第14話:彼女らは嗤う




「大陸議会は近く、我々は再び力を得ました。現状の戦力であれば、アレ等が場を整える以前に間に合わせることが出来ましょう」



 ―――大陸南東部―――ミラミリス山脈。


 

 時間毎に気候が激しく変動する特異な山脈に在って。

 景色を望む窓の類は一切なく。

 まるで土中に存在するかのような閉塞感を持つ屋内の一室で。


 今まさに。

 大陸転覆の計画は宣言されようとしていた。


 舌の動き滑らかに報告を行う壮年の男。

 壁際に立ち、見守る軽装の男。

 手持ち無沙汰に書類を捲る女。

 三者三様の様子を見せる者たちを前に、報告を受けているであろう存在は頓着する様子もなく座し。

 

 静かな空間には。

 ただ壮年の研究者の声と、紙を捲る音だけが響く。



「いかに調停者。いかに大陸ギルドと言えども、魔人の軍勢に対処することは出来ぬでしょう。我らの研究は既に完成段階を超え、改良を重ねておりますゆえ」

「……一区切りか。―――時に、くだんの任はどうなっている? 当時の研究者の確保は、失敗したと聞いたが」

「……ん? 彼女の件か?」



 研究者の言葉が区切りを付けた頃に挟まれる疑問。 

 およそ後ろ向きな言葉に反して。

 それを放った壁際に立つ者――旅装の男の口調や表情には怒気などの感情も薄く。


 研究者への皮肉ではなく。

 ただ、己の率直な疑問を放ったように映り。

 その言葉に、つまらなそうな様子で紙を捲っていた女も手を止めて呟く。



「……期待していたんだが。彼女は、来ないのか?」

「聞いた限りでは、そのようだ」

「はははっ、問題ありませんよ。アレは確かに我らの中に在っても優秀でしたが、結局は病む心を持ち合わせた欠陥だった。研究を続けた我々は、既に彼女を大きく超えたのです」

「そうか。小指が大きく出たな」

「昔の、話、です……。今の主任は私なのですよ、中師。いえ、そもそも。五師は既に形骸化した概念です、元中師殿」

「皆、研究が出来ればそれで良かったからな、私含めて。お前以外は」

「……時間の浪費ですな。報告を続けましょう」



 これ以上は栓無い事と断じたか、或いは別の考えがあってか。

 壮年の男は肩を竦め。


 再び、長大な報告を仕損じる事無く。


 淡々と、弁舌家のように連ねていく。



「ギルド側からの情報では、今回の作戦に参加するであろう冒険者は、後方支援の中位冒険者を含めた六十余り。【暁闇】を始めとして【沈黙】、【赤熱】、【処刑人】……当時を知る者達。そして、【火車轟】、【白煙】、【風切り】……現状の上位冒険者に相当する者達が主との事です」



「対して、我らの保有戦力はC級相当の作品が三百と数十、B級相当が八十余り……要塞の外部へ飼いならした最大B級の魔物軍。諸々、名のある傭兵と……」

「私の実験体を含めたな?」

「報告中です。して―――」

「――最低C級相当。最大でもB級上位、ねェ……? 雑魚でも使い道くらいはあるって事か」


「………ッ」



 報告の途中。

 それも、突然室外から乱雑な足音と共に歩いてきた女。

 錆び付いた扉の開閉音も耳をつんざき。


 更には言葉を切る前の二度目の妨害ともなれば、研究者が気を害するのも無理はなく。

 彼は思わず眉根を寄せて振り返る。



「………ソニア殿。上位冒険者に匹敵する戦力を雑魚などと。それは、貴女が規格外なだけなのですよ」

「そりゃ、失礼。数だけ水増しして、挙句あん時の再来にならなきゃいいなぁ? 今回は、かの勇者様だっていんだぜ?」

「あぁ、四人だな――是非捕まえてくれ。興味が深すぎる」

「……上位の戦力かつ、無限に戦う死の尖兵、です。傷を負えば身体能力を十全と扱えぬ勇者、そして冒険者など何するものぞ。いかに最上位たる貴女であろうとも――」

「言葉を慎め。ソニア殿は導主様の客人だ」


「……えぇ。失礼いたしました」



 それまでは自然体で事を見守っていた軽装の男が、研究者へと刃が如き鋭い言葉をかける。

 一連の彼等の様子を見て。

 少なくとも、仲睦まじいと感じる者は居ないだろう。



「―――は、はい……っ! 申し訳ありません。続けさせていただきます」



 誰が見ようと剣呑な空気の中、柏手かしわでの乾いた音が四人の耳を撫で。

 その音で我に返った研究者は、再び話を始めた。



 ……………。



 ……………。



「要塞内部の機械化回路と機動も異常は無く。兵の調整も先述の通りに。……これにて、報告は以上になります」

「―――――」

「勿体なきお言葉です、導主様。……では、私は失礼いたします。未だ研究の中途ですので」

「私も、もう戻るぞ」



 報告を終え、先の扉から去っていく二人の研究者。


 逆に、途中で現れた女――ソニアは。

 先程導主と呼ばれた者の対面に存在する席へ無遠慮にドカリと腰を下ろし。


 そのまま、興奮を共有したいというように振り向き。

 軽装の男へ声を掛ける。



「なぁ、カシン。オマエも楽しみか――?」

「私は只必要な事を成し、必要な敵を処するのみだ。無論、貴君の闘争への美学を否定するつもりもないが」

「……あーー、お堅い事」

「お二人で御話があるのでしょう。私も失礼します、導主様。ご用命とあればお呼びを」



 そして、壁際に立っていた男……カシンもが部屋を去り。

 軋む扉が静かに音を立てて閉ざされ。


 静寂の訪れた空間。

 たかぶりを収めたソニアが淡々と話を始める。

 


「……ま。そこそこ出来そうな奴もいたが……。ハッキリ言って勝ち目薄いよなぁ。前回みてぇに私らレベルが突撃してくりゃあ―――精々、カシン位か?」


「―――――」

「ま、確かに。中々死なねえってのは厄介だが、な」

「―――――、――――」

「……ん? そうなのか?」

「―――――」

「そういや、傭兵もいるっつってたか。……てっきり、みーんなあのバケモノにしちまったかと思ったがなぁ。っつうか、自我を保たせたままするってのはそんなにムズイのか?」


「……―――――?」

「冗談、ヤメロ、勘弁してくれ。契約外だぜ、そりゃ。てか、笑いながら言う事かよ」



 ソニアは一度、ブルリと震え。

 次に感慨深いとばかりに呟く。



「必要なのは、魔族の強靭性……ね。あの酔っ払い野郎、生け捕りにしてくりゃ良かったか」

「――――――……?」

「誰って、そら……いや、何でも。本当に来るのかねぇ、連中は」

「―――――、―――」

「へぇ……。大した自信だなぁ。お前が言うのなら、確かにそうなのかもしれねえが。……ま、どっちにしろ、第一目標に違いはねぇ」



 また、一度訪れる沈黙の時間。 

 今回その静寂を破ったのは、ソニアの対面に座する導主だった。



「―――――、―――?」

「……ははッ。わっかんねえよ。長命種の思考と、俺たち人間の考えを一緒にすんな」

「――? ―――?」

「人間さ、私は。これまでも、これからも」



 発された些細な疑問に、ソニアは当然だとばかりに頷く。

 確かに、その力量は無比。

 S級とは――最上位冒険者とは、災害そのものとされてるが。


 ……しかし、それでも。

 只人として生まれ落ちた事実に間違いはないと彼女自身は断じており。

 また、彼女の言葉にはそれ以上の意味が含まれているようでもあった。

 


「――いつの間にか、ここにいた」

「―――――」

「茶化すなよ。そりゃ、あんた等からすれば、短い年月だろうがな。気に入らねェ奴らをぶっ飛ばして、殺して――殺してころしてコロシテコロシテ。そしたら何時の間にか、な」


「―――、―――」



 物騒を形にしたような言葉と表情に、導主は声を出して笑う。


 この空間に第三者が居たのなら。

 両者の関係は対等なものであると考えた事だろう。



「ともあれ。連中がガチでくりゃあ、それこそ止める奴が居るだろ? オレとお前の契約はそこまでだ」

「――――。―――、―――」

「良いねぇ、その狂った嗤い。だからこそ、お前とは合うんだ。総長以来の快挙だぜ、私に下で働いてやろうなんて思わせた奴は」



 果たして、考えが似ているからなのか。

 ソニアは、驚くほど目の前の存在とは話がしやすいと感じていた。

 彼女自身、まさか同類が異種に転がっているとは思っていなかったが。



「―――――」

「……おう」



 そして、会話が一段落着く頃。

 身を預けていた席から立ち上がり、言葉を切り出す導主へとソニアも返答し。


 やがて、会話の相手がいなくなると。

 広い室内で一人となった彼女は、大貴族の屋敷でさえ見られぬようなソファに身をもたげ。


 ……閉ざされた瞼。


 それが再び開かれた時。

 彼女の翠の瞳は、何かを思い出すかのような感慨に細められる。

 


「……来るか、勇者。来るか? 冒険者。来るか―――六魔将……!!」



 最も焦がれた大敵。

 それは、悪夢のような怪物だった。


 かつて出会い、戦った。

 まみえたアレには、全てが届かず。

 その他有象無象の塵芥――彼女がこれ迄踏み越えてきた屍が如く、無様に地を這いつくばった。



 ……………。



 ……………。



 アレと同格の化け物が、まだ五匹も存在しているというのなら。

 アレ程の化け物をして、別格と断言させた存在がいるというのなら。 


 そして、そんな怪物と戦えるのなら。

 何を犠牲にしたって構わない。

 

 ソニアは、当たり前のようにそう考えていた。

 なれば……当然。



 ―――死んだとて、些事だった。



 人類の限界を超えたという自身が全力で戦い。

 それで尚、届かぬというのなら。

 圧倒的な力の前に捻じ伏せられるというのなら、それも悪くないと考えていた。


 弱者に生きる価値無し。


 血を、肉を、命を……。

 より多くを喰らった者が生き残る。


 それこそが、この世の摂理であるべきだと考える故に。

 遠い血の記憶がそう囁くゆえに。

 


「そう……そうだッ。命なんて、喰らい潰してなんぼ―――ってな。はははは……ははは……ッッッ」



 狂った獣は。

 ただ一人、嗤い続けた。

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