第22話:魔族との邂逅?




「オオオォォォォォ―――――ッッ―――!?」

「一、二……三……」



 すぐ真横で刃が振るわれ。

 白刃が煌めく。



「……四人、と。うん、ナイスタイミング。本当にズレがないよ」

「はい。丁度、ですね。―――では」

「いつでも。全部合わせるよ」



 空いた隙を埋めるように彼女が銀閃を走らせ、その直後に再び僕が。

 一人の剣士が二刀を繰り出すように。


 斬って、斬って、斬って。

 一瞬で複数の影を斬り裂く。


 相対するは、現れた不死【魔人】

 一人ひとりを“浄化”で処理してしまうと、あの時のように爆発の危険がある。

 爆発の条件は、およそ生体反応の消失だろう。

 ならば簡単だ。

 魔人の性質として、彼等は心臓を貫かれようが頭を落とされようが死なない故、まずは機動力を奪い。

 

 

 ―――足を断たれた彼等が倒れ伏すより早く。



「「これでッッッ!!」」



 斬り裂かれた複数の魔人へ、僕と美緒は同時に効力を発動した聖剣を走らせる。


 右から、左から。

 はさみのように複数の頸部を余さず断ち斬った。

 ……彼等の光が潰えた、その瞬間。



「―――“地冠ちかむり”」



 同時に屈む僕達と、すぐ前方で唐突に背丈ほども盛り上がる地面。

 そして……衝撃。

 空間を震わすそれは、体内に仕掛けられていた絡繰りが発動したという事で。



「まーーた爆発―――は、やだけど。ホンッと、ようやるわぁ、お二人さん」

「バケモン連携過ぎるだろ」



 爆発が収まり、ようやく一息ついて。

 寄ってきた春香たちが言葉を紡ぐ。


 普段からやってるからね。

 僕は美緒の攻撃動作をライズで記録しているし、彼女もまた僕の知っている己の動き、或いはそれと遜色ない予備動作をラウンで記録している。


 僕達のコレは即席の連携であって、即席ではないから。

 互いがどう動くかが、手に取るように分かる。

 そう、言うなれば……。



「いや、はや……一心同体だねぇ―――熟年夫婦って呼びたいよ」



 絶対茶化されるから内心で留めたのに。

 本当に遠慮ないな、この悪い大人。



「有り難うございます。誉め言葉として受け取っておきますね」

「……ははは。誉め言葉、かな?」

「ヒュー。おあつーい」

「流石美緒ちゃんだな」


「事実、十年来の冒険者パーティーでもここ迄の連携は望めないさ。いやぁ、それにしても―――昔、たまに考えたんだ。よくある、一度受けた攻撃が全て通用しなくなるタイプ。長期戦になる程有利になるチート野郎とか、居るわけないだろう……ってね」

「はい、ここに」

「俺の事か?」

「そのくくりなら、私もそうかもしれません」



 長期戦ほど有利になるタイプ。

 対象が多いけど。


 彼の言うチート野郎は、僕で間違いないだろう。

 確かに、自分でも凄い力だとは思うけど。


 当然に、副作用だってある。



「まぁ、……何だ。言わんとする事として、使いすぎには注意してくれたまえ。脳に負荷が過ぎれば後遺症が残るとは思う。後は、数日意識が戻らないとかも」

「まだ体験した事は無いですね」



 だから大丈夫という訳ではないけど。

 気絶程度でその場を制圧できるなら、フルに使わない手は無いだろう。


 皆には悪いけど。

 これは、僕に与えられた最大の武器だ。



「―――で、これ。完全に僕達冒険者を消耗させるための布石ですよね?」



 あまり心配はかけたくないから。

 適当に話を切り上げて、敵方の話題を出す事にする。


 ……でも。

 実際、敵は狡猾こうかつと言えた。



「そう、集中力も無くなるし!」

「戦闘中に変な事ばっか考えちまうし!」



 康太のそれはいつもじゃないと思うけど。


 ……爆弾が仕込まれている敵、仕込まれていない敵。

 それらは完全ランダム。

 常時に気を張り詰めておく必要性と、襲い来る爆発から常に身を守らなきゃいけない影響により、攻め手は消耗するばかりで。


 こうして、会話をしながら歩を進めている間にも。

 練達の動きを纏う魔人が現れる。

 既にここも分隊の冒険者たちは突破している筈なんだけど、何処から送り込まれてるやら。



「康太」

「おう……! お先に失礼―――紅蓮斬ッッ!!」



 襲い掛かる魔人を前に、大剣を構えた康太が間合いを詰め、彼の代名詞となる剣技炎誓刃の簡易版たる斬撃を放つ。

 敵を断ち、すぐさま視界を武器で遮る。

 次の瞬間、先程やコーバヌスの時と同様、塵になるより早く爆散する魔人の身体。


 

「―――アチぃッ!」



 すぐに消滅する性質上、魔物に比べて爆発までのタイムラグは圧倒的に短く。

 それを、康太は視界を覆う大剣で受けた。


 ……彼は囮役タンクの役割も担っているけど。

 当然、持ち手が裏側に存在する盾などとは異なり、剣などは性質上、広範囲の攻撃に対してどうしても腕や足が露出してしまうのは避けられない。


 

「身体、大丈夫?」

「ん、問題ない。流石に金掛けてるだけあるわ」



 だから、その分手足の防御にはお金を掛けているらしく。

 手足の部分鎧に採用されている金属は、何と最高位の魔導金属エルシディア。


 S級冒険者ですら破壊困難な素材で。

 全財産をつぎ込んで買ったらしい。



「あ、そうそう。次の返済日迫ってるから。それまで絶対に貯蓄ね」

「いやぁ、ははは……」

「その次は十日後。滞納したら利子増やすから」

「………ウス」



 それでも足りなかったらしいから、少し貸したけど。

 どれだけ借金かりる気だろう。 


 以前の分もまだ完済してないのに。



「………ッ」



 そんなやり取りの中。

 横の方から、本当に小さい舌打ちの音が聞こえた事に気付く。



「……何度も何度も―――嫌がらせのつもりか?」

「―――せんせ?」



 視線は、浄化の効果によって塵と化した魔人の残骸へ向けられている。

 彼が顔を歪めるほどに嫌そうな顔をするのは、本当に珍しく。

 春香が怪訝な顔をするのも自然で。


 聞かれていた事に気付いたか。

 先生はバツが悪そうに笑う。



「……いや――なに。ちょっと嫌なものを思い出してね。本当に、趣味が悪いにも程がある」

「……まぁ」

「そこは同意しますけど。もしかして、以前もこんな手を?」



 以前の戦いで、同じ手……とか。

 そんな話は、作戦会議で聞いてないけど。



「いや。ちょっと……昔個人的に、―――……皆、一度」



 彼の言葉を受けるまでもなく、皆が足を止める。

 それは、気配を感じた故で。


 辿り着いた広めの空間は、先程とは異なり。

 敵の気配などがまるでなく、既に襲撃が一過したような……いや、冒険者たちが突入したんだからそれは間違いじゃないんだけど。


 明らかに、残党や新手の気配すらなく。

 そこは……あまりに静かすぎて。



 ……………。



 ……………。



「―――――おや、勇者様方ではありませんか。斯様かような辺境の地で、実に奇遇ですね」

「「!」」



 視線の先に立っていたのは、魔物。

 いや、あまりに堪能かつ自然な言葉遣いは、声だけなら絶対にそうだとは思わなかったろう。


 下顎の牙は太く鋭く。

 人間の物より平たい鼻に、大きく鈍重に見える体躯。


 革製の黒鎧と同色の外套―――そして、腰の細剣。

 僕は、僕達はこの姿と気配を持つ相手を知っている。



「貴方は……」

「ヴァイス―――ドニゴール……!」

「これは、これは―――ふふ。覚えていて下さったのですか。実に光栄です」



 魔皇国エリュシオンの刺客。

 クロウンス王国の戦いで対峙した暗黒騎士が、そこには居た。



「……何で、オークさんが?」

「無論、任務ですよ。可憐なる勇者様」

「おい、伊達男てめェ。春香ちゃんに色目―――」

「康太くんステイ」

「わん」

「ふふふ……。相も変わらず、仲がよろしいご様子で。……お初にお目に掛かる方もいらっしゃいますゆえ、改めて名乗りたい所ですが―――キース君」




『えぇ。私は初対面でしたね、皆様』




 空間に、何処からともなく声が響くと同時に。


 誰かに肩を叩かれたような感触を覚える。

 首元に剃刀を宛がわれたような錯覚に振り向けば、肌寒さと身体をすり抜け通過していく、霧や霞を思わせる……しかし、何処までも薄暗い瘴気など。


 多くの情報が纏わりついてくるようで、得体の知れない恐怖を感じ。

 反射的に、剣へ手を掛け。



「―――なんぞっ!?」 

「ふぇ!?」

「………ッ」



 何かしらの感覚を覚えたのは僕だけじゃなかったんだろう。

 皆が、一様に肩を抑えて辺りを見渡す。


 でも、その気配はあまりに希薄で。


 意識してすら、四方から感じる程。


 

「―――クフフッ。模範のような反応、感謝しますよ」



 そして……ヴァイスの隣に、それは現れる。

 目に映るも希薄だった霧と瘴気が圧縮され、可視化されていく、一つの男の形。

 

 黒髪、瞳は朱。

 燕尾服を纏った―――……何で?

 ……いや、確かに奇装と断言できる装いも気にはなるけど。


 それ以上に。

 現れた男の双眸、人間種よりも明らかに尖った耳。

 


 その特徴は、まるで……。



「―――魔族……!?」



 遂に、春香が驚きと共に呟く。

 僕達全員が思ったであろう事を。

 男の特徴は、これまでに僕達が何度も聞いてきた種族の特徴と酷似するもので。


 しかし、男は微妙な顔で首を振り。



「ふーむ、惜しいですね、勇者様。私は純正という訳ではないのですが――まあ、初めてという事で及第点を差し上げることにしましょうか」

「……どうも?」

「春香ちゃん。マジで、無理に話さなくて良いからな」



 康太に諭されるのは珍しいけど。

 確かに、そうだ。

 何で僕達は自然に会話しているんだろう。

 相手はそれが当然であるかのような自然体だし、その雰囲気にかれたのかもしれない。


 彼等は今に、恭しく腰を折る。



「では、改めまして。黒曜騎士団第二席。【逢魔】キース・アウグナー」

「同じく第四席。【煌陰】のヴァイス・ドニゴール」



 ……………。



 ……………。



 幻視するは、強大な魔物のアギト。

 口上と共に、ようやく状況を認識して―――或いは、彼等の放つ灼け付く圧に警鐘を鳴らしているのか。

 背筋を冷たい物が走る。


 クロウンス王国で刃を交えた当時、騎士ヴァイスは僕と美緒二人掛かりで掛かっても本気にされなかった。

 増して、彼は魔物……オーク。

 より東側であるミラミリスの魔素環境では、以前のように弱体化している筈もなく。


 そして―――あの男。

 キースと名乗った男の接近に、僕はまるで気付く事が出来なかった。

 あの、肩を叩かれた感触も。

 或いは、彼がその気だったのなら―――僕達は、既に首を落とされてすらいたのかもしれず。


 ……しかも、第二席?

 翻訳が間違いでなく、序列はそのまま強さの順番……数字の若い順に決まるというなら。

 あの男は、第四席であるオークより強いという事になる。


 もしかしなくても、だけど。

 これって凄くマズい状況だよね。


 未だ、余裕を感じさせる程に不気味な微笑を浮かべている両者。

 武器に手を置き、動く事が出来ない僕達。

 睨み合いの様相を呈した、今に誰かが武器を抜くかという空間の中で。



「―――それで? かの黒曜騎士団の隊長格が、二人も揃って。一体何をしでかすつもりなんだい?」

「……ふむ」

「くく……、A級冒険者【暁闇】のナクラ様ですか」



 先生は、油断なく構えながらも会話を続けるという方向へ舵を取り。

 反応したのは、キース。



「しでかす、という訳ではありませんが。我らの狙いは、およそあなた方と同様。現在プロビデンスと名乗る組織の壊滅ですよ。やはり我が国としても、あのような粗悪極まる魔人の存在を看過は出来ぬのです」



 素直に話してくれるとは思わなかったけど。

 堂々と情報を引き出そうとする先生の言葉へ、キースは口も滑らかに答え。


 先生は納得したように頷く。



「成程。つまり、語られる通り―――魔人は、魔族の出来損ない……と?」

「「!」」

「……クク。言いますね」

「あのようなことわりを外れた存在など。我々は認めないというだけですよ、ナクラ殿。人間種の持つ悍ましき執念、妄執。嫌悪する我々の感情も汲んで頂ければ、と」

「この件とは、また別に。探し物もありますが、ね」



「―――ほう、探しもの。それは……物か、人か」



「クク……。さて、さて?」

「こちらは、機密に大きく抵触してしまいますので―――おっと、物騒な」



 刻一刻とその時が近付く中で、少しでも対応を早くしたかった。

 それは僕以外も同じだったのか。


 皆が同時に武器を抜き放ち。


 言葉を切ったヴァイス。

 まるで、オークの持つ好戦的な性質を感じさせない男は、やや眉を顰め。

 反対に、キースは口元に弧を描く。

 


「クククククッッ―――――はははッ。えぇ、良いでしょう、九代目の勇者様。向かってくるというのならば、我々も状況を楽しむだけです」

「……ふむぅ」

「良いではないですか、ヴァイス君。敵の敵は、など。そのような欺瞞ぎまんが上手く行く試しは、歴史を見返せども、真実何処にもありはしません。いずれは瓦解するもの。敢えて与する意味もなく。元より、出会ってしまったならば……あの御方に報告が必要です」

「―――……是非もない、ですか。では、私も」

 


 先程までですら、圧倒的な強者の圧力を感じていたのに。


 身体が震える程に濃密な殺気。

 二回りも大きくなる気配。

 魔族国家の誇る怪物たちが、圧を全身に纏いながら武器を抜き、僕たちの前に立ち塞がる。


 如何に目的が同じでも。

 既に対話が決裂したような、逃がしてくれるつもりもなさそうな状況下。

 ……やるしかない、よね。



「―――いや。それは悪手だ、皆」


 

 しかし。

 一触即発な空気の中。


 自然体で一言呟いた先生。

 彼は悠々と前へ踏み出し、僕たちを守るように立ち塞がる。


 それは、つまり……。



「探索の為。少しでも大人数が体力を残すべき状況だ。ならば、この場は私が取り持とう。四人は、当初の任務通り敵の首魁を頼む」

「「!」」

「……でも、先生……?」



 如何に彼でも、あの二人を同時に相手なんて。



「心配かい? じゃあ、ちょっと―――」



 戸惑う僕達の思考を他所に、腰の長剣を抜き。

 走る、剣閃。

 迷いなく踏み込んだ彼の姿は。

 先程までの戦いで冴え渡っている精神状態をして、追うのが困難で。



「―――ッッ……!! よもや、これほど……いや、素晴らしい。流石は、最上位に匹敵すると……」

「舌を噛むぞ? あまり喋ると」



 対象となったキースは、瞬時に反応し短剣で防ぐも。

 長剣の刃は喉元寸前に迫り。

 押し込まれる……ゆっくりと、刃は迫っていく。



「―――させませんよっ」



 当然、仲間の危機を見過ごす筈もなかったか、ヴァイスが細剣によって援護に走り、放たれる刺突雨。

 それもまた、あまりに速い突き技……だけど。



「………ッッグ、ゥ……!?」

「失礼、見てなかった」



 その連撃が対象の身体をハチの巣にするより早く。

 攻撃主が仰け反り、剣筋がブレる。

 ……後ろ足に胴を蹴りつけられ。

 果たして、どれ程の衝撃だったのか――数メートルも後方へ引き摺られるヴァイス。


 もはや笑みを忘れた彼等の手から、再び繰り出される短剣と細剣の奔流。

 しかし……それを、彼は捌く、捌き続ける。



 いま、この瞬間。

 彼は、あの二人を同時に相手取り―――あまつさえ、圧していた。 



「――――……みんな。行こう」

「……だな」



 一瞬たりとも目を離してはいけないような圧倒的な戦いから、茫然とした思考を払って何とか目を離し。

 僕は皆へ告げる。


 本心として、心配じゃない訳がない。


 でも、彼は以前も帰ってきた。

 六魔将と邂逅し、動く事さえ出来なかった僕達を逃がし、死亡フラグさえアッサリへし折って戻って来た。


 下らない嘘は沢山つくけど。

 本当に大事な時は、決して僕たちを裏切らない人だ。



「―――おしっ! 俺たち、マジで先進んでます!」

「先生、お元気でぇ!」

「こちらもすぐに終わらせますから、絶対に追ってきてください……!」



「……………あぁ。すぐに行くさ」

 

 

 普段通りの笑みを浮かべる彼に、一時の別れを告げ。

 僕達は、再び走り始めた。

 全ては、この戦いを終わらせるためだ。

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