第54話:伝説の縁の下




 内乱平定の表彰式典を終え。

 軍部では完全に腫れ物扱い……詰まる所、不安定だった俺の地位が、徐々に固まり始めてから数日。 


 俺は、活気に包まれた石畳の通りを闊歩かっぽしていた。


 最早、戦後の建て直し等はほぼ完了。


 王都は、元の様子を取り戻していて。


 そんな大通りを見て回り。

 発展に目を細めつつも。

 脳裏に浮かぶ、もう一つの光景を幻視し、目的地である店へ向かう。



 ……………。



 ……………。



「あんんんの、バカ貴族共がァ! どんだけ影響受けやすいんだよ、アイツ等!! お前等、死ぬ気で鉄打てやァ!」

「「ウゥゥゥゥッッス!!」」



 ……………。



 ……………。



 あぁ、滅茶苦茶にうるさいが。

 このうるささも、街の活気を象徴する、一つの機能。

 無くてはならないモノで。


 響き渡るは、鎚を打つ音。


 それは、何処か懐かしく。


 ……しかし。

 俺にとっては、遂最近の出来事とも言えて。



「やぁ。随分と忙しそうだな」

「あん? ―――んんん? ……おッ! こりゃ、簡単に剣を壊す英雄さん―――いんや、魔王陛下の右腕様」



「……大将、アンタもか」



 サーガなども、そうだったが。

 何故鬼共は、開口一番で必ず俺を揶揄からかうんだ?


 いぶかしむ俺に対し。


 彼は、やや口を尖らせながら答える。



「無理な注文したッきり戻って来やがらねェ。オマケに、これ見よがしに武器を持ってくるとなりゃあ、鍛冶師として、揶揄いもすんだろ」

「……………ぁ」

「あ?」

「そういえば……素材採取、頼まれてたな」


「忘れてたんかいぃぃッ!?」


「いや、すまん。こっちも、忙しかったんだ」

「……だろうが、なぁ。お前さんが素材もってこなきゃ、武器なんざ作ってやれねェぜ? 木っ端な剣じゃ、一戦も持たねェんだからよ」



 そう、そう……そうだったんだよ。

 王城での最終決戦で、10年近く使った愛剣が折れ。


 代わりを、店主に注文して。

 素材採取として、東の霊峰を訪れていた俺は、その足で【王廟】へ。


 誰かさんの罠に嵌り。


 あっちへ飛ばされたわけで。


 注文の事など、完全に忘れていた。

 今回此処へ来たのは、完全に別件だったしな。



「………っつうか。忘れてたんなら、一体何しに来やがった? 見ての通り、忙しいんだな」



 当然だが、機嫌も悪そうな店主。


 まぁ、確かに。

 大量に武器作成の注文が入ってるみたいだが?


 相変わらず弟子任せの様で。


 彼自身は怒鳴るだけの仕事。


 それが忙しいのかと聞き返す事も出来たが、これ以上機嫌を損ねたくはないので。



「ちょっと、ヤボ用」



 真面目に返しながら。

 俺は、簡易的なカウンターへ、あるモノを出す。


 それは、武器だ。

 刃渡りは、約八十センチ。

 漆黒にして、氷晶が如く。

 目を凝らせば、向こう側が透けそうな程に、美しい輝きを持つ長剣。


 ……しかし、素材元の性質か。


 圧倒的に。

 まるで、空間を汚染するかのように悍ましき気配を感じ取れる、魔の瘴気。



 ―――王廟の要として安置されていた魔剣だ。



「…………ッ! おい、おい。……こりゃぁ――神器か……ッ!?」

「そうとも言えるな」

「こんなんッ―――何処で手に入れたんだよッ!」


「……………拾った」

「んな訳あるかぁっっ!」



 信じられないだろうが、これが本当なんだよ。


 ちょっと地下の方で。

 軽く引き抜い……拾ってきたんだ。



「マジで、こりゃぁ―――なァ、オイ……! 俺は触らんから、ちょっくら見せてくれ!」

「いや、持てよ」

「触れるかッ! 絶対にヤバい剣だろコレッ!!」



 流石は、誰もが認める王都一の鍛冶師。


 大正解ですぜ。

 

 この剣からは、常に膨大な魔力が溢れ出ており。

 もし、触ろうものなら。


 魔素耐性が皆無なら死に至り。


 ある程度耐性があっても気絶。


 ロスライブズの瘴気など。

 特異かつ異常な環境に慣れた、練達の騎士ですら。


 長時間触るのは危険だとかで。

 

 千年経ってんのに。

 ツノだけで、マジで生きてんじゃねぇか? コイツ。


 

 それを一瞬で見抜けるあたり。


 彼の観察眼も、確かのようで。

 

 だが、見て欲しいのはそこじゃなく。

 俺は、オーガの注文通りに剣を持ちながら、問題の箇所へ視線を誘導する。



「―――柄の所……裏側を見てくれ」

「あ?」

「良いから、良いから」

「こりゃ、明らかな年代モンだろ? このレベルの製作者なんぞ、それこそ………ッ!!」



 剣の柄……或いは、その下に存在するになかごに刻まれるのは。


 大抵、製作者の銘だが。

 

 そこにあるのは、難解に意匠化された文字で。


 一応、それも銘だろうが。


 余りに達筆的過ぎて。

 言語学には一定の知識がある俺でも、全く読むことが出来なかった。


 しかし、この男は違うようで。

 目を見開いてそれを見つめたと思えば、確かめるように何度も何度も溝を空でなぞり。



 やがて、一言だけ呟く。



「―――東の―――亜人……?」



「そういう名なのか?」



 おれは、只。

 この剣に刻まれた技法に、見覚えがあっただけ。


 この魔剣の製作者は、ロイド。


 俺が認めた最高の鍛冶師だが。

 その彼が刻んでいた意匠に酷似した技法を、俺は以前から知っていた。



 それが、この男。



 古くから、王都で鍛冶を営む一族のオーガ種で。

 国中が認める、最高の鍛冶師。



「……お前さんは、知らねェか」

「聞いたことの無い名だな」

「東の亜人っつうのは、遥か昔―――今から千年以上も前に西へと渡って、多くの技術を伝えたっていう伝説の賢者の事だ。この文字も、その一つ。元々は、流浪の民が用いた言語だな」



「……………へェ、そういう」



 あの野郎、予定は未定とか言ってやがったが。

 随分と暴れたらしいな。


 アレが賢者というのは。


 まぁ、否定はしないが。


 まさか、オーガ種が賢者様とは。

 随分面白い西方見聞録だことで。


 ……俺が、ずっと調査し続けていた言語。

 聖剣に刻まれていた言語。


 それが、【力の氏族】の言葉だったとは………ん?


 となると、向こうも―――ぁ。

 


 ……………。



 ……………。



 あの見せ筋野郎ッ!

 面白半分に、面倒な課題残していきやがって……!



「―――だが。アンタが、それを知ってるって事は?」

「俺の古い先祖、かもしれねェ」

「………戻って来たのか」

「まぁ、俺らは魔族みたいに長生きじゃねえから、先祖の事なんざ知らんが。一族の目的は、初代が打ち上げた伝説の剣ってのは聞いたことがある」


「………じゃあ」

「まぁ、十中八九―――コレ、なんだろうなぁ」


「……………」

「それを、「拾った」の一言とか……ハァ……。こんな形でお目にかかりたくは無かったぜ」



 ―――ははッ、本当に。



 お前って奴は。

 アレだけ最高の素材を揃えて剣を打っといて。



 同じの造ってみろはねぇだろうが。



 頭を抱える店主とは別の理由で。


 俺自身も、ほとほと呆れかえり。

 やや隙間風が吹き始めた内心から目を逸らすように、目に入ったモノへ興味を移す。



「そういえば。お弟子さん達は、何を造ってたんだ?」

「お? ――ま、見ての通り」

「……仕事が多いな」

「おう。翌年度の士官学校――普通科は、随分とにぎわう事だろうなぁ」



 王立魔皇国軍部学校……通称、士官学校は。


 普通科と魔術科。


 そして、技術科に分かれており。

 魔族の中でも、特に国を守りたいという意志を持った、酔狂で高潔な者が志す、軍の養成施設だ。



 軍部のエリート中のエリートと言えば、近衛騎士。

 その中の最上位が竜騎士であるが。


 騎士というだけでも、充分優秀。


 それだけ才を認められた証拠で。

 

 本当の凡庸なら、まずは兵士。

 卒業後、大体は地方へ飛ばされて。

 そこからキャリアを積み重ね、努力や才能が開花した者のみが、真に騎士団の門を叩く事を許される。



「入学の為に、制式武装の注文……しかも、超一流店に……ねぇ?」



 この店に注文とか、目の飛び出る金額を提示される事だし。

 それだけで、貴族のボンボン確定だろ?


 軽く長剣を数十とか。

 いくら、一度に複数注文が基本とはいっても。


 多すぎね……?



「それだけ、入学者が多いって事だろうし。金があって大変結構――だが、何故こんなにも……?」

「そりゃ、お前等の所為だろ」

「……………?」

「特に、お前な。怪訝な顔してねェで、自分の胸に聞いてみろや」


 

 ……………。



 ……………?



 おれ、何かやっちゃいました?

 


「……ま、良いや」

「おい」

「んな事より、アンタは、怒鳴ってるだけか? 仕事は?」


「……ホレ、これ見ろや」

「何だ、あんのか。てっきり、ただ弟子を虐めてるだけかと……ぉ?」



 彼がおもむろに取り出したのは、一振りの長剣で。


 ロイドが打った神器……この魔剣のレベルは不可能でも。

 この鍛冶師の腕は、俺も認めるところ。



 しかし、この長剣はどうだ。


 

 かつてない程見事な出来で。



「―――見た事もないような仕上がりだが、それは……?」

「へへへ……気になるだろ」



 それは、【海竜種】か、【飛竜種】の特異個体か。

 蒼く染まった、強靭な仙骨を用いた刀身で。


 剣であるには違いないが。


 素材も、さることながら。


 この男自身のやる気も、中々のモノで。

 間違いなく、今まで俺が見た中でもトップクラスに入る大業物になるだろう。


 ……もしかしたら。


 この男の、最高傑作かもしれん程に。



 誰かさんを差し置いて。

 それ程に、重要な依頼なのかと。


 考え込む俺に対し、店主はニヤリと笑って答える。



「まぁ、気合も入るってもんさ。武の名門――カルディナ領主から、直々の依頼だ」

「―――え?」

「他の貴族連中が、儀礼用に造れって言うなら突っ返すが。あの一族に言われちゃ、断れねぇ」

「……………」

「んで――俺の腕試しよ。なんせ、前領主様が持ってたのも、初代が打った傑作だって言われているらしいが。それに負けねェ位凄い業物を打ってくれ……てーー言われたからなぁ?」



 ……おい、カルディナ侯爵―――シャックス?


 お前、まさか。

 内乱で、アインハルト老がルークに剣を託したのが。


 やはり、悔しかったのか?


 本当は羨ましかったのか?


 口では、吹っ切れたように仕方ないとか言ってたが。


 あれで、中々。

 彼も、負けず嫌いというか。



 ……………。



 ……………。



「―――――ふ。ふふふっ……そうか。……そうか」

「何笑ってんだよ、気持ちワリィ」



 このオーガ種の男が。

 彼ら、角の氏族アインハルトの武器を造る……か。



 ―――凄く、奇妙な縁があるもんだ。



「いや……もう、完成か。銘は、どうするんだ?」

「ん? ん、ん、……別に、領主様に決めさせりゃ良いんじゃね?」



 いやいや、それは無いだろ。

 


「いつも通り、アンタが決める事になるだろうな」

「……お前さんも、そう思うか?」

「アンタは、自分が認めた相手の武器しか、自分では製作しない。だからこそ、多くの戦士はそれを夢見て鍛錬してんだ。銘を付けて貰えるのも光栄なんだぞ」



 曲がりなりにも、国一の鍛冶師。

 一般の注文などは、その全てを弟子に打たせている頑固野郎。


 勿論、弟子たちだって他の店なら最高位のレベル揃いだが。

 彼自身の腕は、爺の武器すら手掛ける程だ。

 

 そりゃ、最高級ブランドで。


 名前だって、センスも良く。


 本人に付けてもらおうって者の方が圧倒的に多い。


 俺は、一々名など付けんし。

 今迄の剣は、その全てが無銘だったが。


 この剣は、いずれ。

 アインハルトの象徴にすらなるかもしれぬ武器で。


 箔という意味でも。


 銘を付ける必要はあるだろう。

 何なら、俺からの贈り物として、フィーアに頼んで浄化刻印も施してもらおうか。



「んんーーーとぉ? 先の内乱で、今の近衛騎士長に渡ったってあっちの剣――銘は、何つったかな……?」

「……天堅、だろ?」

「そう、それ―――あ? 何で知ってんだ?」


「……前に……聞いたんだよ」

「あぁ、そういう事もあるよな」



 ―――ずっと前の当主。



 爽やかイケメン野郎にな。


 だって、その場に居たし。


 命名している場に、俺も居合わせたし。


 千年折れてねえとか。


 どんだけヤバいんだよ、あの剣。

 誰も気付いてなかっただろうが、元々不死殺しの性質がある上から、更に浄化の刻印済みとか。


 あの男の生き様通り。

 確かに、今も魔王を護り続ける鉄壁の近衛騎士団。


 流石、脳筋というか。


 本当に、せないな。



「―――天堅……テンケン―――ふむ……?」



 店主は、慣れた手つきで注文台帳にペンを走らせると。


 何度も、何度も。

 様々な文字を書き連ねていく。


 やはり、こういう所で。


 鍛冶師はセンスがあるって分かるな。

 俺なんかとは違い、浮かぶネーミングには事欠かないようだ。



 ……………。



 ……………。



「―――ん。うしっ」



 暫く物書きの音だけが聞こえた室内で。


 やがて、彼はペンを止めて。


 最後に書き留めた銘を示す。



「んじゃ、【蒼克そうこく】ってのは、どうだ?」

「俺に聞かれてもな」

「意見だけはくれや」

「………字は? ……蒼と……克……か。成程? 彼には、良く合っているんじゃないか?」



 母親譲りの蒼髪で。


 父親譲りの剣の才。


 何より、克という字には、力を尽くして成し遂げる、打ち勝つという意味があり。


 実に、シャックスらしい。


 彼にはカルディナ領主として。

 死ぬまで働いて貰わんとな。

 ……今代には、ベッドの上で死んで貰いたいもんだが。



「んじゃ、コレで行くとして―――んで? その魔剣、銘は何て言うんだ?」  

「え?」

「名前。彫ってないのか?」



 あぁ、こっちの話か。

 


「刀身の文字は、私でも読めたんだが。生憎、柄の方は達筆過ぎてな」

「ん、何々? 刀身の文字―――らぐ……おい」

「ん?」

「お前、まさか。この剣の持ち主って、建国騎士さ―――」

「いや、こっちだ。アンタがいま読んで良いのは、こっち」


 

 無理やり話題を変え。

 更に無理やり、先程とは異なる柄の面を、ズズイと突き出し。


 俺にはとても読めんので。


 彼に、字を教えてもらう。



「なぁ、この剣って――」

「ハヤク、ヨム」

「……………えーーと。―――銘は……へぇぇ」

「何だって?」

「おう。銘は、エリュシオン」




「―――シオン……心清き。エリュ……選ばれし者。意味は、色々とあるだろうが」





「偶然か、持ち主の影響か。魔皇国と同じ名。魔剣エリュシオン、ってとこだな」

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