第45話:考古学専攻しておけば




 滅亡の可能性そのものを排除して。


 俺たちの日常は、再び。

 再び、元のカタチを取り戻しつつあった。

 


 ……………。



 ……………。



 変わらぬ日常、ではない。


 状況は、常に変わり続け。


 刻々と、変わる。

 俺という一個人にとっては、紛れもなく悪化の一途を辿り続けている。



「……………」

「なぁ、どうした? 最近、妙に感傷的になりやがって」



 ただでさえ、作業中の上。



 黒鬼と二人きりでランデブーとか。


 そりゃあ、口数も少なくなるだろ。


 ある程度整備された空間。

 蔓と苔に覆われた遺跡。

 吹き抜けの石室は、以前のジメジメとした陰気さは残るモノの、マシな程度には変化し。


 苔の下に隠れていた古文字も。


 複雑な、未知と言える言語も。


 その全てが露わに。

 これは、定期的に足を運んでは、整備と調査をしていた賜物だ。



 研究仲間もいてはかどる捗る。



 俺は、言語学以外はからきしだがな。



「んで……? 自動的に、持続的に防衛機能を発動させたい――と。また、大層な事考えやがったなぁ」

「彼が言うには、出来るらしいからな」


「仙龍さまが、ねぇ……?」

「智慧の宝庫だよ。老師は」



 出来ると聞いたからには、やる。

 出来なかった時は、今一度あの爺さんに聞きに行くだけだ。


 ひとしきり都市に滞在して。

 入れ歯でもあるのか、常に口をモグモグさせていた彼だったが。

 また、隠居に戻ったらしい。

 大元である魔皇龍が死んだことで、長くはないと、何故か嬉しそうに言ってたのが印象的だったが。

  

 この遺跡の元々の機能。


 その一端を使うために。


 今の俺は、調査に掛かりきりで。


 一部の利用なら、補修も簡単な筈。

 ……というのは、理論も何も知らない楽観者側の言葉。


 実際にやる立場だと。


 余りに難解な問題で。



「曰く。この遺跡には、二つの権能……異なる機能が食い合うように存在している。そして、ルーナさんの話では、一方は修復不可能なまでに壊れている――と」

「……必要だったのは?」

「幸いなことに、壊れてない方だ。――早い話が、時間航行機能」



 何の因果か、使い手をついこの前殺しはした。


 だが、本来はあり得ぬ力の筈で。

 理論まで考え始めれば、完成前に寿命で死ぬだろうが。


 演算自体は、この遺跡が勝手にやってくれるらしく。


 必要なのは、莫大な魔力。

 

 機能停止している今では。


 破損部を補修する材料さえあれば、操作するだけで、限定的な時間魔法を行使できる神器が復活するわけだ。


 遺跡故に、持ち運びできず。

 ブラックボックス故にコピーすらできないのが非常に残念だが。



「……成程、な。随分と突拍子もねぇ話だ」



 ロイドへ、聞いた話の説明をしながらも。


 濡れた紙、粉末の墨、革製の工具……。

 道具を用いて、遺跡の文字を写し取る。


 所謂、拓本や写本。


 文献保存の一種だ。


 外装自体は、いつ壊れてもおかしくないから。

 保険はあって損はない。



「―――だが、どう修理するんだ?」

「ん? スマン。聞いてなかった」

「呼ばれて来たは良いが、いくら知識と技術があろうが、素材がなきゃ直らんのだろ? 今からとおーくの遺跡にでも行って探すってのか?」


「素材なら、あるぞ」

「だろ? ないモンは……あ?」

「あるぞ」

「……いや。そんな便利素材なぞ―――ぁ……?」


「補修材、動力源になる材料なら、あるだろ?」

「………おい。お前、まさか」



 それを成し得る素材。


 神話級の遺物の材料。


 そう、魔皇龍の遺骸。

 未だ全く魔力を失っていないアレなら、補修材、莫大な魔力、双方に足り得る。



「どうだ。行けそうな気がするだろ」

「……確かに。理論で言うなら、出来ねえことは無い――のか?」



「あくまで、理論は……ね」



 おぉ、華が来てくれた。

 一気に陰気な空気が変わったように感じるな。


 約束はしていたが。

 待っててもやって来てくれなかったから、むさ苦しかった所だ。



「でも。貴方も、難しい事を言うわね。それこそ、上位種の領域に踏み出すような偉業よ?」



 製作できるのが神だけってのなら。

 それを、限定的にでも修理し、使えるのは充分上位種……か。


 およそ、どれだけ掛かるかも分からぬ。


 それこそ……寿命まで。


 一生掛かるかも知れず。


 しかし、俺には確信がある。

 この二人であれば、まず為せるのだと、分かる。 



「だが、ロイドなら。ルーナさんなら、出来る」

「……おい、おい」

「……随分高く買うじゃない」



 ロイドは、昔っから遺跡探査を続け。

 曰く、太古の遺物さえ修復を成し得た万能の天才で。


 

 ……………。



 ……………。



「―――その件は、許さないからな?」

「「え?」」



 あの黒鎧バケモノ用意したの、お前かよ。

 

 何が、「データを取って戦闘に〜〜」だ。


 完全に騙されたし。


 そりゃ、強い筈だ。


 ほぼ全盛期の俺の剣術に、機械の学習力。

 その上、爺の焔すら歯牙にもかけない耐久とか、普通に死ぬわ。


 思わず、無意識に恨み言が出たが。


 首を傾げる二人に、気を取り直し。



「……ゴホン」



 ―――ルーナ・アルシディア……ルーナさん。



 野郎の方もそうだが。

 俺は、彼女にも、よく似た賢者を知っていてな。


 とても働き者で。

 素晴らしい智慧を持つ為政者だ。


 同じ妖魔種……元妖魔種の同姓。


 およそ、そういう事なんだろう。


 ならば、信頼に足らぬわけがない。

 何度、彼に……あの老体に助けられた事か。



「これは、あくまで、頼みだ。修復……協力してくれるか」

「私は、勿論良いけど?」

「流石、研究者」



 ―――んで……?


 

 おい、貧弱黒鬼さん?

 いつもなら、真っ先に面白いとか言い出しそうなのに、何で黙ってんすかね。


 もしかしてだけど。

 今回は、あまり乗り気じゃないのか? ……と。


 心配になる俺に対し。


 ロイドは、瞳を閉じていたが。


 やがて、確信したように呟く。



「……オマケ機能ってレベルじゃねェだろうが。強力な防衛機能――魔除けの効果があるって話だからな。本来の機能を使えるようになるってんなら。俺も、直すって事自体に文句はねェが―――」



「お前。なに、焦ってやがる?」



 ……………。



 ……………。



「やはり、分かるか?」

「そらな。確かに、魔除けの力――それも、際限なく広がり続ける都市を、丸ごと覆える可能性は魅力だ」

「――なら、嫌が応も……」

「だが。お前と角連中が居りゃあ、大抵の敵はどうにかなる」

「……………」

「支龍は、いない。王も、いない。別に、急ぐことはねぇ。ゆっくりで、良いんじゃねえか?」



 言ってないから当然だが。


 ロイドは、知らないのだ。


 俺が求めているのが、副効果の方ではなく、本来の機能である事を。


 前者も、充分魅力だからな。


 普通なら、異論はなかった。


 急がなくて良かった。

 急進というのは、デメリットの方が大きい故に。


 この平和な都市で。


 急ぐ理由などない。


 シオンが魔除けを維持し。

 それでもカバーできない外側の範囲を、俺達が片付ければ良いだけ。



「……その筈、なんだがなぁ」

「どうしたってんだ?」




「―――恐らく―――私、消えるな」




「……………は………?」

「……………」




「消える――って、お前……」

「そのまま、ね?」

「あぁ。元々、生きてる世界が違う。強制力みたいなのが働いてるのか、今だって結構痛いんだ、頭が」



 前々から分かっていた事だが。


 俺は、ここに居る筈ではない。


 本来、存在しない異物だ。


 役目がどうとかではなく。

 向こうからすれば、都市だの、魔皇龍だの、それらは、まるで関係なく。


 ここまで持っているだけ。


 随分と長続きしたもので。



「元より、その予定だった。帰るための方法を探していた。私は、元居た場所に帰る――という訳だ」

「……んな、あっさり」



 困惑は当然だろう。

 引き継ぎもなしに重役に退社されたら、堪ったものではない。



「他の連中には? 何て言うんだよ?」

「エリゴスには、既に話しておいた」



 いつかの仕返しなのか。


 一発ぶん殴られたがな。


 だが、口実……もとい。

 真に調査すべき事を、知る事が出来たんだ。



 ―――そもそも。魔皇龍とは、何だったのか。



 魔獣でもなく、神でもなく。


 或いは、生物などでもなく。


 しかし、存在し。

 数千年もの間、伝説として語り継がれてきた。



 アイツは、どういう存在なのか。



 ルーツは、何処に起因するのか。



 それを、数多の地を巡り、一度調べる必要がある。

 だが、その場所として。

 

 無理、無理なのだ。


 この時代では、無理なのだ。 


 

 ……………。



 ……………。



 何より、それでは本末転倒。

 この時代に残ってしまえば、俺の本来の目的が、完遂不可能になる。



 ……なればこそ。



「―――報告に、戻らなきゃならない。私は、帰らなきゃならない」

「………ラグナ」

「……協力は、喜んでするわ。でも。本当に、良いの?」


「良い、とは。何が」

「私たちも………あの子も。皆、貴方を忘れるわ。その貌も、声も。私が知る限りでは、歴史には修正力というべきもの―――」



「あぁ、老師に聞いた。知っているさ」



 今更過ぎる上に。

 頭痛が酷くなっている時点で、可能性を考えてはいた。


 時間を操作する力など。


 神のみに許された御業。


 人が扱った創作は数あれど。

 大抵、パラドックス的な、バッドエンド要素が作用して。


 世界にとって、都合よく書き換わるんだ。


 そして、かねてよりの疑問。

 俺がこの時代へ来た原因――それを作ったのが、何処の大馬鹿者だったのかと考えれば。



 ―――そりゃ、俺だろ。



 あの黒鎧。


 あの魔剣。


 あの方陣。


 役者が出揃いすぎで。


 時間を遡り、過去の時代へ。

 或いは、その逆を試みて。

 実際に、俺がここに居るという事は、実験は成功したのだろう。


 起点が何処かは知らんが。


 俺がここに居るのなら、成功の筈で。

 これから、俺が――俺達が、それをする番だ。

 

 秘密を知っているのは俺と、エリゴス、ロイド。

 そして、ルーナさん。


 あの時代には、当然誰も生きてはおらず。

 三者が墓まで持って行ってくれるのならば、問題はない。


 三人は信用しているからな。



「世話ばかり掛けているが。最後の、頼みだ。―――どうか、協力してくれ」



 俺は、頭を下げる。


 それしか出来ない。


 どうせ、軽い頭で。


 どれだけの苦労があるのか。

 俺よりは圧倒的に理解している両者が、色よい返事をくれるかは心配だったが。

 


「それ、お前が言うなや」

「私達の方こそ。貴方には、返しきれない借りがあるわ」



 自分で頼んどいて何だが。


 帰りたくなくなってくるよな、本当に。


 


   ◇




 以前が繁忙はんぼう期だったとするなら。

 生活基盤が安定し、目下の脅威がなくなった今の生活は、閑散期。


 往来の活気はとても閑散ではないが。

 俺自身の負担は減る一方で。


 仕事は、およそ七割減。


 安定的に、休みが増え。


 ホワイト過ぎて心配だ。

 騎士時代でさえ、これ程に暇な時間も無かったぞ。


 ……まぁ、要するように。


 悔いのないように過ごせという事だろう。

 代わりに忙しく働いている連中は、今頃「やりがい」という言葉で自分を騙している筈だ。


 という訳で、休日。

 主……護衛対象を護る騎士としての己を忘れ、リフレッシュする事が出来る日。



 その筈、なのだが。



 普通の休日とは、一つだけ。


 一つだけ、違う点があれば。



「大通り、いつ来ても凄い―――ふふっ……! これって、デートしてるみたいだね……?」



 護衛対象が同伴な点。


 休日の筈なのに。

 普段より難易度上がってないっすかねぇ。

 大統領を自分の趣味巡りに連れてくシークレットサービスがいるか?


 流入と同時に、氏族独自の文化や風習が広がり。

 平和な生活故に、アイデアマンが次々と出現したことで、娯楽と日常は発展し続ける一方。


 酒、煙草……その他嗜好品。

 嘗てはあり得なかった高級品が、出店で売られ。


 玩具も、雑貨も様々。

 公園らしき区画まであり、目にも楽しい景観が広がる大通り。



「―――こっち! 今度はこっち!」

「良いとも」

「こっちから、甘い匂いが……んん?」



 俺よりここを知っている筈が。


 ぴょんぴょんと、飛び跳ね。

 おのぼりさんのようにはしゃいでいる少女は、スンスンと鼻をひくつかせつつ。


 一つの出店の前に止まり。


 怪訝けげんな顔で、首を傾げる。



「ねぇ、ラグナ。あれ、果物――だよね? どうしてローラーに押し付けてるの?」

「あぁ。ロイド考案の新作だね」



 確かに、シオンの疑問通り。

 その出店の目玉――嗜好品の製作過程は、中々に珍妙な光景だった。


 小さめのローラー車のような。


 或いは、ボビンのような造り。


 回り続ける横倒しの円柱に、皮を剥いた果物を擦りつける強面の鬼たち。


 円柱は、果肉を全て吸収し。


 残った皮は店員がモグモグ。


 一人がナイフを取り出し。

 円柱の表面に吸収された犠牲者たちを削り、盛る。


 実に、実に珍妙な光景で。

 一帯には甘い芳香と、回る機材から漏れ出した冷気が広がっている。



「……わぁ…………!」



 興味を持つのは当然だが。

 実は、見物客の中で身を乗り出している子供はシオンくらいなモノで。


 他の子は逃げるか泣くか。


 それが普通の反応だろう。



「―――へへへ……らっしゃい……!」

「クククク……ッ!」

「吸収……吸収……どんどん養分にしてやれ……! んで、この果物の皮が……んめ、んめ」



 怖すぎだろ店員。


 面接ミスったか?


 オーガじゃねえ、オーナー出せ。

 牙生えた鬼共より、もっと接客向きの人員居るだろ。

 


「さァ、いい子ちゃん達。このあまーい逸品を―――あぁん……?」

「おん? どうし―――あぁん?」



 目つきが悪い店員共は。

 何を見つけたか、更にトンデモなく目を鋭く光らせ、こちらを睨む。


 ……俺達ではなく、その背後。

 視線の先に何がいるのかは、既に把握済みだが。


 これまた、鋭い瞳の亜人で。


 ありゃあ、狼人種だ。

 前に、受け入れ規約がどうので難癖付けてきたからボコボコにしたが。


 およそ、逆恨みか。


 狙いは、暫定責任者である俺――の主たるシオンの様で。


 今に陰から身体を乗り出し。


 まるで無防備な少女を……。



 ―――あ、あぁ?



 ……あぁ……ぁ?



 それは、一瞬の出来事で。


 陰に隠れた狼人の後ろから、さらにその影のようにぬうぅ……と現れた有角種の男。

 その瞳には修羅が宿っており。



「――――ムム……ッ!?」

「えぇ、コチラへ」

「ムムムムゥッ!! ムムムウゥゥゥゥ―――ッ!!」



 男は羽交い絞めにされ。


 そのまま、引き摺られ。


 抵抗する間もなく。

 視界からも大通りからも消え失せる暴漢。



「――警備員、巡回済み……なぁ」



 まぁ、当然の結果だ。



 優雅に通りを物色している有角種たちは勿論。

 実は、出店の番をしている接客オーガたちも、ほぼほぼ警備要員で。


 彼女は知る由もないが。


 何気ない散歩に見えて。

 

 実情は、総出でシオンの周りを護衛しているんだよな。


 街中が監視カメラみたいなもんで。

 だから、このアイス屋連中の目つきがやけに悪いのも、恐らく……いや、これは生まれつき。



「……………? どうかしたの?」



 気付いていないのは当然だが。


 それが、余りに可愛い過ぎる。



「……いや。ちょっと、面白いモノをね。それより、公園で良い感じの休憩所を探そうか」

「面白いモノ!!」

「子供には見えないモノだよ」

 

「……らぐな、ズルい」



 まあまあ、拗ねないで。

 そんな些細な興味も、コレを食べれば忘れるさ。


 無言で差し出す店員から受け取ったソレは、夏に食べたい甘味。


 ローラーフルーツアイス。


 ずっと昔だが、海外の動画で見た事あるな。


 やはり、物事は突き詰めると同じ形へ収束する様で。

 機材は、工業用備品の転用だろう。 


 横倒しのローラー。

 その中に氷などを入れて冷却し。

 様々な種類の果物を表面に擦り付けることで、その果肉が混ざり合い、複雑な味と模様のアイスになる。


 日本で流行ったロールアイスとか。

 コールドストーンアイスとは、また違うが。


 その味は間違いなく。


 飽きのこない、良い発想……だが。

 量多すぎだろ、加減しろや。



「はい、チョモランマサイズ」

「ちょもら……?」

、かなーりサービスが良いから、落ちないように気を付けてね」


「………これ……すごく、ひんやりしてる」


「それが特徴さ」

「こんなの、見た事ないよ?」

「ロイド考案の新作。冷たくてあまーい食べ物でね。趣味や娯楽に時間を割ける。何より、生活が平和になった証拠だ」



 不審者が、一も二もなく路地裏に引きずり込まれる程平和に、な。


 話しながらもベンチを見つけ。


 二人並び、腰を落ち着けるが。


 

「―――――美味しい!!」


 

 既に我慢も限界だった少女は。

 一も二もなくアイスを木製スプーンで掬い、ご満悦……と。


 果物100%ジェラート。


 実に贅沢な食べ物だな。



「ラグナも………うぅ……たべ……る?」

「良いよ。全部食べな」



 俺は、試食で死ぬ程食わされたんだ。


 二重で頭痛くなったぞ。


 この間。快く、協力するとか言っといて。

 アイツ、余程俺を消滅させたいらしいな。


 俺の辞退を聞いた少女は。

 一度、満面の笑みを見せるも、遠慮するのが信じられないといった顔で首を傾げる。



「……なんで、そんなに優しいの?」

「もしかしたら、王子様に成りたかったのかもね」



 ある種のテンプレート。


 いつも通りの問答だが。


 いつもはぐらかすのが常で。

 答えが返って来るとは、向こうも思わなかったのだろう。


 シオンは、首を傾げ。



「おうじさま……おうじさま……?」



 不思議そうに、何度も言葉を反芻はんすうするが。

 エリーならともかく、俺は、やはりそんな柄じゃないよな。


 どっちかというと、聖剣というか魔剣だし。


 相棒は、白馬どころかデブな黒竜。


 蒼じゃなくて紅い目だし。

 何より、魔王の眷属で。


 姫を救って、昨晩は~~とか言われたいのに。


 明らかに、おれ魔王の前座だし。

 勇者にやられる役だし。

 こうまで、お似合いな特徴が白馬の王子様から遠ざかるとなぁ……。



「―――って。もう食べちゃったのか」

「………うん」

「ふっ。……ふふっ」



 業務用並みにあったんだが。

 これだけ食べて、まだしょんぼりとは。


 笑うしかないだろ。


 まぁ、俺の姫様も腹ペコだし。

 異色の組み合わせという事で、ある意味お似合いかもな。


 無意識に手が伸びたが。

 俺は、何時の間にか少女の頭を撫でていて。



「―――ふふっ」



 シオンもまた、笑う。

 この世の全てを手に入れたと言わんばかりにご満悦。


 とは言え、年頃の少女への対応としてはどうなのか。


 今は、恋に恋する年齢。


 多感な年頃だからなぁ。

 

 嬉しいと言えば、俺も嬉しいが。

 何処か、小骨が詰まったような、騙しているような、光源氏のような。


 無理やり、彼女の運命を決めたような。

 よくある、不幸な奴隷少女を買ったハーレム野郎のような。


 他人の運命を。

 身勝手に、そうあれかしと定めてしまった気分だ。



「―――もっと。もっと、撫でて?」

「甘え上手になったね」

「……好きだから」

「呆れてるわけじゃないさ。私だって、いつまででも撫でていたいよ」


 

 色々な所から視線を感じる気がするが、どうでも良い。


 これより重要な事など無い。


 一応のフォローを入れつつ。

 気持ちよさそうに目を細めるシオンの長髪を、乱れぬように撫でる。


 サラサラの銀髪って。


 本当に、綺麗だよな。


 俺は、髪を染めるってガラじゃないが。

 やはり、どれだけ様々な色に染めようと、生まれ持った髪色の輝きには敵わない。


 何より、シオン自身も。


 もう、何も憂う事は無いから。

 今まで抑えてきた分、沢山甘えてくれるのだろう。


 これから、沢山。


 もっと、もっと。


 ずっと、一緒に。

 皆で一緒に、幸せな日常を歩んでいける筈だ……と。



「……………」

「んんんっ―――クシャクシャ……うん? どうかした……?」



 いかん、いかん。


 俺の手が勝手に。


 乱暴なのはダメだと分かってるのに、髪をクシャクシャしてしまうとは。



「やっぱり……さっきの欲しかった?」

「いや。お代わり、要るかなってね」

「……良いの?」

「良いさ。一人で歩いてる時だって、皆凄くサービスしてくれているだろう?」


「うん……! でも、何で知ってるの?」



 貨幣制度は、未だ浸透しきってはいないが。

 シオンに至っては、物々交換さえ必要ない。


 お小遣いこそ、ちゃんと渡してるが。

 使う事は、ほぼないだろう。


 どうせ、タダだし。


 シオンさまさまで。


 ここに出店している連中の大多数が護衛なのだから、金をとる訳がないのだ。

 

 あと、基本爆盛り。


 もっと食え……と。



「じゃあ――次は、あっち! あっち見に行きたい!」

「分かった。行こうか」


「でも。本当に、お仕事大丈夫なの?」

「………あぁ、大丈夫。まだは、一緒にいられる」

「ホント!?」


 

 その言葉に偽りなどはなく。

 まだ一緒に居る事が出来る筈なのに、何故、こうも。



 ……………。



 ……………。



 ずっと一緒に……か。

 何だって、こう残酷な結末ばかりが浮かぶのかね。


 だが、もう少しだけ。


 あと少しだけ、頼む。


 もう少しだけ、隣で見ていたいんだよ。

 悔いを残さないように、今のうちに、今だけ、この笑顔を見せてくれ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る