第9話:不穏な影
「―――成程……これは、随分と酷いな」
その一言で語るには余りに凄惨。
半開きになっていた木製のドアを開けば、まず鉄錆の様な異臭が鼻をつき。
足元に転がる幾つもの丸い塊と。
液体の溜りに視線が行くだろう。
こんな光景。
今迄の経験がなければ。
間違いなく、限界までお腹を空っぽにした後に狂乱し、あげく卒倒していた筈で。
しかし、今は今。
僕達は周囲を警戒しつつ屋内を調べて回り。
何かしらの罠が存在しない事を確認してから、初めて異臭の原因の元へ屈みこむ。
「全員同様に、首を一刀で断ち切られて。凄い技量です」
「傷の具合からして、剣――刀……?」
「……風魔術はどうだ?」
「うぅ~ん……どうだろ。多分、武器術だと見ていいかもね」
普段から風属性中心の魔術を使っているから。
他の皆より性質を知っているとは思うけど、この切り口はどちらかといえば武器によるモノ。
それも、そこその長い武器。
少なくとも直剣以上の長さ。
別に、詳しくなりたい訳じゃないけど。
長く冒険していれば、僕たちはそれだけ鑑定にも詳しくなって。
先生に聞かなくても。
こうして考察できる。
でも、何だかな。
十中の八九は刀の様なモノだけど、残りの一二は何処か……。
首を捻る僕たちの傍で、同様に首を捻っていた先生が思い至ったように呟く。
「コイツは――うん? ……あぁ、思い出した」
「あ、知ってる人です?」
「【
―――暗殺者……?
それは、ちょっとおかしいな。
だって、この男はどう見ても。
「……背後を取られてます、ね」
「だよね。用心棒をしていたくらい腕が立つ――しかも暗殺者なら。自分の背後、気配には一番警戒する筈だし」
「んじゃ、これやったのは」
「それだけヤバい人、気配を消す技術がとんでもない人って事?」
かも、知れない。
それこそ、固有持ち……【狭霧】さんみたいな。
高レベルの隠形術を持つ人とか。
とは言え。
そこら辺は、この人の技量依存。
後は、油断をする程に近しい相手だったという可能性もあって。
……なら。
「―――あの、先生。この人ってどれくらいの実力を持ってたんですか?」
「うーん……どうだろうなぁ」
「先生も知らないんだ」
「意外です」
「……君たちは一体私を何だと思っているんだい?」
「え? 歩くアルコン大図書館ですけど」
流石に、
大が三つも付く知識の尖塔には敵わないだろうけど。
それでも、彼は。
凄い知識量だし。
「三、四回くらい人生やり直してる感じするよねー?」
「「するする」」
「えぇ。しますよね、先生なら」
でも、僕たちも。
大概心臓強くなり過ぎだよね。
部屋の中には死臭が。
明らかな、生理的嫌悪を刺激するおぞましさが蔓延しているのに。
その上で顔色を変えずにこんな話が出来るなんて。
……果たして。
良い事なのか悪い事なのか。
「まぁ、彼の所属。当時存在していた【レナータ】っていう奴隷商会は、大陸でも有数の裏組織だったからね。商会といっても本拠を持たず、一人の長を戴かず。ギルドにも尻尾を掴ませないように、幾重にも中間組織をこさえて、裏の裏の裏で暗躍して」
「うらうら……?」
「――結局裏だな」
「茶化さない。――で、そのくらいの規模だったから……上位冒険者くらいの力が有っても不思議じゃない。むしろ当然だ」
「………なら、猶更」
「勘が鈍っちゃったのかもしれないね? よくある話らしいし」
彼の遺体は、見た所大分年を重ねてて――少なくとも五十代は行ってそうな外見だ。
魔素に適合してそれなら。
或いは、七十八十位行ってる可能性もある。
でも、老いても上位レベル。
それをあっさり殺せる実力。
気取られる事もなく。
上位冒険者並みの暗殺者の背後を取れるような、そんな存在といえば……。
「ちょっとフラグになっちゃうかもしれないけど……【黒刃毒師】さん、とか」
「いや、ムリムリ」
「それは、ヤバいやん。しゅんころやん」
「……どうですか? 先生」
曰く、大陸最高峰の暗殺者。
数多の毒物に精通した極致。
大陸ギルドの職員でも。
その素顔を見たモノは殆どいないとされる、見本みたいな正体不明の殺し屋。
「いや、その線は薄いんじゃないかな」
嫌な可能性に僕達は顔を顰めるけど。
対して、先生は涼しい顔で首を振る。
「彼女なら確かに容易い芸当。この人数を暗器片手に殺すのは
「「彼女……?」」
「あーー、せんせ?」
「女性なの、初耳なんすけど」
「―――あ……ヤベッ」
ヤベ……じゃないですよ。
また、知ってて重要な事を教えなかったですね?
「ま~た、何時もの「聞かれてないから」ですか?」
「……そういう事だ」
「ほんっとにさぁ?」
「こっちでも
「ですけど、口封じしたという事は私たちの味方ではないでしょうし、S級の可能性が低いというのは悪い事ではないですよね?」
まあ、言われてみれば。
僕達も、あの人たちレベルに勝てると思える程図に乗っては無いし。
確実に良い事かと言われると首を捻るけど。
最上位冒険者が敵ではないなら。
確かに、悪い事ではない……よね?
◇
「ミーティン……とは。また、ずいぶん昔の大物が出てきたなぁ。新人の頃、ベテランの教官たちに極悪非道の悪行三昧をよく聞かされたよ」
「これは仕事が増えそうねぇ?」
「あぁ、ナクラさんの所為だな」
「本当に、違いないわ」
「違いあるだろう?」
遺体の検分を済ませて待つ事暫く。
近付いてきた複数の気配。
慎重な動きで扉が開かれ、内部へ足を踏み入れてきたのは、女性と男性の二人組。
性別によって異なる箇所はあるけど。
デザインの同じ制服を纏う彼等は、ギルド職員の中でも顔見知りであるロゼッタさんとナッツバルトさん。
二人共、カレンさんの同僚で。
勿論、元は上位の冒険者な練達さんだ。
「あ、勇者様達もお疲れさまーー」
「「ども」」
「お疲れ様です」
「調査開始からまだ数日なのに、お手柄ね。私達も大助かりよぉ。ふふふっ」
受付嬢の必須スキルである笑顔を絶やさず。
爽やかに声を掛けてくるロゼッタさんは、快活な性格の女性。
制服の胸元にある紅のリボンがポイントだ。
「こう言いつつ、連絡が来た時は舌打ちしながら青筋浮かべてたけどな」
「……ちッ」
「おい」
「だぁぁって、尋問。私達ならもっと上手くやれたのにねぇ?」
「うぐっ」
「あぁ。直接受けたのは俺じゃないが。何でも、格好良く決めようとして失敗したらしいな?」
「ぐぐっ」
ナッツバルトさんは緑髪で中肉の男性。
見た目は軽薄そうにも見えるけど、実直で状況判断能力が非常に優れると聞いているね。
ちょっと身長低めなのも。
親近感が湧く。
……二人は、恨み言をつらつら連ねるけど。
その行先は全てこっちではなく。
というか、僕らが職員さん達に怒られる事って全然ないんだよね。
やっぱり、アレだ。
立場の関係とかでちょっと怒りにくいとかあるのかな。
「先生、ボロクソ言われてますけど。何か言い返さないんすか?」
「………いや、別に」
「それでも男です?」
「――ゴホン。勇者の師としては、拷問の専門家なんて称号は欲しくないからね。血生臭い技術を教えている身とは言え、踏み込み過ぎるつもりは無い」
「それっぽいこと言って失敗誤魔化してます」
自分が悪いと分かっている手前、下手に言い返す気もないようだ。
誤魔化す気は大いにあるみたいだけど。
会話を交えつつ。
やって来たロゼッタさん達も、普段から付けている手袋のまま遺体の傍に屈みこんでいて。
「検分は……えぇ、凄いわね勇者様。殆ど合ってる」
「背後から一太刀で、と。これ程の技量は確かに、オウルさんとかが真っ先に思い浮かぶな。……同列の暗殺者となれば【閃鋼】だけど。アレはギルドの監視下で軟禁中だから、その線もない。ギルバートも同様だ」
「子供モドキィィ……!」
「康太君? あたし、もう気にしてないからね?」
「せんこう――」
「【閃鋼】のサーレクト、ですね」
僕と美緒は会ってないから、滅多な事はいえないけど。
仲間が散々な目に遭っている身だ。
出会い頭に康太が攻撃したとして、全力で協力する自信がある。
「あの、ロゼッタさん。“誓約”を相手の記憶に留めず、強制的に結ばせるような事は出来るのですか?」
「……誓約? えぇ、そうねぇ。余程の魅了、洗脳系の魔術を行使できる実力者かつ、対象との実力が絶対的に離れているなら、或いは出来るかも」
「洗脳……」
「改造……?」
「改造人間さん……魔人……うぅ」
条件がかなり厳しいね。
となれば、A級……下手をすればS級に手を掛けるような剣士と。
強力な魅了系魔術を行使できる魔術師か。
同一人物でも。
別人だとしても……。
「かなり手ごわそうだね、ソレ」
「んで、例の改造人間とか出てきたらほぼ確定って感じで良いんだろうなぁ」
僕たちの方もほぼ当たりを付けてる。
裏に、居るって。
もしもそうだとしたら、今までにない戦いになるだろうことも、分かっている。
「あ、そだ。さっきの人生やり直してるじゃないですけど、先生もしかして改造人間だったりします?」
「勿論」
「「え」」
………うーん。
けど、やっぱり平常運転なんだよね。
本当に、危機感のキの字も知らない仲間達だ。
「まさかの頭脳スーパーコンピュータ?」
「健康被害とか大丈夫なんですか?」
「残念ながら、私の肉体改造は完璧でね。夜は速やかに就寝できるし、朝は爽やかに目覚められる。疲れにくいのも利点だ」
「筋肉の話してません? それ」
「筋肉トレーニング、ムリ無き肉体改造は健康の基本だよ。幸福の秘訣は運動って言葉知らない?」
確かに、ガッチガチだけどさ。
彼と春香たちの間で話題が致命的にズレている事も確定したよ。
「ははは……本当に、勇者様たちは面白いな。肉体改造、こっちはそんなことしてる暇なんてないけど」
「やっぱり激務で?」
「えぇ、そうなのよ」
楽しそうに笑いつつも、呻くように呟くナッツバルトさん。
同調するロゼッタさんも。
心なしか、二人共疲れて見えるね。
「おまけに、俺の方はこの後長期任務があるんだ……はぁ。ホントに、有給三連続却下―――」
「あ、コイツの話は長くなるから聞かなくて良いわよぉ。回収班が追いついて来るまで私らが張っておくから、先にセキドウへ戻っちゃって? 次の調査は明日伝えるわ」
……………。
……………。
と、そんなこんなで都市へ戻ってきたわけだけど。
当然、まだ任務は終わっていない。
明日も、明後日も。
場所を変えつつ行商の警護や野盗の痕跡を探ったりと、コツコツやっていく予定で。
「ふぃー、お勤め終了ぉ……」
「先生。この後どうします?」
「私は、ちょっと用事がある。皆で自由に行動すると良い。明日の依頼に支障が出ない程度にね」
「どうせ夜遊びだよな」
「依頼終わったら飲むとか何とか言ってたしね」
「大人って、楽しそうだよね」
「皆が皆、という訳ではないのでは? 先生は、遊び人の典型なので。他の人まで同列に語るのは可哀そうです」
「私は可哀想じゃないのかい?」
「「可愛そうな人です」」
凄い息ピッタリだ。
まさか、全員が同時に言うなんて。
彼は、「虐め?」という言葉を残して大通りを外れた脇道へと踏み入っていく。
……あそこ、飲み屋街だ。
「――支障が出ない範囲で飲めるのかな、あの人」
「明日起きてくるかどうか、ですね。……それ以前に、自分で言っている傍から私たちの前で向かいますかね」
「まぁ、先生だし?」
「あぁ、先生だしな」
これを信頼と取るか不信と取るか。
僕達にも本当にどうでも良い事だ。
「……じゃあ、アレだね。明日も引き続き調査だろうし、僕達の方もちょっと豪華に行こうか?」
「賛成!」
「甘い物が食べたいです」
「んじゃ、俺ガッツリィ」
ともあれ。
まずは、定時報告でギルドへ顔出しておかないとね。
……………。
……………。
―――――そう言えば、視線……何だったんだろう。
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