第50話:魔王の真実




「―――ぁ……あの……アルモス……卿?」

「ど、どのような、ご用件……で?」



 魔王城の中でも、平時は限られた者しか出入りを許されぬ第九階層。


 陛下は、普段通り。

 謁見の間だろうが。

 突入に際して、最大の障害であったのは、やはり近衛騎士。 


 国防における最後の砦。


 魔族最強の守護者たち。


 何時もなら、平騎士らしく低姿勢で行くところだが。

 今日の俺は、何が何でも彼女に会うつもりで。


 以前のてつは踏まぬと。


 最初から、高圧的に。



「お伝えしたい事があり、陛下にお目通りを願いに参ったのだが……よいか?」


「……いえ、その」

「……何と申しますか」



 俺は通すなとか言われてんだろ?


 大丈夫、大丈夫。

 そんな状況を覆す魔法の言葉があるんだ。



「無論、問題はないな?」

「「ハイ、オトオリクダサイ」」



 ……いかに魔法の言葉とて。


 もしかしたら、断られることもあると思ったのだが。 

 何と、二つ返事の了承。

 

 なんて良い子達なんだろう。


 快く通してくれるだなんて。


 魔皇国の未来は明るいな。

 これには、警護対象である我らが陛下もニッコリ……。


 あの方が笑う時って。

 大体、俺にとってろくでもない任務や雑務―――っと。



「あぁ、そうだ。君たち、ちょっと」



 脳内を都合よく改変しつつ。

 俺が通れるようにと、扉の脇へずれてくれる近衛に声を掛ける。



「「はい?」」



「恐らく、だが。玉座の間が、少し騒がしくなる」

「……………?」

「それは、つまり?」

「暫く、この階層から出払っておいた方が良い。最悪、もう一度、城が崩落するかもしれない」



「え」



「え」



「「…………ぇ……?」」

「止めるのならば、今の内だろうが。勇猛と蛮勇は―――」


 

 と、俺が言葉を言い終わるか、終わらないかという内に。



 鎧を着ているとは思えぬ速度で。


 階下へと駆けていく近衛騎士達。


 身体能力は超一流で。


 一体何があったやら。

 怖い何かに脅されでもしたのだろうね、多分。


 首を捻りつつ。

 適当な理由で一人納得しながら。


 俺は、勝手知ったるとばかりに、広大な空間へ踏み入れていくが。



 ……静かだな。


 

 もっと、熱烈歓迎を受けることを期待して……。




「―――おい。全て聞こえておったぞ、馬鹿者。何をやっておるか」




「……………」



 声の主は、女神も裸足で逃げ出す美貌の女性だった。


 腰まで届く白銀の長髪。

 俺と同様、真紅に輝く双眸。


 青白い肌に漆黒の衣を纏い。

 退屈そうに玉座へ肩肘を突きながら足を組み、実に虫の居所が悪そうな表情で。


 常時、死んだような瞳。

 

 ひくひくと痙攣けいれんするこめかみ。


 彼等魔族を統べる、最上位の存在。

 千年以上の時を生き……同種族にとっては、現人神も同然の崇拝対象。


 唯一の吸血種―――魔王。


 即ち、魔王エリュシオン。



 ……………。



 ……………。



 ―――ふっ……。



「いえ。ちょっとした冗談――お茶目です」

「一度、それも遂最近。まことにやった事を冗談としてのたまっても、本気にされるのが当然じゃろうが」



 勘違いです、勘違い。


 前に城を壊したのは。

 俺と彼の連係プレイであって―――いや……?


 殆ど彼の大魔術でしたし?


 私、ただ避けていただけ?



 ワタシワルクナイ。



「………まぁ、良い。三馬鹿の筆頭に何を言っても無駄、じゃな」

「風評被害が凄いっ」


「事実を言ったまで。……して? 一体、何をしに来たというのじゃ。まことに謀反か?」

「いえ。任務の経過報告に」


「……………? 半ば謹慎中の其方がか?」



 疑問に思うのは当然だろう。


 何も頼んでいないのだから。


 と言うか、今の俺って。


 普通に、クビに近い状態なんだよな。

 護衛任務も、城内勤務も―――果ては、お得意の討伐任務すらない騎士とか。


 只の飼い殺しだろうが。


 給料も出てねえぞコラ。



「―――まぁ、聞いてください。本当に、大変だったんです」

「………ふむ」

「まず、陛下の命を無視して――」


「ん?」



 ……………。



 ……………。



 爺がまさかの非行に走った事で。


 俺は、とある場所に辿り着いた。


 そして、恐るべきロリコンが必死に考えたであろう、巧妙な罠に掛かり、吹き飛ばされ。

 流れ着いた先の森の中で、とある少女と出会い。


 本当に可愛い少女で。


 すぐに夢中になった。



 ここ迄が、序章。



「――――――――」

「とても不思議な子で。何処か、気掛かりで。放っておけなくて、家へ上がり込んだのですがね」



 それは、酷いものだったので。


 リフォームしてあげたんだよ。


 優しくも幼い彼女を。

 孤独な少女を、放っては置けなくて……一人にはしておけなくて。


 2人で、歩み始めた。


 共に名を与え合った。


 沢山の仲間が出来た。



「………もう、やめい」


「まだまだありますよ? 続きまして第三章。二人で仲良くバーベキューを……」

「下手な芝居は聞き飽きたッ!」


「そこで私は言ってやったんです。あと十二時間! ……ってね。その時の、絶望に満ちた表情と来たら……もう……!」


「そのふざけた虚言は――アダマスの指金か!」



 無視して話を続けるのは、俺の得意技で。

 陛下の怒りは留まるところを知らず、憶測にまくし立て始めるが。


 いや、それはあり得ない。


 小僧と出会う前の記憶だ。


 聡明な彼女であれば。

 爺が、それを知るよしもないと理解しているだろうに。

 


「お肉が大好き、甘いものも大好き。本当に、何処までも可愛い子でしてね」

「もうッ、良い!!」

「困った事に、首筋に噛みつくのも大好き―――」



「―――ッ!! 戯言ざれごとも、いい加減にせいッ!」 



 これは、マジで怒ってる。

 何なら、今のは完全に殺す気で来てたよな。


 玉座から、姿が消え。


 一瞬で眼前へと出現。



 拳を振るう魔王様。



「―――受けたら、また腹に風穴が空くじゃないですか」

「……………!」

「手の込んだ自殺ですか?」



 突き出された拳を右手で受け止め。

 余りの衝撃にビリビリと怯え、震え上がる腕を、サッと後ろへ隠す。


 いや、やっぱそうじゃん。


 王城が壊れるやつじゃん。



 時間操作と並ぶ、超常の天辺―――空間操作能力。



 彼女の持つ、最大の権能だろう。


 予備動作なく、一瞬で間合いを詰めるのもそうだが。


 西部の人間国から、極東の魔皇国。

 或いは、飛竜を用いずにロスライブズ領へ遊興に。


 大陸間を移動可能なのも。

 人間国家へ単独で顕現できるのも。

 それが前提として存在しているのなら、各地で目撃情報が存在していたのも、確かに納得できるが。


 まさか、真正の魔法使いが。


 ずっと目の前に居たとはな。


 とは言え、種が割れれば対処は出来る。

 前の俺ならいざ知らず。

 あの時代を経験した俺は、かつてない程の力を蓄えているのだから。



「……落ち着いて、深呼吸だ」

「キサマ……!? よくぞ、余に向けてそのような口を―――」



 あぁ、ダメです。


 いけません。


 いけません。


 これは刺激し過ぎたかと。

 一度注意を逸らす為、腰に下げていたなまくらを背後へ放り。


 コレで、武装解除。



「大丈夫。まずは、話を聞いてくれるかい?」

「……何故、貴様」

「怖いなら、存分に暴れてくれ。優しく受け止められるから、何度だって、来て良いさ」


「……先程から……なにを」

「言った筈だろう? 私は、必ず帰ってくる。前より強くなって、帰ってくるって」


「――――――――」

「種族は――まぁ、ギリギリセーフ……かな? 一回人間種を経由したけど。何とか、死霊種にはならなかったし」



 流石の俺でも、彼女を。

 伝説の魔王を相手にするのは、決して容易ではない。


 負けるとは思わないが。


 傷つけようはずもない。


 例え、彼女が俺を殺しに来ようと。

 俺が、彼女へ剣を向けられる筈がないのだから。



 永遠に続く、平行線の戦いで。

 


 だから、やはり―――決定打は。

 


「もう、偽る必要なんてないんだ」

「……………」

「以前は、そんな余裕などなかったが。今しがた、確認も取れた。やっぱり、そう……なんだね?」


「…………っ」

「この大馬鹿モノに、今一度触れさせてくれ」

「……なんで、なんでッ」



 ファンタジーカテゴリのゲームで。


 ラスボスの戦意を喪失させ、勝利。


 そんなルートは無理だろうが。


 これは、現実で。

 彼女は確かに、そこに居て。

 戦闘の意思も、目的も失っていながら……未だに信じ切れず、迷っている。


 もう、期待には飽いているから。

 待つ事を諦めているから。

 期待し、再び裏切られるのが怖いから、彼女は逃げる。


 近付いていく俺と。


 下がっていく彼女。


 いかな広大な空間とはいえ、果てはあり。

 魔法を使うという思考すらも抜けているようで。

 

 或いは、王の矜持きょうじ遁走とんそうを許さぬようで。



「………やめい……! くるでない……。くるでない……!!」

「それは、従えない」



「―――やめっ……ぁ」



 さぁ、捕まえた。



 もう、後には下がれず。

 動揺と期待、恐怖に揺れ続ける瞳で此方を伺う彼女を、もう逃がさぬと抱きしめる。



 二度と、不安にはさせぬと。


 真偽を確かめるため、しかと。



 ……………。



 ……………。


 

 やはり、そうだ。

 よもやと感じていたことではあったが、間違いではなかった。


 昔……といっても10年程前。


 フィーアと出会う以前だが。


 陛下が、“幻惑”で姿を変えて、祝宴に出席したことがあった。



 当時の俺は、当然。



 すぐ、看破したが。

 


 ……………。



 ……………。



 全く……滑稽こっけいも滑稽。

 その傲慢すらも、全くの的外れと言うべきで。


 何も、見破れてなどいなかった。

 それどころか、この魔皇国に住む臣民――貴族――軍部の高官まで。


 その大半が、知らなかった。


 ずっと……ずっと。

 その完全な演技に騙されていたのだろう。



「―――シオン……私の主。大切な女の子」

「……らぐ――な」

「本当に君は、変わっていなかったんだな。あの時の、そのままだ」



 そうであると認識し。


 間違いないと断定し。


 ようやく、視えた。

 魔術を破り、俺が両の腕で抱きしめたのは。




 本当に、で。




 起伏など、存在しない。


 玉座にふんぞり返って。

 目を奪う肢体を見せつけていた王は無く。

 当時……共に歩んだ少女、そのままの姿であるシオンが、そこには居た。

 

 魔王の姿と言う像自体が。


 一人の少女が作った虚像。 


 統治者として、相応しい姿を。

 君臨する魔王としての、表の姿を。


 その結果が、俺が今まで見続けていた魔王としての彼女。

 他にも理由はあるだろうが、今迄陛下が殆ど魔術を行使しなかった理由。


 それが、この魔術の維持のため。


 莫大な魔力使うからな、コレは。


 1000年? ……本当は、もっとだろう。


 国へと到るまでも。


 国が出来てからも。


 本当に、多くの事があったのだろう。


 そりゃ、魔王様にもなる。

 最強にも、なるだろうさ。


 ……だが。

 

 もう、完璧である必要などない。

 彼女を護ると誓った騎士は、確かに帰ってきて、これからはずっと傍に居ると決めたゆえ。



「もう、絶対に何処へも消えはしない」

「――ぅ……ぅぅ……ぁ……」

「ずっと、一緒だ」

「……なんで……なんで……!!」

「生きるも、死ぬ時も一緒。命続く限り、君を護り続ける事を約束する」



 俺は、その為にここに居る。


 彼女を護る為に生きている。



 ……………。



 ……………。



 故に、今こそ。

 長き任務の終わりと、始まりを、此処で報告せんげんしよう。






「魔王エリュシオン陛下」






「騎士ラグナ・アルモス。只今、任務より帰還しました」






「――――――――」






「……大儀」






「……大儀、で――ぁ、うぅぅ……あ…あぁ……!」






「うぁ……あぁぁぁぁ………ッ!! この、馬鹿、馬鹿もの……大馬鹿モノ……っ!!」

「えぇ。左様です」

「……バカ、アホウ、オロカ、シレモノ……バカ……バカ――ばかぁ……!!」

「……………左様です」



 ビックリするほど悪口出てくる。


 が、それは、当然の報いであり。


 ただ、受け入れるべき。

 

 俺が受けるべき叱責で。



「―――全て……全て、話してもらうからな?」

「勿論。時間は、沢山ある」

「1000年分、じゃぞ?」

「1000年でも、万年でも。君が望むなら、望むだけ。頭も撫でるし、抱き締めてもあげよう。私からすれば、只のご褒美だ」



 俺は、心底惚れてるからな。


 今更放せと言っても無理だ。


 嗚咽おえつのままに、しゃっくりをあげ。

 胸に顔を埋める少女に対し。

 俺もまた、ソレを証明するように力を入れて抱擁する。



 それが、今出来る最大の贖罪しょくざいだから。


 

 ……………。



 ……………。



 今は昔、もはや現代の地図には載らぬ場所で。


 偶然に出会った俺と少女。


 絵物語にも語られるような逸話は。

 長い、永い……悠久の時間の中に、ようやくの完結をみて。

 


 ずっとずっと狙い続けた。



 俺のちんけな大望が一つ。



 いつか、必ず。

 必ずや、かの邪知暴虐の魔王を泣かせてやるという野望。



 それは、ようやく。

 しかし、当初抱いていた想像とは、やや違った形で叶う事になった。





















「ただいま、シオン」

「おかえりなさい―――ラグナ……!!」

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