魔力の片鱗が垣間見える筈で……魔術なんかじゃない?
いや、それより何より―――。
「……康太君、デブだった? 今の人」
そう、あのオッサン。
別に、デブじゃない。
「いや、普通に中肉だったような……ェ?」
「脂肪の率が高いんだから、デブに決まってんだろ? ……ま、んなんはどうでもいいや」
「――――はは。ずっと逢いたかったんだぜ、勇者様」
「ひょ?」
「ぴよ……?」
oh……イッツ、YABAI。
この人、間違いなく殺る気だわ。
やっぱり、俺と春香ちゃんの二人行動って止めた方が良いのか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます