第52話:着任せし暗黒卿




「我が民の尽力により、復興後の王都が姿は、以前にも増す輝きを放っておるが」



 ……………。



 ……………。



「先の内乱。その全ては、余の不徳、余の治世に問題があった為に生じたモノ」



 ……………。



 ……………。



「ゆえに、改めて断じよう。其方等の功績は、余の想像を離れた、賞賛に値するモノであったと」

「「勿体なきお言葉」」



 ……………。



 ……………。


 

 宰相閣下を始めとする文官の列。


 近衛の長を始めとする武官の列。


 左右に分かれた両の列だが。

 そのどちらにも属さず、真正面から王に首を垂れる四者。


 西方亜人族総括。


 北方領域辺境伯。


 宮廷魔導士団長。


 そして、最前の平騎士。

 

 尽力と功績の大きさで言えば。

 更に、この列には【近衛騎士長】ルーク・アストラと、【カルディナ領侯爵】シャックス・アインハルトの両名などが加わる筈なのだが。


 不遜にも、後者は多忙を理由に辞退。


 前者に至っては、もっと酷く。

 近衛が王都を護るのは当然の義務なので、丁重に辞退させて頂きます―――との事で。



「……………」 

(――プイっ)



 コッソリ視線を向ければ。

 あからさまに目を逸らす若き近衛の長。


 口上こそ立派だが。


 およそ、真の理由は、魔王の眼光にさらされる覚悟と自信がない故だろう。


 実際、俺達もそうで。


 普段の陛下を知ってはいても。

 公の場で、覇王たる振る舞いを見せる彼女の前では、身体が強張るのは避けられない。



「では、始めるとしよう」



 統括局の反乱から、既に復興したと言えるほどの期間が流れているのに。

 今になって、その表彰が行われる。


 勿論、優先順位は復興が先で。


 難しかったというのもあるが。


 聡い者は、裏に何かがあると考えている事だろう。

 実際、確かにその通りだしな。



「―――まずは、サーガよ。己が部隊を率いての指揮。騎士団との綿密な連携、迅速な対応。実に見事であったぞ」

「……………は」

「さぁ、言うてみよ。余に、何を望む」



 俺より後方へ視線を向けて。

 矮小わいしょうな黒鬼を視界に収めているだろう魔王。


 俺自身、背後は見えないが。

 後ろは、ガクブル……何者かが恐怖を覚えているかのように、空間が震えていて。


 これ程怖い「何を望む」も無いだろう。


 失言したら普通に殺されそうで。


 まだ、悪魔との取引のがマシだ。



「……では、グラウ領の拡大許可を」


 

 僅かな怯えを感じさせつつも。

 持ち前の胆力を生かし、確固たる口調と声量をもって言葉を紡ぐサーガ。


 さて、対する覇王の勅語おことばは……。



「………フム……領、であるか。確かに、これ以上の発展には手狭であるな。では、許そう」



 即断即決過ぎるだろ。



 ……グラウ領ってのは、サーガが創った都市。

 オーガたちの暮らす地域で。


 位置的には西に在り。


 当て付けのようにカルディナと近いが。


 亜人の権限拡充を。

 一部上位魔族からは、【劣等種】と称され、侮蔑ぶべつされる種族の拡大を。

 王は、当然とばかりに一瞬で許可する。



「――まことに……宜しいのですか?」

「余に二言は無い。必要ならば、建材の援助も……ふむ。そろそろ、其方にも爵位が必要であろうな」

「………へ?」

「うむ、そうじゃ。其方に、伯爵位を授けよう」


「……………」

「亜人へ爵位を贈るのは、前例がない訳でもない。同じ西部貴族――ミンガムとも懇意こんいにすることじゃな。話が合うじゃろう」

「………へい。身に余る光栄に存じます」



「「……………」」



 ヤバ過ぎんだろ。

 うちの国家、トップの権力強すぎかよ。


 確かに、軍部の権限の割に。


 サーガは貴族でなかったが。


 今、この場で軽々しく決められる程、その地位は安くない筈なんだが。


 それを、いとも容易く決定した魔王は。

 すぐに興味を失ったように、そのまま、次の犠牲者へと牙を剥く。



 これ、表彰だよね?

 褒美という名の吊し上げじゃないよね?



 ……………。



 ……………。



「―――では、イザベラよ」

「爵位以外で」

「たわけ。侯爵家の次期当主がアホを申すな」



 あっちも、あっちで。


 余裕などないらしく。

 背後から、「いらないいらない」という幻聴が聞こえてくるが。



「さぁ、言うてみよ。其方は―――余に――何を望む」

「……………」

「躊躇いなどせず、言うがよい」



 残念、褒美は強制らしく。



 ……………。



 ……………。



 イザベラは、暫く考え込むが。


 やがて、魔王が指を伸ばし。

 コツン……コツン……と。

 不機嫌とでも言うかのように肘置き叩き始めた所で、背後から聞こえる息遣いが荒くなり。



 やがて、思いついたように。


 

 恐る恐る、それを発言する。

 


恩赦おんしゃは、可能ですか?」

「「……………!!」」

「ほう、それを望むか」

「………はい」

「容易な事ではないぞ? 今回の被害は甚大であり、恨みに思うモノは数知れん。それが出来たとして、雀の涙よ」


「それで、充分です」

「………ふむ」

「お願い、します」

「―――良かろう、イザベラよ。其方の慈悲、確と受け取った」



 ……あのイザベラらしくもないと思ったが。

 どうやら、未だずっと考えていたようだな。 


 彼女の、一つの願いは。


 本当にささやかな罪の軽減。

 老兵たちの安らかな余生。

 それを確約した王は、新たな者へ視線を向けるが―――しかし。



「―――さぁ、優しき我が友よ」



 明らかに異なる声色は。


 前者二人より柔らかで。



「地方貴族として、一早く王都へと駆けつけ。多くの命を救ってくれた其方は、何を欲する?」

「どのような願いでも、宜しいのですか?」

「……うむ、左様じゃ。言うてみい」



 ……………。



 ……………。



「では、後程お話が」

「………ふむ? 何故やら、良からぬモノを感じるの」


 

 陛下の表情と、会話の内容だけが俺の頼りだが。


 良からぬモノって何だ。


 見えんと、分からんが。


 ……何故か。

 後ろから、視線を感じたような。




「――――では、最後に」




 いや……後ろだけじゃないわ。


 この場の全員に見られてるわ。



「最後に、騎士アルモス」

「………は」



 やっぱ罰ゲームだろ、コレ。

 さっき迄明らかに震えてた後ろ二人が、明らかに楽しそうな雰囲気を放ち。

 逆に、他人事だと突っ立ってた連中が、怯え始めてんだが。


 何でお偉いさんたちが怯えてんの?


 彼等は、俺が何言うと思ってんの?


 

 褒美に「粛清がしたい」とか言うと勘違いしてない?




「―――剣一つ、身一つで事態を収めた其方へ、望むモノを取らせるが――果たして。其方に、その様なが……あるか?」

「……それは」

「「……………」」



 言外に、「欲しいモノなんてねぇだろ?」とか、暴言放たれた気がするが。



 ないんだよなぁーー。

 なんにもないんだよなぁーー。


 出世確約済みだし。


 愛する女性いるし。


 この会話自体。

 俺と彼女の間で、事前に取り決められた、台本通りの茶番で……。



「ならば、いっその事。真に、【暗黒卿】の名でも送ってやろうか」

「「………ッ……ッッ」」

「いえ。どうか、それだけはご容赦ください」



 訂正、台本にない台詞出てきた。


 笑ってんじゃねえぞ後ろの連中。


 先程までの怯えは何処へやら。

 今にも爆笑したいのを、何とか寸でで踏みとどまり続ける剛の者が二人。


 ……覚えておけよ。



「相も変わらず。欲の無い配下も、困りものじゃな」

「………は」

「其方がその地位に就いてから。この国には、欲のない者が増えてしまった」



 どの地位かは分からんが。

 そりゃ、欲深過ぎる連中は、みーーんなあの世に行っちゃったからな。



「――余は、退屈じゃ、騎士よ」

「………………」

「爵位も要らぬ、山の財も要らぬとなれば。残るは、称号や名声の類という事になるが。先の名では、不服と視るな、アルモスよ」


「はい。それだけは、ご容赦を」



 暗黒卿は嫌だ。


 暗黒卿は嫌だ。


 魔法学校じゃないよな、此処。


 あと、今更ながら。

 名前を言ってはいけない人的な扱いも嫌なんで。

 



「ならば―――うむ。そうじゃな」




「其方には、ラグナの名を号として与えよう」

「………は」



 その瞬間、ザワザワと。



 にわかに騒ぎ出す空間。



 文官、武官が入り乱れ、互いに目配せを交わす。


 俺達からすれば、ある種の茶番。

 だが、その他の者達からすれば。


 歴史上最強とうたわれる、かの建国騎士の名を。

 その称号を、魔王陛下より賜る――つまり、最上も最上の名誉を受けたことになるわけで。



「騎士よ。不服があるならば、いま、この場で申せ」

「……身に余る光栄に存じます」



 元々の名前が被ってるし。


 ほぼほぼ本人だろ、コレ。



 ―――え? 千年前の騎士と同姓同名なんですか?



 ―――すみません。それ、私なんです。



 ………誰が信じるんだよ。

 宴会場での一発ギャグにもしてもらえない冗談だろ。 



「ならば、良し。問題あるまい?」

「問題、ありません」

「では、此度の褒章はしまいとする。その名に恥じぬ働きを期待するぞ、ラグナ・アルモス……」




「―――我が右腕よ」




「「……………………!!」」




 アドリブ止めてくんないっすか?


 そろそろ、気が狂いそうなんで。


 騒ぎ出す広間。


 晒された会話。


 国中に広まるまで。

 この会話が市井しせいへ浸透するまで、果たして、どれ程の時間を要すだろうか。


 

 ただ、一つだけ言えることとしては。



 もう、二度と平騎士ネタは使用不可。



 大勢の見守る中で。



 この日、この式典で。

 俺は、正式に魔王陛下の右腕となった。




   ◇




「おい、おい。こりゃ何て夢だ?」

「アルモスが平騎士を抜けるなんて、天地が返ってもあり得ない事よね?」


「……とても喜ばしい事です」

「えぇ、本当に。おめでとうございます、アルモス様」



 前者二名はまぁ、分かってたが。


 此処に後者二人が居て良かった。 


 ルークとフィーア。


 数少ない良心だが。

 2人からの、心からの祝福が実に嬉しくて、思わず目頭が熱くなる。



 ……………。



 ……………。



 表彰の後、暫く経ってから。


 俺達は、一室に集められた。


 られた、とはいえ。

 実の所、今回の俺は実行犯側の一人であり、目的はちょっとしたドッキリだ。


 イケメン高給取りの癖に、一抜けしやがった卑怯者騎士と。

 後ろ指さして俺を笑ってやがった黒鬼と魔女への復讐だ。


 一体、どれ程驚くか。

 既に、期待で胸が膨らみまくっているなぁ。



 ぷくぷく。



 ぷくぷく。



「……おい。さっきから、なに腹膨らませてんだ」

「悪ふざけなのかしら?」

 

「ふふ。興味深いですね」

「風の魔術で、服に空気を含ませているのでしょうか?」



 なに、ちょっとしたジョークだよ。


 部屋の中にいるのは。 

 先程魔王の眼前に晒された四人と、悠々と突っ立っていた近衛の長。



 ―――そして、当然……。



「……あの。陛下も、本当に。何かの冗談よね?」

「何がじゃ」



 モリモリと焼き菓子をつまむ

 先程玉座にふんぞり返っていた美女とは似ても似つかぬ姿の魔王で。


 イザベラに話しかけられても。


 その手は、まるで止まらずに。



「フィーアや。このすこーんは、絶品じゃな」

「有り難うございます、陛下」



 振りへの返答もそこそこ。

 辺境伯が手ずから焼いた甘味を、マナーもなく堪能し続ける。



 その為、他の者は。


 ただただ、その振る舞いに困惑するのみで。



「なぁ? ルークくん。アレって、認識阻害の魔術だろ?」

「えぇ。……恐らくは――“幻惑”です」 

「確定じゃねぇのか」

「私も、この魔術には一定の利があると思っていたのですが……流石は、陛下です」

「……本当にね。私でも、偽物の姿って分からないくらい自然で。でも、陛下が幻惑だなんて。凄く、珍しいんじゃないかしら」



「……ふふふっ」



「――フィーア?」

「まことに、その通りなのですが……えぇ。恐れながら……陛下」

「そろそろ、ツッコミますけど。その食べ方も、お姿も。まるで、子供みたいですぜ?」


「むぐ……もぐ……。それは、そうじゃろ。1000年以上前から、余の姿は変わっておらぬのじゃから」




「え?」



「ん?」



「へ?」




「これが、余の本来の姿という事じゃ」



 ……………。



 ……………。



「「はあああああぁぁぁぁぁぁぁぁあぁっっ!!?」」




 黙って、成り行きを観察してたが。


 すげぇよ、この魔王。

 何百年も、ひた隠しにしていた筈なのに。


 タメもなく。


 フリもなく。


 何でもない事のように、菓子をつまみながら、淡々とした会話で暴露しやがった。



「うるさい奴らじゃのぉ。……モグッ」

「あら、陛下ったら……! そんなに頬張って」



 大暴露に、椅子から転げ落ちる三者。


 特に、ルークなどは。


 普段から側に控える事も多く。

 今までの己の常識や現実の一切を否定されたことで、卒倒という言葉でも表現しきれぬ程見事にぶっ倒れ、床で痙攣けいれんしており。


 何とか踏み止まったイザベラとサーガも。


 半狂乱の様相で。



「じゃ、じゃあッ!?」

「今迄のお姿はっ!?」

「魔術で誤魔化しておったのよ。コレでは、威厳が無いからの」



 アリっちゃアリだろ。


 この方が目に優しい。



「でもよ……! そんなの、誰かが絶対に―――」

「見破れると思うか? 余の魔術を」



 そりゃあ……絶対に無理だろうな。


 シオンは魔術の極致。


 世界最強の術者ゆえ。


 それこそ、本人が明かすか。

 間違いなくそうだと断定し、確信をもって触れでもしない限り、まず看破は不可能。


 自然、本人から明かしてもらう他なく。

 これまでに、彼女自身からソレを明かされたのは。


 共に長きを生きた【龍公】


 忠義の権化である【宰相】


 今は亡き統括局の【局長】



 ……そして、もう一人だけで。 


 

「―――ねぇ、待って? 仕掛けたのは、そこのおバカさんとしても。さっきから、驚いてないみたいなのだけど。フィーアも、知っていたのかしら?」

「えぇ、私も以前から」

「そりゃまた、何で」


「お友達、ですから」

「そういう事じゃ。フィーアは、余の友。其方等とは、また別種という事じゃな」



「―――んじゃあ、どうして今なんですかい……!」



「……ふふふ。流浪者が、永き旅より戻ってきたでな」

「「………?」」

「―――まぁ! もしかして……!」

「うむ、そういう事じゃ」



 圧倒的圧縮会話。

 俺でも、元聖女と魔王が何の話をしているのかは分からないが。


 これは、仕方なし。


 ……ある意味では。

 フィーアは、俺以上に陛下を理解しているからな。

 


「本当に、本当に、おめでとうございます! 陛下!」

「うむ、うむ。流石はフィーアじゃな。……して。そ奴らには、色々と話す必要がありそうじゃのぅ? ラグナよ」

「「……………」」

「無論、集まって貰ったのは、その為なんだが……うん」



 他の連中。

 そろそろ、頭がおかしくなるぞ。


 この面子でも。


 流石に無理で。


 一から推理して到達できる者など、あの男を除いてはいないらしく。



「ほれ、ラグナ。膝を空けよ」

「………陛下」

「放っておけ。ナデナデより大事なことなどない」



 ……………。



 ……………。



「――ちょっっっっと待てやゴルァァ!!」

「説明はッ! あるのですよね!?」

「色々と知りた過ぎて、頭がおかしくなりそうなのだけど?」

「アルモス様。私も、気になります……!」


「勿論、皆には話すさ」

「うむ。頼むぞ」


「……シオンは、全部知ってるよな?」

「「シオン」」

「何度でも、其方の口から聞きたいのじゃよ」



 ……………。



 ……………。


 

 まぁ……アレだ。


 俺たちの仲だし。

 この状況、明らか不敬罪だが、特にコレといった問題も無いだろう。

 



「……よし。手遅れだと思うが、混乱しないように、最初の最初から話そうか」




「まず、私が人間としてこの世界に―――」




 俺は、仲間たちへ話し始める。


 己の歩んだ物語を。


 只の一般人だった男が。

 ある日、意味も分からず異世界へ転移し、血反吐を吐き。


 一度殺され掛け。


 更には、騙され、改造されてから始まる御伽噺おとぎばなし




 ―――そう、魔王の騎士へ到るまでの、物語を。

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