第15話:変わらない日常……?




「良い動き―――だが、まだまだァァァァァア!!」



「……うぉぉッ!?」

「……ぅ、ぁ―――ッ!!」



 大地が真横から殴りつけてきたかのような爆発力に、武器ごと吹き飛ばされる僕と康太。

 デタラメってレベルじゃないし。

 そもそも、魔物の王と形容される竜種と膂力比べできるような人外レベルの冒険者って、絶対におかしいよ。



「……何の罰ゲームなんだよ、コレ」



 打ったような鈍痛を覚えているのか、頭を抑えながら康太が呟く。

 実際、僕も同じ心境かつ頭が痛い。

 精神的苦痛は、時に肉体的な疲労以上だ。



「あぁん? なんつった? 最上位冒険者に稽古つけてもらえるんだから、ラッキーに決まってんだㇽォ?」

「……………」

「―――本当ですか、先生」

「ああ、多分、恐らく、メイビー。大抵の冒険者は、こいつらが「稽古」なんてトチ狂ったことを言いだした時点で逃げ出すだろうけどね」


 

 まあ、当然か。

 命が幾つあっても足りない。

 

 ―――緊急の護衛任務から暫くして。


 何らかの要因で、ギルド本部には続々と各地から名うての冒険者が集結しているらしく。

 万全の警備を街へ提供する事が可能になった事で、僕達は普段の生活に戻っていた。


 ……けど、運の悪い事に。

 偶然任務明けで本部へ戻って来たらしいゲオルグさんと鉢合わせて。

 今の状況という訳だ。



「……ん―――? おう、ちょっと待ってろ。呼び出しだ」



 ギルド職員さんに呼ばれたのか。

 一度手を止め、武器を担いで歩いていくゲオルグさん。


 代わりに進み出る先生。

 彼の手にも木剣が握られていて。

 休む暇なんて与えないぞとか言われたらコトだったけど、彼はそういう手合いじゃなく。



「さあ、潮時だ。リクとコウタも終了にしよう」

「良いんですか? 奴さん、まだやる気みたいですけど。何なら、まだまだ俺たちの戦いはこれからだですけど」

「アレに付き合うなんて、体力の無駄も甚だしいからね。ここまでにしておくのが良いさ」

「……あ、んじゃ」

「代わりは先生がやってくれんですね?」


「うん……? あいや、これは。私はただ木剣の後始末と手入れを……」




『へへへへ………ッッッ!!』



 

 ……とか、恐らくそんな感じの笑みでこちらへ振り返っている巨漢。

 

 流石は希少種族竜人だ。

 二十メートル以上離れてるこの距離で、当然のように聞こえてるらしく。


 遠くで先生へクイクイと指を動かす巨漢。

 それを一瞥した彼は、見なかったように視線を戻して。



「さぁ、行こうか。これより自由時間だ」



 あ、本当に無視する方向ですか。

 僕と康太の肩に手を置いた彼は、そのまま一足早く訓練場を後にして。


 それを見送り、顔を見合わせ。

 同じく退散した僕達は、対面から歩いてきた二つの影と邂逅する。

 ……どうやら背後からの追っ手はないみたいだ。



「あ、来た来た。二人共ー、やほーー」

「お疲れ様です」



 僕達が最上位冒険者に虐められている中、先んじて脱出を決め込んでいた美緒と春香。

 女性陣は、訓練後はすぐさまお風呂へ行くのが日課で。

 既に、髪も乾いてるみたいだ。


 ……けど。

 しっとりした肌が、なんて言うか……凄く……。



「―――ふへへェ。みーおーーちゃんっ!」

「はい。何ですか?」

「すーーはーー……、すーーはーー」

「春香ちゃん……?」

「訓練所の方、暑いし汗臭いからねェ。ちょっとフロ~ラル補給しておかないとっ」


「「……………」」

「―――あの。私達、カフェで待ってますね?」



 これ見よがしに春香に密着される美緒だけど、いきなり後ろから抱き着かれたのにまるで動じておらず。

 果たして、普段から慣れ過ぎているからか。


 彼女は一言残して。

 くっ付く春香をそのまま引き摺って行く。



「全然動じてないね、アレ」

「美緒ちゃんクールだからなぁ。というか、今まで「きゃっ」とか言ってるの聞いたことあるか?」

「―――……いや、無いけどさ。それ言ったら春香もじゃん」


「春香ちゃんは……―――いや、しょっちゅう叫んでね?」

「どんな風に?」

「……………ぎゃー。ぎゃゃー……」




「「ゴブリン語か(かな)?」」




 簡易浴場へシャワーを浴びに行きつつ、二人で言葉を交わすけど。

 どうやら見解の一致だ。


 果たして、本当にそれで良いのか。



「なんでかとか、確証もないし分からないけど。普通に会話しそうで怖いんだよね」

「何が一番怖いって、この会話だろ」



 それはそう。

 もし聞かれててテクトなんかされた日には、また痛い目を見るよね。



「後ろ、来てないよね? 春の妖精とか竜狩りさんとか」

「……多分。まぁ、ダイジョブだろ。今日は――アレだ。もう事前に色々と駆け引きがあったからな。今から緊張バクバク、心なんか読めっこねぇよ」

「かけひき……? 緊張……? ―――何の話? それ」



 ……………。



 ……………。



「という訳でェェ!!」

「俺達、また探検行ってくるわ―――ッ!!」



 ……………。



 ……………。



 また、性懲りもなく……。


 シャワーを浴びた後、晴れて僕達はまっさらな清い身体で自由の身になったわけなんだけど。


 訓練から解放されて早々。

 これは―――アレか。

 春香と康太のお花畑コンビが不定期に開催する、気まぐれ散策旅。


 こうなると大抵僕と美緒で行動する事になるし。

 あの二人はそれを狙ってすらいるのだろう。

 RPGで言う「何が起きるか分からない呪文」……二人の散策は、本当に何でもアリだ。



「いこっ! 康太君!」

「ほいほい。んじゃ、また後でなーー……へへッ」



 思い立ったが吉日。

 最早止まらぬと行動を開始する二人。


 手を引かれて小走りになりつつ、こちらを振りかえる康太。

 しかし、いつもと違う点が一つ。

 妙な事に。

 悪戯っぽく笑うその視線は僕ではなく。


 うん……? 隣―――? 



「―――美緒?」

「どうかしましたか」

「いや……よく分からないけど。いま、康太と何か」

「気のせいでは……? それより私達も。思い立ったが吉日、です」



 見間違えかな。

 偶々、手の振りが被ったとか。


 まあ、確かに。

 あんなハンドサインを作った覚えはなく。

 或いは、ただ去り際に恰好を付けたかっただけなのかもね。



「……うん。いこっか。今日はどうする? 塔でも良いけど、暫く商業区に顔出してなかったよね」

「そうですね。そちらへ行ってみましょうか。前とは変化があるかもしれません」



 あちらの二人ほど劇的かつ爆発的な出会いは望めないだろうけど。


 僕達も並んで、冒険を求めて歩き出す。

 緊張など全くなく。

 もう慣れたような……これが当たり前にすら思える日常だ。



「これは―――革製の薬瓶ですか……」

「うん、物珍しいなって」



 で、セキドウ商業区。

 競争率が非常に激しい大通り程ではないけど、活気のある区画だ。

 

 生活雑貨や食料品、異国の物品は勿論。

 安く払い下げられた魔道具の部品ジャンクを販売する複数の市場。

 多種多様な用途の施設。

 或いは、行事や出し物の中心地となる中央広場……。

 色々見所はあるけど。


 中でも興味を持ったのが、出店で売っていたコレ。

 頑丈な革製の薬瓶だね。

 それは小さく、水筒などの用途には向かないけど。

 最初期から水属性の基本魔術を行使できる僕達は、冒険で水袋を携行するという経験がそもそも少ないし。


 ある意味、この方がアリだ。

 回復薬を入れるには充分だし。

 樹脂や硝子製の瓶はやや硬いから、破損した時が面倒だし。


 

「―――うん。ちょっと高いけど、その分仕事も丁寧で作りもしっかりしてるし、買ってみようかな。中身がチーズにならなきゃいいんだけど」

「商売、始めちゃいます? ……ふふっ。私は――」


「この、壺なんかどうですか?」

「そっちはソース作りだね。一緒に商売始めちゃおうか。チーズソースとか、売れそうな気しない?」

「大規模商売……ギルドと提携して専売してもらうのが良いですね。各ギルド支部にノルマを課して荒稼ぎ―――ぁ、そうです。アイリさんの為に水差しも買いませんか?」

「……そういえば。春香が水差し割っちゃったんだっけ」



 こんな感じで適当に散策して。

 ちょっとした目的が出来たら買い付け。


 そんな事を繰り返して、やがて戦利品を品評するように適当なお店へ入ったわけだけど。



「―――あの。先程から外が……」

「うん。何かあったのかな?」



 食事を摂りながら話をしていると。

 外から、何かを宣伝するかのような良く通る声が聞こえて。


 それに続くは、多くの人が駆けていく音。

 方向から考えて、商業区画でも中心となる広間の位置している場所だ。


 いつもは空き地だけど。


 偶に他の都市から……。



「劇団がまた来てるんですかね。―――陸君」

「良いね。行ってみようか」

 


 この世界の娯楽と言えば、買い物や闘技場の観戦などがあるけど。

 大きな都市になると劇場などが設置されている場所もあって、定期的にやってくる旅の劇団が公演を開いたりもする。


 セキドウでも定期的にやるんだよね。



『念願の、鋼の剣をてにいれた! 今迄なたと農具で戦ってたのが過去になるぞ!』

『えぇ……?』

『あ、そこの君。僕と一緒に冒険しない?』

『お断りします』



 新品の剣を手に、子供のようにはしゃぐ青年。

 居合わせた同い年くらいの黒髪の女性は、本当に退いてるような見事な演技で。



『あの、僕達と一緒に来てくれませんか?』

『………私がか?』

『はい。この御前試合で、まだまだ未熟なのを実感したんです。貴方の力を、私達に貸していただけませんか?』



 素晴らしい設営の速度で、場面が次々と転換して。

 主人公と先程の女性が、今度は別の人を勧誘する。

 ……まるでネズミ講。

 あんな嫌そうな顔をしていた女性が、勧誘側に回るなんて。



「今回も良い出来ですね」

「―――うん。そうなんだけど……」



 見始めて今更だけど……漫画とかだと、こういうのって。

 普通は映画とかを鑑賞してから喫茶店に入ったり、持ち物がかさばらないよう最後にお買い物するのが多いよね。

 思い返すと、コレ完全に真逆じゃないかな。



「……今更だけど。逆だね、僕達」

「逆、ですか……?」

「お出かけコースを回る順番がアレっていうか……まあ。これはこれで僕達らしいと言えばそうかもだけど」

「――ふふっ……成程」

「そんな事ないかな」

「いえ、そうかもしれません。確かに、逆かもですね」



 良かった。

 美緒に笑われると、何故か凄く恥ずかしくなっちゃうからなぁ。


 人気劇団の公演だったからか、一般席はほぼ満員で。

 少し高めの金額だけど、その分広くて良い席を取ってもらい。


 滑り込みで席へ着いて、見物する劇。


 ……話しているうちに、また場面が移り変わり。

 遺跡へと踏み込み、バッタバッタと魔物を切り伏せていく劇の登場人物たち。


 やがて、その最奥で主人公は山ほどの宝物を見つけて。



『宝石……金の杯、高そうな白布、……これ、ゆびわ……?』

『そのようだな』

『指輪ですかっ! ……えぇと……どうするのです?』

『……うーん。特に装飾もないし、あんまり値打ち物じゃなさそうかなぁ? よく分かんないし、売る?』

『……いえ、その――折角のものですし、ほら。他に使い道があるような気がしませんか……?』


『―――いる? ほら、指出して』

『いや。私はいらん』


『―――って! 何をやってるのですかぁ!!』

『……え? 何が?』

『私のいた世界では! 指輪を送るのは! 好きな異性への意思表示なんです!!』


『『……………?』』

『どうして今の説明で伝わらないんですか―――!?』


『だってどっちも男だし……ねぇ。それって、ツマリ?』

『どういう意味だ』

『つまり……その―――。えぇ、教えてあげます……! 二人ともそこに直ってください、正座です!』

『『セイザ?』』

『三人共ー? 大きな声を出して、どうかしたんですかーー?』



 これは、古い時代、小さな農村部に生まれた一人の青年の物語。

 

 成長した主人公は冒険家となり、沢山の仲間を集めていく。

 色々な人が仲間に加わり、時に去り……。


 人間種の男性が二人、女性が一人。

 半妖精の女性が一人。

 これ迄の旅で彼等が出会い、彼等を支援してくれる、沢山の頼れる仲間達との物語。



「―――やっぱり、既視感が凄いです」

「本で何度も何度も読んだからね。あと、やっぱり僕達にも似てるよ、この物語って」



 この劇のモデルは、古い英雄譚。

 誰もが知る物語だろう。


 でも、なんだろうね。

 こうして俯瞰ふかんしてみていると、懐かしさが込み上げてくるような。



「仲間を集めて、心から信頼し合って。でも、決して初めから順風満帆まんぱんだったわけじゃない。彼等も、最初から仲が良かったわけじゃない……。何でも、そうだ」

「―――では……私達が仲間になったのは、いつになるんですかね」

「うん? ……難しいね、ソレ。……そういえば、僕達が初めて話したのって―――」



 ザワリと胸を撫でていく様々な感情。


 本にしろ、劇にしろ。

 物語を見ている時ってやっぱり、自分の似た経験と照らし合わせるから、色々と思い出して感傷的になるんだよね。


 それに、劇を見ながらだと。

 意識が割かれて、どうにも。


 えぇ……と、何だっけ。

 僕達が初めて言葉を交わしたのは―――そうだ。

 


「うぅーん……たしか、一学期の最初の校外学習だっけ? ほら、春香と美緒が同じ班になって……」



 既にその時友達になっていた僕と康太が春香に誘われて……って。

 懐かしささえ感じる記憶をさかのぼるけど。

 恐らく、その通りだろう。


 これが物語とかなら。

 実は、幼少期に一度だけ会ってたとか――危ない所を助けた助けられたとか。


 そういうのがよくある設定だけど。

 


「えぇ、そうでしたね。あの時が初めてですね」

「―――だよね」



 そんな事は無かった。


 さよなら運命の再会。


 僕の幼馴染は暴虐の魔王ハルカー固定なんだ。



「最初は春香の紹介だったけど。それから、休み時間に話すようになって……あと、偶に図書室で意見交換とか」

「……あの頃からが、とても楽しかったです」


「うん、とっても―――ぇ? から?」

「……………」

「それって、どういう……」



「「おおおぉぉぉぉぉ―――!!」」



 ……小さく話している間にも、劇は既に佳境かきょうに入っているらしく。

 一際大きな観客の声がこちらの席まで届く。


 劇中では、突然現れた全身鎧の黒い騎士が、主人公の仲間である着流しの男を一刀のもとに……わぁ。

 コレも、結構リアルだ。

 主演の人たち、かなりいい動きだね。


 元冒険者とか……?




「陸君」

「ぁ……うん」

「―――私の物語も。聞いてくれますか?」



 ……………。



 ……………。



「勿論」



 一瞬。ほんの一瞬、頭が混乱したけど。

 けど、いつかは必ず聞かなきゃと思ってたことだから。



「実は、ずっと気になってたんだ。もっと知りたいなって言ったら、流石に退かれちゃうと思ってたけど……」

「……そんな事。ない、です」



 だから、彼女自身が話してくれるというなら。

 聞かない選択など存在しないと。


 気付けば即答していた。


 出会いは、本当に偶然。


 偶然、美緒の高校での最初の友達がコミュニケーションの化身で、僕の幼馴染だっただけ。

 彼女が春香の友達でなければ。

 僕が話す機会なんて、それこそ委員会とかの打ち合わせでもあり得なかったと思えるような。


 本当に、当時の彼女はそんな高嶺の花だった。

 彼女に告白したい……実際にした……なんて話は、クラスメイトとの何気ない会話ですら幾度と聞いた。

 

 

 ………でも、そうじゃない。

 


 背中を、肩を預け。

 暗い夜を共に超えてきたのは僕達だけなんだ。


 ……厄介な追っかけの思考に近付いてるけど。

 いま、彼女の心に変化を与えられるのは、紛れもなく僕だけなんだから。

 

 それ位は、役得と考えて。

 

 

「じゃあ。僕から、お願いだね。―――知りたい。もっと、君の事を知りたいんだ」



 大切な仲間……否、相棒である女の子と。

 美緒とずっと一緒に居たいから、僕は彼女の話に耳を傾ける。



 ……………。



 ……………。




「―――まずは……小学生の頃、ですかね」 

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