第11話:知識を積み上げて




「―――ふぅっ……はぁ……はぁ……ッ」




「よし、そこまで! コウタとミオは休憩だ! 今の組手で互いに感じた事があれば共有しておいてくれ」


「「はい!」」

「ハルカ。次、行けるね?」

「ほいほい。あたしは何やるんです?」

「いつもの超単。後の事なんか考えず、一瞬一秒に全てを乗せるイメージで打ち込む。無理のない範囲で、出し切れるだけ出し切るんだ」 



「―――ふぅ……ふ……ふッ」



「んじゃ、全力全開前傾姿勢で――……行きまーす!!」

「いつでも」



 ……………。



 ……………。



 こっちは常に身体を動かしている訳じゃないから。

 あちらの三人みたく、交代で休む必要は無いけど。


 武器を握り、魔術を展開し。

 打ち込み稽古用に設えられた案山子へ一連の攻撃動作を行うのに、五秒。


 位置の調整……休憩で五秒。


 都合、一巡に十秒。

 一巡、二巡……同じ動作を繰り返す程に感覚が研ぎ澄まされ、癖として記憶され、周りの声も状況も入らなくなるのを感じる。

 身体が戦闘に最適化され、反応速度が上がり続ける。

 俗に言う超集中状態……最もいい状態だ。



 没入率は高い方が良い。



 さあ次、次だ。

 これが終われば、都合二十……あれ?

 次が……いや、今のって……あれ? 何回目くらい……。



「ねぇ」

「ひゃあ―――ッ!?」



 変な声出たぁ。

 突然肩を誰かに掴まれて、心臓が跳ねたせいだ。



「んで。こっちもそろそろ休ませなくて大丈夫です?」

「ふむ」

「……あれ、春香? 訓練は?」

「もう終わったし。あ、「さっき始まったばかり~」とかはなしね。疲れたし、言い返すのもメンドイ」



 いや、言おうとしたけどさ。

 今さっき始めたばかりの筈な春香は、組手を既に終えているようで。

 呼吸さえ整っている様子で。


 考えてみれば、確かに。


 何巡したか覚えてない。


 あれ? もしかして。

 四人共、もうここを出る準備とかしちゃってる感じ?



「まぁ、そういう事だね。リク、時間だ」

「―――あ。あの、もうちょっとお願いします……! もう少し、あと少しなんです! もう喉元まで、この辺り迄出掛かってて……」

「リク」

「次こそ、次こそ! あとちょっとで出そうなんです……!」



「ギャンブル依存症か?」

「昔からねー、集中するとマジでやめんのよ。出来ない自分が許せない的な?」

「要領の良い人はそうなる事もあるみたいですね」



 いや、本当に。

 本当に、後ちょっとで出来そうだから。

 もう少しで組み合わせられそうなんだ。


 理想の形にさえ。

 そう、形だけでも落とし込んで落ち着けられれば。



「……絶対に、出来るようになりたいんです」

「「……………」」

「……陸君」

「――カッコ良いから」

「おい、おい?」

「ふーむ。本音もうちょっと抑えられなかったのかね。それがなければ私も感動してたんだが」



 僕の本音に感動から一転、皆が呆れたようにこちらを見るけど。

 事実、教われるというのは、本当に素晴らしい事だ。


 先人が積み上げた智慧、技術。

 それらの良い部分、上澄みだけを最も効率的に享受する事が出来る弟子は、いずれは必ず師を超えて行くと……必ず超えられる筈だと。


 先生は常にそう言っている。

 師が技術を確立するのに千年掛かろうと、弟子は数十年でそれを覚え、その弟子は更に先へ。

 技術とは、そうやって伝えられると。



「……教われるうちに。先生がボケないうちに、頑張らないといけないんです」

「もしかしなくても、さっきから挑発してるよね?」

「お願いします」

「……うーむ。戦闘スタイルが一番近い故に、リクにはつい色々と先んじて教えてしまってはいるが。最近教えているのは、まだ数段上の技術だ」

「……………」


 

 理解はしているけど。

 彼の持つ幾多の剣技の中には、それこそ魔術と見紛う程の完成度を誇るものが沢山有って。


 いま僕が覚えようとしているのは、その極致。

 所謂奥義の一つだ。

 簡単じゃないのは、僕だって理解しているけど。



「―――なれば、我が弟子よ。何故それを望むんじゃ」

「貴方を超える為」



「……カッケー……!」

「ああいうのが良いんですか」

「あたし先に行ってていい?」



「超える―――ね。……ふふふっ」



 反射的に乗っちゃったけど。

 女性陣には理解されない僕たちの寸劇は、どうやら先生の琴線には触れられた様で。


 彼はニヤリと笑いながら目を細める。

 


「三人は先に向こうへ行っているかい? 私はもう少しリクに付き合っていく事にするが」

「では、私達は先に行ってます」

「あんまり無理しないでねー……ほら、康太君も行く」

「え? 待って? 俺も残りた―――」



 元々、訓練の後はその予定だったからね。

 既に訓練用の木剣などを片付けていた様子の三人は、今更僕たちの様子に頓着する事無く、自由意思でこの場を後にする。


 そして。



「さて」


 

 残されたのは僕と先生。

 彼は、慈愛に満ちた――否、胡散臭い目でポンと肩に手を置いて来る。



「……二人っきり、だな」

「それやめて下さい」




   ◇




「ギャーと……ギャャー……? 挨拶と挑発、ですか?」

「そう。最初から使い分けが出来るようになるなんて、やはりミオは筋が良いね」

「ゴブリン語の筋が良いって言われるの、何か嫌じゃないかな。というか、もっとどうにかならなかったの? 似てちゃダメでしょ」

「正確には言語じゃないんだけどね、これは」



 大陸中央国家たるセキドウの象徴。


 人間の智慧を管理する叡智の尖塔。


 アルコン大図書館は、全九階構成。

 上層階程古い資料や歴史的に貴重な情報が収蔵されている影響もあって、最上層エリアは禁書も多く、立ち入りには制限が掛かっている。


 そんな塔の高高度――八階に存在する一スペース。


 各々、取る本は様々で。


 僕は迷宮出土品の目録集。

 康太は創世神話のお笑い傑作選、春香は亜人特集の画集で、美緒が言語学に関する書籍の山。


 漫画とかがあるならまた別だったんだろうけど。

 あくまで種別的には絵本が主となるこの世界では、やっぱりギャグに傾倒した娯楽本は少ないみたいだ。


 でも、専門知識がいる分野でなし。

 エンジョイ勢と呼ばれた勇者キサラギが、何故そこの開拓を怠ったのかは気になる所で。

 気になる事と言えば、もう一つ。



「……前々から思ってましたけど。司書さん、いつも先生の方見てません?」

「ん? あ、確かに」

「気が付いたら目の届く所に居ますね」



 眼鏡を掛けた真面目そうな女性の司書さん。

 いつもキツイ目でこっち見てるけど。



「うん? あぁ。ブラックリストに載ってるからね、私。出来れば入館させたくないんだろう」

「「……………」」

「外で待っててくれないです?」

「はは、既に外なんだが?」


 ……確かに。

 会話なども頻繁にすることもあり、普段から本を読むのはここ。見通しの良いバルコニー的なスペースだけど。

 彼が問題を起こしたら、僕たちまで入館拒否されかねない。


 というか、春香と康太ですらこういう所では大人しいのに。

 逆にどうすれば出禁になりかけられるんだろう。



「……司書さんと言えば――先生。また九階層の入館許可が欲しいんですけど、許可証の発行をお願いしても良いですか?」

「ははは。好きだね、ミオも」



 八階層までなら僕たちの冒険者名義で入れるけど。


 最上層となると、A級以上の承認が必要となるから。


 知識欲旺盛な彼女がその発行を頼むのはいつもの光景だね。

 僕も一度か二度入ったりしたけど。

 あそこにあるのって、殆どがギルドの調査年表だとか資料当時の周辺国家情勢とか、あまり一介の冒険者が興味を持つような内容じゃないから興味薄いんだけど。


 本当に美緒は楽しいのかな?



「我々でもあまり申請しないあの陰気な階に、ねぇ?」

「楽しいですよ」

「……流石だぁ」

「ま、そのくらいなら特に労でもないから、私は別に構わないが……――はい、もしもし? ナクラですけど」



 会話の最中に、本を置き。 

 突然親指と小指を立てた腕を耳に当てる先生。

 本へ向いていた皆の注意が彼へ向くのも当然の事で。



「「……電話ぁ」」

「念話ですね。あの指の形をとる必要が無いのは分かりますけど、一応屋外で良かったです。出入り禁止にさせられてたかもしれません」

「というか、アレ全然教えてくれないよね」



 念話は、無属性の魔術に類する中でもトップクラスに高難度とされる魔術だ。

 上位冒険者でも、魔力の少ない者は扱えず。

 例え才能があっても掌握は簡単じゃないと。


 そう評されるだけあり。

 使えるだけで就職口があって。

 試験コースまで用意されているとか言う、一種の資格みたいな魔術らしい。



「アレ、俺達なら絶対に修得できるって言われたったきりなんだよなぁ」

「言われたのも大分前だしね。こっちも全力で頼み込んでみる?」


「君の事だ。どうせ、スモーキングなスペースで……」


 

 通話に応じている先生は既に席を立ち、バルコニーからセキドウの街並みを見下ろしていたけど。



「今? ……あ、見っけ。ほら真上真上」

「「うん?」」



 ……………。



 ……………。



 再び一斉に向く視線。

 ドカドカと席を立ち。

 四人で一斉に窓から階下を見ると、屋外の日の当たらない区画でこちらへ手を振っているロゼッタさん。


 かなりの距離があるから見づらいけど。

 ……煙草たばこ持ってない?



「ロゼッタさん、吸うんですね」

「……意外だなぁ」

「でも、案外そういう感じあるかも? 何か、チョイワルというか、元ヤンの雰囲気というか」

「いつも匂いとかしないけど、魔術で消臭してるのかな」



「――嫌そうな顔? それは私に言わないでくれ。残念な事に、この子らはソレを害しかないと思っているからね――あ、下の階で?」



 どういう話をしているのか、大体の想像は付くけど。

 普通に話は纏まりつつあるようで。


 やがて、彼は腕を降ろし。

 僕達は、何を誤魔化すでもなく再び席へ腰かける。



「……よしっ、っと。向こうに聞こえない所で色々と言ってたみたいだが、取り敢えず第一声は?」

「念話教えてください、先生」

「そーだそーだ」

「はりーはりー」

「早い程良いです」

「はいはい、また今度ね……っと」



 適当な返事と共に、ポスンと。

 茶髪の上に乗っかるのは、先生が読んでいた本。

 『エイプ・リールでも分かる、頭を良くする十の方法』

 

 ……悪意を感じるのは、多分偶然だ。



「……………せんせ?」

「お、良いバランス」

「これが知識を積み上げるって事なんですね。僕も……よしっ!」



 彼が出禁になりかけてる理由が薄々見えてきたけど。

 それはさて置き、皆次々と春香の頭に本を重ねていく。



「司書さんに出入り禁止にされるのでは? ……五冊目です」

「案外ノリノリだね、ミオ。こういうのはね? 古来より、盛れるだけ盛って良いとされているんだ」

「――せんせ? それどういう意味です?」

「……では、もう一冊」

「ねぇ」

「まだ盛れない?」

「おう、盛っとけ盛っとけ」


「―――むっきぃぃぃーー! セクハラで訴えてやる!」



 セクハラなのかな。


 セクハラなのかも。



「うん、良い感じだ。大分盛ったね? ハルカ」

「……やっぱり、何か悪意―――」

「で、なんだが。ロゼッタから何らかの話があるらしい」

「……がるるるる」

「待ち合わせはギルドカフェだ。奢るよ、子猫さんや」

「でざーと!」

「先生持ちですか。……甘い物が食べたいですね」



 ……いつもみたく巻き込まれないよう、康太と傍観しているうちに収拾は付いたらしく。

 本を返却してから階段を下り。

 ギルドのエントランスホールへ戻ってきた僕達は大きめの席を陣取る。


 視線の多さはいつも通りだ。

 


「うまうま。いやー流石カレンさんお薦め「グラナドソースのグレートミラミリス山脈風グレートスペシャル」……依頼行ってないのにこんなに高いおやつたべて良いんです?」

「勿論。おかわりもあるよ」

「やたー」

「休日が多いも嬉しいです………おかわり、来ませんね」



 ……………。



 ……………。



「名前にグレート2回って……うっ。見てて胸焼けしてきた」

「流石に二人の量は無理だよなぁ。何であんなにクリーム盛って大丈夫なんだ?」

「盛るのにも限度あるよね」



 春香と美緒のこぼした言葉通り。

 実は、最近の僕達はあまり討伐依頼には行っていない。

 それは勿論、調査依頼の最中というのもあるけど。


 先生に曰く。



「実際、皆驚く程に強くなっているからね」

「「いやぁ~~」」

「昔ほど死に物狂いで依頼や訓練をしなくても、既に充分っていう所はある」



 そんなもんなのかな。

 まぁ、足りない分は自分で訓練すれば良いし。

 移動の時間も自由時間もそっちに充てられるから、僕としてはむしろ有り難……。



「……さっきみたく、自主的に無理な訓練をしている男児はどうしようもないが。あれでも夜中や明け方にやられるよりずっとマシだしね」

「―――っぷぅ……!!」



 危ない、お茶吹きそうになった。


 ……朝練、宵練。

 やろうとして内緒で宿屋を抜け出そうとすると、何故か先生と鉢合わせるんだよね。

 多分、疑似GPSが……。



「……ぷう?」

「陸?」

「もしかして、本当にやろうとしていたんですか? 時間外鍛練」

「……ナンノコトダカ」

「「春香ちゃん」」

「感じる、感じるぅ……バリバリやろうとしてたね、こりゃ。睡眠時間脅威の一時間余裕ですわーーって感じの思考」



 いや、流石にそこまで言ってな……いや、思ってない?

 思ってた?

 ……思ってたかも。



「………いや、ははは。流石に、そんな事……」

「思ってたかもって?」

「うん。思って……じゃなくて」


「「……………」」



 ヤバいって。

 春香の【テクト】は、日常生活でこそ真に輝いている異能。

 僕達四人の中で、唯一直接戦闘に向いているとは言い難い、ユニークな能力。

 

 戦闘において、春香はあくまで相手の無力化を是とし。敵にさえ情けを掛ける。


 ある種、博愛主義にも思えてしまう彼女らしい能力だけど。

 僕に対しては、非常に悪辣あくらつな能力でもあって。

 


「……あの、先生。質問があるんですけど。誓約はどうすれば結ばせる事が出来るんですか?」

「美緒さん?」


「あ、やりたい相手いる?」

「いるいるー」

「やりたいやりたい」



 まってまってまってまってまって。



「―――呼び出しておいてゴメンなさい、待ったかしら?」

「丁度良い所です!!」

「――そ、そう?」

「「……ちっ」」



 ロゼッタさん、本当に良い所に来てくれた。



「じゃあ、隣失礼するわねハルカさま。……って、凄いわね。おやつ、そんなに沢山食べるのかしら?」

「美緒ちゃんはもう同じの食べ終わってますよ」

「あら、ホント?」

「はいです。お代わり待ち……」

「ところで、ロゼッタさん。お話というのは」



「―――ふふ。実はね、激レア見ちゃったのよ」



 皆が皆、都合の悪いことから話を逸らす所為で、とんとん拍子に進む会話だけど。


 激レア……?

 依頼の話じゃないのかな。



「あさ、総長に呼び出されてね? 勇者様に言伝る話を聞いてたんだけど……髪、ちょっと跳ねてたの」

「「ほう?」」

「本人、多分気づいてなかったわねぇ」

「……ちょっと見てみたいっすね、ソレ」



 あのリザさんが……?

 彼女が取り乱したり、身だしなみを崩している様子など欠片も見たことがない僕達からすれば、それは大事件。

 艶やかでふわりとした藍色の髪が、ほんの少しでも乱れているなんて。

 ……僕達基準で由々しき事態だろう。



「「……………」」

「―――――ぇ? それだけです?」



 けど、本当にそれだけ?

 依頼の方に大きな進捗があったのかと、大分肩に力が入ってたんだけど。



「依頼の話とか……あと、例の件のシンチョクっつうんですか?」

「僕達。てっきり、そういうのだと」

「そちらも順順で調査に向かわせてはいるけどねぇ? ちょーっと由々しき事態というか、一気に情勢が変わっちゃって」

「あ。じゃあ、やっぱりその件なんですか」



 その由々しき事態っていうのが、髪の毛の事でなければだけど。

 話自体は合ってるみたいだ。


 あれから一週間程も経つし。

 僕達の知らない所で何らかの変化があっても全くおかしくはないけど。


 ロゼッタさんは。

 ちょっと違うとばかりに首を横に振る。



「えぇ……と。どう言うべきなのかしらね。実は、件の調査依頼とは別に。勇者様たちにお願いしたいことがあるのよ」

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