第27話:赫灼の狼戦士




 覆う水の滑らかさで飛ばした短剣の加速力を引き上げつつ、敵の眼前で分離。

 質量の鋼の刃、鋭さの水の刃。


 二つが全く同じ角度から。質量の差で、一振りでは弾けない等間隔に襲う仕組み。

 刻印の効力により、短剣は風圧の影響も受けない。


 そんな厄介な技―――の筈、なんだけどぉ!



「―――――……あぁ、耐風刻印か。影隠も実戦向きな技術だ……っと。あの野郎に教わったか? 言われてすぐ出来る奴は少ない筈だが」



 知ってる筈もないのに、一瞬で見切られる……!

 人類の極致である最上位冒険者の出した答えは、刺突。


 等間隔で重なる刃目掛け、腕を捻って剣を突き出す。


 手首の回転により水を割り、金属をも砕く。

 そのまま腕を突き出した態勢で鞭のように剣を振り絞り、康太君の大剣を迎え撃つ。



「回転力おかしいだろッッ、手のひらクルーのレベルじゃねえぞ!?」

「くるぅ? ははっ―――意味わかんねえ。……ほら、赫牙あかきば

「……チぃぃッ!!」



 元より、大剣と長剣が正面から交わった際の相性差は歴然。


 ……なのに、それでさえ押し込まれるは、大剣。

 競り合いで、彼は片刃に腕鎧を当てて抑えることで、如何にか拮抗きっこうさせているけど。


 対して、打ち合いに片手しか使ってないソニアさんって……ごりら……?

 背負った槍……斧? も、使う素振りないし。


 打ち合いの中、下からの切り上げに、振り下ろした側の大剣が弾かれる。

 そのまま、袈裟けさに。

 火花が散り、康太君の体勢が大きく崩れ、がら空き……!!



「―――――ちょ、まっ……ッ」

「あたしだってっっ―――出来るっての!!」



 彼の胴へ伸びてきた剣の一撃を、愛剣を全力で振り抜き往なす。


 長剣と大剣で渡り合えるんだから。

 その攻撃を、短剣で何とか逸らせない道理なんてないさね。


 なめないでよ、あたしは守られるだけじゃない。

 互いを補うための前衛後衛なんだから。


 ……ここは閉鎖空間。

 あたしの得意とする跳剣にはもってこいの立地という訳で。



「“雲水竜”八岐大蛟やまたのみずち!!」

「おぉ……? とと」



 小さな短剣を核として、水刃で二回りほども肥大化させた八本のあぎとが宙を飛び交う。

 跳ね、返り、ソニアさんを不規則に襲う。


 まだ、遊びみたいなもんなんだろうね。

 向こうが余裕の回避を見せている間に二人でコッソリ距離を取り、言葉を交わす。



「あたしも居るんだけど。一人でやってないでよ……!」

「すんません! カッコつけてました! ……んでもって、このまま出来る限り時間稼ぐカッコつけるから、ちょっと決定打お願いしても? オレ、ムリ」

「決定打……あの人相手に?」

「―――出来る限りで良いわ。無理なら後で土下座してみよ」



 それで見逃してもらえるのかなぁ。

 でも、……既にやる気だ。



「さぁ、ひっさしぶりに限界の限界やっちゃうぞぉ」



 再び右足から踏み込み、前に出る康太君。

 熱感知や、火纏い。

 多くの補助魔術を行使しつつ、全身燃え盛るバーニングマンと化して飛び込み。


 一撃、二撃……。

 その全てを全力で振り抜く。

 後の事、後の余力なんて考えず、全身全霊、鬼神みたいな膂力をもって斬撃を放つ。



「そら、そら……良い打ち込みだ」

「―――う、ぐおぉぉぉぉっっ!!」


 

 互いの刺突が擦れるように交わり……互いの身体へ向けてすれ違う、その最中。

 相手が手首を返す。

 回転した刀身が火花を散らし、彼の武器が弾かれる。



「さぁ、一殺―――……反応も良いが―――ほれっ」

「うぅッッ!?」



 そのまま懐へ潜られ。

 しかし、寸でで左手の腕鎧が防御に間に合う。

 長剣で強かに打たれた衝撃はお腹に伝わって、彼は足を大きく引き摺られながら後方……こちらへ。 



「―――ごッッ……っふ」

「康太君!」

「……大丈、夫……、腕痺れたけど、昼メシ固形物多かったからまだ残ってるだけっ、で」



 背中からあたしに受け止められた彼はそう言っているけど。

 やっぱり負担が大きすぎる。

 そのまま継続は、ちょっと厳しめかな。

 強くなったつもりなのに……やっぱり、あのランクの人らヤバ過ぎ。



「準備出来てたし、大丈夫。ちょっと休んでて―――三秒くらい」

「……………」

「さて。お前は、どうだ?」

「―――――っっ……雲蒸龍変―――」




「“朧龍おぼろりゅう”!!」




「―――へぇ……?」



 発動するは、雲蒸龍変に最大迄魔力をつぎ込んで、常時状態変化し続ける性質を纏わせた奥義。

 今のあたしに出来る最大最強。

 先生お墨付きの高純度大容量の魔力を一度に最大容量の半分以上を注ぎ込んだ。


 上位魔術から生み出したオリジナル―――名は、朧龍。

 朧とは、不定形、無形。

 この魔術は……。



「良いぜ、“紅蓮乱流―――炎纏えんてん”」

「向かい打てぇぇーー!! おぼろーー!」 



 巨大なあぎとを広げる焔と、同じくとぐろを巻いて襲い掛かる水龍。

 二つがぶつかり合う中で。



「これは―――……おぉ……っ!?」



 極大火炎の一撃を受けて一気に蒸発した水は、霧として再び襲い掛かる。

 質量で言えば霧より水が上。

 でも、霧は水以上に打撃や斬撃なんて無意味。

 絶えず広がる濃霧は視界を奪い、覆い……弾く事も出来ず、敵は千変の幻影へ隠された凶器に刻まれる。

 

 朧の龍は、あたしの意思一つで鎌にも針にも自由自在よ。


 濃霧で視界を奪う、水刃で斬り裂く、氷の礫でズタズタにする。

 形状変化により、それら全てが一度に出来る、切り札。



「―――道理で。お前……魔術型か」

「魔術型ゆーしゃです!」



 魔術戦なら、会話する余地はある。

 勿論、思考力が削られるからあんまり考えて話したくはないんだけど。


 それで不興買うのも怖いし。



「斬っても斬っても無くならねェ。蒸発しても終わらねェ。成程、スゲェな、これも」



 ソニアさんは、煙のようにまとわりつく呪いの霧を紅く輝く刃で切り刻む。

 朧龍、あたしの最強奥義なのに。


 彼女もまた、ばけもの。

 霧の目くらましは視覚以外で対処し、濃霧の中襲い来る巨大ひょうを容易く砕き、水の質量を剣一本で跳ね除ける。


 ……全ての現象を、容易く断っている。



「ならッ―――凍って! 爆散ッッ!!」



 腕を振りながら叫ぶ。

 龍の一部が凍てつき、一斉に砕けた破片は散弾みたいにソニアさんを襲うけど。


 全ては本人へ辿り着く以前に蒸発。

 暑すぎるよ、この部屋。



「ハハハっ!! 何だッ、何だッッ、やれば出来るじゃねェかっ、面白ぇ!」

「……ッ」



 龍の防御は、凄い速さで崩されて。

 片端から蒸発していく。


 蒸気が霧となって再び構築、水になる、氷になる、霧になる。

 ……とどかない。

 普段使いに慣れてないあたしの頭じゃ、三種類の力を並行して使うこの魔術を長時間は使えない。


 焦りの水滴が頬っぺを撫でる頃。


 後ろからの息遣いが小さくなり。

 肩に手が置かれる。



「まだまだ、いける」

「……無理しないで」

「……問題ない、回復した」



「炎誓刃、飛焔ひえん―――ッ!」



 得意技の派生、飛ぶ炎の斬撃。

 空間そのものを燃やしているかのような炎が舞い、霧中のソニアさんに肉薄し。

 

 また、皮一枚で避けられる。


 

「何で当たんねぇんだよ! そろそろ、一撃くらい喰らってくれ!!」

「そうだそうだ!」

「―――……もっと、もっとだ……あぁ、ようやく調子が乗って来た。お前等も、ゾクゾクしてきただろ? はははっ」



 あの人、限界まで引き出そうとしてるよね。

 一瞬でも気を抜いたら斬られるけど。

 手を抜いている訳じゃなく、全部出させたうえであたしらにトドメを刺そうとしてるんだ。



「くそがッ……もっと―――もっと寄こせ!! “飛焔”」



 前へ出た康太君が、再び彼女と刃を交える。

 隙に撃たれる飛翔する斬撃は、彼の操作で僅かに弧を描くモノの、魔力の流れ自体を見ている彼女には絶対に当たらない。

 ……当たるとすれば。


 康太君の意思関係なく、あの炎が意思を持って攻撃してくれたら。

 主の命令を聞かず、関係ないと、自ら動いてくれたら。

 それだったら、当たるのに。


 

「康太君!! パス!」

「……………!」



 祈ってる暇なんかないと、思考を戻して。

 皆が絶賛するあたしの投擲能力を生かし、投げたるは球体状の袋。

 彼は、それを炎剣で両断し。

 中の小麦粉が舞い散り、粉塵爆発を起こす。



「―――お。惜しいな、ソレ」



 ……って、何で効いてないのよ!

 分かっていた康太君はともかく、ソニアさんもまた超感覚としか言えないような体裁きで爆発を逃れる。

 本当にバケモノ過ぎるよ!!



「目線、殺気、刃の向き、どれも頑張って抑えてるなぁ。相性も、連携も、いい。……ま、総合すれば丸わかりだが」

「くそッ……!?」



「――――もう一回……ッッ……ぁ、身体、が……ぅぅ。はっ……はっ……」



 圧されつつある康太君を援護するために、再び魔術を行使しようとして、気付く。

 ヤバい、動かない。

 一瞬で全量の過半数を行使した影響。


 魔力欠乏だ。

 全身に力が入らない、呼吸が苦しい。



「炎、誓刃……!!」

「そら、威力が落ちて来てるぞ。まだまだ、限界を超えてみろォ!!」



 また、康太くんの放った炎の斬撃が敵に当たらず四散する。

 同じ戦場に居るのに。

 剣も握っているし、扱い方だって知っているのに……武器を手にしているのに、動けない。

 見ている事しかできない。


 また、炎の斬撃が飛ぶ。

 彼も既に魔力が底を尽きかけている筈なのに。


 

 ……………。



 ……………。



 ……曲がって。



 曲がって。

 曲がって、曲がって……。


 飛焔が曲がれば、当たるんだよ。

 魔術が想像の力から生まれるってんなら。

 アンタの主の仲間なんだから、少しくらい言う事聞いてよ……曲がってよ―――っ。



「曲がって―――――曲がれッッ!!」






「―――……あ……?」






 祈るでも願うでもなく、「やれ」と強く念じて叫んだその時だった。

 飛散した炎の斬撃が、意思を持ったように動く。



「―――ぇ……? 何で、俺の……」



 不意に大きく弧を描いて屈折した紅蓮の一撃は、期せずして剣を握るソニアさんの右腕を突き抜ける。

 高火力の焔は、腕を一瞬で焼き焦がし、黒く爛れさせる。


 その出来事には、技を放った康太君さえ呆けた顔で。


 それは、まるで。

 もしかして、本当にあたしの―――――。



「……………」



 攻撃を受けた本人は全く痛がらず、熱がる素振りも見せず……そもそも、理解しているのかも怪しく。

 理外の現象を分析するように目を細め。



「これは……小僧の火炎が―――あ?」



 そのあまりに怖い瞳は、不意にグリンとこちらへ向く。



「お前か……?」

「え……、あ、いや……」



 違います違います違います違いますワザとじゃないんです。

 狙ったわけじゃないんです。

 そもそも他人の魔術の主導権を奪って操作するとか出来るわけないじゃんじゃん?魔術って言うのはその人の魔力で構築されてるからこそ操れるわけで、他人が出来るとすれば先生がやるような炎を剣で捲いて反射するような技くらいで、いやそれも一般からすればバカみたいな神技らしいんだけど―――まってまって。



「そ、そんなわけ~~」

「良いっ、良いぞッッ―――と同レベルか!? もっと見せてみろ!!」



 アカン……!

 何か変な期待しながらこっち来るよ!

 本当に知らないのに。



「今の、もう一度やって見ろよ、なぁオイ!! 火が必要なら私が出してやる!!」

「ちょっと、まって下さ……、のーー!? からだうごかな……」


「まだ、だってーーのっ」

「―――っとぉ」



 あたしとソニアさんの間に断頭台の刃が落ち、V字に跳ね上がる。

 大剣と焔、再び熱波が全身を撫で。

 迎え撃った紅い長剣と、斬り上げられた武骨な大剣が交わる。



「まだ、俺が相手してんでしょうが……んぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ……!!」



 刃が交わり、炎が爆ぜる。

 その爆心地で、爆ぜた炎を歯牙に掛ける事無く刃を合わせ続ける二人は、決して瞬きすらなく。


 康太君は、咆哮と共に剣に力を籠める。

 でも、遂に両手で剣を握ったソニアさんの前に。

 しなやかかつ筋肉質な腕に、彼の剣は押し込まれていき。

 


「ぐッ……ぁ。はぁ……、はぁ……。クソッ」



 不意に放たれた足蹴りに、身体が飛ぶ。

 またあたしが受け止める。

 


「そろそろお腹の中身出てきそう?」

「……ははは」


「―――良いぜ。二人仲良く、だ。さあ、もう一回試してみようぜ。“大妖のブロッケン……」



 ……短い会話を楽しんでいる暇もなく。

 眼前で生成される火球。

 大きさは、バスケットボールくらいの……まあかなり大きい部類だけど。

 それ以上の大きさなんて、沢山見て来てるし。


 ……いや、違う。

 あの大きさに、あり得ないくらいの殺意が渦巻いてて……量じゃなく、魔力の質が桁違い。

 火球は長剣の刀身を覆い、巨大な炎剣になり。



 ……………。



 ……………。



 軽く、この部屋吹き飛ぶレベルの魔力量が……ぁ。



 コレ……、あたし達、死んだ―――――。



 ……………。



 ……………。



「あれ?」



 今に迫っていた焔を纏った刃が、あたし達の眼前で静止している。

 それは果たして、同じく呆けた顔の康太君が如何にかしてくれた……という訳ではなさそうで。


 刀身を覆い尽くす巨大な焔塊が掻き消える。

 表情の消えたソニアさんが、突然に踵を返す。



「お前らは後回しだ……。急用が―――出来やがった……ッ!!」




「「………え?」」




 瞬く間に。

 嵐のような速度でソニアさんは去って行く。


 ……何か感じたのかな。

 確かめたいけど……あ、ちょっとダメっぽい。



「……あぁ~~死ぬかと思ったぁ!!」

「わっ……とと」



 ようやく立ち上がったけど。

 また魔力欠乏の症状がぶり返してきたあたしは、そのまま後ろ向きに倒れそうになって。

 でも、がっしりした腕がふわりと支えてくれる。



「大丈夫ですか? お姫様」

「康太君……」




「―――――さりげなくお尻触ってない?」




「………いや、冗談っスよ」

「どの辺が? てか痴漢に冗談とかあんの?」

「その……出来心的な」

「やっぱり痴漢じゃん。ずっとずっと大好きとか告白までしておいて、やっぱり身体目当てなの?」

「違いますぅ!!」

「―――どの辺が好き?」

「……全部、は……ダメ―――です?」



 言ったきり黙り込んでしまう康太君。

 顔真っ赤だし。


 あたしの異能も、特に嘘はついていないと証言してくれて。


 ……一応、まだ油断ならない状況なんだろうけど。

 まあ、頑張ってくれたんだし?

 ちょっとくらい、ご褒美あげたって良い……よね?



「ね、康太君」

「はい、何なりと!」

「ホント? ……じゃあ―――目、閉じて?」


「そりゃ、勿論―――……ぇ? あの。いや……ええ、と。その……?」



 乙女か。

 どんだけキョドるのさ。 



「早く、め、閉じる。ついでにちょっと顔近付けて。ほら、はやくして」

「……はい」



 さて。屈んで貰ったは良いけど、どこにしようか。

 額、は……流石に子供みたいで可哀想だし。

 でも、ほっぺっていうのもなんだかな。それはそれで、また子供のお礼っぽいし。



 ……………。



 ……………。



 良し、あたしは大丈夫。

 こっちだって、すっごく……ほら、感謝? してるし。

 そう、ご褒美。これはご褒美だから。


 こういうので焦ると当たって痛いって言うし、そう……。


 瞳を閉じて……ゆっくりと―――――。

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