第10話:嵐な通り魔

―ラグナ視点―




 そろそろ……このくらいで良いだろうか。

 喧騒けんそうも遠く、人の通りなど皆無。

 都市外周部の中でも特に治安の悪い裏の通りにおいて、面倒事の匂いを見事に嗅ぎ取ったならず者たちがのそのそと逃げ去っていく。


 やってきたのが弱者だと判断すれば近付き、襲い。

 強者だと判断すれば即座に距離を取る。

 この辺で育ち生活する者達は、或いは魔物に近い直感を持っているのかもしれないな。


 リク達四人と別行動して暫く。


 適当にそこらを歩き回ったが。


 付いて来る、付いてくる。

 不意に駆け出せども、道を戻ろうとも、ピッタリと。

 鉢合わせないギリギリのラインを狙って攻めてくる。

 追っかけも此処まで来ると面倒通り越して気持ち悪いが、元々仲の良い相手でもなし。


 だが――何故だ。

 情報を抑えるとして、最低でもこのタイミングで現れた意味を聞かんとな。

 

 考えながら歩いていた俺は、一度はたと足を止め。

 そのまま良く通る声で呟く。



「――さぁ、出てこい怪物」



 ……………。



 ……………。






 ちょっとぉーー? おい、おい?

 ねぇ、早くして?

 お決まりを知らないのか?

 このままだと、俺がただ独り言でイキってる痛い奴になるだろうが―――と……。



「よぉ。久しぶりだな、暁闇」

「……その名前はあまり好きじゃないと何度も言ったが、嫌がらせかい? ソニア」



 心の叫びが通じたか。

 粗暴な足取りでありながら、気配も足音も驚きの白さで。

 闇からぬるりと出てきたのは、淡い茶髪の女。


 肌は焼けて小麦色で、瞳は翠。


 美人と評することもできるが。

 その魅力を全て吹き飛ばす程に鋭い瞳と、乱雑に切り揃えられた髪。

 ボロボロ手前に使い込まれた旅装備。


 それらは、如何にもな冒険者の風体で。


 腰には、一振りの長剣が携えられている。


 居るとは聞いていたが。

 まさか、向こうから接触して来るとはな。



「導き手やってんだって? 随分楽しそうじゃねえか、えぇ?」

「まぁ、な。君たちの頭がおかしいから、こっちにお鉢が回ってきてね。せっかくこの街にいるんだ、彼女に謝罪でもしてきたらどうだ?」

「……勘弁。会ったら、どんな説教食らうか。おぉ、さむさむ」 



 ワザとらしく肩を抱いてブルリと震える女。

 コイツもコイツで、ギルドの総長に対しては先に恐怖が来るらしい。


 昔、トラウマレベルでボコボコにされたらしく。


 顔見るだけで逃げ出せる程。


 ……だが、それはあくまで彼女に対してのみ。

 仮に他の相手だったなら。

 対象がどれだけ強くとも、大国の王であろうと、ムカついたのなら取り敢えず殴ると……。


 まあ、よくいるタイプの狂人がコレだ。


 

「そっちが嫌なら……そうさな。寒いって言ったな。一杯付き合うかい? 実は、手頃な店を探してたんだ」



 こういう手合いはペースを渡すと面倒なため。

 盃を傾ける仕草をしつつ、会話の主導権を取りに掛かるが。


 ソニアは口をへの字に曲げる。



「……飲み屋ん前でちょくちょく止まりやがって」

「あ、気付いてた?」



 実は、厄介者を追い払った後の帰路に寄る店を考えててな。

 果たして、明日に引き摺るのは酒精か怪我かと。


 ……ではなく。本題に移ろう。



「ところで、ソニア。三昧刃の死体なんだが」

「……あ? 誰だそりゃ」



 興味なさ過ぎだろ。

 本当に覚えがないとでもいうかのようにキョトンとするソニアは――よもや、本当に知らんのか。

 いや、んな筈は。



「つい今日の出来事を忘れるな。山賊のアジトだ」

「――ん? んーーあぁ……アレか」

「やり口からしてお前じゃないのは分かっているが、それでも知ってはいるだろう?」

「……流石だなぁ」

「冒険者だからな。耳が早いんだ」


「―――律儀な奴が居てなぁ」

「……ほぅ……? あれ程の腕があって、いい性格の奴がいるのか。是非とも勧誘したい。連絡先貰えない?」

「無理だろーな。ギルドは嫌いだとよ」



 いや、騎士団の方に。

 切実に常識人が欲しいんだよ。

 とは言え、そっちは口にも出来ないので。

 決して表に出せない言葉と葛藤していると、向こうも何かを考えるように視線を定め、目を細め。

 

 やがては笑みがなくなり。


 ソニアの口が言葉を紡ぐ。



「………なあ、なぁ。ナクラよぉ」

「何だ、畏まって」






「―――――お前、本当に「人間」か―――?」






 ……………。



 ……………。

 

 

「随分と――……酷い罵倒だな。差別かい?」

「そういうんじゃねえんだけどな。ずっと前から考えてたんだよ。――七年前に会ったときから、ずっと……ずーっとな」



 暇人かよ。

 内心ちょっとビクッとしたじゃねえか。


 まじメンヘラかストーカかもしれんな。


 ――だが、コイツは。

 やはりコイツが持つ翠の瞳は、色々とらしい。



「……そうだ。あん時から、お前は強かった。……総長も竜喰いも……リディアも強かった。けど、私達もみんな若かった」

「今も若いぞぉーー」

「……七年。七年だ。人間だれしも、多少なりとも価値観は変わる。増してや、まだまだ先の長い中の出来事だ。いろんなもん見て、見たくもねぇもん見せられて。考えや精神は、多少なりとも曲がる。それが進化の本質だ。たち人間の本質だ」



「―――けど……お前は?」

「……………」



「オマエだけは、あん時から何一つ変わっちゃいねぇ。進化も退化もしちゃいねぇ。悲哀も、憐憫れんびんも。お前は、あん時からずっとねじ曲がって、完成したままだ」

「……ははは」

「お前は、ちぐはぐだ。いろいろつくろってても、おかしいんだよ。というか、何か知ってんだろ? 何で警戒も捕縛もしてこない? ……力があるのに何処もぶっ壊れてねえから、むしろ気持ち悪ィ」



 そろそろ涙良いですか?


 人様を気持ち悪いとか言うなと。


 声を大にして言ってやりたいが。


 ……しかし、流石。

 性格という意味では最悪に近いが、こういう所だけは手放しで賞賛できるな、コイツも。



「やはり。君は、眼が良いな」

「はんっ。俺にいわせりゃ、他の連中が節穴だってんだ」



 己が技量を掛けるでもなく、鼻で笑い飛ばし。


 「――んで?」……と。


 言外に問いかける視線。


 答え合わせが欲しいと見た。

 が――人を疑うなんて酷い奴だな、全く。

 疑う疑わない以前に、お前なんて現在進行でギルドへの背信行為しやがって。


 そんなに知りたいのなら、教えてやるわ。 



「まぁ、ただ常識人なだけさ」

「……その異常なくらいの付与術式も、それで片付けるってか?」

「上位冒険者としては、基本―――」

「終日そんなに展開してる奴はそう居ねぇ。居たとしても、よっぽど自意識過剰、過敏で脆弱な魔術師型くらいだろ」


「……いや。実はコレが無いと怖くて夜も眠れない」

「そんなタマかお前」

「あぁ、そうだとも」

「ほー。………んで? 実際の所はどうなんだよ」



 話聞いてましたか?



「……見ての通り、私は人間だよ。前々から言っている、元異世界人だってだけだ」

「見ての通り、ねぇ? そうかい。んじゃあ―――」



 狂人の瞳が嗜虐しぎゃく的に歪む。

 身体が揺らぎ、狼のような影を纏いながら牙を剥く。


 白刃の閃光が走った次瞬。


 俺も鞘から半ばまで長剣を引き出し。


 抜く事なく、その大牙を受け止める。


 飛び散る眩い火花。

 彼女の居合は、目が醒めるような一撃……まさしく人類の限界そのモノで。

 俺自身も油断はない。

 だが、正直に向かい打った筈が、彼女は何らかの不満がある様子で。



「抜刀せず、ね。……なめてんのか?」 

「まさか。これはただ、格好良いからよくやるんだ。これが本当の中抜き――っと……!」



 実際、最短動作で対応できる優秀な小手先技だよ、これは。

 こうして二、三と薙がれる武器の一撃を始め、続く相手の動きにも対応しやすいしな。

 

 幾度と振るわれる神速の剣閃を抜刀して向かい打ちつつ。

 俺は、宵闇に目を細めてソニアの様子を観察するが。


 ………お?


 彼女の剣は。


 

「―――武器を変えたか? 随分と良い剣だ」

「おう、貰いもんさ。グロリア迷宮で出土したって魔剣らしいな」



 成程、道理で。


 魔剣ってのは、なんてことない。

 強力な魔術刻印が施された剣だ。


 本来、刻印には受け入れられる魔力の許容量が存在し。

 通常の――現代の刻印では、ある程度上位の魔術を付与するのは難しく、材料の質と職人の腕が問われるところとされる。

  

 そして、古代の智慧の中には。

 そういった強力な魔術をも封じられる刻印を施せる新鋭の技術があったらしく。

 時折、あの手の強力な武器が出土することがある。


 彼女の魔剣も、そういった内の一つだろう。


 更に強力な物にもなると。

 神器――など、大層な名で呼ばれたりもするが。


 まあ、そんな武器は。


 全世界に数える程で。


 何か、アレだな。

 以前は持ってなかった魔剣という情報を、俺の知るソニアの思考回路の法則とあわせて分析すると……。

 


「……凄く嫌な予感がするから本当は聞きたくはないんだが」

「おう」

「まさか、私を追いかけてきたのは……」

「おもちゃを手に入れたは良いが、試せるくらいの化け物がいなくてな。丁度良いと思ったんだよ」


「ははっ――くたばれ」



 いつもの得物である斧槍を持ってねぇからどういう心境の変化かと思ってたら。

 通り魔そのものじゃねえか。


 難しくあれこれ考えて損したわ。



「―――錬技――赫灼かくしゃく



 おい、おい……?


 身体強化ヤメロ。

 治安の悪い通りとはいえ、マジで街中でやる気なのか? この馬鹿は。 


 俺の見ている前で。

 血液が蒸発しているのかと思う程の紅いオーラに包まれるソニアの五体。


 収束する、爆発的な彼女の魔力。

 それでいて、この空間以外には決してソレが漏れ出ぬよう、足がつかぬように凝縮されている技量は。


 最上位冒険者の証明で。



「最近、消化不良だったんだ。ちょっと付き合えや」

「……自分でも燃してやがれ」




   ◇




「…………ハァ……ハァ……ッ ふぅ……っ」

「おい?」

「……………」

「どうしたよ」



 どうしたじゃねえよ。


 年寄り虐めやがって。


 俺が自分から攻めないのを良い事に、虐める虐める。

 身体強化以外の魔術や技こそ使わなかったものの、最上位冒険者の身体能力でこられりゃ疲れもするだろう。



「見ての通り……ふぅ、身体が追い付いてない。君のような純正の戦士を相手するには、体力の低下を感じるな、やはり」

「……はッ」



 ……これだ。

 言葉を一笑に帰され、戯言だと相手にされないのも年寄りの辛い所で。

 本当の話なんだがな。


 嘲笑うかのような不快な声に言い返す気力もなく。

 不服を顔で伝えようと表情を変えるより早く。


 剣を抜刀した状態の俺を前に。


 ソニアはくるりと背を向ける。


 

「―――興が醒めちまった。帰る」

「なら、醒めない方に付き合わないか? 一緒に宵を明かそう」

「あ? 新手のナンパか?」

「……え」

「へ、冗談だ。一人で飲んで一人で酔ってやがれ。悔いの無いよう、存分に……な。外で会った時は、今度こそ容赦しねぇ」

「……………」



 ……ナンパ……なんぱなの?


 今の時代、ああいうのもセクハラになっちゃうのかね?

 というか、自分のやりたい事だけ付き合わせて、相手に合わせるつもりは無いとか。

 ありゃ、嵐そのものだな。


 通り魔で嵐とか、もう手に負えんわ。


 剣を収め、去っていくソニア。

 あっちもギルドが出張ってくるのは面倒と思っていたのか、思ったほど被害は薄いが。

 

 その上で俺の内心が穏やかでないのは。

 入れ違いに現れた、もう一つの厄介事の所為か。



「――もう、帰りたいんだがな」



 が、しかし。

 無視するわけにもいかないと。

 ぬらりと音もなく背後に出でる影へと声を掛ける。



「……キース。調停者を甘く見るなと何度も言った筈だ。今のセキドウは厳戒態勢、あまり表立って動けば」

「はい、存じ上げております」



 ちっ、有能な部下が。

 恐れを知らずに上司へ歯向かってきやがって。

 俺の話を途中で遮り。

 片膝を付きつつ頭を下げる男は、悪びれる様子もなく言葉を続ける。

 


「此度は、ご報告を一つだけ。アレ等の拠点が割れました故、早急に指示を仰ぎたく」

「……………」

「見つからぬも止む無し。どうやら南側のミラミリス内部を掘り進め、山塞を構えているようです」



 成程、流石に地上は懲りて地下帝国か。


 土竜もぐらの真似事……とは。

 道理で見つかりずらい。

 しかも、ミラミリスの山脈と言えば、大陸中央より北部へと広がるロンディ山脈と対になるようにして広がるもう一つの高所地域。

 気候変動の影響を受けやすく、魔物の質も高く。

 人の生活も儘ならない立地。

 

 それ故開拓など進むわけもなく、有数の危険地帯として知られ。

 まともな神経なら、普通は行かない場所だ。

 

 当然、冒険者ギルドも。

 この状況下では、そういう場所を集中的に洗っている筈だが。

 流石にこっちの方が上手だったか。



「そうか。ならば―――」

「あ、そしてもう一つ」

「……一つだけと言っていなかったか?」

「えぇ。申し訳ありません。そう申し上げた故、こちらはあまり必要のない情報だと愚考するのですが」



 こんなのだが、情報面では俺なんか及びもつかない有能だ。

 無論、聞くには聞くが。



 ……………。



 ……………。



 ……聞くが?



 片膝を付いたままの状態。


 片手を口元に。

 耳打ちするような所作を取って固まるキース。

 


 ……………。



 ……………。


 

 奴の狙いは明白。

 動きを止めた男へ、仕方なく耳を近付け。


 俺は耳打ちを受ける。

 正直、男に耳打ちされて吐息を感じるとか。

 桃源郷な耳打ちを知っている俺としては非常に嫌なことこの上ないのだが……。



「……………!」

「真に些細な話。我々には特段大事ではない情報です。……して、如何致しましょう」



 確かに、俺達魔族側には全くもって関係ないと断じて良いだろう。

 だが、冒険者の俺としては……。


 勇者の師としては、どうだ。

 乗り掛かった舟だろう。



「そちらの情報ギルドへ流しておけ。上手く行けば、我々の満願成就に一役買う」

「ふむ、そういうモノですか。では、そのように」



 恭しく一礼を取り、そのまま霧と消える男。

 街灯など殆どない宵闇の裏通りにあっては、その痕跡を追う事は先の通り魔以上に困難を極めるだろう。


 ……新たに湧いたこの一件は。

 そっとしておいてやりたいが――さて、どうすべきなのか。


 得た情報を基に。

 あの子……否、彼女らがどう動くか、だが。


 十中八九、依頼は彼等に行く。

 そして、聞かされてしまえば。



「―――あの勇者達が放っておくわけもない、か」

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