第十章:勇者一行と陰謀の大渦

番外編:人類を超えるモノ




 アトラ大陸―――中央国家セキドウ。



 国と呼ばれるも、正式な統治者はおらず。

 君主を持たず。

 その体裁を保っているのは、大陸ギルド。


 組織は、今より200年も昔。

 ひとりの勇者の理想の基、設立され。


 頂点に総長を。


 次点に理事を。


 都市の意思決定は、彼らの合議体制からなるが。


 交通の要所であり、異種族と繋がる中央部の利権を狙い。

 多くの国家が謀略を巡らし。

 幾多の組織が犯罪を呼び。

 嘗ては引退した冒険者が担っていた理事も、いつしか大国政府の息がかかった人間が混じるようになり……。


 大陸を束ねる機関を、掌握せんと。


 多くの国家群、闇組織が行動した。


 しかし―――それでも。


 全ては未然に防がれ、現在まで続く。

 一重に、大陸ギルドという組織の盤石さゆえ。



 ……そして。






「―――なぁ? オイ。少しは、正面からやろうって気はねえのか? 【逢魔】」





 

 背の高く、浅黒い肌の女だった。


 翠の瞳は狼のように鋭く。

 無頓着に、乱雑に切り揃えられた事が伺える赤髪は、戦闘の邪魔にもならず。


 長い持ち手の穂先には鋭い刃。

 側面には肉厚な斧。

 一方の腕で持つには、余りに無謀な重量に見えると言うべき武器を片手に。


 腰には一振りの長剣を下げ。

 相手を挑発するかのように、口角を釣り上げる女。


 人類の基本性能。

 ヒトを人足らんとする枠組みは、様々で。


 筋力、魔力、頭脳、精神性……諸々あるが。

 どれか一つでもヒトの枠から大きく外れた超越の旅人たちは、こう呼ばれる。




 大陸ギルド最高位戦力―――S級冒険者。

 



 音速を軽く捉える動体視力。


 一撃が魔道具や兵装のソレ。

 

 剣士の一振りは山をも穿ち。

 暗殺者の隠形は一国を闇のままに葬る。


 まさしく、化け物の領域。

 だが、しかして……そんな怪物たる女の一撃を易々と躱し。



 嗤う男も、また怪物。



「ええ、えぇ――ふふっ……。私では貴方には勝てぬ故、撤退の一手は至極当然かと思われますよ? 【赫焔眼かくえんがん】殿」

「………どうだか――なァ――ッ!!」


 

 逢魔と呼ばれた男は、面のような笑みを、余裕を崩さず言葉を返し。

 赫焔眼と呼ばれた女は、肩をすくめ……。



 ―――瞬間に、間合いを詰める。



 首を両断せんと。


 大斧が薙がれる。


 戦闘の舞台は人気のない構造物。

 女が地形の破壊を気にせず斧槍による攻撃を繰り返し、男はただ避けるのみ。


 ……そう思われた、次瞬。



「宵はいけませんねぇ。影が見えにくく―――“震影しんえい”」

「……………ッ―――ととっ」



 男が暗器を放つ。


 それは、寸分違わず女の顔へ吸い込まれ。

 およそ弾く事も、首をもたげて避ける事も出来たはずが、女は全力で躱す。



 ―――しかして、鮮血が舞う。



「………やっぱ、お前とは戦いたくねぇ」

「同感です」



 頬から、薄く血を流す女。


 およそ、当たっていない。


 僅かたりとも当たっていない筈だが。

 

 何故か、頬を伝う血液。

 いつだって面のように笑みを張り付ける男の攻撃は、いつだって奇怪なもので。

 


「なぁ、なぁ。私たちゃ、そこそこの付き合いだろ?」

「えぇ、確かに」

「どうやって組み上げんだよ、そんな魔術。固有か?」

「無論、秘密にて」


「―――はぁ……けっ」

「ですが。私も、よもや貴方ほどの冒険者が、かの組織に与していようとは予想外でしたよ。何ゆえか、ご教授頂いても?」



「―――んんん~~? ……くみする、ねぇ」



 忙しなく変化していた戦況は、いつしか膠着こうちゃくへ移行。


 攻撃の手が止み。


 両者が対峙する。


 それは、会話の中で互いが互いへ直接の疑問を口にした故で。

 疑問を呈された女は、嘲るように口を開く。



「―――あぁ、与する。……それは、ちょっと違うなぁ」

「ほう。では、どのような?」

「私ァ、ただ面白いと思っただけさ。奴らに協力していりゃあ、勝手に強い奴らがのこのこやってきてくれる。いくらでも戦える」



 ……………。



 ……………。



「―――ぁ。以上で……?」

「おう、そんだけ」



「……………なんと、もはや」



 ほとほと呆れかえった。

 そう言わんばかりに額を抑える男。


 しかし、ただ呆れるだけではなく。

 彼にも、女の言葉……その思考に対する、一定の理解はあるようで。


 男は、得心したと頷き、言葉を続ける。



「流石、S級で双璧をなす問題児と呼ばれるだけはありますね」

「―――ぁ?」

「ギルド職員の間では、常套じょうとうの悪口です」

「……諜報部隊。さも知ってんのが当たり前みたいに淡々と言うのは今更だが……双璧は余計だろ。私は、【閃鋼】ほどトチ狂った覚えはないぜ? それに、お前に言われるのは御免も御免だ」



 そのまま、やや考え。


 あぁ、やはり……と。


 一人、納得し。

 嘲るかのように、女は続ける。



「お前のが、狂ってんだろ」

「私も。当然とばかりに言われるのは、納得いきませんよ。しかし……それ程に戦いたい。それ程に面白い好敵手でも―――現れましたか? ソニア殿」




「ははっ……愚問だろ。黒曜騎士団第二席【逢魔おうま】キース・アウグナー」




「―――――ッ!!」



 風の流れる、穏やかな音のみがあったそこに。


 砂と瓦礫の煙幕が舞い。

 

 構造物の大理石が舞い。


 それらに遅れ。

 ようやく、耳をつんざくような大音響が発生。 


 弾丸の如く切迫するソニア。

 あまりに早さに反応が遅れた男―――キースは、斧の一撃をまともに受け。



 肩口を深く切り裂かれる。



 ……………。



 ……………。



 黒曜騎士団。


 魔皇国エリュシオン―――魔王直属の独立部隊。

 指揮系統の外なる場所に存在するモノたち。


 魔族という秘匿の種にあって。


 団長以下、隊長格五名。

 彼等は例外的に、その全ての名が、人間国家に知れ渡っていた。


 彼等隊長格は、上級騎士。

 各々が、人界で言うA級冒険者の上位に匹敵―――もしくは、凌駕する実力者。

 


 ―――が、しかし。



 その一人が、手傷を負う。

 この現状は、極限まで鍛えられた人類であれば、魔族にも対抗しうるという、一つの成果を。


 人類の守護者としてのを示していた。



「―――では。強いモノと戦いたいという欲求。この一戦で、ご満足していただけますか?」



 だが、血を流す手負いの男は。

 まるでそれに頓着せず。


 涼しい顔で、戦闘を締めくくるように、言葉を紡ぐ。



「………うん?」

「我々としては、貴方が彼の組織に手を貸している現状は、いささか都合が悪いのですが」



 ……………。



 ……………。



「いや―――まだだ……!」



「まだ、まだ。まだ、満足しちゃいねぇ」

「………ふぅーーむ」

「昔戦ったあの女に匹敵するようなバケモンが。ヤベェ位の連中が、魔皇国にはいるんだろ?」



「例えば……お前らの団長、とか」



「………ふむ。実に、不遜ですね」



 己が熱を上げ続けるソニアの言葉を受け。


 ここに来て、キースの表情が。

 笑みだけを刻んでいた鉄仮面の貌が、やや硬くなる。

  


「あの方々は、六魔将―――軍部の最高権力。増してや我が主とは、随分と大きく出―――」

「秘密主義には、飽き飽きなんだわ」




 ―――腕が、宙を舞う。




 遂に本気になったソニアの動き。


 それは、A級には見切れぬ。


 血飛沫を上げて飛ぶ右腕。

 それは、血を流すキースの肩口から、鮮やかに切り離されたモノで。



「―――私は、戦いてぇんだよ。伝説に語られる、暗黒卿サマとなぁ」

「……………ふ……くく」

「お前を殺しゃあ、向こうからやってきてくれんじゃねえか?」



 俯き、くぐもった笑いを放つキースへ。

 容赦なく投げかけられる宣言。


 事実として、ソニアは。

 彼女は、長きにわたって刃を交えた好敵手を殺す事に、欠片の躊躇いなどはなく。


 流れる剣呑な空気。


 両者が発する威圧。


 もしも、この空間に一般人が。


 下位冒険者などがいようものなら。

 それだけで、心がポッキリと折れる程の恐怖を与えられていただろう。



 だが、その当事者たちは。



 ……………。



 ……………。




「「はははははははははははははっっ――――ッ!!」」




 笑う、嗤う。

 


 ただ、無為に笑い続ける。


 嗤いながらも、殺し合う。


 宵闇に紛れ、漆黒の暗器が宙を舞い。

 しかし、その小刃全てを無力と吹き飛ばし。


 一瞬で、斧槍が肉薄。

 

 十文字と、男へ振り切られる。

 あわや全身を切り刻まれたキースは血さえも流さず、逆に五体が音速の空気弾となり。


 霧のように霧散し。


 再構築。


 地に落ちていた右腕を。

 先程落とされた己の身体を見下ろす位置で、元のカタチをとる。



「―――なァ……? それ、メッチャ複雑な魔術なんだろ?」

「えぇ。仰る通りですが、何か」

「もしも思うように再構築できなかったら、普通に死ぬんだろ?」



 ソニアの言葉はまっとうで。


 彼が行使している五体を霧状と化す魔術は、人界では禁術指定されているモノ。

 習得者など、それこそ皆無で。

 

 一つ間違えば。

 術者の身体は、瞬時に崩壊し。


 敵が手を下さずとも自壊する。

 この魔術の使い手たちは、漏れなく自壊によって生涯を閉じたと言われる、呪われた上位魔術。


 そんな逸話のある禁術を。


 彼は躊躇いなく行使する。


 およそ、便利だからという理由で。

 それに対して、怖くはないのか―――思う事は無いのかと、言外に問うソニアだが。



「死にますが―――それが……?」

「……………は」



 しかし。


 それを、躊躇いもなく使い。

 あまつさえあっけらかんと、淡々と彼は答える。


 そんなキースの様子に。


 ソニアは、いつもながらに確信する。

 この馬鹿は、既に壊れているのだと。



「お前。本当に、死ぬって言葉知ってんのか?」

「そっくりお返ししますが」

「私ァ、生を実感したいだけだ。生きてるって事を実感して、自他の命を食い潰す。ただ、無駄に死にてぇわけじゃねぇ」


 

「―――だが、お前は?」



 世界を旅し、多くを知り。

 やがて戦いの頂点に立った者たちは、独自の人生観、境地を切り開く。


 その一人をして。


 男の死生観は、理解に苦しむモノだったが。



「死など、恐怖足りえませんよ」



 キースは、ただ一言。


 ただ静かに宣言する。



「死など、只の終わり。其は、只の救い。淵冥神の御許へ下るのみ」



「私が、真に恐怖するは。私たちが、真に恐れるは。あの方の―――閣下の失望」



「ただ、それのみゆえ」



 なればこそ、この問答に意味などない……と。


 定命の死を支配する淵冥神が御使い。

 神話に語られる存在―――【悪魔】の如く、薄く笑い。


 彼は、それが摂理のように。


 当然といわんばかりに語り。


 そのまま。

 切り離された腕を手に、踵を返す。 



「あくまで偵察でしたので、私は失礼いたしましょう。勝負は預けて……いえ。此度は、貴方の勝利という事にしておいてください」

「おい、また逃げの一手か?」

「えぇ、逃げです。どちらにせよ、私ではS級たる貴方には勝てない」




「―――今の装備では、ですが……ね」




 付け足す言葉を残し。


 男は霧と消え失せる。


 先程まで、確かに有った暗器も霧散し。

 残った痕跡はなく。

 荒れ果てた構造物の上には、未だ血に飢えた獣が一匹いるのみで。



「………ったく。自分の言いたい事だけかよ」



 ここからの追跡は不可能。


 そう判断し、彼女は呟く。

 


「―――満足したか、ソニア殿」



 背後から、何者かに声を掛けられた時も。

 未だ火照り、燻っていると言わんばかりの態度が変わる事は無く。



「……………いや」

「まだ、不足か?」

「消化不良――って言ったら。今度はお前が相手してくれんのか? カシン」


「………私も、命は惜しいが」

「惜しいが?」

「まだ、あの方には、貴君の力が必要だ。……必要とあらば、我が命の消費もやむなし」

「………んっとに律儀りちぎだよな」



「んじゃ、戻るか」



 肩を竦め、踵を返すソニア。


 戦闘中も、そうであったが。


 厄災の過った現在も……。

 大いなる自然の残る周辺からは、全くと言って良い程生物の―――魔物の鼓動は感じられず。



「……………ふむ」



 カシンと呼ばれた男が持つ、抜き身の剣。


 切っ先からは、今も血が滴り続けていて。

 

 上位と言える魔物が。


 魔物の群れが無数と。



 一刀のもとに断たれた死骸が、周辺には幾重にも折り重なっていた。

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