第17話:発散のすゝめ
いきなり、誘拐――なんて単語が出て、最初完全に思考が固まってしまったけど。
僕では及びもつかない話。
まるで次元の異なる過去。
少なくとも、この世界に来るまでは。
彼女の話は、間違いなくそうだったから。
それは、仕方のない事だった。
あちらの世界でそんな事件の当事者になる確率なんて、考える方が馬鹿馬鹿しくて。
……でも、今は。
いまは、決してそうじゃない。
僕と美緒と春香と康太は、共に当事者となった。
いつしか、その馬鹿馬鹿しい空想を共に乗り越えていく仲間となった。
向こうの世界にいた当時。
全てを失ったと思ってさえ、それでも努力を続けていた美緒だ。
覚悟を決めた今とあっては、彼女は決して努力を諦める事は無いから。
これからも、生まれ持ったその根本、核は決して変わらないんだろうから。
だからこそ、僕は。
(帰るか……それとも―――)
傍で、彼女が重圧に圧し潰されないよう一緒に背負ってあげたいと思った。
逆に、僕が絶対諦めないようにずっと一緒に居て欲しいと思った。
最後に選択する時。
四人で納得できる答えを出せるよう。
今、全力で戦い……いずれ皆で決める。
それ迄は、諦めない彼女に背中を押し続けて欲しい。
彼女が隣に居てくれるなら、僕も絶対に諦めないと本気で思えるから。
……………。
……………。
「―――おはーー。本日はお日柄もよくぅ……」
夕暮れ時、宿へ戻ると。
既に元気っ子の片割れは帰ってきていて。
鉢合わせた幼馴染は自然体を装いたいらしいけど、どう見ても挙動不審この上なく。
黄昏時の空色に混じり。
健康的な肌色が、やや色付いて―――うん?
「春香、風邪でもあるの?」
「……ぺッ。陸こそ、なんか顔赤いけど、どかした?」
「「……………」」
開口一番
互いの状況を認識する。
やはり、そっちも奇襲された口か……と。
どうやら、結局本人の口から語って貰えなかった僕の推測は間違っていなかったようだ。
「当ててあげようか。いつも通り共謀して僕達を嵌めたつもりが、自身が騙されたことに気付かなかった――とかでしょ」
「……がっでむ」
意味知ってるの? それ。
前々からそうだったけど。
春香は僕達のキューピットを気取りたいらしく、あの手この手で僕と美緒を二人きりにしようとして。
今回もその筈だったんだろう。
見事に大爆死したわけだけど。
「だぁぁぁってーー! 意味わかんないじゃん! 「テクト使ってみー、絶対面白いからー」とか言われたら、やりたくなっちゃうじゃん!!」
「……策士だね、康太にしては」
「もうなーんも考えられんよ! ばか!」
「本人に言って?」
テクトは相手の感情なども読み取れる便利能力。
でも、本人的な許容量というものがある筈で。
真正面から純正純情の好意をぶつけられるのは、言葉で伝えるだけの告白以上に頭が茹で上がるのだろう。
春香は何を思い出したのか。
ほんのり朱かった程度の顔が、五割り増しで朱く染まる。
「ぶぶぶぶぅ……」
「はいはい、オインクオインク」
「……なにそれ」
「海外で言う豚の鳴き声」
「へーー、……は?」
とは言え、春香だし。
こっちは別に放っておいても大丈夫だよね。
―――で、当の本人。
チャラく見せかけて、その実日和見のビビりさんは何処に行ったの?
「ところで、康太は?」
「おいんく……おいんく……」
「ねぇ」
「……ん」
鳴き声を
裏庭に当たる秘密の空間。
僕と康太しか使ってない場所だ。
いつもは先生に隠れて簡単な運動とか剣を素振りする場所に使っているけど。
クールダウンでもしてるのかな。
やり過ぎたら、むしろ
「―――――心頭滅却! 焼肉定食! 煩悩退散んンンンンンンンッッ!!」
……やってるね。
何かから逃れるように、一時でも忘れようと言わんばかり。
本気で訓練用の、しかし最も重い材質の木剣を振り回す男児。
思わず気圧されんばかりの鬼気だけど。
身体の為、あまりやり過ぎるのは許容できず。
頃合いを見て話しかけに掛かる。
「康太」
「煩悩退散! 煩悩退散!」
「――康太?」
「煩悩ぉぉぉぉぉぉぉお!」
「うわぁ――――っ!?」
……………。
……………。
考えてみて欲しい。
己より一回りも身長の高い、鬼気迫る様子の優良男児が。
身の丈近くもある大剣を全力でこちらへ振り下ろしてくる所を。
―――そんなの。
身を捻って躱し。
反撃に、思い切り蹴とばしたくもなる。
「――
「ぶべらっ!?」
そう。元より、康太を探していた目的はこれだ。
彼が何をしていたにせよ。
親友としては、彼の身体は気遣うけど。
勇者としては、悪だくみをする黒幕も見過ごせない。
「焚き付けたよね! 美緒の純情に付け込んで―――まず一発!!」
「ウボァァ……ッ!!?」
「僕から、格好良く、やりたかったのに! 二発目ェ!!」
「ちょっ、ちょっとタンマ! ――って、おいッッ!? それ絶対に私怨混じって―――ブヒぃ!?」
「共犯者! よくも――三発目!」
「いや、黒幕俺じゃない!」
「悪党の言葉なんてぇ……!」
「信じて! 発案あっち! お前の思ってる以上に美緒ちゃん
余程春香へのソレで緊張したんだろう。
およそ平静でない彼へ攻撃を繰り出すのなんて、簡単も簡単。
反撃の暇も与えず、隙を見つけて殴る蹴る。
でも、問題はない。
彼のフィジカルであれば、基本魔術“錬気”による身体強化すらしてない僕の徒手空拳なんて
だから、思い切りやっていい。
「春香ちゃん? 本当にこちらの方角へ?」
「うん、人目に付かないからって。いつもあたし達に隠れて訓練してるーって康太君が」
「……また、ですか」
「お仕置きしよ? 絶対陸も―――……何やってんの?」
「……WIN」
「助けて――勇者に、殺される……」
「……えぇ? モヤシがもやししてない」
「成長、なんですかね……?」
「ポジティブ過ぎない? どう見ても犯行の現場でしょコレ」
「―――あれ……?」
あ、美緒と春香見てたんだ。
夢中になると周りが見えなくなるのが悪い癖……康太を制裁するのに夢中になって、二人が来てるのに気付かなかった。
というか、よくここが分かったね。
……いや、まさか。
「康太。告白に使ったとか言わないよね」
「……たはは。おあつらえ向きの場所だったんでぇ―――ぐえッ」
幾らでも余罪見つかるよ。
取り敢えず、康太はもう一度踏んどいて……。
「―――うん、大丈夫」
「……俺、は……大丈夫、じゃ、ない」
地面へ伸びる康太を尻目に、やって来た二人の顔を見る。
帰ってきて分かれるまでの僕は、まともに美緒の顔を見られなかったけど。
そう、大丈夫。
今なら、もう問題はない。
クールダウン成功だ。
「―――やぁ。やってるね。折角の自由時間なのに最終的には戻って来るなんて、余程訓練がしたかったのかな?」
で、どんどん人が来るね。
もうこの場所は使えないかな。
「先生……陸が……陸が虐める」
「非はそちらにあるんじゃない?」
「まぁ、まぁ。公正な判断をするのが私の役割さ。コウタ、話を聞こうか?」
「あ、やっぱ良いっす」
「なにゆえ?」
それが賢明だろう。
彼に話でもしたら、それこそ面倒な事になる。
コレを機に暴走して、男女相部屋にしようとか言い始めてもおかしくない人だ。
「ふむ? どうやら、あの後何かあったみたいだね?」
「「……………」」
で、察しが良いのが今は有り難くない。
「はははっ、成程。青春の流行り病ってヤツかい? 若いって良いね、やはり。よし、では男女を相部屋―――グェ!?」
「俺が死ぬわぁ!!」
「馬鹿ァ! なーにひとりで達観してんですかぁ!」
「これは陸にやられた分! コレも陸にやられた分!!」
「これは康太君の分!」
「ねぇ!? 何で本人たちに返さないの―――ごふぅ……! いいボディブロー……!!」
「「そしてこれがァァ―――」」
余程溜まっていたんだろう。
吐け口を見つけたかのように、嬉々として受け身の大人を虐める子供たち。
「止めるんだ君たち! オヤジ狩りは止めるんだ!」
「「もんどうむよーー」」
重要なのは、彼へ攻撃が命中している事。
そう、当たるのだ。
ギャグ補正があれば、あの先生に攻撃が当たる。
これは遂最近気付いた事だ。
「あれ、一人前って事で良いのかな」
「―――いえ。あれを一撃とは認めてもらえないでしょうね」
「ギャグ補正だしね。美緒は参加しなくて良いの? いまチャンスっぽいけど。……二度とお酒飲めない体にする」
「私は全部陸君にぶつけられましたから。むしろスッキリしてます」
「……ははは」
まぁ、僕も康太にぶつけたし。
中々すっきりしている。
多分、こうやって
「みーなさーん、ご相談よろしいですぅーー? あはははっ」
ん、この如何にも陽気な声は。
「夕暮れ過ぎてまで訓練です? 随分元気―――に……?」
「「ぁ」」
思わぬ来客がひょこりと現れたけど。
現れるなり瞬時に固まったカレンさんは、器用に目だけをグルグルと動かして状況を確認し。
「はっはーーん……? お邪魔しましたぁ」
静かに、素早く帰っていった。
誰が見ても意味わからないからね。
そうなってもおかしくはないけど、大人版春香な彼女にしては随分と大人しい……。
「ご用件があったのではないんですかね」
「……また来るんじゃないかな、日を改めて」
多分、また明日辺りにでも……。
「―――こっち、こっちですロゼッタ!」
いや、もう戻って来たんだけど。
というか、何でロゼッタさんまで?
「本当なの? 今なら殴り放題って」
「ですです!! 憂さ晴らしに顔面べっこべこにやってやりましょう!」
……………。
……………。
あ、仲間呼んできてたのね。
というか仕事しなくて良いのかな、この人達。
―――わぁ、収拾つかない。
◇
「では、落ち着いてきた所で状況を整理するとしましょうか」
「殴られ損かい? 私は」
「うるさいわよ殴らさん」
「ですです」
「………な、ナグ……? ……ははは」
後半はっちゃけてたの、完全に大人組なんだけど。
落ち着いてきたのなら問題はないか。
「んで、どうしてカレンさんはこっちに? 今日は事務所で寝んじゃないんですか?」
「いつも事務所で寝泊まりしてるみたいに言いますね、コウタさん。そうですけど」
「ブラック企業」
「しゃちく」
「……ふーむ? どういう意味かは分かりませんが、罵倒されてます? わたし」
「先生も、よく分かりましたね」
「うん? 何が?」
「ここ、一応俺と陸の秘密の場所みたいな感じだったんすけどね」
「康太、ちょっと……」
無意識だろうけど。
それ、このタイミングでは完全に言い過ぎ。
語るに落ちるってヤツ……。
「お二人で、私と春香ちゃんに隠れて訓練してたって事ですか? 康太君?」
「……ぁ、やべ」
「―――じゃなくてさ! どうして場所分かったんですか? GPS?」
またいつものアレかと。
話を逸らすと同時に、ヘイトを先生に向けようとするけど。
「「じーぴーえす?」」
思いがけず、再び首を傾げるカレンさんとロゼッタさん。
そう言えば、この世界の人には通じないよね。
「対象がいま何処に居るのか分かる魔道具みたいなものです」
「……あぁ」
「無属性“占星痕”の事ね? ―――それ……付いてるかしら……?」
……ん?
「先生」
「あれね。もう、とっくに外してるけど。気付いてなかった?」
「「………ぇ」」
言われて、一斉に確認する。
前までは、確かに僕たちの身体には何らかの……僕たちの物じゃない魔力反応が……。
ないね、何処にも。
前までは確かに有った極小で微弱な反応が。
「この前言った通り、皆は充分強くなったからね。もう必要ないさ」
「「おぉ……!」」
「あたしたちのプライバシーは守られるてことですね!」
「その通りさ」
……そっか。
ようやく解放されたんだ。
「私はただ、用事があってぇ? ナクラさんから皆さんが宿の裏手に居るって聞いたんで来ただけですよーー?」
「「………うん?」」
解放されているよね?
「あの、先生。何で僕らの居場所……」
「カン」
「……そうですか」
「―――じゃあ、そろそろこっちの話ね。勇者様達、ナッツの件覚えてるかしら?」
話がまとまってきたのを感じたか、新規の話題を出すロゼッタさん。
……ナッツ。
ナッツバルトさんの愛称か。
カレンさんが来るって事は、大抵指名依頼とか頼みごとの類だけど。
今回は彼の事らしく。
でも、ギルド職員さんの話となると、依頼って訳でもないのかな。
「ナッツバルトさん、長期任務に出てるって言ってましたよね」
「上位冒険者さん達が都市に集まって来てる事と言い、やっぱり例の件と関係あるんです?」
「ある筋から、ね。例の組織についてのタレコミがあったのよ」
「「ある筋」」
「あやしー」
「……そ。仰る通り、これがすごーーくきな臭い密告でね。正直、博打みたいなものだから期待はしないで。危なくなったらすぐ戻ってこいって総長に言われてたのよ」
「調査隊を編成しての探査ですねーー」
……水面下での情報戦、その一つという事だろうけど。
曰く、調査隊は全部で五つ。
一小隊五人からなるギルド直属の部隊が赴いたとの事で。
「現状を纏めると。うち二部隊は通信途絶、うち二部隊は諸事情により完全撤退。で、ナッツの隊も本人以外は撤退――ってね?」
「……全滅、です?」
「そんな感じ、です。一人の方が都合が良いって、本人がよく言ってる事っすねぇ。ま、死んでも文句ないでしょう。本人がそう言ったんすから。夢に出ても知らんす」
「しくじって野垂れ死んでないと良いんだけどねぇ?」
カレンさんもロゼッタさんも。
この人たちの場合は。
多分、覚悟がキマり過ぎているからだ。
自らの力のみで上位冒険者へ到った人たち。
当然、共に過ごした多くの人たちと望まない別れを経験した事なんて指の数じゃ数えられないから。
決していつまでも囚われはせず。
むしろ、そうあったとしても、より職務への意志を固めている故なのだろう。
「聞いて三日位経ったら忘れるんでオールおっけです」
「私は酒のんだら忘れるわね。仕事忙しいし」
「……ガンギマリ過ぎでは?」
「もう亡くなった前提で話してませんか?」
それでも、会話も職場もブラック過ぎる。
「勿論、生存に越した事は無いっすけどねぇ。あ、勇者様達が死ぬのも嫌ですよーー?」
「寂しくなるからね?」
なんか僕達にも飛び火してきてるし。
ゲオルグさんと言い、どうして何でもかんでも死ぬ前提で話すんだろ、この人たち。
ともあれ、一応心配してくれてるだろうし。
何かしら気の利いたことを……。
「それは、僕は心配してないです」
「ミートゥ」
「私が皆さんを守る代わりに、皆さんが私を守ってくれますから」
「そこだけは、
「……あははは」
「……貴方達も大概覚悟キマッってるわよ?」
一人は皆の為に、皆は一人の為に。
有名な台詞だけど。
互いが互いを守れば、絶対に皆生き残れる。
僕たちの場合は、そうすれば絶対に大丈夫だって本気で信じ続けてるからね。
「―――あっちも、きっと無事ですよね。【
「本人は火光獣って言い張ってますけどねー」
火鼠……火ネズミ。
有名処だと竹取物語で存在が示唆される伝説上の生物だけど。
この世界でも天恵蟲、虹蛇……後は魔獣の最上位たる幻獣種と並んで、超希少な幻生物として存在していて。
その毛皮は決して燃えないとされている。
そして、その名が付けられたナッツバルトさんの二つ名は、練達の火属性使いであることと、どんな死地からも生還してくる任務遂行能力の高さ……つまる所、逃げ足の速さから付けられたものだという。
そんな彼なら、きっと無事だろう。
無事で……うん。
ところでさ。
「―――あの、先生? さっきから何やってるんですか?」
全然合いの手挟んで来ないと思ったら、いつの間にか座り込んで。
床にのの字を書いている大人は。
果たして、何が狙いなのか。
「いや……君たちさ? 互いに眩しい物を見せてくれる割りには、私の事ノータッチだからさ? ワレ、君たちの師匠ぞ?」
またガリガリやってるし。
どうしていつも本当に書きたがるのかな。
「少しくらい心配してくれても良くない? 何故に?」
「―――いや、何でって」
「―――
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