第51話:(続)始まりの任務




「まだ、何も終わってはおらぬぞ? アルモスよ」

「は。勿論です、陛下」



 ……………。



 ……………。



 ―――ク……クククッ。



「「ふ――ふふ―――はははは……っ」」



 突然、真面目な声を出す主に乗じ。


 仰々しく演じはしたものの。

 彼女を膝に乗せた状態では、まるで、恰好が付かないというモノで。


 俺たちは、声を揃えて笑うが。


 しかし、実際にその通りだな。


 魔王の探し人は見つかったものの。

 最初の任務は、全く手つかずの状態なのだから。



「入室時にお伝えした通り。あくまで、経過報告ですから」

「うむ、うむ」



 まあ、仰々しく言っていても。


 この体たらくで。


 欠片も進んでおらず。

 彼の龍が何だったのか、全く分かっていないから。


 それを調査する必要性は、ある。


 勿論、例のアレの行方も……な。



 ……………。



 ……………。



 いや、やっぱりさ。

 ちょっと、考え直す時間をくれないっすかね。



「―――探さなきゃ――ダメ?」

「無論じゃ。探せ」

「では、改めて。その任、拝命いたします」



 陛下の命令は絶対ゆえ。


 一も二もなく承諾する。


 ……が―――マジで?

 只でさえ、最初に人探し受けた時、何十……何百年掛かるか分からないとか思ってたのに。


 今度は、数千年前から続くような伝説の起源探しですか。



 やっぱ止め―――あぁ、ダメですか?



 俺の最愛の魔王様は。

 ちょん、ちょんと、小さな指でバッテンを作る。


 可愛いのは勿論だが。

 完全に、俺の思考が読まれているようで。



「昔の君なら、こんな後ろ向きな思考は読まれなかったのだが」

「で、あろうな。幼き頃の余は、其方へやや幻想を見ていた」


「……ははは」


「今ならば、全て分かるぞ」

「……ダメ男だったと?」



 物語としても、良くある感じの話だろう。


 昔は、格好良く見えたり。


 憧れたりしていた人間が。


 大きくなってから改めて振り返ったり、出会ったりすると、案外そうでもないとか。

 むしろ、性格的に受け付けないとか。 


 思い出補正だとか。


 若気の至りだとか。


 そういうのは、良くあること。

 増してや、当時の俺は、シオンに良い恰好を見せるという一点で行動していた。


 人間時の出会いと比べると。


 騎士アルモスとして見ると。


 落差が激しすぎて、自分でも血反吐を吐きそうだ。



「―――ふむ。確かに、ある意味ではダメ男じゃな」

「……幻滅しました?」



 いや、ちょっと待ってくれ。

 今見捨てられたら、マジで自殺すんぞ俺。


 あ……命繋がってんじゃん。


 自殺とか、絶対ムリじゃん。


 終わった、俺の魔人生。

 ようこそ、永遠の魔法使い。

 今すぐ、魔皇国の辺境の、誰も居ないような地域で、老師みたいに隠居しよう。


 あぁ、そうしよう。


 誰とも関わらない場所で、欲求を捨てた仙人として……。



「――おい、おい? 何を呆けておる」

「荷物纏めてきます」

「何をバカな事を言っておるか。そも、ある意味ではと言うておるじゃろうが」


「では、どういう意味で?」

「……其方、自覚あるか?」



 質問で返された。


 だが、自覚とは。



「……何の事でしょう」

「余が下した命の全てを達成して帰還し、言っていない事まで勝手に終わらせている始末。冗談で口にした事まで、本気にしおってからに」



 ……………。



 ……………。



 ちょっと何言ってるのか。


 理解できないんですけど。



「最初に西の多頭竜を討伐してきたときなど、報告を聞きながら戦慄したわ」

「……そんな事もあったか」


 

 話を纏めると―――じゃあ、何か……? 



 俺が、騎士になってから。

 彼女が出した無茶ぶり命令の大半は、冗談だったと?



  『陛下、無理です! 死にますッ!』



 なんて、俺が言い出すのを。


 今か今かと、待っていたと?



 ……………。



 ……………。



 ふざっっけんなッ! このロリババア!!


 言って良い嘘と悪い嘘があるだろうがッ!



 どれだけ必死にやったと思ってんだ!

 何十、何百死にかけたと思ってんだ!



 西の多頭竜――スピットロード。

 城塞都市カルディナの近郊に、周期的に出現する最上位妖魔であるが。


 奴を最初に殺ったときなんか。


 指欠損、足欠損。

 ほぼ死に掛けの身体を引き摺って、何とか帰還。

 (故)アインハルト老とカルディナ騎士がドン引きする位、マジで、危うく死ぬところだったんだぞ。



 ―――それを、この魔王……!



「………………は?」


「其方なら、何でもやり遂げる。どんな難題も達成する」

「―――あれ?」

「其方は、周囲の者をダメにする男じゃ。幼少期に夢見ていた頃の何倍も過保護で、魅力的で。強き其方しか知らなかった余を、心底惚れさせおる」



 何か、風向き違くないっすか。


 どちらかと言うと、コレって。


 

「もしかして、褒められてる……?」

「そう言うておるじゃろう」

「でも、さっき幻想って」

「ある種、抵抗があったという事じゃ」

「……抵抗、とは」

「アルモスに惹かれる程に、ラグナの存在が遠くなっていくようで。余は、恐ろしかった」


「では、今は?」

「恋に恋ではなく。いま、確かにここに居る其方を、愛しておるよ」


 

 話の大前提として。

 彼女の中で、アルモスはラグナではなかった。


 少なくとも、先程までは。


 ずっと、確信ではなかった。


 だからこそ、恐怖していた。


 大葬式の日。

 俺が彼女の過去を暴こうとして殺されかけたのも、そういう意味で。


 アルモスが大きくなるほど。

 ただでさえ、年月と共に忘れゆく記憶の中の騎士が居なくなるようで、怖かった……と。



「………ふむ」



 何て言うか―――ムカついて来るな。


 どちらも俺自身の筈なのに。

 まるで、好きな女の心に別の男が居座っていたように思えて、どうにも妙な感じだ。



「其方は悩みもするし、弱かった時代もある」

「……えぇ、勿論」

「なればこそ。勝手に思い描いていた完璧な騎士ではなく、余にとっての最高の騎士。それが、其方なのじゃ」



 彼女の言う幻想ってのは、そういう意味か。


 途中に挟まれた大暴露の所為で。


 一瞬だけ激昂しそうになったが。


 結局の所、本当の意味での幻滅はされてはいないようで。

 ちょっと安心することが出来た。



「ついては、そなたに役職を与えようと思ってな」

「……役職? しゅっせ?」

「そう、出世じゃ」

「――――ッ! 本当ですか!?」


「今迄がアレじゃったからな」

「ここに来て、まさかのコネ出世ですか? 魔王様特権で、ようやく―――ん?」



 喜びを全身で表現しようとするも、思い留まる。


 何か、前にもこんな事が。



 ……………。



 ……………。



 いや、騙されんな。

 絶対、体のいい押し付けだろ。


 デブ竜の件忘れてねえぞ、俺は。


 内心恐々とする俺に対し。

 彼女は、振り返って此方を見上げる。


 ……今更だが。

 俺が玉座に腰掛けてるのって、普通に反逆罪―――



「統括局の穴は、あまりに大きい。分かるな?」

「………えぇ」



 これは、俺が思った以上に真面目な話だな。

 

 あの組織が丸ごと倒れて。

 全員、漏れなく牢の中へ。

 元々連中の業務は国内外の情報収集と、反逆者の粛清だったが。


 国内情勢はともかくとして。


 外部の情報収取が、致命的。


 全く未知の状況に陥りつつあり。

 何とかして、各地を飛び回れて、かつ精鋭の後釜を据える必要があるという事だった。



「―――では。私が、統括局の代わりを?」

「そういう事じゃ」

「ですが、流石に個人では」


「そこは、アレ等の親類を説得せい。中には、名誉回復の機会を伺う者もおるじゃろう」

「……成程、そういう」



 統括局の反乱で、当事者は塀の中だが。

 彼等の親類は、裏切り者の家族というレッテルを貼られている。


 だから、そこをいて。


 己の手足を捻出しろと。


 流石魔王、考える事が腹黒い。

 入れ知恵したのは、果たして黒鬼の野郎か……。



「無論、其方自身が外部よりスカウトしてきても良いぞ?」

「……そう都合良く」

「くくくっ……得意であろう? 首を賭けるのは」



 サーガの件を掘り返さないで?


 奴を仲間に引き入れた時、確かに言ったよ?

 奴が裏切ったら、詫びとして必ずぶっ殺すし、俺の首も差し出すって。


 でも、アレじゃん。


 陛下、あの時笑ってたじゃん。


 そりゃ、大笑いもするだろう。


 俺が首切ったら、陛下も一緒に死ぬんだし。

 あの時の俺は、不遜ふそんにも魔王に対し、手の込んだ殺害予告を敢行していたわけだ。



 意味が分かると怖い話……!



「ゆっくりで良い。じっくり煮詰めい」

「……仕事してます? 陛下」

「本当に大切なものは、目を通す。後は、バルガスが勝手にやってくれるからの。専門家に任せるのが一番という訳じゃ」


「彼が死霊種になったの――いつです?」

「……………騎士団を創設するでも、機関を設立するでも、好きに動くが良い。余が許す」



 誤魔化しやがったな。


 流石のルーナさんも。


 親族……恐らく息子がこうなっているとは予想すまい。



 だが、急務と言うのも確かだからな。



「……承知しました。その件は、お任せを」

「うむ。――では、頭を撫でい」



 溶ける魔王の権能か、一気に話の空気が変化する空間。



 真面目な話は終了したのか。


 脱力して強請ねだる魔王様だが。


 腹も減ったし。

 何なら眠いし。

 今更ながらにドッと疲れが来て、活動限界が近付いており……。



「そろそろ。密着、熱くなってきません?」

「……余から逃げる気か?」

「メッソウモナイ」

「当然の事を言っておくが。暫くは、片時も離れんぞ?」

「……任務が」

「暇を出したのを忘れたとは言わせん」

「ですが、今……」

「暫くはっ! 片時も離れんっ! 当然寝食も共にするのじゃッ! 良いからさっさと撫でい!」



 近衛に見られたらどうすんだよ。

 ただでさえ、玉座に座ってる時点で不敬この上ないのに。


 どうやって移動すると?


 透明化で誤魔化すとか?


 陛下が行方不明とか。

 国がエライ事になる。

 しかも。それ、絶対最後に謁見したヤツが疑われるやつじゃん。


 既に言質取られてんだぞ?


 近衛騎士達が証言すんぞ?



 『アルモス卿、もう一度城が崩壊するかもとか言ってたんですけど』

 『止めるなら今のうちとかも言ってたんですけど』


 『『犯人じゃん』』



 ……ヤベぇよ、ヤベぇよ。

 マジで、余計な事言わなければ良かった。



 というか、それ以前に。



 寝食も一緒って言った?




 ―――寝るとき持つかな、俺の理性。

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