第21話:始めよう、戦争




「―――アレが【鉛灰えんかい】のスウォーレンさん。皆がよく知る三拳人の一人、ヴアヴ教国のギルド第一支部長だね」

「「……………」」

「で、【風斬り】……彼女は西側で活動してるB級冒険者、だったかな。続くは【獏砂】と【波状鎚】……」



 先生が指さす先は、現在地から数百メートルも下方。

 山脈の切り立った断崖で。

 山と山の間に隠れて存在する巨大な人工物は、あくまで氷山の一角。

 本丸、要塞設備の多くは山内部へ存在するらしく。


 敵拠点内部へ次々と乗り込んでいく影。

 各々の武器を手に、正面から攻めていくは皆が歴戦の冒険者たちだ。

 


「お、あの御仁も来てるのか。あそこにいるナイスシルバーが前に話した無音の暗殺者【沈黙】……あぁ、隣にいるちっちゃい兎さんは身体強化の極致【火車轟】だね。二人は、A級でも上位に入る怪物だ」

「ウサギ……へぇぇぇ……」

「玉兎……ウサギ型の希少種族、ですね。久しぶりに見ました」



 ……………。



 ……………。



 ―――異名持ち冒険者、多すぎない……?

 それだけ強者しか招集していないって事なのかな。


 敵の本拠である山塞への突入地点は、全三箇所に分かれ。

 僕たちがいるのは、幻の四箇所目。 


 現在地はミラミリス山脈の高高度で。

 獅子奮迅と言わんばかりの勢いで突入していく冒険者たちを上から見下ろしながら、その時が来るのを今か今かと待ち続ける。



「―――にしても、よく見えるねぇ……。メッチャ離れてるのに」

「視力良くなり過ぎたね、僕達」

「理論上では二桁も可能と言いますからね。魔素などの概念が絡むと想像も出来ません」

「……ま、難しい話はさて置き、ここデカすぎんだよなぁ。あの人たち、迷子にならねぇか?」



 数百メートルの距離があるだろう高低差。

 隠れ潜む僕達は他愛ない話で時を待つけど。

 確かに、偵察の報告により作成した予想図でも、山脈全土を拠点としている敵の強大さが語られていて。


 ……でも、迷子は。

 歴戦の冒険者に限って、方向感覚なんて初歩的な物につまずくとは思えず。



「ふふふ……、大丈夫だ。信頼していい。彼等は、大したタマだ」

「多分悪役の台詞ですよ、それ」

「何よ、大したタマって。……んでんで―――あの人たちの持ってる武器がぜーーんぶ“浄化”の施された武器って、マジで言ってんす?」



 ……先生が語った冒険者たちの奥の手。


 浄化刻印の施された装備。

 それは、僕達も所持している物だし、言うだけなら簡単かもしれない。

 しかし、本来浄化装備というものは剣ならば【聖剣】などと語られるような武装であり、一度市場へ出されればその価値は計り知れず、売りに出されてさえ値段の付けられないような代物とまで言われる。


 金に飽かした収集家が手に入れられるものでもなく。

 


「……お金で買えるような物ではないんですよね? それを―――倉庫、一杯? 塔最上層の秘密保管庫に?」

「外交の暴力か?」

「地の聖女、水の聖女、火の聖女が数か月前から急ピッチで作成し続けていたからね。こうなることが分かっているんだから、協力しない手はないさ」



 ……簡単に言うけど。

 それが、果たしてどれだけ大変なことか。


 そして、もう一つ。



「フィリアちゃん、大丈夫かなぁ」

「寝不足になっているかもしれないですよね」



 その心配がある。

 僕たちの知る火の聖女。

 彼女の精神力の強固さは僕らの知るところだけど、とにかく気の毒で。



「いや―――案外、座学とかが免除されて喜んでんじゃねえかな、フィリアさんなら」

「……ぁ、それあるね」



 彼女と波長の合うらしい康太の発言に思わず同意する。

 あり得そうで困る、と。

 一見王族に相応しい雰囲気を纏っている彼女が、実は勉強嫌いかつ、だらけるの大好きというのは皆の知るところだしね。

 そして、数を作成できたとして。



「それだけの武器を、よく持ってこれましたよね。近場のクロウンスでも何日も掛かるのに、他の二つは更に道中手間取るじゃないですか」

「……だな」

「こっちの切り札が来るって言うなら、向こうだって妨害してくると思ったんだけどねぇ?」

「そこは、ロゼッタたち一流の職員だ。極秘裏に先方と商談、運搬さ。直近まで、知っていたのはギルド内でも数える程。秘中の秘ってヤツ。私でも知らなかった」



 先生でも……わぁ。

 その辺、流石はリザさんだなぁ。



「―――まぁ、それでもなーぜか襲撃は受けたらしいが……」

「「――え―――?」」

「情報は漏れていなかったのでは?」

「勿論。襲撃と言っても、只の野盗等さ。当然に全部撃退。プリエールはほぼ西側で管理も行き届いてるから小規模だったし、シンクが大活躍と聞いた。トルキンは長路だが、ゲオルグが同伴していたし」

「……北側、野盗の方が可哀想」

「だからゲオルグさん、召集前から本部に来てたんですね」



 頭の中で話がすべて繋がる。

 皆、独自に動いていたんだ。



「―――どうも。はい、私ですが……――えぇ、了解。ここからは独自に動かせてもらいますよ。はい、はーい。失礼致します」



 感じ入っていると、先生に連絡が入ったらしく。

 彼は居住まいを正し。

 上司から指示を受けたようにペコペコと頭を下げて“念話”を切る。



「ヴァレットさんから、奇襲成功の報だ。……そろそろ我々も行こうか。聖剣の準備は良いかな? ハズレ勇者の諸君」

「「はい……!」」



 僕達は作戦の立案と指揮を担当するギルド理事ヴァレットさんの指揮系統から外された隊で。

 ここからは完全に独断での行動との事。


 無論、追い出されたとかではなく。


 ……こちらの役目は、向かってくる敵を極力他の隊へ押し付けつつ最奥を目指し、敵首魁を討ち取る事。

 そう。むしろ、これ以上ない大役で。


 ただ、前へ奥へと進むだけ。

 難しさなどない、そのままの任務だから―――何も深く考える必要はない。


 それに、今回は大丈夫だ。


 

 だって、今回は……。



((A級冒険者居るし……!!))

(恐らく、今回は)

(あたし、普段よりずっと楽出来る……よね!)

 



  ◇



 

 ……なんて、皆が緊張しているであろう中、僕一人勝手に甘く考えていたけど。

 その愚かな考えはすぐに霧散した。

 


「きゃー、助けて勇者様ぁーー」

「「先生!」」



 訂正、愚かなのは多分この人だ。

 全然働いてくれないじゃん。


 後衛である春香の、更に後ろにいる彼。

 ここは敵地だから、当然四方から狙われる可能性があるわけで。

 時に、最後尾から忍び寄って攻撃してくる敵も居たけど。


 それら全ては、僕たち任せで。


 彼が武器を抜く事は無かった。



「―――あの、どういうつもりです? 俺達が防がなかったら、死んでませんでした? 今の」

「やる気ゼロですよね」


 

 そう、本当に何もしないのだ。


 首筋に敵の刃が迫っても動かない。

 本当に働かない。

 だから当然、僕たちが何とかして。



「皆が守ってくれると分かってくれるから何もしないだけだよ。リク達だって、私が動かないのをすぐに察知して動いてくれただろう?」



 この明らかに不合理な状況に、彼はまるで悪びれる事もなく淡々と答えて。


 ―――成程。

 動かないと分かっているから守る。

 守ってくれると分かっているから動かない。


 これが、同時に。

 なんて嫌なコンビネーションだ。



「凄い高等技術だ、誇っていい。四人は既に、上位冒険者が修めるべき応用技術の殆どを習得することが出来ているんだ」

「応用技術って?」

「……気配察知などの事でしょうか」

「そう、索敵は大事だ。それに加えて隠形、あと何より瞬時の判断力だね。今みたいな」


「「……………」」

「―――いや、でも。それとこれは……」

「ほら、新手が来た。今度はマンティイータだ」



 苦情を垂れようにも、戦地で油断はできず。

 僕は、すぐさま前方から疾駆してくるハイエナの様な姿を持つ小型の魔物―――マンティイータへ対応する。



「―――グㇽアァァ!!」

「鉄人キック!」 

「……!?」



 警戒していた鋭く光る武器――剣ではなく、足裏で攻撃されるとは思っていなかったのか。

 顎を蹴られた魔物は「キャンッ!?」と、獰猛な顔に似合わず高い声で鳴き。



「―――痛く、ないからなぁぁッッ!!」



 仰け反ったところで、康太の大剣両断に襲われ、魔物の首が宙を舞う。



「ねぇ。陸の靴って、今鉄板入ってるんでしょ? どんな感じ?」

「軽い魔導金属だけどね。あんまり違和感は無いかな。動き自体もあんまり変わらないし」



 靴の底に固い板を仕込んでおくのは、安全靴としてよくあるというけど。

 今回のこれは完全に戦闘用。 


 ヤンキーとかが改造したりするアレと同じ。

 以前の暗殺者さん達との戦いで、彼等を参考に、より対人に特化した装備を研究した結果の産物だ。


 確かに対人においてはかなり有効、だけど。

 僕の言葉に。

 あまり興味無さそうに……或いは、今の問いそのものが、何かから気を逸らす目的だったのか。

 春香は、そして何故か康太もが前を向きつつ眉をひそめる。



「ふーーん。……でさぁ……? 今更だけど……」



 ……………。



 ……………。



「――何で人間の造った施設内にわんさか魔物が居るのさぁ!」

「ゲームのダンジョンじゃねんだぞゴルァ!」

「魔素による自然発生にしても、おかしいですね」



 潜入した拠点内部。

 その通路は、天井まで五メートル程もある広いもので。


 僕たちの正面。

 そこに立ち塞がっている存在は、何と三メートル程もある。 

 


 ……コーバヌス、かな。

 四つ足の鈍重な体躯だけど、尾に強固な外皮を纏った……棍棒みたいな武器を持つ魔物。


 B級の中でもかなり厄介な、強力な種まで……?



「……なんだっけ? コパ、コバぁ……」

「資料で見たね。コーバヌス、だった気がする」

「名前は良いだろ。んで……」

「……使役系の魔術……可能なのは最上位の術者でもB級程でしたか。或いは、何らかの魔道具などを用いているのかもしれません」

「あ、分析終わりですか? んじゃ、いかがします? 軍師様」



「―――はい、雨降り作戦としましょう……“築堤”」



「“海嘯壁”」

「ッ!」

「―――からの―――うる、ァァァ!!」




 美緒が敵の踏み場である土剥き出しの床を盛り上げ、春香が地面へ水を張って滑らせる。

 康太が大剣の質量で防御を剥がし、更に安定を悪くして。



「烈風一刃」



 最後の手柄……首級を僕が攫う。

 放つは、魔術と剣術の合わせ技……風の刃を纏わせて斬る非常に鋭い一撃で。


 魔物が尾を振るより早く。

 長剣が外皮を裂き、その頭蓋を左右に開く。



「―――流石に、ずっと魔物と渡り合ってきただけはあるね。対大型も素晴らしい連携だ」

「だから悪役の台詞ぅ……」

「気にしないようにしましょう」

「直感、感知、索敵、隠形……どれも仕上がっている。今の皆なら、個人でA級と死合えるよ。私が保証する」

「……目の前に居るんすけど?」

「無論私は例外だ」


 

 ここでいう死合いとは、殺し合いの事だろうけど。

 彼に曰く、訓練ではなく、あくまで実戦でこそ僕たちに勝機はあるという事らしく。



「訓練で勝てなくとも、本当の命の取り合いならば……っていうのはよくある話さ。四人へ教えているのも、完全実戦向きの技だからね」

「……まぁ、分かりますけど」



 マンティイータの首を撥ね、コーバヌスの頭を左右へ開き。

 人の心臓を貫く。

 それらは全て、最短で相手を沈黙させる技術。

 血を浴び、命を奪う前提の技で。



「でも、護る為です。私達にそれを教えてくれた先生には、感謝しかありませんよ」

「ん。こっちが痛いのは嫌だしね」

「引き続き、カッコ良い戦い方教えてくれればって感じです」

「まだまだ、有りますよね? 僕たちに教えてない技とか」



 この世界で生き残るために。

 彼には、教えてもらうべき事がまだまだ山ほどある訳で。


 先生は、ニヤリと笑って前へ進んでくる。



「無論、重要な事がある。直近として、いま私が教えるべき事は……………ッ」

「「!」」

 


「―――まだまだ、君たちは更に上を目指せる、という事だね」



 恐ろしいほどの轟音、朱と橙の花火。

 空間が揺れ、震える。


 一瞬にして視界を黒が覆い、舞い散る爆風が横を抜け、肉などの焦げる音が鼻を刺激する。

 視界に広がる黒……否、焦げ茶色……これ、外套だ。

 突如僕達五人を襲った爆発に対し。

 先生が、身に纏っていた外套を瞬時に広げ、元々刻印していた硬化系の魔術によって即席の盾にしたんだ。



 ……爆発―――それって……?



「……これ、さ。コーバヌスの体内に……って事だよね? 魔術的な物じゃなくて、機械的な物だったから反応できなかった、とか」

「「……ッ」」

「……マジかよ……最悪だな」



 思い当たるのは、ただ一つ。

 今のは、魔物の内部に何らかの人為的な細工があったという事。

 魔物が爆裂なんて、完全に盲点で。

 ご丁寧に、攻めてきた者たちが咄嗟に対応できないよう、機械的な細工のみで仕上げいるのだろう。


 野生でない事は確か。

 紛れもなく、敵の尖兵に仕上げられているという事。

 ……なんだけど。



「―――で、何ソレ。ちょっとカッコ良すぎない? 先生、ソレのやり方教えてくださいよ」

「僕も、僕も。バサッてやりたい」

「「……………」」



 爆発も気になるけど、種が分かったなら次に聞きたいのは今の防御術だ。


 身に纏ったまま固定化するのは知ってるけど。

 脱いで一瞬で盾にするのは聞いてない。

 アレなら前方から受ける広範囲魔術とかから仲間を守る事も出来るし、実際使える手の筈なのに。


 何で今まで教えてくれてなかったんだろう。



「マジ「上を目指せる~~」キリッ、とかじゃなくて」

「今すぐソレ教えてください。ハリー、ハリー」

「ははは。コレも宴会芸の一つでね。いずれ康太に教えようと思ってたんだが、如何せん真っ直ぐに広げて固定するのが高難度。もう少ししたら、だね」

「ぶーぶーー。康太だけズルい」

「そうだそうだ、横暴だ! 陸には高難度技教えてるくせに! 俺にだけ教えてください」

 


 おっと、そう来ましたか。

 先手を打ってきた康太に対して、何とか僕もその技を教えてもらうように思案するけど。


 それより早く。


 地面の微弱な振動。

 焼け爛れた通路の奥から響くごくごく小さい足音は―――両手の数は超えるね。



「―――手を加えられても、群れる習性はそのままなんですね」



 唸り声を上げて現れるは、先の小型の魔物と同一の群体。

 毛深く、鱗のない体表。

 しなやかな身体。

 ハイエナの様な小型の体躯を持つ魔物達は、本来群れで使役されていたのだろう。


 その姿を認めた、ずっと自然体で立っていた美緒が春香へ言紡ぐ。



「……新手ですけど―――複数、鱗などはない、と。春香ちゃん。今なら氷化つぶて……有効です」

「……だね。“雲蒸龍変”!!」




「―――さぁ、凍って」




「……“激流” ―――弾けて」




「「―――――ッッッ!?」」



 彼女の指示一つで砕け散り、散弾のように勢いよく飛び散った氷礫が全方位の敵一切を余さず貫く。

 敵を斬り裂き、爛れた壁に砕ける。


 幸運にも現在、僕達は先生の布壁で守られていて。


 氷礫が防壁へぶつかる――金属音にも似た、硬質な音が幾重にも響き。

 やがてそれが音が止む頃。


 高難度の合技を容易く披露した春香は。

 水分の残る口元を手の甲で豪快に口を拭うと、持っていた魔力回復を促進する薬の瓶を脇へ放る。


 あ、ポイ捨て……。



「ぷぃ~~~~っ! ……ね、はよ先進まんすか?」

「「……………」」

「はい、すぐに――行きます、よね? お二人とも」


「「行きます行きますッ」」

「……上位派生、か。魔力の質を一瞬で変化させると――やはり途轍とてつもないな、春香は」



 水属性なら氷雪へ、地属性なら金属へ。

 魔力の質や量にも依存するけど。

 高い才能や複数属性に対する適正を持つ術者は、特定の物質を瞬時に他の物質へ変質させることが可能。


 でも。

 先生から見ても、春香のソレは異常らしく。

 浴びていない筈の僕と康太は、何故か氷が入ったように背筋が冷たくなる。



 ……………。



 ……………。


 

 ―――未だ、魔人とは邂逅していない。

 襲い掛かってくるのは魔物の類ばかりだけど……戦争は、既に始まっているようだ。

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