第44話:悪夢の終わり




「―――ラグナ。本当に、だいじょうぶ……?」

「あぁ、問題ないよ。有り難う」


「何か欲しい?」

「シオンが居てくれるだけで充分さ」



 ……………。



 ……………。



 ベッドから起き上がれん。

 

 思えば、無理をし過ぎた。


 それ迄一回ずつしか使わなかった大技を連発。

 無理やり動かした身体を、無理やりドーピングで連続再生し、全力で酷使。


 ぶっ壊して当然。


 衰弱して当然で。


 更に、身体が動かなくなって当然……と言うべきで。


 数日は動けないという分析だが。


 それが、残念という訳でもなく。


 直近の仕事がなくなり。

 報告も聞いてるだけで。

 それ以外は、ずっとシオンと話してられるから、むしろ天国だよな。



「本当に、素晴らしい程の良いご身分だよ」

「うん。――ねぇ、ラグナ」



 俺の寝ている隣で。

 椅子にちょこんと腰掛けている少女と話しつつ。


 この喜びを噛み締めていると。


 

「ラグナ……名前……あったん、だね」



 話が、急に転換していて。

 その言葉の意味するところがよく分からず、俺は首を傾げる。


 つまり、どういう事だ。



「………うん?」

「あるもす――って。あの時、言ってたよね?」



 ……………。



 ……………。



 ―――あ、そうだったわ。



 俺、名無しさんだったわ。


 少なくとも、彼女の中ではそうなっていたんだ。

 それなのに、理性のタガが外れたのか、あの時うっかり喋っちゃって……。



 いや……良いよな。



「生まれた時に、貰った名でね」



 別に、言っても良いだろう。


 同名など、過去にも居たし。 


 妙な矛盾は無いだろうし。

 面倒事にはならない筈で。

 

 ……と、しかして。

 それを聞いた彼女は、衝撃を受けたように、寂しそうに顔をクシャリと顰める。



「………うぅ……」



 実際、寂しいのか。


 命名した相手には本名があり。

 もう、自分が呼び続けた名を名乗る事も無くなるのか……と。



 ―――否、そうじゃない。


 

「でも。今は、そうじゃない」

「………ぇ?」

「私は、ラグナだ」

「……良いの?」

「良いも悪いも、一つの名前を選ばなきゃいけないなんて、誰が定めたわけでもない。――ならば、私はラグナ・アルモス。君を護る、騎士だよ」



「――――――――」



 ……………。



 ……………。



 何か言ってくれ……と。



 格好良く、キザに決めた筈が。

 これまた衝撃を受けたように沈黙したシオンに、不安を覚え。


 長い沈黙が続き。


 そろそろ、舌を噛み切って自害しようかと考え始めた頃。



「―――らぐな……らぐな……っ!」



 野生の魔王様が飛び出してきて。

 そのまま、上に飛び乗られ。

 動く事もままならない俺は、ものの見事に圧し掛かられることになり。


 その重さに、身体が潰……れない。


 少女は、心配になりそうな程軽い。


 そして、上で横になられるというのも。

 眠りから覚めた時によく有る事で、突っ込むのも今更だな。


 ……とは、言え。

 俺にも一家言――言わせてもらいたい事はあるぞ。



「―――なぁ、シオン」

「んん? ……重かった?」

「その逆だ。ちゃんと、ご飯を食べないと駄目だよ?」



 心配になってくるんだ。


 軽すぎんだけどマジで。


 出会った当初よりは肉付きがマシになり、肌のハリも髪の艶も鮮やかになったが。

 それでしかし、細身も細身で。

 

 早く、大人になって。

 俺の好みのワガママボディにだな。



「……でも。ラグナも、ご飯あんまり食べてないよ?」

「病床の身だからね」



 病院食の味を知っているか。

 この時代のソレは、もっと粗末かつ虚しいんだよ。


 そんなんで、食欲なんて。

 とてもとても……っとぉ……!? 


 コアラのようにしがみつき。


 腹の上に乗っているシオン。


 彼女は、何故か差し出すように青白い首筋を晒し。



「飲めば、元気になる?」

「………はははッ」

 


 乾いた笑いを漏らすモノの。

 本当に、身体が動かないのが幸い……なのか? と、葛藤する位に理性がヤバい。


 あの時の事を思い出すと。


 マジで襲い掛かるかもな。


 後で、ロイドたちに頼んで拘束してもらうか。

 今の俺は、少女を毒牙に掛けんとするヤバいロリコン野ろ……ッ……!!



「……シオン……さん」

「な~に~?」

「何処で覚えてくるんだい? それは」


「ラグナの真似だよ?」

「アレは、最後の手段だ。出来れば、無かった事にして欲しいな」



 俺が動けないのを良いことにしているのか。

 エリーが居ないのを良い事にしているのか。


 本当に、イケませんな。


 首筋を狙って甘噛みは。


 幼子特有の悪戯かも知れないが。

 この子は、一度怖い大人に会わないと分からないかもしれない。


 世の中には。

 怖い狼さん達が沢山いるという事を。



「……今日も、行ってくるのかい?」

「うん。お仕事!」

「気を付けて、危なくなったらすぐに逃げてくるんだよ?」



 エリーが護衛なら万に一つもない筈だが。


 それでも、今は。


 流入の影響なのか。

 彼女を狙う輩が、一定数存在するからな。


 ロイドからの報告では。

 現在、この周辺の魔素濃度は異常に上昇しているらしく。


 それを調節する為にシオンは遺跡へ行く事が日課になっている。


 彼女の仕事。


 一族の任務。


 それは、未だ続いているという訳で。


 彼女自身、嘗ては無意識に。

 親に教わったことをやっていただけらしいが、今では平和の象徴だ。



 だが、それに甘え続ける訳にもいかず。



 未だ、俺達がやるべき事は多い……と。



「私も、早く動けるようにならないとな」

「……お昼寝?」

「そうだ。ゆっくり静養して、存分にリフレッシュしよう。有給休暇だ」


「ゆーきゅ……?」 

 



   ◇


 


 抑圧され続けてきた社畜によくある話だが。


 不意に仕事がなくなり。

 晴れて自由の身になると、途端に罪悪感と脅迫観念が襲ってくるという。


 俺も、三日目あたりからそれを感じて。


 身悶みもだえするような勤労衝動を抑えつつ。


 大人しくベッドに横たわり。


 我慢を続けたわけなのだが。

 あっという間に数日が経ち。 



「―――悪くないだろ? この辺は、比較的マシだ。むしろ、踏み固められて、良い具合に建築出来そうで」

「……ポジティブ過ぎだろ」



 歩き回れるまでに回復した俺は。

 被害を受けた都市の外部を、ロイドを連れて巡っていた。


 敵は統率個体だけでなく。


 操られた魔獣たちも居て。


 相手をしていたのが、都市に残った戦士たち。

 受けた被害も大きかったが。

 それでも、彼らは死力を尽くして戦い、魔獣どもを操っていた支龍が滅びた事で、勝利を収めた。



 ……だが、やはり。



「やはり。土地の受けた被害は、大きい……か」



 雪崩れ込んだ魔獣の影響だが。


 木々は折れ、野草は吹き飛び。


 後は、戦闘の残滓。

 ここから多くを建て直し、開拓するのは骨だな。


 見廻っている俺自身は。

 門外漢ゆえ、どれだけ掛かるなどは、何とも言えんが。



「――戦闘痕がないだけ、君たちの根こそぎの方が、マシだな」

「……そうだな」

「あくまで、マシ……だが」

「……………」

「立て直しは、出来そうか?」

「それは、問題ねェ。中途半端にやって投げだす、なんて事はしねェさ」



 相変わらず、変に律儀だな。


 情に厚いのはアレと同じか。


 だが、全てが終わり。

 やがて、懲役が終わる頃……一体、どうなるのだろうな。



「終わったら、どうする」

「………あ?」

「この都市が安定して。後進が育ち。やがては、君の助けが要らなくなったら、だ」


「――ふむ。どうすっかなぁ?」



 彼等力の氏族は、元々流浪の民。


 一か所に固執しない種族だ。

 都市の発展が粗方終了し、やるべき事が終わった後……どうするか。


 未だに考え付かぬらしい。

 

 俺としては。

 このまま、定住して欲しい所なのだが。



「―――んで。俺達が戦った場所なんだが」



 ぐるりと確認が終わり。



 そろそろ、帰路に就くかという頃。


 思い出したように、ロイドが言う。



「………うん?」

「支龍と魔皇龍の死んだ場所。やけに強力な魔素溜まりになっててな。魔獣の発生も勿論だが、珍しい薬草とかも生えてたぜ?」



 あぁ、そういう話か。


 よく有る現象で。

 魔素と生物の関係を考えれば、当然と言えるだろう。



「大地に還った――ってところか?」



 だが、正直。


 ちょっと嫌だな。

 あんな悍ましい呪詛をまき散らしてた奴が肥料とか。


 もし、菜園や畑なんか作って。


 丹念に生育した野菜。


 毒入ってないっすか? 

 俺が食った時限定で、腹の底から呪いを掛けるとか無いっすか?



「なら、本体の様子はどうだ」

「そっちは、問題ねェ。……問題しかねェ」

「相変わらずか」

「おう。察しの通り」


「……この後の予定、大丈夫か?」

「あっても優先していいだろ。―――んじゃ、今から見に行くか」



 ……………。



 ……………。

 


 分厚い石壁と、それを支えるような石柱。

 倉庫というには、余りに重厚な空間。


 中は薄暗いが、灯りがあり。


 小さな光の中に女性が一人。


 ……今日もいるとは。

 流石に、知的好奇心が留まる事を知らないようだ。



「あら、ラグナさん。起きれるようになったのね?」

「……………」

「お陰様でね。薬の処方、有り難う」



 向こうの研究職と違い。

 彼女のそれには、全くと言っていい程に悪意が無いので。


 調合してくれた薬品類も。


 安心して飲めるんだよな。



 ……それは、良いとして。



「ロイド?」

「……いや、何でも」



 何呆けてんだろうな。

 ……コイツに限って、嫉妬しているとも思えんし。


 昔からの知り合いらしいが。


 或いは、そういう事なのか?


 訝しみながらも。

 俺は、彼女の後方へ横たわっている巨大な亡骸に目を見張る。



「―――朽ちず、腐らず、純白のまま。まるで抜けてないな――圧が」

「生きてるみたいだろ?」

「あまり、触らないほうが良いわよ」



 巨大な双角の一方が根元から砕け。


 ズタズタに斬り裂かれた龍。


 魔皇龍アルビオンの遺骸だ。


 支龍は、その全てが消滅したが、コイツだけは決戦の後、ロイドとルーナさんが回収し。

 調査しつつ、活用法を探っている。


 一応は、魔物の素材だからな。


 アレを受けて尚、残った素材。


 これ程の化け物ともなれば。

 そりゃあ、最高位の装備やアイテムも作り放題だろうさ。



 まぁ、その後は、誰が使えるのかという話になるが。

 およそ、呪いの武器しか出来んぞ。



「それで。調査の話なのだけど」

「異常があったかい?」 

「いんや。無しだ」

「直接触るのは危険でも。利用できることは、少なからずあるでしょうね」



 二人から見ても懸念けねんはなく。

 有用なものであるという事は間違いないらしいのだが。



 ロイドの、「ほぼ」という言葉通り。



 一つだけ問題があるようで。



 それが、聞き捨てならない。



「………核石が、無い……?」

「えぇ、そうなの」

「隅々、くまなく探してはみたが、何処にも見当たらねェ」



 核石……魔核石。

 魔物には必ず存在する、最重要器官が、無いと。


 誰かに盗まれたとか?


 いや、あり得ないか。


 倒してすぐ、その肉体は回収されたらしく。

 ずっと、目の届く所に保管してあった。

 切り開いて中身を取り出そうなんて命知らずな輩が居たのなら、必ず気付いた筈で。


 唯一それが出来そうな存在。


 それは、ルーナさんだが。

 彼女は、強かであっても、嘘が得意なタイプではないだろう。



「―――つまり……どういう事だ」

「予想は出来た話なのだけど、ね」



 神様とか名乗ってたが。


 所詮は、魔物の延長……魔獣の王。


 そう思っていた俺だが。

 これは、やはり詳しく調べるべきなのかもしれないな。




「つまり、そういう事なんだな?」




「あぁ。コイツは、魔獣なんかじゃねえ」




「そもそも、自然に発生するような存在じゃないって事ね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る