第20話:始まる?戦争




 西側に比べて、大陸東側には国家が少ない。

 その上で、主に亜人国家が多く存在するという話も、拓けていない自然のままの山岳や森林、守りの堅い地形を利用している故の成立が多いから。


 エルシードは大森林に隠された秘境だし。

 トルキンっていう小人種ドワーフの国家も、守りに優れた山岳国家だという。


 だから基本的に、東の国々は点々と存在し。

 国境とかも曖昧で。

 最寄りの国家までかなりの日数が掛かるなんて話もよく聞く。


 つまるところ、調査が簡単じゃない手付かずの空白地帯が非常に多く。

 それが、確かに存在している筈の、敵本拠点の位置特定に時間が掛かった最たる要因らしかった。



「―――で。ミラミリス、です?」

「……アレだろ? ロンディ山脈の対義語みたいな。もう一方の」

「対義語はおかしいけどね」



 そう、大陸南東……ミラミリス山脈。

 無事、調査へ赴いていたナッツバルトさんが帰還したことで判明した敵本拠点の位置。

 今回の緊急依頼では、そこを総出で攻め立てるわけなんだけど……。



「そして、分断作戦……ですか」

「先程ヴァレット氏から通達を受けてね。出発まで一刻の猶予もないというから、移動までの間で手短にでも話しておこうと思ったんだ」



 向こうに着いたら詳しい作戦の概要は話すけど。

 今は時間がないとの事で。

 早足で街中を行く中、振り返る事なく先生が説明していく。



「ヴァレットさんって誰だっけ?」

「えぇ……と。ギルドの理事兼相談役。リザさんの側近みたいな感じの人だよね?」

「はい、そう聞いています。壮年……五十前程の方だったかと」



 曰く、元A級冒険者。

 理事の中でも叩き上げで知られている人物だ。  


 ギルドでもかなり古株、熟練の冒険者らしく。

 魔物討伐ではなく対人戦を得意として、嘗ては戦場を渡り歩いたり、単身で闇組織を壊滅させたりしていた事から【処刑人】の異名で呼ばれた経歴を持つとか。


 ……正直、物騒な二つ名だと思う。



「―――しょけいにん?」

「え、こわっ」

「そういえば、リザさんの剣の師匠という話を以前されませんでしたかね」

「それ聞いたの僕と美緒だけだけどね」



 偶々会ったリザさんと軽く世間話するついでに、強さの源泉とか聞いて。

 軽く話してもらった程度だ。



「こと対人においては専門家な御仁さ。若い頃から前線指揮も経験しているし、こちらの指揮官としては最適な人物だと言えるね。七年前の件で実質的な指揮を執っていたのも彼だよ」

「……あれ? リザさんは?」

「先生、どういう事です?」



 リザさん、当時からギルド総長の筈だけど。

 何故ヴァレットさんが指揮を……?



「まぁ―――総長最前線24時」



 成程納得、と。

 先生の言葉に僕達は、脳が揺れる程にガクガクと首を縦へ振る。

 誰が見ている訳でもないのに。


 最近、当時の事を聞く機会が増えて考えるようになったけど。

 リザさん、多分戦闘狂だ。

 いや……今は違うのかもしれないけど、昔は間違いなく自分から進んで最前線で戦っていたというのは間違いない。

 本当に想像も出来ないし。

 何かちょっと、触れてはいけない所に触れたみたいで気まずくなってきたけど。



「……まぁ、その―――アレっすね。リザさんとか、都市に居るゲオルグさんが来てくれないってのはちょっと意外でしたけど。先生は一緒に来てくれるんですよね?」



 話を変えようとしたのだろうけど、またしても不安な話題だ。

 でも、今の状況では、仕方ないかな。


 やや心配そうな康太の言葉に。

 先を歩く彼は大きく頷く。



「ああ、勿論。私にとっても無関係なことじゃないからね。今回は、ちゃんと皆と一緒に行動させてもらうことにするよ」

「――っしゃあ! 楽できるぅ!」

「……心配してたのそこ?」

「……あの……前衛職、それも囮役タンクは無理では?」


 

 後衛ならまだしもね。

 守りの要が楽したいとか、何を言ってるんだろう。



「ですけど、先生。何故、都市へそこまでの戦力を残しておく必要があるんですか?」

「……うむ。当然として、本当なら、最低限の守りを残した全戦力を投入したかったんだろうけど、ね」

「……アイリさんがギルドへ連れて行かれちゃった件と関係してるです?」



 ……………。


 何でも、彼女は一時的にギルド保有の施設へ隔離されているとの事で。

 それ自体は、狙われていた事からもまぁ分かる話だけど。

 分からないのが、ギルドで聞いた話では他にも数十人単位で隔離されている人たちが居るとの事。


 

「その人達も、元バシレウスだから……とか?」

「それはそうなんだが―――彼女たち自身が問題という訳ではなく、ナニカサレタ可能性があるとの事だ。……今回の敵は、高位の精神干渉なんて芸当が出来るらしいからね」

「……野盗の人に突然“誓約”の症状が現れた時の事ですか」



 アレは、確かに本人すら自覚していない様子だったし。

 これ、もしかして。

 こちらが気付いていなかっただけで、今のセキドウって、かなり危ない状況……?



「じゃあ、アイリさん達は、当時既にナニカサレタ可能性が?」

「そういう事。更に言うなら、時間を掛けてじっくりじっくり……本人たちすら無自覚な中、移民や冒険者、或いは商人として。彼等の刺客がセキドウへ送り込まれてきた可能性もある。もし一斉に解き放たれでもしたら、内部から食い破られるのは確実。それを防ぐための措置だ」



 だから、何が起きてもいいように最強格の戦力も都市に残さなきゃいけない訳か。

 ……味方の一番強い人達が色々な理由で離脱。

 物語にありがちだけど。

 これまたファンタジーのクライマックスにありがちな、さっきまで背中を預けていた仲間が急に本人の意思関係なく敵になってしまうというアレに備えていると。



「暗示、洗脳、魅了……きび団子」

「やっぱ精神干渉ってチートだろ」

「今回は、ギルドにとっても歴史に残るような厳しい戦いになるだろうね。だからこそ、一刻も早く、更には招集された最低限、精鋭のみで構成された部隊を送り込むんだ。信頼できる者しか参加できないように、ね」

「……信頼」

「安全な人のみ……成程」



 ……………。



 ……………。



「「先生ダメじゃん」」

「―――あぁ……!? しまった! 確かに私は――ねぇ、信用してないの?」



 小粋なジョークを挟みつつ。

 目的地へ向かいつつ、話を進めていくけど。

 今できる説明はこれくらいらしく、緊張を和らげる意味でも何時も通りの日常会話へ移行していく僕達。



「ほら、異世界系の漫画とかでよくあるじゃないですか。勇者パーティーから追放される人の話」

「うん……?」

「そうそう。陸とよく話すんですけど、ああいうのって、追放されるのは当然勇者以外ですし」

「――……私達勇者しか居ませんね」

「先生以外だけど」



 ほらね?

 だから、そうなると追放される役一人しかいないし。



「しかも、教育者―――導き手とか……」

「メッチャ途中離脱しそう」

「育ち切った勇者に「もう要らない~~」とかで追放されそうって話をよくしてるんです」



「えぇ……………?」



 困惑に息をもらす彼だけど。

 実際、立場的にそういう美味しい? 役回りだよね。

 分かり切ってるけど、「実は最強です」とかだし。

 今のままで、明らかに主人公狙えるポジションだ。 



「でも、君たち二人の妄想を前提にするとして。そうなると、アレだろう? 私、君たちにいきなり後ろから刺されたり、ダンジョンの最奥に置いて行かれたり……」

「普通に帰って来るのでは?」

「刺されても死ななそうだし」


「……まぁ、追放するにしても円満が良いですね」

「ナンデ? 追放前提ナンデ?」

「別れの際に花束送りますか? 私、良い花屋知ってますよ。ギメールですけど」

「教会の近くにあったヤツ? アレ全部毒々しい色だったよね」


「ねぇ、君たち……?」

「下手に「人間に失望しました~~」とかやられると、マジで厄介になるからな」

「ラスボス爆誕じゃん。今のうちに後ろからやっとく?」



 本当にね。

 彼が敵に回ったら、それこそだ。

 僕達勇者の異能を始めとした詳細情報は勿論、ギルドの中枢に位置する極秘情報すら握ってる人だし。



「人類に失望しました、これからは魔王に仕えます……とか言い始めたら本当に末期だろうね、色々と」

「―――ごふッッッ」


「それ、魔王軍の幹部的な?」

「ナニソレ怖い」

「本当に妄想の域ですね。所謂「ちゅうにびょう」みたいな感じなんでしょうか」



 何故だか本人、思いっきり咳き込んでるけど。

 もしかして、学生時代に考えてた黒歴史でも思い出したのかな。



「―――はははははっ。面白い冗談だね、ソレ、本当に」



 話を一区切り付け。

 馬車の停留所へ到着した僕達は、既にこちらへ迂回させていた馬たちの手綱を握る。

 出来るだけ早く到着せよとの事らしいから。

 今回は馬車ではなく、馬単体での移動だ。



「はーい、まずは?」

「「馬の確認」」

「馬具などに妙な細工がされていないか、おかしな魔力反応がないかチェックです」

「その通り。もしかしたら、敵の息が掛かってる可能性もあるからね。……では、済んだら乗馬訓練の成果を発揮するとしようか。事前に決めた通りの振り分けだ」


 

 ギルドの用意してくれた駿馬は三頭。

 つまり、相乗り……。

 これはまさしく美味しいイベントで、振り分けは勿論……。



「優しく運転してね? 陸」

「………おかしいな」


「美緒ちゃん、ヨロヨロ~~」 

「安全運転を心がけますね」



 ねぇ、何で後ろが康太なの?

 こういうののお約束って、もっとこう……心が高鳴る物じゃないの?

 


「ねぇ、救いはないの?」

「あ、そこになかったらないっスね」

「……悪戯したら蹴落とすから」

「その時は走って追い付くから無問題」


 

 僕たち全員、今はそれが本当に出来るから困る。

 と、皆が馬の背へ乗ろうとする中、先生が思い出したように手を叩く。



「あーーっと、そうだ、乗る前に。途中までは馬に乗って、山脈の近くまで行ったらそこからはトレイルランニングの予定だが」

「せんせー、そのなんちゃらんにんぐって何です?」

「諸事情により説明は省きます。で―――行きだけで割と過酷だが、荷物はちゃんと選別したかい?」



 より身軽になる最低限、しかし重要な物は全部持ったかという意味だろう。



「ミカヅチと、予備にもう一振り。新品の刀です。御守りもバッグに」

「ピカピカ装備と非常食」

「はぶらし!」

「とらんぷ!」

「ハイ、トランプ没収!! ここからはしりとり以外認めません! だが、歯ブラシは精神衛生上セーフ。お口の健康は心の健康だ。あと、武器にも出来る」


((武器……?))

「先生、参考までに。どう使うんですか?」 

「ほう、気になるかミオ。なら、この件が終わったら教えて進ぜよう」


 

 およそ口から出まかせのつもりが、至極真面目に尋ねられて時間稼ぎしている構図だ。

 その頃には忘れてるだろうって。



「さぁ、行こうか。舌噛まないように言いたい事は今のうちにどうぞ」



 背が高い故、苦も無くひらりと馬に乗り。

 先導するように振り返る先生。


 ……今更ながら。

 今になって、ようやく実感が湧いて。

 今回も。

 今回は、大丈夫かな。



「―――僕達……冒険者たちは、勝てますかね」

「勝てるさ……! 今回に至っては、ギルドも本気だ。持てる全ての権限を行使し、勇者の威光もフル活用。シンクもひーこら働かせ……」

「……シン君?」

「来ているんですか?」

「私は伝聞で聞いただけだが、ちょっと、外交任務をね。多分今回は会えないが―――まぁ、何にせよ」



「皆は大丈夫、だろう?」

「ウッス」

「準備万端です」

「今なら魔人も倒せますから。何も心配はないです。ね? 陸君」



「……うん、大丈夫。絶対に大丈夫」

「そう、大丈夫だ。それと同じで。―――冒険者たちにも隠し玉があるし……ね」

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