第19話:ギルド総会




「以上、これ等の理由から、敵方の本拠がミラミリス山脈の奥地である事は間違いないと考えます。そして、地点は――ほぼ全域。一部でも足を踏み入れることは、敵方の有する未知領域で戦う事と同義です」

「……土中に築かれた山塞である、と?」

「それしかないでしょう。奴等は、余りに神出鬼没だった。地下を移動していると考えるのが自然です」



 元より、かの山脈は気候の変化が激しく魔物の質も高い危険地帯。

 観測上不透明な部分も多い。

 もし敵方が長きに渡って地盤を築いていたのであれば、どれだけ攻めるに苦しいかは想像も付かず。



「……えぇ、資料も確認しました。これ程事細かに調べてきてくださるなんて。流石、ですね? ナッツバルト」

「最後の通信により、別動隊の者達が与えてくれた情報のお陰です。俺一人では、成し得なかったかもしれない」

「……我々はまた、惜しい方々を失いました」



 調査任務へ赴いたのは、最低でもC級以上の戦力。

 専門に諜報の鍛錬を積んだ者達。

 彼等は今回の任で、赴いた部隊……その半数近くを失った。


 代償は余りに大きく。


 しかし、それでも。

 今は亡き者たちとの協力を経て、決定的な情報を持ち帰るに至った職員は。

 “火鼠”の二つ名、その意味に違わぬ実力と言えた。



「―――まず、感謝を。ナッツバルト。己の命をかえりみず、彼等の遺志を持ち帰って下さり、まことに有り難うございます」

「……は」

「そして、長期任務お疲れ様でした」

「有り難うございます、総長」



 報告が一区切りつき、この場にいる者たちが肩の力を抜く。

 それは決別ではなく、意志。

 散っていった者達の為にも前へ進み続けると……否、必ずや、今眼前に立ち塞がっている怨敵を叩き潰すという意を再確認したゆえ。


 だが、先の空気が一掃されたのも確かであり。

 緩やかな雰囲気が流れ始め。



「つきましては、先のお約束通り―――」

「そちら、なのですが」



 言葉を続ける職員の声に重ねるように口を開き。

 ギルド総長は、ニコリと笑いかける。



「貴方へ新規の依頼を出しても、宜しいですか?」

「はい、暫し休暇を頂きまして……………んぇ?」




「―――え?」




「へへへ……ッッ、ワロタ」

「ふふふ……。なにあの顔、最高にウケるわ」



 一室の入口近くに立つ、二人の職員が笑うのも咎めぬ茫然ぼうぜんの状態。

 それはまさしく。

 絶望、という言葉が実に似合う表情だった。


 彼はこの任に就く以前、ギルド総長と言葉通りの取引を交わしていた。

 しかし、どうだろう。

 この後に及び。

 死地を抜けてきた彼へ、長は更なる任を与えようというのだ。



「―――そ……総長? 話が違―――」

「先のでお話した通り。都市の脅威が去るまでには時間が必要。分かりますね?」

「……それは」

「ですから。それ迄の間、貴方には中央区の防衛、ひいては議会に向け先行で滞在している方々を警護して欲しいのです」

「……………!」



 しかし、話の続きが紡がれたのち。

 彼の顔色に変化が訪れ。



「ふふふ――高貴な方々と常にご一緒するというのは、貴方の性格上少々窮屈かもしれませんが」

「……ははは」

「宜しくお願いしますね? ナッツバルト」



 やがてギルド職員の男は。

 やや慣れない印象を与えつつも、見本の様な礼を取った。



「お任せを。倒れるまで研鑽けんさんを積んだ、貴女仕込みの礼作法をお見せするとしましょう」



 ……………。



 ……………。



「ようやく、ナッツバルト君も身を固められるわけですか」 

「我々も、一つ肩の荷が下りますな。次期理事が独り身では、いささか外聞も悪いですからなぁ?」



 職員が去った後。

 会議に参加していたギルド本部の管理者―――理事たちが先の延長として会話を始める。



「ふふふ。さて、式には呼んでもらえるのでしょうか?」

「出席でしょう、この場のは。無論、我らが長も。仲人か、司式者か……いや、やはり忙しい身。リザンテラ殿ならば、やはり司式者が良いでしょう」

「―――ヴァレットさん?」



 仲人とは、祭事を行うにあたり段取りや内務など多くの業務を担当しなければならない役回りの事。

 多忙な彼女が請け負うのは難しく。


 ならばせめて、と。

 総長の横に座する壮年の理事は至極真面目な表情で呟き、他の者達も続々と頷く。



「くくッッ、それは良い」

「リザンテラ様が司式者ならば、若い彼等の先行きも安心というもの」

「然り、然り……ぷッ」

「問題は、彼が式の最中に卒倒する可能性があるという点ですね、ははは。新婦が倒れたという話は稀に聞くのですが」

「剣の聖女に「私の前で永遠の愛を誓え」と詰められるのですからね。彼が気の毒で……」

「誓約に勝るとも劣りませんよ、これは。守れねばどうなるやら……はは」



 一室にこだまする複数の冗談と笑い声。


 彼等の何気ない会話が一区切りつく頃。

 様子を傍観していた長は、感情の読めない笑みを形作りつつ、手を叩き。



「―――さて。喜ばしい話の後とするには、いささか気分を害するかもしれませんが。続けましょう」



 理事たちに険しい表情が戻る。

 主題は無論、本来話すべき事についてだ。



「逃避はこれまで、と。……なれば。どう思われましたかな、皆様」

「件の密告は真実であった、と」

「しかし、何故……。奴らも一枚岩ではないという事なのか。あるいは、罠か」

「敵方とは別口やもしれませぬよ」

「いや、ですが……我らに足を掴ませず、正確に組織の情報を流せる者。そんな存在がいるとすれば、それこそ敵組織の者以外に――……いや……あり得るのでしょうか」



「……お考えの通り。もう一つ、候補はあります」

「「………ッ」」



 彼等の沈黙が指していたのは、疑問ではなく、動揺。

 そう、誰もが分かっていた。

 皆が理解していて、誰一人としてその名を口にしなかった、或いは出来なかった。

 


 ―――人間種の大敵と呼ばれる国家の名を。



 何故、どうして。

 その理由が見えてこない故。


 この場に座す、老齢にもなろうかという理事たち。

 彼等全員が生まれる遥か以前より恐れられる存在。

 

 強大な力の才覚と、長い寿命。

 そして、他を圧倒する情報網。

 もしも魔素の影響がなかったのならば、大陸は数百年も以前に彼らによって容易く飲み込まれていただろうというのが誇張ではない軍事力。


 かの国家が有する騎士団がここ数年活発に動いている事は、既に周知。

 伝え聞く【六魔将】もまた、クロウンス王国にて確認されている。


 ならば。

 その可能性を度外視する事など出来ず。



「とは言え、です。もしもそうであるのなら、今我らに出来る事など何もありますまい。―――時に、リザンテラ殿。我らの奥の手は、どうですかな?」

「えぇ、ようやく。最も警戒されていたであろう箇所は襲撃こそ受けましたが。護衛としてゲオルグが付いていたので、事なきを得ました」



 沈黙の中、やがて話が切り替わり。

 この場では僅か二人……総長と、その横に座す壮年の男性の間でのみ交わされる言葉。

 両者の会話に、他の理事たちが怪訝な顔をする。

 

 彼等の様子からして。

 会話の情報を握っているのがこの二人だけ、という事だろう。


 だが、しかし。

 ギルドを通さない非合法なものは別としても、最上位冒険者を動かす程の依頼話が彼等の耳に入らない筈はなく。



「―――リザンテラ様、ヴァレット殿……?」



 それは、果たして何の話なのかと。

 探るような顔で理事の一人が尋ね。



「そうですね。皆さんにも、お話すべきでしょうが―――えぇ。その前に」



 彼女も、それを話そうとする―――が、しかし。

 ギルド総長は一度言葉を区切り、そして……。



 ―――ズドン……と。



 空間が激しく震え、風が舞う。

 鈍く大きな音が全員の耳を撫で……響かせる。


 若き総長が、予備動作なく腰の長剣を抜き。

 対面、最も入口側に座っていた若い理事の頭を撃ち抜き、後方の壁へ縫い付けた音だ。

 男はそのまま宙に固定され痙攣し、動かなくなる。



「総長―――ッッ!?」

「一体、これは―――何を……!?」


「七年前。私達は戦により多くを得、多くの者を受け入れ。そのお陰もあり、組織の信頼を復権する事は叶いました。ですが、彼等自身すら気付かぬ事は、我々も気付かぬままに。ずっと、それらは根を張り、樹を育て、伺っていた」



「「………ッ!!」」


 

 意味が分からぬ彼女の言葉の中。

 半狂乱ながら、何とか平静を保とうとしていた彼等は―――遂に、声にならない悲鳴をもらす。


 壁に縫い付けられた肉の塊が。


 頭蓋を穿たれた身体が、動いた。



「ご安心を。当時植え付けられていた種が、今になり萌芽ほうがしただけの事です」



 最早死んでいる筈の男は。

 頭を穿ち抜かれて壁に縫われた身体は、動く、動き続ける。


 驚く程滑らかに。

 この状態からの解放を望むかのように身をよじる。



「当時我々と相対していた彼等に植え込まれた種は、今やこの都市に深く根を張ろうとしている。この機に、一掃すべきなのでしょう」


「――あの~~、総長ぉ? これ、抜いちゃって良いです?」

「えぇ。すみません」



 総長の言葉が続く中。

 一室の入口際に立っていた職員――カレンが剣を引き抜き。


 解放された身体へ、ロゼッタが剣を薙ぐと。

 男の身体は、終ぞ動かなくなる。



「―――これは……よもや、魔人、なのですか……!?」

「いえ、“浄化”は使ってないわ。魔術……暗示や洗脳の類ね。本来は何らかの指令で発動するんでしょうけど、宿主が死んだことでリミッターが強制解除されたのよ、多分」

「ほう……人は死しても、暫く脳は生き続け、臓器は動き続ける……成程。しかし、それをかんがみても恐ろしき力量ですな、術者は」



 恐狂とした理事の言葉へロゼッタが返し。

 理事の中で唯一平然としていたヴァレットと呼ばれる男が、興味深そうにソレへ歩み寄る。



「以前報告した、尋問中にいきなり死んだって野盗も、多分同じ口ね」

「当時のお仲間なんですよね? んで、七年前からってなると、半永久的な洗脳って事ですよね? そっから会ってないってなると―――うわぁ……うぇぇ……べらぼうに化け物じゃないですか、黒幕さん」


「……えぇ。本人の記憶や意思さえ欺き、魔術や誓約を結ばせうる存在。コレを施したのは恐らく、当時、教祖と名乗っていた男」

「既に、コレと同じような魔術反応を持つ人は特定して、名簿も作成してますけど? 見つかってるだけで都市内に数十……百は超えるわ。さて―――全員殺します?」



 判明している情報の公開が成される中。

 不意に入口際に立つロゼッタとカレンの目が、震える理事たちへ向く。



「……い、いや……私は……」

「私も違います! こんな―――このような存在になど……!!」 



 今回の会議で、彼女たち職員らが入り口に立っていた意味を理解して。

 彼等は最早、身体の震えを制御できない。


 よもや己らも、と。

 しかし、その思考に反して総長は制するように手を叩く。



「落ち着いてください、皆さん。―――ロゼッタ?」

「すみませーん、つい」

「いつものパワセクハラの腹いせに……へへ。ま、ふつーに術者殺せば良いだけっすからね、多分。取り敢えずこの件が終わるまで術の保有者――名簿の人たちは拘束です? 敵の首魁が死ぬまでは油断できないんで長くなりますけど」



 術を掛けるには、大前提として一度でも会う必要がある。


 種を植え付けられた者とはつまり、黒幕と邂逅した事がある者だ。

 確かに、元々は敵方だった者達が多いだろうが。


 ―――七年だ。

 いかに当時、敵組織に加担していた過去があろうと。

 危険因子を持っていてたとしても。

 当たり前に生きている者達を不明瞭な理由により処断すれば。


 ギルドが権威を失う事は必定。

 故に、最善手は一時的な拘束で間違いなく。



「重ねて、ご安心を。皆さんの中に種がないのも確認済みです」

「「……………!」」

「……その……彼は」

「いやぁ、アスターさん、こっちの情報流してたっぽいんで? まぁしゃあないって事で。ホラ、元々陰気な人でしたし」

「変に向こうと交信される前に殺しただけよ。急ぎだし」

「そすそす。普段の復讐とか考えてないっす」



 事も無げに言い放たれる言葉に、再び理事らの意識が遠くなるが。

 最早議会など行えぬ空間で。

 ギルド総長は、粛々と言葉を続ける。



「―――ロゼッタ、中央収蔵庫での保管物は」

「えぇ、総長。バッチリよ。わざわざ塔の最上層往復するのは飽きたけど」



「……ギリギリ、ですが。こちらの用意が間に合って良かったです」



 都市内に恐るべき爆弾が存在する現状。

 もし、先に動いたのが敵方だったのなら、或いは手遅れだっただろう。


 しかし。

 最早その可能性を議論する必要は無い。



「―――彼と同じよう。都市には、既に無数の種が撒かれています。この機を逃せば、我々が彼等の本拠へ乗り込む間もなく、小手に回り続け。混乱に乗じて乗り込んでくる魔人の軍勢により、セキドウは崩壊するでしょう」

「……防衛は……!?」

「我々は、大丈夫なのでしょうか!?」



 目先の危機が杞憂だと分かり。

 一先ひとまずの安全を確認した後とあっても、彼等の顔は優れない。


 当然だろう。

 この場に座す半数以上は、冒険者としての経験など皆無。

 各国の思惑により存在する者たちだ。


 ゆえ、元が為政者たる彼等に戦闘能力などなく。

 考えを巡らせることは出来ても、剣を握って戦う事など到底出来ない。


 都市が敵に襲われれば、なす術もないのだ。



 ―――だが、何も問題はないと。

 そう言うかのように、大陸ギルドの長は微笑を浮かべ言葉を告げる。



「大事ありません。私とゲオルグを含めた一部は都市へ残留します」

「ほう……もう決行と。では、既に三箇所とも?」

「はい。トルキンへはロゼッタが、プリエールへは直接スウォーレンさんが。そして、クロウンスへはシンクさんが動いてくれました」



 再びヴァレットの口から発されるのは……先の話題の延長。

 理事たちが尋ねようとした話題であったが。



「―――よもや……」

「まさか、奥の手というのは……!!」

「まぁ、そういう事ね」

「がっぽりっすよ、あの倉庫。宝物殿みたいな状況ですよねぇ、マジで」



 ここに来て。

 理事たちは、ようやくそれが何を指すのか気付き始める。



「ヴァレットさん。直前でまことに申し訳ないのですが、主要な部隊の編成指揮、作戦立案を一任して宜しいですか?」

「……私は年なのですがね」

「戦わなければ問題はありません、ね? では、リストから三部隊の編成をお願いします。ナクラさんには別で出て貰いますので、彼は数えないもので」

「……ははは。よもや、貴女が防衛側に回ろうなどと。余程あの子等を信頼しているのでしょうな。……攻勢に当たっては、勇者の手並み拝見、と言ったところでしょうか?」

「ええ、そういう事になります」




「―――もはや、一刻の猶予もありません」




「カレン。急ぎ任務へ出ている【火車轟】と【沈黙】を召喚して頂けますか」

「ほほーい、承りましたぁーー」



 

 慌ただしく部屋から出て行く受付嬢から、ここに来てようやく回収された長剣を受け取り。

 未だ乾かぬ血を払い、静かに鞘に納めつつ。


 ギルド総長は確たる指示を飛ばす。

 


「さて。本来、大規模な冒険者の招集には理事過半数の承認が必要ですが―――皆さん、宜しいですね?」

「「……………」」

「では、賛成多数と――ふふっ」

「……総長? 昔の血でも騒いでるのかしら」



 壊れた機械のように首を縦に振り続ける理事たちの様子を賛同と解し。 

 彼女の手より賽が投げられる。

 

 この瞬間より、既に任務開始。

 大規模な組織にあるまじき速度で定められた結論が、迅速に駆動し始め。



 【調停者】リザンテラ・ユスターウァは、宣戦を下す。



「本日中の出発を目途に、討伐隊の招集をかけましょう。―――大規模殲滅任務を発令します」

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