第13話:研究者の告白
その依頼は、本当に唐突だった。
内容は護衛任務かつ、ギルド職員と連携して極秘裏に行われるもの。
拘束時間は未定。
そして、信頼できる者にしか頼めぬ事……と。
そう言われてしまえば、断るわけにもいかず。
「―――――ぬぅ……!!」
彼女たちの護衛を行う事暫く。
こうして、敵が動き出した。
小さなベッドから飛び上がり。
奇襲をかけてきた側へ逆に不意打ちと襲い掛かる戦法。
自分がやる側だと思っていた立場の相手は、想定外の事態に浮足立つというのが常だけど。
「……ッ、――浅い……!」
「……自分から飛ばれましたね」
この人――凄く、強い。
一段目で美緒の剣閃が襲い、二段目で僕の長剣による刺突が。
連携は完璧だった。
しかし、刀の一撃は硬質な音と共に敵の
長剣の切っ先は、外套にあるまじき鈍い音に阻まれ貫通には至らず……漆黒を纏う敵は自ら後方へ飛ぶことで衝撃を減らす。
殆ど手傷の見られぬ存在は、そのまま測るようにこちらを伺い。
「………勇者」
ぼそりと、一言だけ呟く。
「ご存じでしたか」
「……あの。腕、何か嵌めてます? あとその外套、硬化系の刻印掛かってますね? かなり質の良いやつ―――、―――ッ!!」
意識を集中して、ようやく気付く速度。
以前戦った野盗たちの投擲技術なんか、まるで比較対象にならない速度と威力。
―――
寸分も光らず飛来したそれを刀身で防ぎ。
その柄に取り付けられた鋼糸を断ち斬る。
弾いてそのまま放置してたら、二撃目で何処かしら斬られてたかな。
それに、金属の香りに混じった微弱な刺激臭。
間違いなく毒が塗られているでしょ、コレ。
「「……………」」
「……あぁ、そうすべきだ」
絶対に油断できないと、緊張状態で向き合う中。
敵方がぼそりと呟き。
滑るように、部屋の外の階段――二階から身を躍らせる。
これは……。
「―――……逃げられちゃったね」
「ですね。では、後はロゼッタさん達にお任せしましょうか」
そう来るなら、事前の取り決め通りだ。
冒険者の教訓に語られているうちの一つとして、「護衛は追わず」だし。
「でも。あの人、凄く強かった……」
紛れもない一流の暗殺者だ。
派手な武器を持たず、あくまで小さな暗器を主装備に。
しかし、外套は勿論、美緒の攻撃を防いだ腕も、手甲の様な物が付けられていただろうし。
恐らく、他にも靴とか……。
まるで、びっくり箱。
何処までも人間を相手取るような装備で、不意を突き、殺すためだけの……。
「―――よ、お二人さん。さっき迄はお楽しみでしたか?」
「………康太君?」
「……うるさい、
「それは言わない約束だろうが、ホラーゲームじゃねぇんだぞ……ッ! くそッ! 最近羨ましい事ばっかりだ!!」
「本当に良いの? 春香と康太でやってたら、襲撃前に気絶してたと思うけど」
「……まぁ、それはそう」
否定はしないのね。
暗殺者が去ってから暫く。一階からゆっくりと上がってきたのは、大剣の代わりに鉄の棒を装備した青年。
あのサイズの武器は収納に収まらない上、室内じゃ邪魔だからね。
で、それらの不便を度外視しても。
彼がここまで憤るのには訳がある。
幾ら相手の目から誤魔化すという大義名分があるからと言って。
女の子と―――増してや、美緒と一緒のベッドに居たとか。
……本当、今に心臓が破裂しそうだった。
「よくある、男女でロッカーとかに隠れる展開でしょ? どだった?」
「……うるさいでーす」
「あの……思い出、増えましたね、陸君」
ポジティブ過ぎるよ、美緒さん。
野営でも寝る場所は分けてたし。
確かに初めての経験だけどさ。
「―――くそがぁぁ……! お前なんかに――リア充なんかに、一人でロッカーに入る奴の気持ちなんか……」
「うん。分かりたくない」
春香と康太が囮となって暗殺者を誘い込んだのに対して。
僕と美緒は、敵が部屋に侵入してきた瞬間に迎え撃った。
でも、結果は同じだったみたいだ。
特に何かを頓着する様子もなく二階へやって来た康太と春香。
それに遅れて、やってきた人物は二人。
外套を深く被ったやや背の低い存在と、いつもの彼。
一仕事終えたといった風にやって来た先生は……見慣れぬ武器を山と抱えている。
多分、丸裸に
……流石先生。
捕縛したんだ、暗殺者。
「―――やぁ。そんな事だろうとは思ったけど、やっぱりご機嫌斜めだね、コウタ」
「……あの、今からやり直せんです?」
「いや、だって君じゃアレだろうし? 幾ら子供の体温が高いからと言って、体温上がり過ぎたら逆に不自然だろう? 下半身とか」
「先生」
下ネタやめて下さい。
「でも、そっちがそこそこ派手にやってくれたおかげで、こっちは二人も収穫出来た。残り二人もあっちが如何にかしてくれるとして――各々、上手く行ったみたいだね?」
「……体温感知を阻害する薬、なんて」
「凄いモノだろう? 正確には、その場の環境温度と体温を完全に同化させる薬……スパイ映画に引っ張りだこさ」
今回の依頼の肝は、体温。
一流の暗殺者たちは、あの敵の手で対象の位置や数を捕捉する関係上、隠れていても見つかってしまう可能性が高かったけど。
その関門を解決したのが、
魔物の中には、獲物の体温を感知して狩りを行うモノも多い。
例えば、アングィス種。
蛇型の魔物が有名で。
地球宜しく、ピット器官……獲物の体温を感じる感覚器のようなモノが有るらしい。
そして、それに対抗すべく。
独自の進化を遂げた魔物。
「さて、そろそろ大丈夫でしょう。無理をさせてすみません、ご婦人」
「―――いいえ……。本当に、何と申し上げれば……皆さん、本当にありがとうございます」
先生の隣にいた人物がフードを取る。
それは、女性。
亜麻色の髪色を持つ柔和な女性だ。
外套を深く被っていた人こそ、今回の護衛対象であるアイリさん。
セキドウで活動する薬師さんだ。
彼女とは以前依頼の関係で面識が存在するから、あまり緊張はしないね。
頭を下げる彼女へ。
仲間たちは慌てて取りなすように手を振る。
「いえ、いえ! 当然の事をしたまでです!」
「ご無事で、本当によかったです」
社交辞令じゃなく、本気でね。
「……一階の方はやや花瓶の破片が散らかってるみたいだが。二階は?」
「いえ、特には」
「布団さえ整えれば」
「よし、取り敢えずは二階で宜しいですか。眠気もそうですが、互いにお話したい事が幾つかあるでしょう」
そして、会話が終わる頃、移動を提案する先生。
確かに、そうだろう。
唐突に、少ない情報で依頼を受けた僕達もそうだけど。
アイリさんは身体が弱いから、早く休めてあげないと。
因みに、彼女の子供であるロイ君とマナちゃんはそもそも家の中には居ない。
薬で眠って貰ったのはちょっと可哀想だったけど……。
「……うん、大丈夫。起きる頃には全部終わってるからね」
「陸君?」
「それ悪役の台詞だぞ」
「でも、朝前には戻ってこれるでしょ?」
「そういう話?」
片付けをしたら、すぐだと。
二階にある子供部屋へ集合した僕達だけど。
「……今になって、何故」
「混乱する事もあるでしょうね」
僕達が話し合う傍らで、先生とアイリさんの二人が話し合っているのが印象的だ。
でも―――本当に、この人さ?
「そろそろ聞きたかったんですけど。先生は、何処まで知ってるんです?」
「うん? ……或いは、全部」
「「……………」」
僕の問いかけに振り返り応える彼は。
そのまま、僕達へ視線を移し……それに倣うようにアイリさんも此方へ視線を定め。
「皆さんは、何も?」
彼女自身、今回は自分で依頼を出したわけじゃないから。
この反応も当然か。
「えぇ。僕たちの任務は、護衛でしたからね」
「後の事はギルドの方々にお任せすることになってますし、事前情報もあまり多くは……」
「珍しい薬の治験って誘われて、あれよあれよと」
「本当に、凄いと思います」
「そりゃぁ、抽出技術が難しい薬―――いや。何なら、一般の設備では不可能と言っても良い代物だからね」
「「へ?」」
不可能って? 薬の製造が?
いや、でも……だって、事実としてここに有る。
作戦の発案は先生だけど。
この薬を提供してくれたのは、アイリさんで……。
「まさか、オーパーツ? もしかして俺、遺跡で出土した賞味期限切れ飲まされました?」
「いえ。そちらは、ギルドの協力を得て、つい先日製造したものです」
「―――おぉ……」
「凄いです」
「それはそれで――やっぱりアイリさんって、凄い薬屋さんなんだぁ」
「……………」
とても凄い事の筈なのに。
感嘆の息をもらす僕たちに反して、彼女は気取るでもなく、暗い顔で。
まるで、何かを恐れているように。
目を伏せていた。
「……この薬の事も。製法が失伝している元の薬の情報まで。お会いしたあの時から……―――貴方は、やはり分かっていたのですね」
……………。
……………。
前々から、そうだった。
先生とアイリさんの間には、間接的な因縁がある様子だった。
「えぇ。私は、七年前を知っている。あの大規模殲滅令の参加者の一人だ」
「……! ――やはり、そうでしたか」
僕達が見守る中で、静かに行われる問答。
そして、七年前というキーワード。
……じゃあ、彼女は?
まさか、アイリさんもその件に関わっていたと……?
「だが、組織に関わっていた全ての者が悪いと断じるつもりもない。事実、あの一件でギルドの財布と技術、力が膨れたのも事実ですからね」
……それは?
財布や技術は、分かる。
敵の技術や財を押収したという事だろう。
だけど、力が膨れたって……、―――!
「ギルドは……引き込んだんですか? 敵を」
「「え―――!?」」
「……まあ、早く言えばそういう事だ。敵というよりは、何も知らず……或いは脅されていた人たちの働き口を斡旋したというべきだろうが。包み隠さず言えば、中には本当に敵だった者も確かに居た」
「清濁併せる……という事ですね」
「良い表現だね、ミオ。その通りだ」
「当時、ギルドが戦っていた敵は未来を行き過ぎていた。数十年分は進んだ技術力を保有する技術者が……或いは、それ以上の存在も幾人か在籍していた」
「……………」
「欲しいのは、当たり前だろう。ギルドは慈善団体じゃない、営利組織だ。聖職者でも、正しいだけでは守れない。上に立つ者は、常に取捨選択を迫られる。正しくなければいけないというのは、己が何の上に立っているのかを何も知らない弱者ので言葉しかない」
再び、二人の視線が交差する。
……つまり。
アイリさんは昔、バシレウスの研究者だった。
――それも、かなり中枢……中核の存在で。
「何より、力なんてものは使い方次第だ。かつてアレ等が誇った【求道五師】の一角。戦争前に組織を見限り、失踪した幹部。己のやり方で人を助ける道を選んだ【薬師】を迎えられたギルドはほくほくでしょう」
「……っ。貴方は、一体……」
「こんな諺を聞いたことありません? 上位冒険者には、優秀な情報屋が二人は居るって。……以降は、あまりに白すぎる来歴だ。だから、私からいう事は何もない。……いえ、言わせてもらいましょうか」
かつて、通商連邦であの組織の話をした時の彼の顔。
アレを忘れられない僕達には、心配が確かにあった。
でも、今の彼の顔は。
アイリさんに注がれる表情は、あの時とはまるで違う。
「貴女は、幸せになって良い人間だ。子供と一緒に、安らかに」
「……ですが、私は」
「それで尚、ギルドに籍を置くのが不安というのであれば……」
彼は一呼吸置き。
柔和な笑みではなく、いつもの胡散臭い笑みを浮かべる。
「ギルド総長をご存じですか?」
「……いえ。今代の総長様とは、手紙でのお話とお名前だけを。……直接お会いしたことは」
「ならば、【調停者】はご存じでしょう?」
「! ――もしかして……」
「ご
……咎めることは無いと、彼女を知るギルド側が判断したという事。
アイリさんの素性も。
最初から、分かっていたという事。
緊張した空気の中。
それだけは確信出来て、僕達は胸を撫でおろす。
「……ギルド長が。戦争の英雄……調停者様。あの、鬼神の如き戦いを行っていた方だったなんて」
「「――ぇ?」」
「――――は―――ハハハハハハハッ!」
撫でおろす―――けど……ぇ?
リザ……さん……?
「ははは、はははっ―――!!」
「……あの。近隣に迷惑です、先生」
「ふぅっ、ふぅっ……はははははっ」
「何時まで笑ってんすか?」
「話聞き入ってたんですけど」
「―――ふ、ふ……くくっ……いや。中々、ツボに入った。今では当時の二つ名で呼ばれることは少ないからね、総長は」
「……ねぇ、二人共。全然考えられないんだけど、リザさんってそんなヤバいの……?」
「俺も見てねえんだけど、マジ?」
「……いや」
「とても流麗で、美しい戦い方をする人でしたけど」
少なくとも。
鬼神、なんて表現される戦い方ではなかった筈。
「まあ、今回の件は。再び貴方の腕が必要になった――もしくは、邪魔になったという事でしょうね。どちらにせよ、貴女は余りに優秀過ぎるみたいですから」
話が見えてきたけど。
事情を理解して聞くと、これ程羨ましくない誉め言葉も珍しいね。
アイリさんも、凄く悲しそうで……。
「―――安心してください。絶対に、私達が守ります」
「「!」」
そんな中で。
静かでありながら凛とした声が風と抜ける。
「……美緒ちゃん、男前ぇ……」
「……ミオさん」
「絶対に。絶対に――です」
……よく分からないけど。
美緒の発言って、何故か男前になりがちなんだよね。
ワイルドとか、ハードボイルドとか。
……本人絶対無意識だろうけどさ。
彼女の言葉に、先生は満足そうで。
「言うね、ミオ。こればかりはギルドへ情報が入らない限りは何もできない、が」
「すまないね、昔の事で話し込んじゃって。……で、皆は―――どうしたい?」
「いや、そんなん……」
「戦うしかない、でしょ?」
「うん。アレだけ色々と敵対しておいて、間接的に関わっておいて、今更関係ないなんてならないですよ、当然」
「……皆さん」
「絶対に、家族三人で安心して眠れるようにしますよ。今回ばかりは、前に春香が言ってた「ずっと護る」も出来るでしょうし」
「……よーく覚えてんねぇ、インテリ」
アイリさんもそうだ。
家族の為に、誰かの為に。
今を必死に生きている人なんだ。
それを、こんなやり方で害そうという人達がいるのなら。
仮にも勇者と呼ばれている以上。
黙ってなんか居られず。
「……ふ、くくく……。そんな事も言ってたね。では、聞こうか。差し当たっての皆さんの目的は?」
……………。
……………。
それしかないだろう。
僕達が向き合うべきは――やるべきはただ一つ……。
「「―――プロビデンス、ぶっ潰す」」
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