第25話:雷嵐が如く




「―――――ふぅ……ッ、ふぅ……、―――んッ!!」



 肉体を叱咤、地を蹴る。


 死んでも剣を離すな、注意を逸らすな。

 一瞬たりとも瞳を閉じることなく、身体と共に常に動かし続けろ。


 脳に想像が浮かんだ時、肉体は行動していなければならない。

 脊髄反射のように早く。

 しかし、絶対に選択を誤ってはいけない。

 針の穴に糸を通し続けるような戦いの中、上位冒険者として必要な教訓が頭の中で幾重と巡り。


 一撃目回避、二撃目、分析。


 三撃目……別種攻撃、分析。



「横薙ぎ―――合わせるように刺突……」

「…………」

「―――右、左……それ、一撃目と同じ――斬り上げるッッ!!」



 上から襲い来る重い一撃を返す刃で往なし、更なる横やりに対応する。

 今に、脳が焼き切れそうだ。

 2-2回目と同じ。

 水のみたい。

 1-9回目と同じ。

 そろそろ、逃げた方が良いのかな。

 3-5回目と……いや。三人目の、8通り目の攻撃3-8


 攻撃は、組み合わせ。

 全ての技は、小さな複数の動きをを合わせたもの。

 だから、どんな剣技でもより細かく見れば、以前に受けた攻撃に当てはめることは出来る。

 

 技という単体で覚えるのではなく。

 相手の動作を単体として覚える。

 そうする事で、分析はよりカスタム性に優れ、本来であれば初見の攻撃にさえ対応が可能になる。

 脳にかかる負荷を加速させ、拍車を掛ける事と引き換えに強力な力を得る。


 ……決して無敵の力じゃない。

 攻撃を覚える必要性、それは僕自身の記憶に依存する故。


 思い出さなければ、一度でも間違えれば。

 それで、僕は終わり。


 ―――でも、【ライズ】が補助してくれるから。

 何とか脳も焼き切れてないし、もうちょっとやれそうだと思える。



「―――……攻撃、やめ。停止」



 果たして、無限に続くと思われた攻撃の嵐。

 上位冒険者が連携を取りながら襲い掛かってきたような剣技のデパートは、突然に閉店し。


 動きを止める甲冑の魔人たち。

 ……意識は、恐らく存在しない。


 ―――本来、彼らには本能しかない。

 その本能すら、今は命令に従うだけのものに作り替えられてしまっている。

 敵ながら、あまりに不憫だ。

 では、それに加担したであろう彼女は、果たして何を考えているのか……。



「少年。何故、死んでいない……?」

「いや。失礼じゃないですか?」



 思考の最中の言葉。

 指揮官たる女性……ようやく話しかけてくれたと思ったら。

 まさかの一声目がそれなんて。



「あり得ない。あまりに攻撃が当たらぬ故、つい過負荷にならない程度の最大出力を出してしまっていたが。何故、立っている? 何故、喋れる」

「……………」

「特別製だぞ。個人個人が冒険者にしてB級の平均値を超えている。お前の身体能力とそう変わるものでもない者たちの攻撃を、何故皮一枚で受け続けられる」

「そんなの―――。……頑張っているからに決まってるじゃないですか」


 

 いや、本当に。

 今更になり、ようやく戦闘の嵐から解放された身体はどうだろう。


 全身が血だらけ。旅装はボロボロ。

 致命傷や重要な器官には受けてないけど。

 細かな生傷を数えるのなら、十や二十ではまるで足りない。


 もしも只の人間だったら、多分失血死してる筈で。



「まるで、こちらの動きを全て把握しているかのように動く不合理。理解が出来ん。それが勇者の異能という事か?」

「そんな所です」



 未だ致命傷を受けていないのは、紛れもなくそう。

 とはいえ、力が永遠というわけでもなく。



「データを取るだけなら、もう良いですか? さっきも言いましたけど、本当に急いでて。貴女も、あんまり時間は掛けたくないみたいですし……」



 言葉の最中、女性の指が微かに動く。

 こちらとて、会話中にも決して油断はしていない。

 急ぎ剣を構え、不意に鋭く襲い掛かって来た敵の刺突を弾く。


 分かってた事だけど。

 この女性は戦闘者ではなく。

 正々堂々とか、誉れとか、高尚な理念は欠片もない。

 不意打ち奇襲はお手の物、ただ僕を回収できればそれで大満足なのだろう。


 今更、見逃してもらおうとも思っていない。

 会話は呼吸が整うまでの時間稼ぎだ。



「………ッ、危ないですね。護衛の教育がなってないですよ」

「―――まるで、油断をしていない」

「……する筈ないじゃないですか、底も得体も知れない相手に。さっき、過負荷になり過ぎない程度の全力って言ってましたよね」



 それは、つまり。

 異常をきたす前提で稼働させるなら、まだ上はあるという事。


 これより更に上なんて。

 或いは、速さだけならA級の領域?

 次こそ、致命を受けるかもしれない。


 ……実際、時間もない。

 ならば、そうだとも。

 それでもいい、むしろ、それが一番の最善手。



『―――じゃあ、教訓の時間だ。高尚な教えを与えようか、リク』

『……まともな教えなら良いんですけど』

『私の尊敬する男たちの言葉さ』





「―――ふぅーー……。始めは、冷静。次第に、大胆。最後の一撃は無想……バカであれ」





『その先に見えるものは確かにある、ってね。追い込まれた時ほど、一度簡単に考えてみるのも大事だ』

『―――それ言った人たち、先生に似て頭良さそうですね』

『はははは。悪口?』



 不意に口から漏れ出た言葉を聞いたか。

 女性は、分析するように目を細める。



「……まじないか?」

「えぇ、そんな所です。ところで、なんですけど」



 こちらの覚悟はできてる。

 後は、あちら次第だ。



「もう、結構身体ダルイんです。個人的にはこのまま逃げさせてもらっても良いんですけど、ちょっと自暴自棄っていうか。僕が下手を打って失血死とか自害とかしたら、元も子もないんじゃないんです、か―――?」

「………成程」



 表情の伺えない彼女の顔が、顰められる。


 公に、今代の勇者が複数いるという話が広まって久しいけど。

 実際、いま彼女が捕捉しているのは僕だけ。

 この後確実に出会う保証もない。


 なら、逃す手はなく。

 また、生きたまま捕獲したいというのも当然だろう。



「このまま無為に戦うだけなら、どうです? 自慢の兵隊と、僕。短期決戦っていうのは」

「……持久切れを狙う事もできるが、確かに一理ある。面倒は嫌いだし、実際に目にして益々欲しくなった。死体から能力が得られるかも怪しい。生け捕りこそ、最上だ」



「―――良いだろう。……至上命令、最大負荷。全力を以って勇者を捕えろ」



 分かっていてそう来る、そう来る筈だよね。

 一斉に、全員で。

 生け捕りや手加減なんてものは、高度な作戦か大きな力量の差があってようやく成立するものだから。

 彼女は、圧倒的な力を持って押さえつけようとして来る筈で。


 一斉に攻撃態勢になる甲冑たち。

 

 まさに密集陣形。

 究極の防御たる攻撃を成しうる、鋼の城塞という事だ。



「正面から行きますよ。―――“風切羽・嵐舞らんぶ”」

「風刃か。進め。怯むな、そのまま砕け」



 発生させた刃の強風を物ともせず、向かってくる甲冑の部隊を前に。

 僕は一度鞘に納めた剣を、半ばに引き出す。



「……………さぁ」



 引き出した刃へ、あらん限りの魔力を注ぐ。

 刀身が刃の銀光と黒色のまだらに覆われる。

 粉のような光が雫のように滴り、落ちる……落ちる。


 敵影、十メートル。


 一瞬で五メートル。


 ……………まだ。

 まだ、引き付ける。

 四、三、二……剣先が、眼前にまで迫った時―――ようやく閃光を解放する。



「―――――抜刀、雷銀斬」



 それは、僕のオリジナル。

 エルシードの【飛燕竜】戦で痛感した、己の決定力の低さを補うために生み出した必殺剣。


 雷銀とは、化学反応によって生まれる銀化合物。

 揺れ動かすなど、ほんの少しの刺激でも爆発する性質を持った、名の通り雷の様な物質だ。


 無論、名前自体はあくまで例えだけど。

 この一撃の持つ爆発力は……その名前は、決して誇張なんかじゃなく。


 滑らかに、水のように脱力。

 刀身に収束する爆発的なエネルギーを抑えつつ、床に散った細やかな力溜まりを踏み抜き、跳躍。

 足裏に大きなエネルギーが生じる。

 この為の金属板。

 靴底に存在する板のお陰で、足裏の爆発を防ぎ。


 その風圧による異次元の速さで間合いを詰める。


 斬り裂く―――刀身から、足裏で発生したモノとは比較にならない密度の、極小の雷嵐が顕現する。

 彼等の動きが、ほんの一瞬だけ止まったように感じる程、脳の回転と僕の動きがカチリと合う。


 煌めく長剣の刀身が、前方の全てを斬り裂く。


 重厚な甲冑が容易く裂ける。

 腕が飛ぶ。

 胴が飛ぶ。

 痛みはないだろう。

 彼等には恐れも、焦りすらもないだろう。


 ―――でも。

 欠損というイレギュラーによってズレた彼らの動きには、立て直しのための一瞬の誤差が生まれ。



「遅れは、絶対にある」



 だから。

 決して逃さず、この一撃を以って、全ての首を断とう。



「―――烈風一刃、横撫」



 もしも魔術が失敗していたら。

 足裏で発生した爆発の衝撃にバランスが取れず、転倒していたら。

 それだけで、立場は逆だったけど……そんなの、考えるだけ無駄。


 どうしようもない可能性を考えない。

 それも、この旅で学んだことの一つ。


 ガラン、ガシャン……。

 彼等の纏っていた鎧が音を立てて一斉にその場へと散らばるより早く。

 粉塵と化した魔人の姿を見届け、再び地を蹴り王手をかける。



「―――馬鹿―――な……」

「はぁ……、はぁ……ッ。……残りは、貴女だけです。戦えますか?」



 この期に及んで、この人まで武器を取り出したら困惑したけど。

 そういう様子はなく。

 荒い息を吐きながら剣を突き出して睨みつける僕に対し。

 研究者は、肩を竦めて倒れ伏した魔人……その残骸となる塵を見つめる。

 

 甲冑の残骸は、そのまま。


 変な細工もなさそうだし。

 

 注意を向けるべきは、この女性だけで良いと。

 油断なく睨みつける前で、彼女はやれやれといった具合に爆風でズレた眼鏡をあげる。



「私は研究者だ。戦闘能力はない。分かっていると思っていたが? 見ろ、飛んだ金属片で腕を……」

「なら、聞きたいことがあります。あなた達の首領の下に行く道順――もしくは、あの閉じた壁の向こうに行く方法は? 開けられますか」



 勿論、前者は本気で聞いたわけじゃない。

 話してくれないだろうし。

 

 だから、本命は先程分断された通路。

 美緒たちと合流できるルート、追い付ける道順を知る事で……。



「施設のセキュリティ運用は一方通行。私に出来るのは閉めるだけだ。だが、あの御方――導主様の元へ行くための道順なら易い。まずその先の通路を右。次の十字路を右、左、左、右……そのまま正面の階段だ」

「え」

「そして、次に……」



 ぺらぺらと、複雑な道順を話していく女性。

 それは、まるで迷いのない口調で。



「……あの―――本気で言ってます?」

「無論だ」

「嘘とかですか?」

「なぜ虚言を叩く必要がある」



 嘘を見破れる春香じゃないけど、分かる。

 これは嘘じゃない。

 彼女は、本気で首魁……固有名「ドウシュ」の居場所を話しているのだ。 



「―――と、言ったところだ」

「……どうも……ありがとう、ございます」



 分からないよ。

 何も、分からないよ。


 道順は覚えたし、組み立て図も出来た。

 でも、彼女の意図がまるで分からない。



「―――フム。記憶力が良いのだな」

「そこそこ自信あります」

「……例えば、だが」

「お断りします」



 で、そっちは嫌な予感しかしない。



「……やれやれだな。近頃の少年は、人の話を聞かないようだ」

「じゃあ、もう一つ」

「……そろそろ、私からも何か利になる―――」

「もう一つ」



 この場で聞いて良いのは僕だけだと。

 剣を喉元に突き付けて繰り返すと、彼女は無表情のまま黙る。

 男女平等は師匠の教えだ。



「隔壁内に、多分操作するタイプの落とし穴ありましたよね。アレ、落ちて大丈夫なやつですか?」

「大丈夫とは言わんな」

「具体的には?」

「あれは、重量感圧版に備えられた生体反応感知器のバランスに応じて動きが変化する。あまり大人数で墜ちられた場合、面倒だからな」


「暴れられたり、後処理の面がですか」

「その通りだ。それ故、反応が一人分になるまでは際限なく横から圧を掛け続ける。落ちたのが複数人なら、助かるのは一人だけだ。無論、全員死ぬ可能性もあるが」


「……抜け道は?」

「無いな。設計段階で存在していた横孔も、金属で塞いだと聞いた。他より強度に劣るとはいえ、上位魔術でも破るのは骨。そもそも継ぎ目がないように溶接してあるだろうし、場所など分からんだろう」



 横孔……金属。

 上位の魔術でも開くのは難しく。

 そして、そこへ落ちたのは、康太と春香で……うん。



 ……………。



 ……………。



「―――大丈夫です。もう聞く事はありません」

「そうか。用が終わったのなら、私は戻らせてもらうぞ」

「……何処に?」

「研究室だ。兵は殲滅されてしまったが、新しい実戦のデータが取れたのだから、次の研究に活かすのは当然だろう。またゼロの土台作りからだ」



 敵対的でないならそれも良しと。


 会話を切ろうとした僕はようやく刃を収めるけど……けど。

 それで尚、敵を前に「戻る」などという不思議な言葉には興味を引かれ。



「「……………?」」



 首を傾げる僕と、同じく首を傾げる女性。

 何で、彼女までもが怪訝な顔で僕を見ているのだろう。


 いや、まぁ……そろそろ理解した。


 この人、研究馬鹿だ。

 それ以外、眼中にない手合いだ。



「……えっと」



 流石に、こんな先生アホゥみたいな手法が通用するとは思ってないけど……。



「あ~~、あんなところに異界の勇者が、三人も……!」

「なに―――――っっ!?」



 ていッ……っと。

 頸部を叩いて、気絶させ。

 すぐさま、後遺症が出ないように、また気管に入らないように注意しつつ喉へ回復薬を流し込む。


 これで……良しと。

 僕には時間がないけど、これだけ内情に詳しい人は後々の為に捕縛すべきだから。

 取り敢えずここに縛っておこう。

 先に見つけるのが敵方か味方かは分からないけど、その時はその時。

 白衣を縄紐がわりに使わせてもらって……っと。



「もしかして、僕が一番乗り―――かな?」



 思いがけず、研究者の口から語られてしまった敵組織首領の情報。


 ―――ドウシュ。

 かつてプロビデンスの前身であった組織は、バシレウスと名乗る宗教団体だったという。

 こういう世界でカルトな教祖、なんて。

 凄く、すごく嫌な予感しかしないけど。



「……行こうか」


 

 どっちにせよ。

 いずれ、そこに行くことになるんだから。

 皆と合流するには、敢えてそうするのが一番良いのかもしれない。

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