第43話:暗黒卿の魔国譚




 溢れ出る全盛の力、圧……気配を全く隠そうとする事もなく。


 感覚の戻った両脚で大地を蹴る。


 戦闘へ乱入し、状況を分析する。


 僅か、一瞬。

 立ち上がり、瞬くような時間の中で行った動作だが。



 状況は、明らかにヤバいようで。



「あぁ。丁度、良い所に居るな―――“総爆”」

「「―――――ッ!?」」



 しかし、良いモノを発見し。


 大口を開く龍の足元を爆破。


 僅かに射線が逸れ。

 結果的に、ヤツが放とうとした一撃の着弾地点は大きくズレ込む。


 老師は避けられるだろうが。


 他の肉壁たちは、あわや蒸発……といった所だったらしく。



「………ッ……ッ――私……は?」

「……生きてる、な」

「良かったな。――で、ロイド。応援はどうした?」



 息も絶え絶えの戦士たちは。


 その場にへたり込み、睨む。



 敵である魔皇龍ではなく、俺を。



「――隠形簡単に看破されんだよ! てかッ! マジで遅ェぞ、馬鹿野郎がァ!」

「……えぇ、全くです。危うく、最期かと」

「戦士の誉れじゃないか」


「……私、諦め悪いので」

「都合良いな。流石色男」


「……何で復活してんだ? 師匠」

「子供は、まだ知らなくても良い事さ。もう遅いし、ゆっくり休んでいろ」



 簡単に言うならば、愛の力。


 と、いう名の事案行為だが。


 子供の成長には、これ以上ない程に悪影響極まりなく。


 絶対に言えず。


 さらに言えば。


 一人、怒り狂いそうな奴が―――そっち見んな、エリー。



「あの。ところで、ラグナ殿」

「……簡潔に頼む」

「あちら。シオン様の衣服が乱れているように感じるのですが、一体何――ッガァ!?」



 突然、エリーを殴り飛ばしたロイドは。


 そのまま、イケメンを殴る蹴る。



「話は後だ。行ってこい、ラグナ」

「うん? 良く分かんねぇけど、死ぬんじゃねえぞ師匠」



 ついでに、何故か。

 アダマスも、真似るように殴る蹴る。


 王子が、まるでボロ雑巾。


 マジで馬鹿ばっかりだな。


 俺の護りたい仲間達ってのは、いつだって馬鹿ばっかだと。

 その事を再確認して。


 毒気を抜かれ。


 息を吐き出す。



「アイツの狙いは、シオンだ。不意打ちに対応できる程度には、抱えて離れててくれ」

「おう! 俺に任せ――」

「君じゃない」

「ワ……わたし、ガ――」

「違う」

「んじゃ、適当に逃げとくわ」



 一番非力な筈の黒鬼に頷き。


 三者がじゃれている間にも。


 魔皇龍を牽制し続けてくれていた老龍へ変わって、俺は前へと出て行く。



「……………!」



 本当は、ヤツは抹殺対象を追いたいのだろうが。


 当然の事だが、魔皇龍は。


 俺を警戒しているらしく。


 その場を動かないが。

 どうやら、身体ピカピカは、もう出来ないらしいな。


 特徴的な二色の双角。

 一方は白色透明で、もう一方は黒色透明。

 白色透明に近い側に、俺が動けなくなる程にヤバい、あの力が宿っていたと。



 ……初見で看破不可能だろ。



 老師だからこそ、分かった。

 ヤツを良く知る、彼だから。

 結局、光角も折ってくれたし、本当に感謝しきれないな。



「――来たか、ラグナよ」

「えぇ、待たせましたね」



 ……いや、待て。

 あれ程手酷くやられたのに、何故彼は、俺が復活すると分かった?



 聞くのは、後で良いか。



「後は、任せてくれますか」

「無論、そのつもりじゃ。結局、何処まで行こうと儂の手には余る」

「……………そっすか」



 やはり……アレだな。


 憂いは無い方が良い。



「老師。疑問だったのですが、貴方は、何故私にそれ程の期待を?」

「―――む……?」

「協力の締結も。そして、今回も。到着時点で、私が死んでいるとは思わなかったのですか?」



 支龍や魔皇龍へ挑んだ者は、過去にも数いたらしいが。


 何故、今回だけ。

 俺たちの戦いには、協力してくれたのか。


 その訳を問うたのだが。



「………ふ」



 笑われた。



「其方達へ賭けた事に、確証など、ないわ」

「……………」

「儂の元へ、雹龍を倒した者が来た。有角の戦士が来た。それでは、不充分だったと?」


「……命を懸けるには充分ですね」

「で、あろう」



 結局の所。


 俺の仲間には、阿呆しかいなかったわけだ。


 簡単に己の命を担保に出来る阿呆しか、な。



「さぁ。いま我らが向き合うべきは、現在。我が創造主へ、終わりを。――全てを、決めてやれい」

「……えぇ。有り難うございます」



 マジで、世話になってるんだよな。


 この爺さんには生涯頭が上がらん。



 ……………。



 ……………。



 だからこそ、せめて。


 せめてもの恩返しを。


 彼の望みを、是が非でも達成してやらなければ――と。


 遂に、眼前に降り立ち。


 二度目の相対と相なり。



 

「「……………」」




 俺と魔皇龍の間に。


 長い沈黙が訪れる。



 普段なら、戦いたくないとか考えるが。



 ……………。



 ……………。

 



「―――さぁ。もう一度やろうか、魔皇龍」

『…………小癪なり……ッ!』



 余計な思考などなく。

 コイツだけは殺すと、満場一致で脳内可決だ。


 互いに、存在しているのはその身一つだけ。


 戦力は己の武器のみ。


 十分に対等な条件だ。



 ―――あぁ、負ける気がしないとも。




   ◇




 戦闘が始まると、最後まで前線で見守っていた銀龍も距離を取り。

 至近距離に残るは俺と奴だけ。


 向こうの心配は要らない。


 憂いなど何も存在しない。


 今の俺は、まさしく。

 失うものが存在しない無敵の人状態だが―――っと、訂正。



「――その攻撃は、見飽きたんだよ」

「……………ッ!!」



 何度も何度も放たれる熱線。

 これだけは、当たれば簡単に部位が消滅するだろうし、最悪命も失う必殺で。

 

 白色の焔は、まさに。


 滅亡の一撃だろうが。


 当たらなければ意味は無く。

 もう、何度も目にした事で……実際に食らった事で、対処は容易く。



「ウオオオオオォォォォォォォォォォォ!!!」



 自棄と放たれる風刃連打の嵐。


 漫画やアニメでは噛ませだが。



「―――当たったら、死ぬな……!」



 百……数百……?

 こちらの方が、俺には厄介で。


 無数に襲い来るそれらに一度巻き込まれただけで、俺は簡単に死ぬ。

 人型ってのは、恐ろしく脆いゆえ。


 剣で弾く間もなく。


 全力で全て避ける。


 

『―――何故、死なんのだ……! 何故、貴様は滅びぬのだァ!!』



 とうとう、イライラも頂点のようだが。


 流石に、理不尽極まりない思考回路で。


 害悪クレーマーかよ。

 そりゃ、死なないように頑張ってるからだろうが。


 遠距離だろうが。


 近距離だろうが。


 構わず耳元へ届く奴の声は、そろそろおさらばしたいな。



 囁かれるなら、シオンの声が良い。



『何故、分からぬ……! 貴様ら定命は、滅びゆく定めッ! カミの前には等しく無力!!』



 放たれる獄炎を剣に巻き、往なし。


 ヤツの戯言たわごとを、俺は肯定してやる。

 


「分かっている。……最強だよ、お前は」



 確かに、あの厄災は個として完結していた。

 

 情を持たぬ。


 絆を持たぬ。


 限界までそれらを削ぎ落し。

 失うものが無く、自らの眷属すらも、完全な駒として見ている。


 不死身の肉体を持ち。

 時間操作なんてふざけた、上位存在というべき戦闘力を保有する。


 冗談のような化け物で。


 存在してはならぬ存在。


 インフレ進むし。

 頼むから、とっとと神話の世界へ戻ってくれ。



「―――最強……だが。頂点やカミなんてのは、入れ替わりも激しくてな。後がつかええてる」



 世代交代なんてありふれているし。

 不老不死のラスボスや神が死ぬなんて、今時珍しくもなんともないんだよ。



「―――――“紅焔”……!」

「……………ッ!」



 馬鹿の一つ覚えと。

 正面から襲い来る風刃へ、俺が持つ最大火力の技を最大範囲と放ち。


 消え入る刃の奥。


 やっと、白龍の姿が射程に入る。


 長剣へ、魔力が流れる。

 いつでも行けると、長剣がうなりを上げる。




「―――私は、冥界の神様などではないが」




「―――お前に死を与える事は、出来るぞ」




 魔刻は、一撃必殺の反則業だ。


 蜂の一刺しで、事足りたから。


 俺は、今まで。

 本当の意味でこの技を使ったことは無かったともいえる。



 一丁、真価を見せてやろうと。


 

 一気に距離を詰めた……瞬間。




「ウオオオオオオォォォォォォォォォォォ!!」

「……………!」



 ――――遂に、戻りやがった。



 魔皇龍が持つ、三対の翼。


 六枚の飛翼が全と広がり。


 暴風が軽装をたなびかせる。

 白龍の身体が、遠ざかる。

 剣を片手に、己の首筋へ喰らいつかんとする定命から距離を取らんと、不死のカミは天高く退る。

 


 神様を名乗る割には。

 己の危険を認めぬ、徹底した合理主義の様子で。



 いま、逃がしたら。



 勝機は二度とない。




「―――――エリゴスッッッッ!!」




 だから、俺は。


 失格騎士らしく。

 情けなく、仲間に頼らせてもらうぞ。



「えぇ、承知しました……!」

「あそこと、そこだ。―――ラグナァ! ヤツより上で良いのか!!」



「スマン! 助かるッ!」



 仲間ってのは、本当に良いモンだな。


 両腕が潰れ、ほぼ魔力欠乏の戦士が。

 全身に火傷を負った、戦闘力皆無が。


 最後の助けと。

 神殺しの為、路を切り拓き。



 現れた不可視の魔力反応を頼りに。



 龍を超え、遥か大空へ跳び上がり。



「―――――私が上。お前は下だ、カミさま」

「……………!!」



 最後には、足場も無くなり。



 下を飛ぶ白龍の咢へ目掛け。 


 大顎目掛けて落下していく。



「オオオオオォォォォォォォォォォォォォォォ!!」



 当然、ヤツも俺を殺しに来ており。

 自ら逃げ場を塞ぎ、己の元へ墜ちてくる愚者へと、消滅の熱線を放出した。


 魔皇龍の貌には。


 勝利の確信が浮かび。


 実際に、その通りで。



 此処は、空中。

 


 放たれる、最凶の一撃。


 回避は、まず不可能で。


 捻らねば、身体が丸ごと消滅するだろう。

 そして、馬鹿正直に捻ろうとも、その範囲は極大で――当たり所が何処であれ、遅かれ早かれ俺は死ぬだろう。



 ……………。



 ……………。



 ―――俺には、覚悟が足りていなかった。



 己の命なら差し出せても。

 共に、最も大切なものが掛かっていると知った時から、いつだって考えの根底には躊躇いがあった。






「―――死ぬ覚悟は――出来てる……ッ!!」






 だが、もう躊躇わない。

 

 その一撃を、正面突破。


 眩い閃光が、俺の身体を一瞬で貫き。


 左半身の感覚が、消滅する。

 熱いという感覚すら一瞬で消失し、脳味噌ごと逝ったか、思考が定まらなくなる。



 致命傷であることは、まず間違いなく。



 かつてない距離で。



 死が、最も近い中。



 俺は、唯一覚えている動作をと。



 ゴクン……と、己が喉を鳴らす。






「――――――――――ッッッ!!??」



 



 視界に映るは、龍の動揺。



 勝利の確信に満ちた朱眼が、見開かれる。


 醜く、醜く、驚愕の色へと染まっていく。



「エリクサー、ってな……!!」



 水属性魔術、基本中の基本――水分の常駐。


 初訓練は、小さな水球を作り。


 空中へ常駐させるというモノ。


 水で可能なら。

 血液でも可能。

 よく有る、奥歯に毒薬を仕込んどくとかの、蘇生バージョンだよ。



 ―――さぁ……隙を見せたな。



 再び、五体満足と復活した後。


 俺は、抜き身の剣を振り被る。


 対応が、完全に遅れ。

 なす術なく敵を近付けてしまった魔皇龍へと、それを繰り出す。




「魔刻―――――“一文字”」




 それは、紛れもなく技だ。


 尊敬する剣の師が教えた。


 最も単純にして、最も信頼すべき技だ。

 魔力も、魔術も……特別な力など、何も込めていない、只の斬撃。


 ただ、最高の膂力を込め。


 ただ、最速の俊敏を込め。


 一刀の元に斬り捨てる。


 それこそが、一文字。

 俺が最も得意とする剣の基本技術へ、史上最も凶悪な力を乗せて放ち。




 ―――――からの…………!!




 魔刻



 魔刻



 魔 刻



 魔  刻ッ!!



 魔刻 魔刻 魔刻 魔刻 魔刻―――――ッ!!





「――――――――――!!!??」

「私が先か、お前が先か―――我慢比べだ! 付き合え、バケモノッッ!!」





 誰が、一撃で終わらせるって言った?


 確かに、人間サイズなら。


 数度斬り裂けば無くなる。


 だが、コイツほどの威容にもなると。

 どれだけ斬っても、まだまだ切れる箇所はあるわけで――いくらでも切り刻めるわけで。


 切り裂き。


 切り裂き。



 斬り裂き斬り裂き斬り裂き斬り裂き。



 衝撃が、悲鳴が、慟哭が、断末魔が。



 響いて尚、手を休めず。


 何時しか咢を切り開き。


 その深層へ……体内へと潜り込み。

 龍に丸呑みされるという、ファンタジーのテンプレを踏襲しつつ。


 全てを滅するべく、刃を振り続ける。


 身体を貫通して尚、龍の胴体へと剣を掛けて身を翻し。

 膨大な魔力が収束するのを感じて尚、それがどうしたと剣を動かし。



 存亡の命運を一身に背負い。



 奴を余さず切り刻んでいく。




『―――やめろ―――――ッ』





『―――ヤメロッ―――ヤメロ―――――ッッ!?』





『ヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロォォォォォォォオオオオオオオオ―――――――――ッッ!!』





 そりゃ、絶望もするよな。


 もはや、ホラーの領域だ


 何度も、何度も、何度も何度も何度も。


 巻き戻してるのに、終わらぬ。

 やり直してるのに、終わらぬ。

 切り刻まれる運命より以前へは、決して戻れない。


 あくまで、ヤツは不完全で。


 真なる神の領域には届かぬ。


 その行動からも分かるが。


 己の身体しか、戻せぬのだ。

 そして、一度に莫大な魔力と思考能力を消費する故。


 衝撃と、侵食する俺の血が、肉体そのものを破壊し続けている中では。

 行使すればする程に、魔法は精彩を欠いていく。


 押し込まれ。


 押し込まれ。


 押し込まれ。


 途方もないような膨大な魔力が、どぶに捨てられ続ける。

 


『―――貴様は……ッ!! 貴様は一体、何なのだッ!!?』




「うるせぇよ」




『ナゼ! それ程の―――ナゼナゼナゼナゼ―――キサマはッイッタイナニモノなのだッッッ!!?』




「―――――ぇ……!?」

「今……声が」

「……魔皇龍が……?」



 おい、ふざけんな。そっちが止めろってんだよ。


 既に、奴は正気を失い始めて。

 段々区別が付かなくなったが。


 この場に居る全ての者へ声を届ける龍。


 ロイド達の顔に刻まれた、唐突な驚愕。


 それは、間違いなく。

 他の者にも、声が聞こえているという事で。



 これ以上、聞かれたら。


 余計な事を話されたら。


 面倒な事を喋られたら。



 流石に、タイムパラドックスだ。




「―――――私は」




 それに、聞かれるまでもない。

 もう、答えなんて、出ている。


 とっくの昔に出ている。


 俺は、只の元人間。



 かつて、魔王に名を授かった騎士。



 そして、少女に名を貰った流浪者。

 


 この身命は、彼女のため。

 彼女が愛する故国のため。


 冥土への手土産が必要とあらば、名乗っても良いだろう。








「私は―――ラグナッ! 騎士ラグナ・アルモスだッッッ!!」








 主の敵を滅ぼす、その為に。



 その為だけに、此処に居る。





 お前を殺す為に、だ。











「冥土の土産に覚えていけえええぇぇぇぇぇぇぇぇ―――――ッッッ!!」











「ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァアアアアッッッ!!!?」











 ダメ押しと、剣を叩き込み。

 同時に発生した、落雷すらも置き去りにするような絶叫を聞き届ける。


 全てを憎むかのような。


 世界を呪うような呪詛。


 聞くも悍ましい断末魔。

 天高く咆哮を撒き散らした魔皇龍アルビオンは、終ぞ大地へと墜落し。



 ……………。



 ……………。



 轟音が、一帯を支配する。


 

 ただ、静寂のみが訪れる。



 ……………。



 ……………。



 呼吸がなく、魔力反応がなく、鼓動がなく。



 龍は、動かなくなり。


 完全に、絶命するも。


 今迄の存在とは異なり、朽ちる様子さえなく亡骸を晒し続ける。



 遺骸調査は、門外漢だから。



 そっちは、他の奴に頼もう。


 

「……………確認。任務、完了……ッ」



 敵の死を見届けると。


 俺もまた、失血死寸前の身体を大地へもたげることになった。

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